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5章 イズナバール迷宮編
230話 屈辱
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「くそっ!! クソクソクソ──!!」
リトルフィンガーを出て少し南下した場所に、イズナバールを源流とした広く穏やかな川が存在する。
春とはいえ星が輝く夜は肌寒く、にもかかわらずユアンは、流れる水の中に裸体を沈め、身体に染み付いた異臭を取り除こうと身体をガシガシと麻布で擦りあげる。
──ジンに敗北し、その場に打ち捨てられる形になったユアンは、超人剤の副作用で頭部以外の筋肉に力が入らず、また、痛みを和らげる為と飲まされた薬に感覚も鈍らされ、我知らず失禁と脱糞をしてしまう。
しかも、それは一体何を食べたらそんな悪臭が発生するのか? と誰もが首を傾げるほどの異臭を放っており、ジンという人間のやり口をよく知らない町の人間からすると、ユアンの体質か何かだと誤解される。
20メートル離れた場所からでもその匂いに顔を歪め、10メートルまで近付けば刺激臭で涙が止まらなくなる、普通の人間族がその状況なのだから鼻が利く獣人などは堪ったものではない。
おかげで、ユアンを心配して側にいたモーラは卒倒し、風下では獣人のものであろう幾つかの悲鳴が聞こえてくる。
「うぇ……おぶっ! ユアン、なに、これ……?」
「俺のせいじゃねえ!! ズズッ──ゲハッ!! ゴホゴホ……オエェ!!」
異臭の最も近くにいるユアンは、身体が動かせないため鼻も口も押さえる事が出来ず、呼吸のたびに汚臭を吸い込み、涙と鼻水で顔をグチャグチャに汚しながら訴える。
「ジン、あの野郎がきっと……うぐぉ……俺の身体になにか……ウオエエエエエ!!」
ユアンはそう弁明をした後、あまりの気分の悪さに嘔吐し、さらにその吐瀉物を間近に嗅いだせいで失神してしまう。
「ユアン!? リシェンヌ、それにリーゼもユアンをどこかに連れて行かないと!!」
「でも……」
職業柄嗅覚も鍛えているマーニーには、どんなに我慢しても5メートル以内に近付く事ができず、2人に檄を飛ばすものの、リシェンヌとリーゼはジンとの約束事を考えてユアンに近付く事を躊躇う。むしろ5メートル近くまで近付くマーニーに戻ってくるよう声をかける。
「ふざけんな! ユアンをこんなにしたヤツとの約束事なんか守る必要ないだろ!?」
「そんな理屈通る訳無いじゃない!」
「マーニー、私達はここのコミュニティと個別に契約をしてるのよ? もしここで私達が約束を破ったとして、それを彼が周りに吹聴した時の事を考えて」
悔しさと刺激臭で涙と鼻水に塗れながら、マーニーはその言葉にしぶしぶ従う。
その後、通りを利用する行商人が顔を顰めながら来た路を引き返し、大きく迂回しながら街を行き来する姿が見られる。おそらくだが、彼等も町の連中から詳しい話を聞き、数日後には旅先で「剣舞」と呼ばれた男の新しい通り名を広める事だろう。
周囲の白い目を浴びながら、日が沈む頃になって意識を取り戻したユアンは、やっと身体の自由が戻った事を覚るとヨロヨロと立ち上がる。
「ユアン!!」
「お前ら……」
服と鎧を吐瀉物と汚物で染めたユアンは、自分に近付いてこない4人に悲しげな表情を向けるが、それがユアンの助命の条件の一つだと聞き、ジンへの憎悪に拍車をかける。
賭けに負けた事もあり、ほぼほぼ文無しの状態ではお高い定宿に戻れない──それ以前に今のユアンの状態で部屋を貸してくれる宿など無かろうが──ので、5人は一旦町の外へ出る事にした。
ちなみに、当直の門番をしていた冒険者は自分の不運を呪ったらしい……。
ユアンの近くにいた4人も服や髪、肌の奥にも汚臭が浸透しており、全員が川の水で身を清めた後、焚き火を囲んで服と身体を乾かしている。なお、着替えや荷物は宿屋に置いたままのため、肌寒い5月の夜に裸で火にあたっている。
やがて、彼女達の3倍の時間を費やし、なんとか1メートル圏内に入らなければ不快になる事は無い、程度に匂いを拭い取ったユアンが4人の元に戻ってくる。
その顔は恥辱と屈辱にまみれ、今にも怒りを爆発させんとする悪鬼の相が宿っている。
ユアンが口を開く。
「あの野郎……絶対に殺す!」
地の底から聞こえて来そうなユアンの呟きに、
「ダメよ、ユアン!」
「ユアンを含め私達は今後彼と彼の周りの連中に近寄らない、そう約束してユアンを見逃して貰えたの、だから……」
《見逃して》
ガギギッ──!!
