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5章 イズナバール迷宮編

233話 試練?(グロ注意)

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※文中後編、グロテスクな表現があります、想像力豊かな方は気をつけてお読み下さい。

 ダンジョン中を包み込むように広がる霧は朝靄のように幻想的であり、同時に底冷えするような寒さを持って探索者を歓迎する──。
 が、

「──コイツはスティールミスト、体力を奪う毒の霧ですよ」

 ジンの言葉に好意的な感情は一欠けらも無かった。


 スティールミスト──空中を浮遊するこの霧が皮膚に付着すると、体温によって蒸発する際に身体の熱と同時に体力を奪い取ってゆく危険な霧。


「毒とは言いましたが体力を奪うだけで、実際それだけで死ぬことはありません。迷宮内で体力を奪われれば問答無用で死に直結しますがね……これはある魔物が結界代わりに作り出した空間で、それと同時に獲物を捕食するための罠ってとこですよ」
「結界であり獲物を捕らえる罠?」

 魔物の身体から発散される毒の霧スティールミストは放出される際の勢いに乗り外へ外へと広がってゆく。
 しかしその霧は外へ広がるうちに勢いは衰え、当然のように魔物の付近よりも離れた場所の方が霧の濃度は濃くなる。
 霧も、やがては地面に落ちてそのまま染み込んで行くか、その効果を示す事も無く蒸発するかの2つの運命を辿るのだが、この霧は蒸発する際に甘い香りを周囲に放つ。
 その香りを嗅いだ周囲の魔物たちは、その匂いに引き寄せられ、あるいは逃げ出す。
 そして結界に囚われた魔物は、奪われる体力が少ない霧の薄い方向、つまり魔物の本体が待ち構える場所に自らおもむき、体力を奪われ碌に動けないまま捕食される。

「食虫植物みたいな魔物だな」
「そんな可愛いヤツなら助かるんですがね……」

 ジンはゲッソリとした表情で力無く答える。さきほどのとっさに出したトラウマというのもあながち出まかせではないのかも知れない。
 ジンの説明を聞いたシュナが毒の程度を確認しようと霧に手を差し出すと、

「? …………っ!! なるほど、微かだけど確かに脱力感があるわね」
「直接肌に触れない限り問題はありません、それに、所詮霧ですから風で吹き飛ばす事は可能なんですが、そうすると相手の居場所も分かり難くなるからさて、どうしたものか」

 手に残った水滴を拭い取るシュナを横目に、顎に手を当てて悩むジン。霧を排除する方法はあるらしいが、あまり乗り気では無いようだ。

「霧を吹き飛ばすよりも、体力を奪われながら突き進むほうが正解だというのか?」
「この霧の飛散距離はおよそ1500メートル、しかも霧の薄い方を目指せば必然的に魔物に辿り着けますからねえ。わざわざ手がかりを無くすのも惜しいんですよ」
「手掛かり?」
「こういう待ち伏せ型の魔物ってのは、通せんぼしてるのがセオリーですよ」

 スティールミストという外敵排除の結界であり誘因型の罠を持つ魔物が、わざわざ動き回る必要は無い。拠点を決めて待ち伏せしているだけで身の安全と食料の供給が担保されているのだから。
 そして、待ち構える場所として最も効率的なのは、絶対にここを通らなければならない場所──階層同士を繋ぐ場所である。

「つまり、霧を逆に辿ってゆけば、魔物と下へ降りる通路を見つけられると?」
「ついでに、そいつにおびき寄せられた魔物もヘロヘロの状態になってますから倒し放題、素材も集め放題ですね」

 ジンの言葉が決定打となり、霧の中を突き進む案が採用された。
 体力低下の危険はあるが、それはあくまで皮膚など身体に直接付着した場合に限った事なので、魔道鎧アトラスを着込み、カブトの隙間から見える顔以外に露出の無いリオン等はほぼ無害、その他の面々もマントや布を巻きつけることで短時間なりとも皮膚への付着を防ぐよう対策を講じている。
 その中においてジンとルフトの2人だけは、それこそ炭坑のカナリアの如く普段のままでダンジョンに挑む。前者は作戦の発案者として、後者は採用した責任者としてそれぞれ自らの身体を使って案内役を務めることになった。

「魔物と当たる前に忠告を一つ、この霧を発生させている魔物は剣や鈍器の攻撃が有効ではありません、魔法か、槍のような刺突系の武器で対処する事になるので、道中出くわす敵に対してはそれ以外の方で対処するようにお願いします」

 その為ジンとしてはルフトには体力を温存する方向でお願いしたかったのだが、彼が頑として受け入れない為しぶしぶ了承し、シュナとカレンにはルフトに一番に回復魔法をかける様お願いしておいた。

「ところでジン、魔物の名前はなんと言うのだ?」
「魔物の名前はグラトニー、Aランクモンスターで暴食グラトニーの名に恥じない悪食の化け物ですよ……」
「……本当に嫌そうに喋るな、そんなに苦手なのか?」
「なんというか、生理的に無理ですね。あまり事前に怖がらせるのもイヤなので、詳しい事に関してはご自分の目で判断してください」

 陰鬱な表情で答えるジンに、ルフトは「それほどか……」と唸り、他の連中も「あの図太いジンが……」などと失礼な言葉を叩いているが、それに答える気力も今のジンには無かった。

(ねえねえ、そんなに苦手なの?)
(とりあえずドラゴンと戦うより辛いな……俺一人なら出合ったら問答無用で魔弓ミーティアをぶっ放して全てを無かった事にしたい)
(珍しいですね、貴方がそこまで嫌悪感を示すなんて)
(……もしかしたらリオンなら喜ぶかもな)
(??)

