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5章 イズナバール迷宮編

253話 強奪

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 ゴオオオオ!!

「きゃあああああ!!」

 ヴリトラの炎の息吹ファイアブレスを避けた人影──ユアン達5人は、誰も彼もが丸腰で目の前の恐怖、ヴリトラの前にその姿を晒す。

『そこな虫けら、異能持ちだな──恐らくは先読みの類』
「────!!」
『図星か──シンドゥラを倒すためその力、我の物とする』

 ゴアアアアア──!!

「「──────!!」」

 ヴリトラの咆哮を間近で浴びたユアン達5人はその場にへたり込むと、身体を小刻みに震わす。
 ヴリトラはユアンに近付くとゆっくりとしゃがみ、その身体を掴もうと手を伸ばす。
 「先見」の異能を持つユアンだったが、先にヴリトラの咆哮で身動きの取れなくなっている状態ではそれはむしろ、自分に降りかかる災厄を先回りして見せられているだけに過ぎず、恐怖だけが増幅されてユアンの表情は凍りつく。
 そこへ──

『──なんのつもりだ、娘』
「ユアンは……ユアンには指1本触れさせない!」

 リーゼが5人の中でただ一人立ち上がり、ユアンとヴリトラの間に割って入る。
 その態度に一瞬怒りの表情を浮かべたヴリトラは訝しげな表情を浮かべ──

『なんだ、キサマ? ──まあいい────死ね』

 ────!!

 ヴリトラが伸ばしていた手をスナップさせ、その爪でリーゼの身体を引っ掛けると、

「──あ」

 ボシュ!!

 リーゼの腹部は半分ほど抉られ、その勢いのまま横に飛ばされる。
 一部始終を呆けた顔でただ見ていたユアンは、

「……り……リーゼえええ!!」
『黙れ』

 ようやく意識が追いついたのか叫び声を挙げるが、成す術無くヴリトラの手の中に掴まってしまう。

『安心しろ、キサマの力は我に勝利をもたらす福音、特別に殺さないでおいてやろう』
「ごふっ!!」

 ぞぶり──

 その手に掴んだままのユアンの腹にヴリトラは親指の爪を立てると、その爪を中心に光が溢れ、ユアンの身体から溢れた光がヴリトラの爪に吸い込まれてゆく。
 そして──光が消えるとヴリトラはユアンの身体を放り投げ、

『力を貰った礼だ、命は助けてやろう……それと、これはサービスだ』

 ボオオオオオ──!!

「うぅ……モーラ、マーニー……リシェンヌ……」

 腹に大きな穴を開けられながらもまだ微かに息のあるユアンは、ファイアブレスに巻き込まれた3人の名前を呼ぶ。
 そして、ブレスが止まった後にその場に残った炭の塊を見て、涙を流す。

『絶望もくれてやる。憎しみに染まりて立ち上がってみせよ──』

 バサッ──!

 ヴリトラはそう言い残してその場を飛び立った。

 …………………………。
 …………………………。

 目の前でリーゼを殺され、3人が焼失する光景を見せ付けられたユアンは、虚ろな表情を浮かべたまま天を見上げ、涙を流す……。

「………………………………?」

 ズッ……ズズ…………。

 何かを引きずる音がする──

 ズズ……ズ……スッ

 音が止むと、大きな穴を開けられたユアンの腹になにか暖かいものが触れる。

「ユアン……アナタは……アナタだけは」
「……リー…………ゼ?」
「ユアン……生きて──」
「リーゼ、リーゼ!!」

 ユアンの身体が一瞬大きな輝きに包まれると同時に──リーゼの目から光が失われた。


──────────────
──────────────


『待たせたな──ぬ、どこだ?』

 戻ってきたヴリトラはシンの姿が見えないことを訝しみながら、

 ──スッ

 身体を左にずらし、背後からのシンの突撃をかわした。

「────!?」
『相変わらずこすい男よ』

 嘲るヴリトラの態度に明らかな挑発の色を感じたシンは、ポーションで魔力を充填しながら再度、飛行突撃を行う。
 が、今度はシンが突撃を試みる前からヴリトラは左後方に大きく下がる。
 そしてシンは見た、ヴリトラの真紅の瞳が金色に輝くのを。

「──!! 手前まさか!?」
『なに、キサマが身を潜めながら傷を癒しておる間に我も必要な手段を講じたまでよ』
「バカ共が、なんでこんな場所に……食ったのか?」
『虫けらとはいえ我に恵みをもたらしたのでな、腹に穴を開けるだけにしてやったわ』
「他に仲間が4人ほどいなかったか?」
『ああ……いた・・な』
「そう──か!」

 シンは感情の読めない目でヴリトラを見据え、そのままマントを加速させる。
 ”先見”の異能を使うヴリトラはシンが肉薄する前に翼を広げると、狼牙棒ドラゴンテイルが振るわれる直前に羽ばたきながら後方へ身体をずらし、直後にシンのいる場所へ雷を落とす。

 ──バシャン!!