その言葉にユアンは己の歯を磨り潰さんばかりに歯軋りをし、身体の前で組んだ両の拳に力が入る。
「そんなモン守る必要なんざねえっ!! 殺す!! 絶対にあの野郎は殺す!!」
「そうよ、あんなヤツとの約束なんか一々守る必要なんか無いわ」
「そうだよ! ったくアンタ達も、そんなくだらない事を律儀に守って、いったい何の得があるってのさ?」
「それは……でも」
「言ったじゃない、信義の問題よ」
詰め寄る2人に、困惑するリーゼとは違いリシェンヌは、昼間と同様に各コミュニティとの信頼関係に影響を与えないためにも、今はジンの条件に従い、彼等からの強い要請があったときに初めて、仕方なく約束を破る。そうする事で非をコミュニティ側に押し付けることが出来ると説明する。
彼女の説明には2人どころかリーゼも釈然としない物を感じて首肯が出来ないでいると、ユアンはリシェンヌに話しかける。
「リシェンヌ……お前はいつでも冷静だ。そしていつも正しい答えを導き出してくれるし信頼もしていた。だから聞きたい──超人剤の効果、どうして嘘をついたんだ?」
「────!! ユアン、何を!?」
「誤魔化すな! ジンは俺に向かってはっきり言った、あの秘薬の効果は3分間しかもたないと、その後は副作用であんな状態になると。副作用無しで5分間、全ての能力が3倍になるなんて嘘をどうしてついた!?」
ユアンの言葉に4人はみな一様に驚きの表情を浮かべる。超人剤の詳細を知らないリーゼは勿論の事、
「ちょっと待ってよリシェンヌ、あの薬を鑑定した時、そんなの出なかったよ? それこそ今ユアンが言った様な効果が出たんだけど……」
「……マーニー、なんで教えなかった?」
「──ヒッ!? ち、違うよ、リシェンヌが効果は知ってるって言うから……」
「ユアン! 私は確かに使い魔を介して見たの、嘘じゃないわ!!」
必死に弁明するリシェンヌを冷たい目で見返すユアン。その目を見ただけでリシェンヌは、自分の言葉がユアンに届いていない事を思い知る。
俯く彼女、しかしユアンは冷たく言い放つ。
「仮にそうだとして、マーニーたちの鑑定を聞こうとしなかった責任は大きい。だから今回の事でお前の意見は聞けない。失った信頼は今後の働きで取り戻してくれ」
「……わかったわ」
それだけを言うとリシェンヌは唇をキュッと噛み締め、悔しさから目に溜まる涙をこぼさないよう必死に耐える。
「リーゼ……この際だからハッキリさせておきたい。お前はあの男と俺、どっちを取るつもりだ?」
「──!! 何を言ってるのユアン!? 私はアナタを──」
「だったら!! だったら今後、あの男の事を口にするな! お前は俺だけを見ていればいいんだ! 今までだってそうだったじゃないか!!」
「ユアン……きゃっ!」
リーゼを抱きしめたユアンは「リーゼ、リーゼ」と、子供が母親に縋るように顔をリーゼの柔肌に擦りつけてくる。
驚くリーゼも、肌を密着させたことでユアンが震えている事に気付き、その震えが寒さからではなく、怯えから来るもをだと察する。
それが一体、何を失うことを恐れているのか判らぬほどリーゼも鈍感ではなく、彼女はユアンの身体に腕を回すと、その背中を優しくさする。
「…………………………」
その光景を嫉妬交じりに見ていたモーラ達も2人を囲むように自分たちも抱きつき、やがて、さきほどの蟠りを忘れたかのように穏やかな空気が周囲に溢れる。
5人はそのまま、焚き火の近くに乾かしたマントを敷き、未だ乾かない服はそのまま火の周りに置いたまま肌を寄せ合い眠りに付く。
──そして、
「くそったれがあああああ!! あーーーーーーー!!」
ユアンの絶叫が響く中、何者かによって服も鎧も盗まれた──何故か武器だけはその場に残っていた──彼女達はその場で肌を隠すように座り込み、ユアンは全裸でお日様に向かって怒りの雄たけびを上げる。
──その足元には
『ルパン参上』
訳の分からない言葉が「日本語」で地面に刻まれていた──。
リトルフィンガーを出て少し南下した場所に、イズナバールを源流とした広く穏やかな川が存在する。
