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1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
「毎度ありがとうございます!」
ある日の朝、壮年の男性の低く静かな、それでいて喜びを多分に含んだ声が、開店直後の客のいない店内に響く。
「いえいえ、それはこちらの台詞です。いつも助かってますよ」
と、返事をする――こちらは若く穏やかな声の――男性も、世辞抜きに謝意を示す。
前者が、おそらく金銭が入っているであろう布袋をカウンターの上に置くと、後者もそれにあわせて赤と紫、それぞれの液体が入った容器を二〇本ずつカウンターに並べる。
もう何度も同じやり取りをする間柄なのか、お互い中身も確認せずに差し出されたものを受け取り、再度同じ台詞をくり返して、笑い合う。
「それにしても、シンさんの回復薬は大人気ですよ。今日買い取ったものも二日と持たないでしょうねえ」
そう言って壮年の男性――ここの店主は、買い取ったばかりの薬品を、店の一番目立つところに並べはじめる。彼の言葉は偽りではなく、本当に人気商品のようだ。
――ここは、日用雑貨から薬品の類まで扱ういわゆるよろず屋。シンという若い男は、店に回復薬と呼ばれた二種類の薬品を卸しに来たのだった。
「ところでシンさん……やはり錬金術ギルドには加入しないんですか? 未加入では色々と不便でしょうに。材料調達にしろ、公開されていない秘薬のレシピにしろ」
錬金術――卑金属を貴金属に換えることから始まり、最終的に世界の真理を詳らかにしようとする学問――シンにとって〝かつての世界〟で神秘化学に属していたそれだが、〝この世界〟では少し違う。一般的な薬学・化学と魔法を組み合わせて様々な薬品を作り出したり、武器や道具に魔法的効果を付与したりといった、社会に身近な存在となっている。
そして錬金術ギルドとは、そういった錬金術師たちを保護し、さらなる技術向上と新しい秘薬、魔法効果の開発を行う集団である。
シンは店内を歩きながら、店主に渡した薬瓶と同じサイズの空き瓶を手に取ると、それを店のカウンターに置いていく。他にも保存食や日用品、何に使うか一見するだけではわからないようなものまで一緒くたに。
続けて、受け取った布袋の中から商品の代金を取り出し、先ほどの店主の問いかけに答える。
「ああ、それはいいんですよ。材料は自前で調達できますし、レシピも独学でなんとかやってますしね、コイツみたいに」
そう言って、商品として店に並べられた自分の薬品を指差した。
「それに、ギルドに加入でもしたら、その日のうちに薬のレシピを公開しろ! って圧力がかかるのは目に見えてますしね。あいにく俺のメシの種なんですよ、コレ」
レシピを取り上げられては堪らない、と肩をすくめるシンを見て苦笑いする店主だったが、同時に残念な表情を浮かべる。
「シンさんの薬は効き目が違いますからね。傷の治りは同じでも速度は違うし、なにより回復後の疲労感がない! これは冒険者にとって、とても大事なことなんですよ」
錬金術ギルドが公開しているレシピで作った回復薬には、軽めとはいえ副作用がある。
傷を癒す体力回復薬であれば疲労感が、魔法を行使するために必要な魔力を補充する魔力回復薬であれば酩酊感にも似た思考の混濁が、いずれも若干ではあるが発生する。
戦いにおいては、一瞬の判断が生死を分かつ。だとすると、誰もが余計なリスクを負いたくないと思うのは当然だろう。
ちなみに、副作用が現れるのは下級に分類される回復薬に限ったことであり、中級・上級のものにはそういったことがない。ただ、それらは得られる効果も下級のものとは文字通り桁が違うため、当然値段も跳ね上がる。しかも、冒険者の中でも新人から中堅に差しかかるまでの者ならば、よほどの危険を冒さない限りは下級回復薬で十分だった。