 しかしシンもそれを予測済みなのか、とっさに異空間バッグから大きな漆黒の鱗──ヴリトラの竜麟を取り出すと頭上に投げて避雷針代わりにすると、自分は更にヴリトラを追撃する。

『ぬぅっ!?』

 異能でかわし続けるヴリトラだったが、8手目でドラゴンテイルの一撃を頬に喰らい思わずたたらを踏みながらその巨体をよろめかせる。

「残念だったな、その異能は欠陥だらけの役立たずのようだぜ?」
『ぐぬぬ……』

 食いしばった口からパラパラと砕けた牙の破片を落としながらヴリトラはシンを睨みつけ、今度は威嚇するように背中の翼を大きく広げる。
 とはいえシンも、クリーンヒットの度に両腕は砕け、その都度回復薬で治してはいるものの額には脂汗が滴り、薬では引かない痛みと熱に指先の感覚が怪しくなってきている。
 内心の焦りを抑えながらシンは再度、ヴリトラに追い込みをかける。

「使えねえ異能を背負っちまったな──!!」

 そしてヴリトラに向かって飛翔するシンに向かってヴリトラは──

『さて──どうかな』

 ──ゴズン!!

「おぶっ!?」

 ビキィ!!

 突如ヴリトラはその巨体を前に押し出し、シンに向かって体当たりを仕掛ける。
 シンはそれをカウンターでまともにくらい、突き出していた左肩と周辺の骨が粉々に砕け散る。
 そして、体当たりの衝撃で意識が一瞬飛び、空中に立ち尽くすシンの右腕をヴリトラは掴むと、手に持ったドラゴンテイルごと力を込める。

 バギボギバギ──!!

「あぐあああああああああ!!」
『この異能はな、避けるためではない、相手の攻撃を潰すためのモノよ』

 先見──相手の自分に対する攻撃が見えるこの異能、ユアンは攻撃を避けるために使っていたが、避けた後の次手、更に次、と、シンが証明したように連撃に巻き込めば処理が追いつかなくなるという欠点のある異能だが、ヴリトラは全く逆の発想を用いた。
 ──相手の仕掛けるタイミングが見えているのだから迎え撃てばよい。
 突進するシンに向かってあえて体をぶつけに行く。攻撃をかわしてのカウンターではない、あえて踏み込み相手が攻撃をする前にカウンターを放つ。

『臆病者には打てぬ手だが、我には出来る』

 鎧ごと右腕を握り潰されたシンは魔力も尽き、回復薬を取り出そうにも砕けた左肩ではそれもおぼつかない、ついにヴリトラは勝利を確信した。

『これで仕舞いよな。安心するがよい、キサマの体は今より血肉となりて我と共に──ぐぬぅ!?』

 ヴリトラは自身に迫る危険を予見、形振り構わずといった様子でその場を飛び退く。
 ──思わずシンの体を取り落とすほどの勢いで。

「”渦旋撃”!!」

 ズバアッ!!

 背後から忍び寄ったルフトの必殺の一撃は、さっきまでヴリトラの身体があった──より正確には肛門のあった場所を通り過ぎ、飛び退いたヴリトラは憤怒の表情を浮かべる。

『キィサァマァアアアア!! たかがトカゲの分際で、よくも、我に──がっ!!』

 ドゥン!!

 激昂するヴリトラは、避けた先に突進してきたリオンの体当たりをモロに受け、大きく吹き飛ばされる。

『シン!!』

 リオンはシンを掌で受け止めると、うわ言のように喋るシンの顔を見て一瞬怯んだものの、意を決してその身体を掴み、

 ブチブチブチィ──!!

「があああああ!!」

 鎧ごとひしゃげた右腕を引き千切る!
 その直後、シンは大きく口を開けると、ガキンと強く歯を噛み合わせ、奥歯に仕込んだ霊薬エリクサー嚥下えんかする。

「カハアッ──くそっ、危なかった……助かった」
『シン、申し訳──』
「……そうだな、全部終わったらあの見事なオッパイでも揉ませてくれ。謝罪の言葉よりそっちの方が断然有り難い」
『シン……本当にアナタと言う人は……』

 さっきまで死の淵に片足を突っ込んでいた男の軽口に呆れるリオンは、それでも自分をリラックスさせようとしているであろう、どうにも方向性の間違った慰め方に思わず笑ってしまう。

『それで、これからどうしますか?』
「そうだな……こうなったら「奥の手」を使うんで、リオン達はなんとか時間を稼いでくれ。なにせ発動まで時間がかかる技なんでな」

 リオンは頷くと、シンをその場に下ろしてヴリトラの飛ばされたほうへ飛び、やがて激しくぶつかり合う音が響く。

ジン・・! すまない、あれだけお膳立てをしてくれたと言うのに……」
「何言ってるんですか、立てた作戦通りに全部進んでましたよ。アレが俺の予想以上だった、それだけですよ。それに……まだ終わっちゃいませんぜ?」

 シンはそう言ってルフトに不適な笑みを浮かべる。

「そうだったな……ならば俺も行ってくる。遠くから矢を射るだけの臆病なトカゲなどと言われて引き下がって入られんからな!」

 ルフトは気合を入れると、三叉槍を手に戦場に向かって走り出す。
 残されたシンは、

「……とは言ったものの、成功する保証は無いんだよなあ……まあ、やるしかないか」

 フゥとため息をつき、顔を上げた時にはシンの顔には真剣な表情が浮かび、異空間バッグから何かを取り出すとそれを両手で担ぎ、足を開いて腰を落として集中を始める。

「さて、当たれば俺の勝ち、外せば俺の負け……」

 シンの身体から光りが溢れ、担いでいる物体──投げ槍ジャベリンにどんどん吸い込まれていった。
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