春とはいえ星が輝く夜は肌寒く、にもかかわらずユアンは、流れる水の中に裸体を沈め、身体に染み付いた異臭を取り除こうと身体をガシガシと麻布で擦りあげる。
──ジンに敗北し、その場に打ち捨てられる形になったユアンは、超人剤の副作用で頭部以外の筋肉に力が入らず、また、痛みを和らげる為と飲まされた薬に感覚も鈍らされ、我知らず失禁と脱糞をしてしまう。
しかも、それは一体何を食べたらそんな悪臭が発生するのか? と誰もが首を傾げるほどの異臭を放っており、ジンという人間のやり口をよく知らない町の人間からすると、ユアンの体質か何かだと誤解される。
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おかげで、ユアンを心配して側にいたモーラは卒倒し、風下では獣人のものであろう幾つかの悲鳴が聞こえてくる。
「うぇ……おぶっ! ユアン、なに、これ……?」
「俺のせいじゃねえ!! ズズッ──ゲハッ!! ゴホゴホ……オエェ!!」
異臭の最も近くにいるユアンは、身体が動かせないため鼻も口も押さえる事が出来ず、呼吸のたびに汚臭を吸い込み、涙と鼻水で顔をグチャグチャに汚しながら訴える。
「ジン、あの野郎がきっと……うぐぉ……俺の身体になにか……ウオエエエエエ!!」
ユアンはそう弁明をした後、あまりの気分の悪さに嘔吐し、さらにその吐瀉物を間近に嗅いだせいで失神してしまう。
「ユアン!? リシェンヌ、それにリーゼもユアンをどこかに連れて行かないと!!」
「でも……」
職業柄嗅覚も鍛えているマーニーには、どんなに我慢しても5メートル以内に近付く事ができず、2人に檄を飛ばすものの、リシェンヌとリーゼはジンとの約束事を考えてユアンに近付く事を躊躇う。むしろ5メートル近くまで近付くマーニーに戻ってくるよう声をかける。
「ふざけんな! ユアンをこんなにしたヤツとの約束事なんか守る必要ないだろ!?」
「そんな理屈通る訳無いじゃない!」
「マーニー、私達はここのコミュニティと個別に契約をしてるのよ? もしここで私達が約束を破ったとして、それを彼が周りに吹聴した時の事を考えて」
悔しさと刺激臭で涙と鼻水に塗れながら、マーニーはその言葉にしぶしぶ従う。
その後、通りを利用する行商人が顔を顰めながら来た路を引き返し、大きく迂回しながら街を行き来する姿が見られる。おそらくだが、彼等も町の連中から詳しい話を聞き、数日後には旅先で「剣舞」と呼ばれた男の新しい通り名を広める事だろう。
周囲の白い目を浴びながら、日が沈む頃になって意識を取り戻したユアンは、やっと身体の自由が戻った事を覚るとヨロヨロと立ち上がる。
「ユアン!!」
「お前ら……」
服と鎧を吐瀉物と汚物で染めたユアンは、自分に近付いてこない4人に悲しげな表情を向けるが、それがユアンの助命の条件の一つだと聞き、ジンへの憎悪に拍車をかける。
賭けに負けた事もあり、ほぼほぼ文無しの状態ではお高い定宿に戻れない──それ以前に今のユアンの状態で部屋を貸してくれる宿など無かろうが──ので、5人は一旦町の外へ出る事にした。
ちなみに、当直の門番をしていた冒険者は自分の不運を呪ったらしい……。
ユアンの近くにいた4人も服や髪、肌の奥にも汚臭が浸透しており、全員が川の水で身を清めた後、焚き火を囲んで服と身体を乾かしている。なお、着替えや荷物は宿屋に置いたままのため、肌寒い5月の夜に裸で火にあたっている。
やがて、彼女達の3倍の時間を費やし、なんとか1メートル圏内に入らなければ不快になる事は無い、程度に匂いを拭い取ったユアンが4人の元に戻ってくる。
その顔は恥辱と屈辱にまみれ、今にも怒りを爆発させんとする悪鬼の相が宿っている。
ユアンが口を開く。
「あの野郎……絶対に殺す!」
地の底から聞こえて来そうなユアンの呟きに、
「ダメよ、ユアン!」
「ユアンを含め私達は今後彼と彼の周りの連中に近寄らない、そう約束してユアンを見逃して貰えたの、だから……」
《見逃して》
ガギギッ──!!
