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5章 イズナバール迷宮編

187話 予想外

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「……………………ハァ……」
「…………なんだかなぁ……」

 先を歩くジンの背後からため息とボヤキが聞こえる。
 イズナバール迷宮7層、午前中に迷宮へ入り体感時間で正午過ぎ、3人は既に7層の密林地帯・・・・を周囲に気を配りながら歩く。
 迷宮とは名ばかりで、古代迷宮はその中にさまざまなステージを用意している。
 1-3層はなにかを連想させるキレイに積み上げられた石壁で区画整理されたフロアダンジョン、4-6層は所々に木々や水場の存在する平原。初めて古代迷宮に入った者は面食らうそうだが、昔からそういう物だと語り継がれてきたあるある・・・・である。
 勿論、リオンやルディのテンションが低めなのはそれが原因ではない。


 ──1層にて──

「──オイ、ここはコミュニティ「死山血河」の縄張りだ、新参が狩り場を荒らすんじゃねえよ!」
「ここは「乾坤一擲」の──」
「おい、オマエ達──」
「────────」

 イズナバール迷宮は他とは違って遅々として迷宮攻略が進まない、言い換えれば大半の者が序盤でくすぶっているとも言える。
 そんな時期が長く続いた結果、浅い階層は魔物の出現場所や規模が割り出され、探索者たちはそこを「狩り場」と称し、各コミュニティがそれぞれを占有している。
 新参者は業腹かと言えばそうでもなく、コミュニティに入りさえすればそれが利用できる上、他パーティとの顔合わせや、主催でもある古参の有力パーティに渡りをつける事も出来る。序盤の肩慣らしとしては有効に機能していた。
 ……とはいえ、そんな物を見せられて人外組が喜ぶはずも無く、

「あんなていたらく・・・・・で迷宮に挑もうなどとは……」
「ジン、冒険ってなんだろうね……?」
「お前等、人間に幻想を持ちすぎだぞ? 充分な定期収入があれば人間はそっちを選ぶもんだ。それが叶わないヤツや満足できないヤツが、たった一つの命を質に入れて一攫千金のギャンブルに挑むんだよ」
「だから、それが冒険者でしょうよ!?」
「長くやって芽が出ねえとああ・・なるんだよ、良かったな、勉強になって」
「……ジンがああならないように祈るよ」
「そうだな……まあ、ああはならんから安心しろ」
 ・
 ・
 ・


 森林地帯の7層は上の層とは違い、まるで人の気配が無い。
 答えは言うまでも無く、ある程度の実力があれば近道・・を使ってもっと下の階層に挑んでいるからだ。

 迷宮の難易度は一般的に、10層攻略にはEランク冒険者のパーティが複数必要だと言われている。それ以降は10層毎にランクが一つ上がり、最下層である50層はAランクの冒険者集団でなければ攻略は出来ないらしい。
 これは魔物の強さ以外にも、そこに辿り着くまでの戦力低下を考慮しての目安なので、バックアップさえしっかりと機能していれば単独パーティでも踏破は可能だという。

 そんな訳で、狩り場以外の階層1ケタを歩く者は、11層以降へ挑むための「鍵」を取りに10層に向かう者しかいない、つまりジン達だけだ。
 ジンは目の前の枝を切り落としながら森の中を歩き、下の階層への入り口を探す。

「……魔物よりも枝落としが初仕事とは、コイツも浮かばれんな」

 ジンは両手に持った2振りの、変わった形状の剣を見つめる。


サベイジャー──弧状に湾曲した内反りのククリナイフ。
 50センチほどの肉厚の刀身は剣先の方が幅広になっており、その鋭利な切れ味もさる事ながら、重量を利用して鉈のように叩き切る、かち割る武器。
 材質は大地の魔竜ガイアドラゴンの爪を金属状に錬精・鍛造したもので、効果付与エンチャントされていない通常金属では斬撃を防ぐ事は出来ない。
※その他・特殊効果アリ


「何それ、面白そうだね、ボクにも貸してよ!」
「中身まで子供になってるな……若さん、いいですけどあんまり飛び出さんでくださいよ? 森の中は何が潜んでるか判らないんでね」

 ジンから蛮刀サベイジャーを受け取ったルディは嬉しそうにそれをブンブンと振り回し、まるで本当の子供のようにはしゃぐ。
 手持ち無沙汰に腰に手を当てるジンの姿は本当にお目付け役のようであり、この状況を誰かが見ていれば3人の設定・・を疑う者は居ないだろう。

「若様、あまり離れては危険ですよ──」
「大丈夫だよ──あっ」
「!? ──あのバカ様!!」

 奥へ進んだルディが木陰に入った途端、シュルルと白い糸が木の上から噴出され、瞬く間に糸に絡め取られたルディは木の上に持ち上げられる!


