上 下
135 / 231
5章 イズナバール迷宮編

199話 巡り合わせ

しおりを挟む
「これといって何も無い、か……」

 ルディとリオンの目の前に広がるイズナバール、かつて死の湖と呼ばれた面影は今は無く、穏やかな顔を来訪者に見せている。
 春先はバスカロン連山から雪解け水が流れ込むことで、いつもより透明度の高い水は冷たく、だからこそ清らかで湖は神秘的な雰囲気を漂わせていた。
 ルディの呟きに幾分か揶揄する気配を感じリオンが首を傾げると、それを察したルディが言葉を続ける。

「リオン、この湖を見て何か思わない?」
「湖を見て、ですか? そうですね、死の湖と呼ばれていた頃を知らない身としては、その頃との違いは判りませんが、大きな湖、静かな水面、そして周囲に広がる草原、穏やかなものですね」

 リオンの無難な回答にルディはいたずらっ子の様な表情を浮かべ、

「そう、穏やかな湖だよね……こんな豊かな水源の周りに、大きな木の一本も生えてやしない」
「あ──」
「イズナバール周辺、ここは一度、もれなく焦土になったんだよね」

 リオンはルディに促され、改めて湖の周辺をぐるりと見渡す。
 バスカロン連山の麓に広がる一面の平野。
 まるで舗装されたかのように平坦で起伏の乏しい大地には草原が広がり、動物などが身を隠せる木々の類は、湖のほとりには存在しない。

「これはジン──いえ、シンが?」
「ヴリトラとの共同作業ってとこかな? 炎で森を焼き、衝撃波で大地を削り、毒で全てを腐らせ、最後はブライティアの死に際の力で浄化した──いやあ、から眺めるんじゃなく、リングサイドで観賞したかったよ♪」

 己の胸より低い位置で楽しそうに笑うエルディアスを見ながらリオンは、4年前にここで起きた戦いに思いを馳せる。

 ──これといって何も無い──

(シンはここに来ようとしませんでしたが、何を想うのでしょうか──ん?)

若様・・──」
「──誰だろうね? 6人分の、敵意と焦りの感情が入り乱れてリオン・・・に向かってるけど」

 ザス──ザス──

 ガチャ──ガチャン──

 なんにせよ、身を隠せる障害物が一つも無い草原では気配を隠す意味も無いと思っているのか、る気に満ちた集団がしっかりとした足取りで近付いてくる。
 その手に剣と盾を帯び、全身鎧フルプレートに身を包んだ剣士を先頭に5人・・の集団は2人の10メートル手前まで近付き、

「──そこの趣味の悪い鎧を着込んだ戦士! その御方から離れろ!!」
「趣味が悪い……?」

 その一言でリオンの頭の中にギルティの裁定が下された。
 リオンから伝ってくる不穏当な気配を察知した5人組は即座に散開、リオンに一斉に襲い掛かる。
 リオンは、正面から突っ込む全身鎧・・・の剣を魔道鎧のアームガードで受けようと左手を上げる。
 しかし、それを見計らったように、ジンの物と似た革鎧を着込んだ戦士が全身鎧の影から飛び出し、腰に下げていた鞭をリオンの左手首に巻き付け、力いっぱい引く。

「──!!」

 が、予想に反してリオンの左腕はビクともしない。

「ならば! ──”縛縄雷ライトニング・バインド”」
「くっ、これは──!?」

 バリバリバリバリバリバリ──!!

 戦士の言葉に反応して鞭から発せられた電撃がリオンの全身を包み、リオンは一瞬ビクンと仰け反ると、その場に硬直する。
 そこへ、

「貰った!!」

 リオンの懐まで近付いた剣士は、目の前の状況に見て瞬時に判断、盾を捨てて剣を両手で握り、身体ごと押し込むようにその剣をリオンの胸元に突き入れ──。

「なっ──!!」
「……なんですか、そのぶざまな攻撃は? せっかく動けないフリ・・までしてあげたと言うのに、手加減までしてコレでは話になりませんね」

 剣士の攻撃はリオンの魔道鎧アトラスの装甲に垂直に刃を立てるも、表面の塗装にキズをつけるのがやっとで、1ミリたりとも刺さりはしない。

「バカな!? 帝国屈指・・・・の名工が鍛え、更に効果付与エンチャントで切れ味も貫通力も増している私の”ヴェスパー”が……しかもその声、貴様女か!?」
「……この鎧を見てどうして今気付くのですか? それに女だからどうだと──」

 ヒュッ──!!