その言葉にユアンは己の歯を磨り潰さんばかりに歯軋りをし、身体の前で組んだ両の拳に力が入る。
「そんなモン守る必要なんざねえっ!! 殺す!! 絶対にあの野郎は殺す!!」
「そうよ、あんなヤツとの約束なんか一々守る必要なんか無いわ」
「そうだよ! ったくアンタ達も、そんなくだらない事を律儀に守って、いったい何の得があるってのさ?」
「それは……でも」
「言ったじゃない、信義の問題よ」
詰め寄る2人に、困惑するリーゼとは違いリシェンヌは、昼間と同様に各コミュニティとの信頼関係に影響を与えないためにも、今はジンの条件に従い、彼等からの強い要請があったときに初めて、仕方なく約束を破る。そうする事で非をコミュニティ側に押し付けることが出来ると説明する。
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「リシェンヌ……お前はいつでも冷静だ。そしていつも正しい答えを導き出してくれるし信頼もしていた。だから聞きたい──超人剤の効果、どうして嘘をついたんだ?」
「────!! ユアン、何を!?」
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ユアンの言葉に4人はみな一様に驚きの表情を浮かべる。超人剤の詳細を知らないリーゼは勿論の事、
「ちょっと待ってよリシェンヌ、あの薬を鑑定した時、そんなの出なかったよ? それこそ今ユアンが言った様な効果が出たんだけど……」
「……マーニー、なんで教えなかった?」
「──ヒッ!? ち、違うよ、リシェンヌが効果は知ってるって言うから……」
「ユアン! 私は確かに使い魔を介して見たの、嘘じゃないわ!!」
必死に弁明するリシェンヌを冷たい目で見返すユアン。その目を見ただけでリシェンヌは、自分の言葉がユアンに届いていない事を思い知る。
俯く彼女、しかしユアンは冷たく言い放つ。
「仮にそうだとして、マーニーたちの鑑定を聞こうとしなかった責任は大きい。だから今回の事でお前の意見は聞けない。失った信頼は今後の働きで取り戻してくれ」
「……わかったわ」
それだけを言うとリシェンヌは唇をキュッと噛み締め、悔しさから目に溜まる涙をこぼさないよう必死に耐える。
「リーゼ……この際だからハッキリさせておきたい。お前はあの男と俺、どっちを取るつもりだ?」
「──!! 何を言ってるのユアン!? 私はアナタを──」
「だったら!! だったら今後、あの男の事を口にするな! お前は俺だけを見ていればいいんだ! 今までだってそうだったじゃないか!!」
「ユアン……きゃっ!」
リーゼを抱きしめたユアンは「リーゼ、リーゼ」と、子供が母親に縋るように顔をリーゼの柔肌に擦りつけてくる。
驚くリーゼも、肌を密着させたことでユアンが震えている事に気付き、その震えが寒さからではなく、怯えから来るもをだと察する。
それが一体、何を失うことを恐れているのか判らぬほどリーゼも鈍感ではなく、彼女はユアンの身体に腕を回すと、その背中を優しくさする。
「…………………………」
その光景を嫉妬交じりに見ていたモーラ達も2人を囲むように自分たちも抱きつき、やがて、さきほどの蟠りを忘れたかのように穏やかな空気が周囲に溢れる。
5人はそのまま、焚き火の近くに乾かしたマントを敷き、未だ乾かない服はそのまま火の周りに置いたまま肌を寄せ合い眠りに付く。
──そして、
「くそったれがあああああ!! あーーーーーーー!!」
ユアンの絶叫が響く中、何者かによって服も鎧も盗まれた──何故か武器だけはその場に残っていた──彼女達はその場で肌を隠すように座り込み、ユアンは全裸でお日様に向かって怒りの雄たけびを上げる。
──その足元には
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