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5章 イズナバール迷宮編

209話 ほのぼのと帰路に

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「やれやれ……4月とはいえ夜は冷えるってのに」

 リストバンド型の異空間バッグから着替えを取り出しながら愚痴をこぼすジンの背後から、

「あれだけ暴れておいた後の第一声がそれとは、貴様らしいな」
「……別に俺は何もして無い気がするがな」

 ジンは、自分がした事と言えば、2人の女性の太腿やお尻を触りながら散歩をした後、美人局の被害者として屋敷の中で散々蹴り飛ばされ、男の尊厳と貞操の危機から必死になって逃げただけだと主張する。

「おかげで勝負上着・・・・が天に召されちまったぜ」
「よく言う、店と屋敷の中にあれだけ薬を撒いておきながら。見ろ、おかげで酒場の連中、この屋敷の前までやって来ているぞ?」
「……案内したの、お前じゃん」

 ジンは、かつてバラガの街でも使ったような過度な興奮を憶える薬品を体温で気化するよう調合し直し、それをシャツに染み込ませて酒場で撒き散らすと、屋敷内でも同様に、今度は陶酔感に浸れる薬品をダラダラと垂れ流し、彼等の理性を飛ばす事にのみ力を注いでいた。
 結果として、彼等は自分達の油断によってジンを取り逃がし、その鬱憤うっぷんを身内で晴らすべく、目の前にいる、余計な事をペラペラと口走らずにはいられない、小生意気な生贄に群がっている。
 そして、そんな狂乱の宴が催されている会場に、密偵の、

「アイツら、あそこの屋敷で人を集めて乱痴気騒ぎをするらしいから、行けば混ぜてもらえるぞ」

 とのお誘いにフラフラと吸い寄せられた男達が、屋敷の前に十数人ほど集まると言う事態に。

「さあ、知らぬな。だいいち彼等をああ・・したのは貴様だ」
「ですよね」

 オオオオオ──!!

 屋敷の中からなにやら歓声が響く、時間からして彼女達に狼達が牙をむき出す頃だろうか。
 ジンと密偵は男達の注目を浴びないよう暗がりをつたって門の前に身を隠し、残りの液体を彼等の足元に撒く。
 ──3分後、屋敷の中は祭りの参加者が増えていた。

「……中は楽しそうだな」
「そうだな……それにしても、貴様は女に対してはああいう事はやらないと思っていたのだが?」
「ウチの可愛いリオンちゃんに対して良からぬ事を計画してくれてたんでな。それをいうなら女のお前は同性としてどうなんだよ?」
「私は密偵だぞ? そんな表世界の倫理観など持っておらんよ。むしろ彼女達の苦痛が少なくなるよう身体を弛緩させ、大量の媚薬を投与した優しさを褒めろ」

 本気とも冗談ともつかない淡々とした口調で喋る密偵にジンは苦笑で返し、

「──で、今回の事に勇者ユアンは?」
「関与していない、後で褒めてもらおうと彼女達だけで動いていたようだ──」

 ついでに言うと、「森羅万象」の幹部連中もこの事は知らないらしい。
 迷宮探索から戻ってきた幹部達がアレ・・を知ってどのような行動に出るのか、部外者ながらジンは頭の中で合掌した。
 その後ジンと密偵は屋敷を離れ、夜通し開いている店の明かりが目に優しくない繁華街の通りを堂々と歩きながら明日以降の話をする。

「まあ、そういう訳で俺達の方はルフトさんのところと一緒に40層に挑戦する予定だけど、エル坊達はどうするか聞いてるか?」
「いや、特に予定は無いはずだ。出来れば貴様達に同行して欲しいと思っている」
「……聞いてましたかな? 俺は40層に向かうんだが」

 40層、ラスボス前の門番のような相手と戦うと言っているのに、当たり前のようにとんでもない提案をする密偵にジンは呆れながら聞き返すも、密偵はさも当然そうに、

「貴様が迷宮に潜るとあの方の守りが不安になる」

 彼女達の事が耳に入ればユアンがジンを逆恨みする可能性は窮めて高い、どんなにジンが「自分はあくまで被害者」の立場を取ろうとも。
 その時に当人が迷宮に潜っていると知ったら、その怒りの矛先がエルに及ぶ可能性が無いとは言い切れない。
 そうなるともう現場の手には負えない、確実に帝国が本腰を上げてユアンの討伐に乗り出す、下手をすれば軍が動き国際問題に発展する。それは避けなければいけないと、密偵は語る。

「だが、貴様の側なら何があろうとも安全だと確信しているのでな」
「無条件に信頼されても期待には応えられねえよ」
「アラルコンを子供扱いするような男が今さら何を……それに、貴様はあの方だけは絶対に守ってくれるだろうよ」
「……根拠は?」
「貴様は誰とでも対等な立場を取ろうとしている、意図的か無意識かは知らんがな。労働には対価を、悪意には悪意を、そして好意には好意をな」
「……………………」
「あの元王女アルミシアの言葉を信じているのかもしれんが、あの方は貴様に懐いているし、全幅の信頼を寄せている。だったら貴様はあの方を何が何でも守るだろうよ」
「流石に危険手当は払えよ……あと、デイジーちゃん達の説得はそっちでやれ」
「了解した」

 不機嫌そうに口を尖らせながら言い放つジンに、密偵は大金貨が何枚か入った小袋を差し出しながらさりげなくジンの横に並んで歩く。
 前報酬を受け取ったジンは中身も見ずにそれをリストバンド型の異空間バッグに収めると、今度は肩をガクンと落とし、

「来週は気の休まる暇が無さそうだな……しかも今夜は男に手篭めにされそうになるし、心の安寧が欲しい」
「ふむ……それなら今夜はまだ長い、慰労の相手ぐらい務めるとも」

 そう言われてジンは、腕を絡めながら胸を押し付けてくる密偵の、薬の影響で悶々としていた酒場の連中を唆す為、身体のラインが浮かび上がったスリットの深いアオザイのような服を、下着も着けずに歩いている姿を事ここに至ってようやく認識し、まじまじとその姿を眺める。どうやら男に迫られたことはジンにとってもかなりの衝撃のようで、今まで気にもしていなかったようだ。
 そんな内心を誤魔化すようにボリボリと頭を掻くジンを、面白そうに眺めながら密偵は何も言わず、ジンの言葉を待つ。

「……あの薬を屋敷に残してきたのは失敗だったかな」
「年寄り臭い事を抜かすな、貴様なら夜通しでも問題ないのは実践済・・・みだろう?」
「少しは恥らいなさいよ……ったく、ウチの周りの美女どもは」
「……他の女を口にするのは感心しないが、美女と評してくれた事は褒めておこう」
「ありがとよ、あ──」
「言われなくても誰にも喋らんさ、それと、私の部屋は貴様の好きな風呂付だ。終わった後も身綺麗にできるぞ」
「だから、恥じらいとかデリカシーがね……まあいいや」

 そこそこ仲の良い2人は、そのまま宵闇の中へ消えて行った。
 …………………………。
 …………………………。
 ちなみに、翌日速攻でリオンにばれ、膝枕アイアンクロー&ストマッククローの刑に処されるジンの姿があったが、何故ばれたのか、ジンには見当もつかなかった。
 その理由が、ジンの呪いを緩和させるため体内に取り込んである大地の魔竜リオンの竜宝珠モドキのせいで、ジンの行動は基本リオンに筒抜けである事を思い出すのは少し先の話である。

 そして翌週、40層を攻略するために迷宮に潜るジン達の後を、気付かれないように着いてゆくユアン達3人・・の姿があった──。
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