 体力が奪われる前に精神が疲弊しているジンだった──。


──────────────
──────────────


「──なるほど、確かに体力低下の制約はあるが、それ以上に路に迷わないで済むのはありがたいな」

 某3Dダンジョンのような、石組み造りによる1ブロックが6メートル立方で形成された迷宮は、天井の薄明かりに照らされ2ブロック先は暗くて見通せない。
 しかし、この霧のおかげで天井から襲い掛かるような魔物はおらず、出くわす魔物たちも、ジン達とは違ってスティールミストを全身に浴びているため体力低下は著しく、討伐も普段からは考えられないほど楽に進む。
 また分岐点を見つけても、周囲の壁や石畳の湿気り具合を調べればどちらが奥へと続く路か分かるため、彼等はほぼ一直線で目的地に近付いていく。

「とはいえ、倒した相手をそのまま放置ってのもなー」
「毒の霧の中で解体とか出来る訳ないでしょ、ゲンマ」
「かもしれねえけどよう、せめて回収くらいはしといた方がいいんじゃねえか?」
「その場合、目的地に着いた途端にアイツグラトニーに食べられますよ」

 ゲンマの愚痴を流しながら、迷宮の中を戦闘と探索を──水分を含み過ぎたマントや布を交換しながら──続けること数時間、ようやく終着が見えた。

「ジン、あれが……?」
「……ええ、あの巨大なヒキガエルがグラトニーです」


 グラトニー Aランクモンスター
 体高4メートルの巨大ヒキガエル。身体の表面のイボから絶えず毒の霧スティールミストを放出し、体力を削りながらもおびき寄せられた獣や魔物をその大きな口の餌食にする。
 その大口で何でもかんでも丸呑みにする姿はまさに暴食グラトニーの名に相応しく、胃袋の強酸は骨肉のみならず甲殻や金属も区別無く溶かし尽くす。
 身体の表面は非常にブヨブヨしている為鈍器による衝撃は吸収され、身体を覆う油のせいで刃物の切れ味も鈍る為、有効な攻撃は刺突か魔法攻撃、しかし火属性の魔法は周囲を覆う霧のせいで威力が減じられてしまう。
 イボにはスティールミストが大量に貯えられているので、もしも傷つければ返り血代わりに大量に浴びる事になってしまい、致命的なダメージを受ける可能性がある。


「うわ……」
「これは確かに、あまり相手にしたく無いな……剣でよかったよ」

 デイジーとドロテアの訴えを背中に受け、ジンはフッと笑う。
 その笑いにあまりよろしくない物を感じた2人はムッとした顔になり、イレーネが咎めるような視線を向けながら口を開く。

「ジン、あんた今、馬鹿にしなかった?」
「……ああすみません、そんなつもりは無かったんですが、あまりのお気楽さについ」

 そう答えるジンの顔色は優れない。それは決して体力低下のものだけではない、明らかに目の前の魔物グラトニーに対する嫌悪感で満たされていた。

「ジンさんはカエルが嫌いなんですか?」
「エル坊、あれをカエルなんて可愛らしく言っちゃいけません。アレはまごう方なき化け物、よく見てなさい」

 ブオン──!!

 ジンはエルの背負う背嚢から大きな肉の塊を取り出すと、思い切りそれをグラトニーの背後に投げる。

「良く見てなさい、アイツの本性を……」

 ジンの呟きに全員がグラトニーを見つめる。そしてくだんの魔物は背後に落ちた肉の塊を食べようと後ろを向いた、すると──

「ヒエッ──!!」
「うぷっ……」
「まさか──!?」

 ヒキガエルグラトニーの背中には無数の丸い穴が開いており、そのえぐれた穴の中に丸い卵のような物体が収まっている。


 ──別名コモリガエル、背中に空いた無数の穴に卵を貯え、子供のグラトニーは小さな成体となって背中から出てゆくまで親の背中で育つ──見た目が非常にグロい。


「……よりによって最悪のタイミングだ」

 良くない事は連続して降りかかってくる──ジンの呟きを証明するように背中の卵はウゾウゾと蠢き、

 グニュウウウウ──ポンツ!

 小さなグラトニーが次々と孵化し、背中から飛び出してくる。
 それを見た面々、とくに女性陣は、

「ぎゃああああああああああ!!」
「イヤアアアアアアアアアア!!」

 隣の人間と抱き合いながら悲鳴を上げる──。

「ジン……事前に教えてくれてもいいじゃないか……」
「……病める時も健やかなる時も一緒に分かち合いましょうや」
「いやいや……ホラ、エルが失神してるよ」

 「ヒッ──」という姿勢で立ったまま気を失っているエルを抱きかかえるとジンはそのまま後ろに下がる。

「それじゃあ俺は命がけで要人警護に徹しますので後はヨロシク♪」
「ジン!? キサマ、卑怯だぞ!!」
「何言ってんですか、ここに辿り着くまで身体を張ったんですから後は皆さんにお任せしますよ、俺はあんなの絶対ムリ!!」
「アタシらだってあんなの相手にしたくないわよ!!」

 そんな応酬がされる中──

 ジュルリ──

「ほう──コイツは美味そうだ♪」

 蜥蜴人ルフトの舌なめずりと嬉しそうに弾む声が聞こえる。

「なん……だと?」

 ジンと、シュナやデイジーたち女性陣はルフトの言葉に戦慄を覚えた。
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