シンの作る薬は、副作用がないにもかかわらず中級や上級ほど高くない。この店でも下級の二割増しで売る程度だ。だから、飛ぶように売れる。
この街で活動する中堅以下の冒険者は、戦闘中に深手を負ったときはシンの回復薬を、戦闘が終わって安全が確保されてからは一般の回復薬を使うのが、最近の傾向らしい。
「いざというときの保険としてみんな買っていくんですよ。本当はもっと高く買い取りたいんですが、ギルドメンバーではないシンさんからの買い取りは安くしないといけないので、心苦しい限りです」
熱く語っていたはずなのに、最後には沈んだ顔と声音でボソボソと呟く店主に、シンも苦笑で返す。
「まあ、そこは仕方ありませんよ。覚悟の上での未加入ですからね」
この店に限ったことではなく、武具や道具類を扱うありとあらゆる店は、それぞれのギルドと取り決めが交わされている。
例えば――ギルドメンバー以外からの持ち込みについては〝配慮〟すること、でなければこちらからの仕入れにも配慮がされるものと考えよ。
外からふらっとやってきたよそ者に市場を荒らされてはたまらない、というわけだ。もちろんここだけが特別なのではない、どこの街や都市でも同じことをしている。
シンはそれを理解も納得もした上で未加入を貫いているのだが、結果として両者の板ばさみになった人の良さそうな店主に対して、気の毒に思いながらも苦笑してしまった。
「流れの薬師としては、店に卸す量も今までどおり抑えた数を堅持しますし、買取値もそのままで結構、あまり気になさらずに。それではまた」
まとめ買いした諸々を袋に詰め、揚々と店を後にするシンに向かって、店主が言う。
「ええ、次のご来店をお待ちしていますよ」
街のよろず屋で最近繰り返される、開店前の出来事だった――
「――こういった『得意先回り』はこっちでも変わらない、か……」
歩きながら空を見上げるシンは、青空のさらにその向こう側を見通すように目を細める。
「もう十六年になるのか……」
シンの独り言は、朝の静寂に吸い込まれて消える――
■
――藤堂勇樹という男の評判を聞けば、ほとんどの人間は『いい男』と答える。
子供の頃から大抵のことはそつなくこなし、また明るく穏やかな性格なため、友人も多く、絵に描いたような優等生街道を順調に歩んでいた。
大学生のときに飛行機事故で両親を亡くすと、後を追うのではと周囲が不安になるほどの落ち込みを見せる。しかし、そこから立ち直った彼はその後、誰もが知っている有名企業に就職をした。
社内での勇樹の評価は優秀――人柄は良く、困ったときは力を貸してくれる、実に頼りになる存在だという。
そんな勇樹も、こと恋愛に関してはひどく臆病な人間だった。
両親を唐突に亡くしたため、目の前の幸せをある日突然失う恐怖には耐えられないと、特定の誰かを特別な存在にすることはなかった。
決して深く関わらない――そういった心理が影響したのか、スポーツ、料理、アニメ、ゲーム、さまざまなジャンルに興味を示しながらも、何か一つに深くのめりこむことはなかった。
広く浅く、しかし上辺だけではない程度には精通する。
見る人が見れば、ふわふわと地に足のついていない、危なっかしい人間に映ったことだろうが、なまじ優秀なせいで、そのことに気付く者はいなかった。
もう一度言おう。
藤堂勇樹は、実にスマートに仕事をこなし、困ったときには助けてくれる、みんなにとって都合のいい男であった――
――よせよ、自分で言ってて悲しくなったじゃないか……
改めて自分のことを振り返ってみたけど、微妙な人生歩んでるなと思う。
人生色々、日本の人口一億人もいれば、こんな人間がいても不思議でもなんでもない。
なにより本人がこの人生を辛いと思っていないからな!
ただ、一般的に不幸だと思われそうな人生を不幸と感じられないのは、果たして不幸なことなのか、それとも幸せなことなのか……
ああイカン! このままだと思考の迷路にはまってしまう、気持ちを切り替えないと。
パンパン――!!