ジャイアントスパイダー Fランクモンスター
 体長1メートルを超える大型の蜘蛛。
 巣は作らず、木の上で実を潜めつつ獲物が近付くと、尻の噴出孔から粘着質の意図を吐き出し獲物を絡めとり雁字搦がんじがらめにした後、致死性の毒を牙から注入、死体を貪り食う。
 致死性ながらも毒の進行は遅く、24時間以内に毒を取り除けば助かる。
 また毒以外の攻撃手段は無いので、それさえ気をつければ討伐は比較的容易。ただし、動きが素早いので逃げられる事が大半。


「ジン~~リオン~~た~すけて~~」
「余裕だな、あのアホ……」
「ですが、若様の身体は普通の人間の少年、登録証の通りの性能しかないらしいですから容易く死ぬそうですよ?」
「──!! なんでそれであの余裕なんだよ!? ちぃっ──」

 ジンは肩当ての内側に手を伸ばすと、「異空間バッグ」から薄焼きの壺を取り出して簀巻きにされたルディ目掛けて投げつける。

 ガシャン!! ──シュウウ────ズルリ

「リオン」
「お任せを!」

 ルディを捕らえた糸の拘束が緩んだと同時にリオンが星球武器モーニングスターを軽く振り、大蜘蛛ジャイアントスパイダーが掴まっている大木を大きく揺らす。

 ゴウン!!

「ギイイイイイ──!!」

 バランスを崩して落ちて来る蜘蛛目掛けてジンは、拾ったサベイジャーを突き出しその頭部を貫く。
 そしてルディは糸が外れてそのまま落下、リオンに受け止められる。

「いや~、流石は助さん角さん……ジン? あ、ゴメンって、謝るから無言でソレ近づけないで、ホント悪かったって……近いから! 光る目が怖いから!!」

 8本の足をワシャワシャと動かす蜘蛛を眼前に持って来られ、若干涙目のルディを尻目にジンは、

「リオン、チョット長くて丈夫そうな枝、なんなら細い木の幹でもいいから取ってきてくれないか?」
「? ハイ、いいですけど何を?」
「ああ、丁度素材採集にな」

 リオンがモーニングスターで若木を薙ぎ倒して持ってくると、ジンはまだ活動を止めない蜘蛛の牙を指で弾く。

 ビュル──!!

 ジンが牙を弾くたびに大蜘蛛から白い糸が飛び出し木に巻きつく。それを何度か繰り返し、糸が出なくなったのを確認したジンは蜘蛛の頭を踏み抜いてトドメを差す。

「おお、結構取れたな」
「シン、これはもしかして「スパイダーシルク」ですか?」
「そうだ」


スパイダーシルク──蜘蛛科の魔物から採れる糸。
 絹のように滑らかで、それでいて絹よりも細く丈夫な糸の為、貴族のドレスや装飾品の材料として珍重される。また、元が魔物の素材なので魔法の付与効果の乗りも良く、魔道具にも使われる。
 一定の長さを持った糸を確保するのが難しく、また糸の粘着成分を分解するのに手間と時間がかかるために非常に高価となっている。


「ジャイアントスパイダーは巣は作らないわ獲物と一緒に糸まで食らうわで、素材として確保するのが難しいんだが、まあこの通り、エサ・・でおびき寄せれば大量に手に入る」
「ですがジン……」
「ヒドイや、ボクを囮に使ったのかい!?」
「勝手に突っ走っといて何言ってやがる! ピンチをチャンスに変えたと言え!」
「ジン──」

 ゴン──!!

「ごふぅ!」

 糸が巻きついた細木で殴られたジンは地面に突っ伏し、潰れた悲鳴をあげる。
 そしてリオンは悪びれる事も無くジンに喋りかける。

「ジン、スパイダーシルクは糸に戻す処理がかなり面倒だったはずですが……もしかしてさっきの液体は?」
「……いつつ、少しは加減しろって……ああ、さっきのは菜種油に色々混ぜた特製剥離液だ……まあ昔、小遣い稼ぎにならんかと思ってな」

 ジンは少しだけ遠い目をしてそう話す。

「そうですか、それで──」
「製法は教えんぞ、バラガのギルドマスター?」

 ジンはジト目で、今にも揉み手をしそうな作り笑顔の巨乳美女を睨む。

「……ケチですね、教えてくれても良いじゃないですか」
「タダで教えてもらおうとするヤツが吐いていい台詞じゃねえだろ……そうだな、この町にいる間はリオンが毎晩膝枕と添い寝をしてくれるんなら教えてやろう」
「あ、全然良いですよ♪」
「…………………………」
「全然大丈夫です」
「少しは恥らってくれんもんかねえ……」
「ジン、相手を見てモノを言いなよ」

 ジンの出した交換条件を嬉々として受け入れるリオンをジンは残念な子を見る目で、そしてそんなジンを、ルディはもっと残念な子を見る目で見つめてしみじみと呟く。

「それではどうせですから今日はここで「蜘蛛狩り」でもしましょうか。うん、やはり目標があると意気込みが違いますね、ホラ2人とも、急ぎますよ!!」
「あらら……ジン、頑張ってね♪」

 ジンに向かってルディは意地の悪い笑顔を向ける。
 しかし、ジンもルディに対して不敵な笑みを浮かべ、

「そうだな、お互いに頑張ろうか、エサ君」
「「…………………………」」
「──ジン、はやく来ないとまたコレでどつきますよ?」

 見つめ合う2人の耳に、テンションの高いリオンの声が響いた──。
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