 3人目であるレンジャーの弓から矢が放たれ正確にリオンの喉笛を狙うが、リオンは魔道鎧に魔力を流して斥力場を発生させ、その場を動かず”必中”のスキルがかかった矢を回避する。

「──言うのです、アナタ達6人・・も全員女性でしょうに」

 目の前の出来事にあっけに取られる面々をリオンは無視してしゃがみ、小石を2つ拾い上げると手首の捻りだけで投げる。
 一直線に飛んでいったそれは、吸い込まれるように後方の2人に命中すると、それぞれの喉笛を潰した。。

「ぐえっ──!!」
「魔法が逸れて若様に当たっては困りますからね。まあ一流どころの魔道士なら頭の中で呪文を構築、それを周囲の魔素に送り込んで魔法を発動させる事も可能ですが……出来たとしてもその状況では難しいですか」

 5人の攻撃を跳ね返し、または無効化したリオンは、後方で事の推移を見守っていた最後の1人へ視線を向け、目を合わす。
 離れた場所にいた6人目の動揺は5人までは届かず、また、届いたとしても目の前の現実に呆然とするだけであった。

「さて、いきなり襲い掛かった事はともかく・・・・、この鎧を侮辱した事は許せませんね、全く情状酌量の余地はありません。死んで詫びなさい」
「まあまあ──」

 背中のモーニングスターに手をかけるリオンの側で、今まで後ろを向いていたルディが振り向きリオンを嗜める。

「とりあえず彼女たちの言い分くらいは聞いてあげようよ。もしかしたら面白い話でも聞けるかもしれない」
「しかし若様、ジンはともかく私は拷問の類は得意ではありませんよ?」
「……引き合いに出されるジンも可哀相だねえ、あと、拷問じゃなく尋問ね。で、お姉さんたち、命と貞操が大事なら素直に話してくれると僕らは有り難いんだけど?」
「!? 何を言っているのですかエル様────え?」
「ん──?」


──────────────
──────────────


「ふむ……まさか若さんの呼び込みにアレだけの効果があったとは」

 ジンは屋台の前でアゴに手を当て片眉を上げ、一人思案顔になる。
 いつもより材料の減りが遅い──つまり売り上げが悪い、概ね3割ほど。
 呼び込みもせずにそれだけ売れていれば充分と言えば充分なのだが、それを口にしてしまうと、遊び気分とはいえルディの仕事ぶりを否定するようでジンには出来ない。

「──おうジン、甘魚5つ、この籠に頼むよ、ってチビスケは今日はいないのか?」
「へいへい5つね……ほい、値引きして銀貨9枚ね。若さんならリオンと一緒に湖を見に行ってるよ」
「ほ~ん、まあ、綺麗な所だから一度は行ってみるのもいいかもなあ、2度はいいけど……って、一人で帰ってきたみたいだぜ? んじゃなジン、おーいチビスケ、湖は楽しかったか? って、アレ?」

 おかしな声を上げて離れていく常連を尻目に、見慣れた金髪の持ち主がジンの屋台に走ってくる。
 今ので作り置きがなくなったジンは後ろを向き、材料の生地をかき混ぜると、タイ焼き型にそれを流し込み、仕事をしながらを出迎える。

「どうだった、若さん、湖を見た感想は?」
「ふぇ!? あ、ああ、湖ね、ウン、綺麗だったよ」
「そうですかい……ところで、何をそんなに俺の手元をジロジロ見てるんで?」
「え、いやぁ、なんだか面白そうだなあと思って」
「ほう、コイツを作り続けて初めて聞いた言葉ですねえ……なんなら若さん、やってみますかい?」
「いいの!? あっでも……」
「そういえば、肝心な事を言ってませんでしたね──」



「「──────誰?」」
「「僕を知ってるの?」」

 離れた場所で全く同じ会話が行われている事を、当人達は知らない。
しおりを挟む
感想 496

あなたにおすすめの小説

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

スキル【合成】が楽しすぎて最初の村から出られない

紅柄ねこ(Bengara Neko)
ファンタジー
 15歳ですべての者に授けられる【スキル】、それはこの世界で生活する為に必要なものであった。  世界は魔物が多く闊歩しており、それによって多くの命が奪われていたのだ。  ある者は強力な剣技を。またある者は有用な生産スキルを得て、生活のためにそれらを使いこなしていたのだった。  エメル村で生まれた少年『セン』もまた、15歳になり、スキルを授かった。  冒険者を夢見つつも、まだ村を出るには早いかと、センは村の周囲で採取依頼をこなしていた。

プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~

笹原うずら
ファンタジー
獣人ばかりの世界の主人公は、炎を使う人間の姿をした少年だった。 鳥人族の国、スカイルの孤児の施設で育てられた主人公、サン。彼は陽天流という剣術の師範であるハヤブサの獣人ファルに預けられ、剣術の修行に明け暮れていた。しかしある日、ライバルであるツバメの獣人スアロと手合わせをした際、獣の力を持たないサンは、敗北してしまう。 自信の才能のなさに落ち込みながらも、様々な人の励ましを経て、立ち直るサン。しかしそんなサンが施設に戻ったとき、獣人の獣の部位を売買するパーツ商人に、サンは施設の仲間を奪われてしまう。さらに、サンの事を待ち構えていたパーツ商人の一人、ハイエナのイエナに死にかけの重傷を負わされる。 傷だらけの身体を抱えながらも、みんなを守るために立ち上がり、母の形見のペンダントを握り締めるサン。するとその時、死んだはずの母がサンの前に現れ、彼の炎の力を呼び覚ますのだった。 炎の力で獣人だらけの世界を切り開く、痛快大長編異世界ファンタジーが、今ここに開幕する!!!

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。