……ほっぺがヒリヒリする……はい、仕切りなおし!
――というわけで。
「オーケイブラザー、話をしようか?」
俺は今、なぜか暗闇の中にいる。なのに、目の前にいる絶世の美女だけは、はっきり見えていた。
「何が『オーケイ』なんですか! それに私は女神だから、ブラザーじゃありません!!」
自分のことを女神とか言ったよ、このひと。
そして突っ込むところはそこですか、そうですか……
「いえいえ、とりあえずそちら様の話を聞けるほどには落ち着きを取り戻したから、できれば話をしていただけるとありがたいんだけど」
「落ち着きって、さっきから全然慌ててないですよね!? 唐突に自己紹介的なモノローグ流してましたよね?」
ああ、やっぱりそうなんだ。
「こっちの考えてること全部わかるんだ。女神様の本領発揮ってところですか?」
「仮にも女神ですからね、エッヘン!」
――イヤイヤイヤ、口に出してエッヘンとかやめてください。誰かに可愛いとか言われたのかもしれませんが、普通にイタイです。
「むーっ! あなた、ヒドイ人ですね。いい人っていう周りの評価が信じられません!」
ほらまた、むーっとか。そうですか、あなた天然の方でしたか……
「別に信じられないことでもないでしょう。人間、全てをありのままにさらけ出して生きてるわけでもありませんし、本音と建前くらい使い分けますよ。それとも女神様の周り……に誰かいるとして、その人たちは思考がダダ漏れになってしまうから、建前なんて持たないっていうんですか?」
「人ではなく、他の神々や従者なのですが……確かに普段は聞こえたりはしませんよ。力を使えば聞こえますが」
――ほーん、じゃあ俺の考えてることが現在ダダ漏れなのは、女神様が力を使っていると?
「そういうことになりますね。どうですか、スゴイでしょう、参りましたか!?」
なぜかドヤ顔で胸を張る女神様。あんまりやると見えるんだが……
「――え、え?」
――いやまあ、女神様がなぜ古代ギリシャ風の衣装なのかは知りませんが、薄絹のごとき中身が透けて見えそうな生地で胸を張られると、さすがに中身が……ああ、隠したいと思うのは理解できますが、なにゆえ胸の前で腕をクロスではなく、組んだ腕で下から持ち上げるグラビアポーズに……おかしいでしょ? おかげで布地が絞られてウエストの細さまで強調されて……最終的に後ろを向くのは仕方ありませんが、その場でしゃがみこんだおかげで、今度はお尻のラインがくっきり見えて……ノーパンじゃねえか! てか、わざとだろ! 全部わかっててやってんだろ、コラ!!
「やー!! やー!! やー!!」
――あんた、なんなんだ! 言っとくが、こちとら一人身だからって枯れてるわけじゃねえんだぞ。むしろ飢えた狼の方だ! 堪えるにも限度があるぞ!?
「やだー!! この人エッチー!!」
――こんの……
「まあまあ、その辺で許してやってくれないか。ウチの娘もわざとじゃないんだ」
目の前で繰り広げられる扇情的な光景の連発に少しばかり我を忘れそうになったとき、女神様とは別の声が聞こえてきた。
声のする方に顔を向けると、そこには一〇歳くらいだろうか、利発そうな少年が笑いを堪えながらこちらに近付いてくる。
なんだろう、この少年を見ていると、親におんぶされる子供のように絶対的な安心感を覚える。
……それなのに、ふとした拍子に心臓がキュッと締まるような圧迫感と恐怖を覚える。
おそらく人として平穏に生きてきた中で失われた本能の一番根っこの部分が、少年――いや、少年の姿をしたナニカとの遭遇に際して、警鐘を鳴らしている。絶対に逆らってはいけない相手、ほんの気まぐれで己の命を奪ってしまうような危険な存在。
――蛇に睨まれた蛙とはこういった気分なのだろう。
進むか退くか、人はこんなときどうするべきなのか……?
一瞬の逡巡の後、俺は恐怖よりも好奇心を選んだ――現代社会というぬるま湯の中を生きる人間にとって、好奇心とは恐怖を凌駕する甘く危険な毒なのかもしれない。
とはいえ、今の状況で自分に何ができるわけでなし……よし。
――娘と言うからには、あなたはこの女神様(笑)のお父様で? で、やっぱり神様なわけで?
「そういうことになるね。改めて初めまして、藤堂勇樹君。それにしてもキミは、先ほどから落ち着いているね。今どういう状況か理解してる?」
――まあ、夢と言うにはあまりに歪なんで……。明晰夢と言っていいほど意識がハッキリしているのに周りは真っ暗? なのに目の前に立つ、自分は女神だと言ってのける絶世の美女と、さらにその父だという少年の姿はよく見える。
「……俺、もしかしなくても死にましたかね?」
「ハハハ、娘を褒めてくれてありがとう。あの子も静かに座っていれば、君たち風に言えばヴィーナスのごとき美しさの持ち主なんだけど、いささかそそっかしいきらいがあってねえ……もう一度言うけど、わざとじゃないんだよ?」
――心中お察しします……。ちなみに、話題の子は少し離れたところで『私は石』とばかりにしゃがみこんでいる。残念やら可愛らしいやら――あ、ビクって反応した。
「娘が復活するまでボクからいくつか話をしておこうか。あ、ちなみにキミはまだ死んでないよ。自宅で睡眠中さ」
――まだということは、これから死ぬ選択肢が用意されてるわけで?
「そうなるのかな? ところで藤堂勇樹君、キミ、異世界に転生してみない?」
唐突過ぎるな……
――はあ、いいですよ。
「!? 即答かい? やっぱりキミ変わってるねえ。ハハハハ……うん、キライじゃないよ」
――まあ実際、それどこのラノベ? な展開に内心ドギマギしてるわけですけど、個人的には断る理由も特に思いつきませんし。
「そう、それ! そのラノベってヤツ! いやあ、キミんとこの人間って面白いこと考えるよねえ。剣と魔法のファンタジー、異世界、自分たちの住む世界とは全く違う世界を、よくもまあ、あれだけ考えつくものだよ、実に斬新だ!」
――はあ……
「だから、そんなファンタジーな世界を創ってみたんだよ、私は!!」
――はあ…………「はぁっ!?」
「あ、驚いてくれた? よかった~頑張って創った甲斐があったというものだよ」
――創ったってアンタ、そんな神様みたいな……ああ、神様でしたっけね。
なんだかやけにテンションの上がった神様は、さっきまでの落ち着き払った態度を放り出して実に活き活きと語りはじめた。
「そもそも、僕がかつて創って管理していた世界が終焉を迎えてね、新しい世界を創造しようと考えていたんだよ」
何気にすごいことをサラッと言った神様だったが、その右手をサッと振ると、周囲が一瞬で宇宙空間のような風景に変化する。
「おぅお!?」
宇宙空間に放り出されたと錯覚した脳が平衡感覚を狂わせ、俺は倒れそうになった。
「ハハハ、ビックリしたかい? これはただの映像、というか、今のキミは肉体から抜け出た思念のようなものだから、怪我とかしないから安心していいよ」
――思念? その割にはえらくはっきりと肉体を感じられるんですけど?
「それは、キミが無意識にそうあろうとしているからだよ。精神がよほど強靭なのか、はたまた頑固なのか。普通は、よく言うところの人魂みたいな形になるもんだけどね」
――強靭な方でどうか一つお願いします。
「ははは、意外に図太い神経なのは理解したよ。話を続けようか、アレを見てごらん?」
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神様が少年の姿に似つかわしい、拗ねた表情と声色で俺を責める。
――あー……とは言いましても、どうせ思考は読まれてるし、つい取り繕ったりして、話す言葉と頭の中身にズレがあると、神様も気分が良くないでしょう?
「ダメだよ、会話はやっぱりお互い声を出しあわないと楽しくないよ! これからキミの思考を読むのはやめるから、ちゃんと声に出して話すこと!」
「はあ、まあ、そこまで神様が仰るのでしたら……」
「あとその慇懃な態度もなし! せっかくこっちは見た目が少年なんだから、もっとフランクに話してよ。ああ、ボクのことはエルダーとでも呼んでね♪」
イヤ、そっちが少年の姿をしてもこっちは三〇過ぎのオッサン街道まっしぐらなんですが……わかったよ、神様がそんな捨てられた子犬みたいな顔するなよ……
「……で、エルダーだっけ? あの見るからに面白世界はなんなの?」
「どうせ新しく世界を創るならってことで、こんな風に創ってみました! いいでしょ、一気にファンタジー世界って感じで」
「……そうだな、思いつきでこんなことする神様が頂点に位置する世界って時点で、戦慄を覚えるわ。異世界マジやべえ」
「それほどでも……テヘッ♪」
「褒めてないよな? 俺今、褒めてないよな!?」
「褒められたと思っておこう」
ダメだこの神様……悪気なき善意の持ち主、もしくは確信犯だ!
「……まあ、普通に人は暮らせるんだろ? ならいいよ、何がどうなってあんな世界が成り立っているのかは理解できないけど、そういう世界だと納得しておくさ」
「そうそう、人間は環境に適応する動物なんだから、すぐに慣れるさ」
エルダーのニコニコが止まらない。人間相手にこんなことを話す機会なんてないから、見せびらかして自慢したいんだろうな……
「で、俺をあそこに転生させようと?」
「いいや勇樹、キミに転生して欲しいのはあっちだよ」
そう言ってエルダーが指差した方向にある世界だが……ひょうたん?
「……なあエルダー、俺の見間違いでなければ、あそこにあるのはひょうたんというか、なんだか二つの世界がくっついてるように見えるんだが……?」
「おお、いい勘してるねえ。その通り。ちょっとばかし二つの世界がぶつかっちゃってさ!」
なぜかサムズアップしながら俺を見上げるエルダー。グッドな要因が今の会話のどこに?
「……それは果たして大丈夫なのか?」
「生物が生存できる環境かと問われれば是、平穏な生活が待っているかと問われれば否、と答えるかな?」
「……オーケイブラザー、続きを聞こうじゃないか」
聞きたくないけど聞かねばならない。なにせ、既に転生するって承諾してしまっているからな。今さらイヤだとも言えない。
「普通はそんなこと起きるはずがないんだけど、なぜか二つの世界が急接近しちゃってさ。ボクも日本のアニメを見るのに夢中で、衝突するまで気付かなかったよ。いやあビックリ♪」
前言撤回! 今すぐ、さっきのはなし、ノーカンと叫びたい!!
「神なるこの身でも防ぐことはできなかった。一体、何を恨み、何を憎めばいいと言うのか……」
「アニメに夢中になった自分を恨めよ!! 注意を怠った自分の愚かさを憎めよ!!」
「いかな神とて、時間を巻き戻すことは許されない禁忌……ならば! 起きたことを悔やむより、明日に向かって――」
「聞けよ! 会話は大事なんだろ!? 言葉のキャッチボールをしてくれよ!!」
「そう! 大事なのはここからだ! よく聞いてくれたまえ」
俺の慟哭をガン無視したエルダーは、そのまま話を続ける。もうやだコイツ……
「かつて二つだった世界、大きい方には人間を中心とした種族が、小さい方には魔人を中心とした種族が住んでいたんだ」
冒頭から危険なワードが飛び込んできやがったよ……
「最初は平和的に始まった交流なんだけど、ひょんなことから争うことになってね」
「あー、やっぱりそうなったんだ……」
もうなんというか、お約束な展開だな。
「人間側は、まあ大体キミがゲームやアニメから連想するような感じでいいと思う。魔人は、簡単に言えば肉体的には人間より貧弱だけど、全員魔法が使えて魔力は人間の平均二倍、しかも肉体的なハンデもその魔力によって補強できるってとこかな?」
「……それって、人間側に勝てる要素がないって言わないか?」
俺の質問に、エルダーは立てた人差し指を左右に振りながら――
「――チッチッチ、そんなことはないよ。人間はとにかく数が多い。人口比にして三〇対一ってとこかな。ここまで開くと、能力的優位はさほど意味を成さないね」
「……できれば知恵と勇気で対抗して欲しかったと思うのは、俺のワガママか?」
「やだなあ勇樹、マンガやアニメの見過ぎじゃない? もっと現実を直視しなよ」
「アニメのせいでこんな事態を引き起こした張本人が言えた義理か、この……」
「ほは、やへなひゃい!! ひひゃいひひゃい……ひどいなあ、一応神様だよ、ボク?」
エルダーが、引っ張られた頬を擦りながら涙目で俺を見上げてくるが、知ったことか。
「で、その一応神様は、俺をあの世界に転生させて、事態の収拾を図ろうとか考えてるのか?」
なに、俺、異世界転生勇者とかにされるパターンか、これ?
「いや、事態は一旦落ち着いたよ、勇樹のいた世界から召喚した勇者によって――ざっと一〇〇〇年前」
…………………………ハイ?
「………………………………」
「――あ、もしかして、異世界で勇者になっちゃうパターンとか想像してた? ねえ、してたの?」
「……し、してない……」
「そっかあ~、だったらいいんだよ。もしも転生して勇者になる展開を想像してたら『ねえねえ今どんな気持ち?』しなきゃいけなかったからなあ~」
……く……この…………
「ぬふふ~、ん~、そうかあ、ほほーん♪」
「読んだろ、エルダー、テメエ、思考読んだろ!? ああそうだよ、考えてましたよ! あ、これそのパターンのヤツだって思っちゃいましたよ! 悪うございましたね!! どうだ、これでいいかよ!!」
俺に襟首をつかまれ、ブンブンと揺すられながらも、ニヤニヤとイヤらしい笑みを貼りつけるエルダー。その顔を睨みつつも俺は泣きそうだった、イヤ、泣いた。
――助けてくださいと、世界の中心で叫びたかった。
「くそぉ、今日イチの笑顔でこっち見るんじゃねえよ!」
「イヤイヤイヤ、世界の監視と管理ばかりのつまらないボクの生活に、少しばかり潤いを与えてくれてもいいじゃない」
「親子そろって人をからかいやがってーっ!!」
「イヤ、何度も言うようだけど、娘には悪気はないんだよ、ホントに?」
……お前にはあるって暗に言ってるじゃねえか。
「まあ、おふざけはこのくらいにして……ティア! いい加減こっちに来たまえ。勇樹に詳しい説明をするのはお前のお役目だろう?」
「ふぇぇ、お父様……」
エルダーに呼ばれた女神様――ティアって名前なのか――は、トテトテと擬音が聞こえてきそうな可愛らしい足取りで俺たちのほうに近付いてくる。
……もうツッコむ気にもならんが、コレで素だとか、信者がいたとしたら到底見せられない姿だな。
そして、さっきの俺の興奮した思考内容に警戒しているのか、エルダーの後ろに隠れるように身を縮こまらせている。
「……いや、隠しきれてないから」
「でもぉ……」
「見ないから! 性的な目で見ないから! 頼むから神様らしくちゃんとしてくださいお願いします!」
もう、ジャンピング土下座からの五体投地で、なんとか女神様にご登場いただく。
「約束ですよぉ……」
「ホント頼むから!」
女神様の申し出を土下座と訴えでごまかす、なぜならその約束はできかねるから。
……申し訳ない。上の脳みそは制御できても、男の下の脳みそは完全自立型なんだ。
幸い、この思考は読まれなかったようだ。
「コホン、では改めて説明させてもらいますね――」
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