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5章 イズナバール迷宮編
179話 雪の森と同行者
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サクッ──サクッ──
森の中、男が歩を進めるたびに足元から積もった雪を踏み締める小気味良い音が周囲に響く。
時は帝国暦986年2月、冬の只中の東大陸にあっては木々はもれなく葉を落とし、代わりに雪化粧をまとって幻想的な姿を浮かび上がらせる。
「……寒い」
そんな絵画に描き残したくなるような美しき情景も、悲しいかな歩き続ける男には体を冷やすだけの迷惑な自然現象にしか過ぎなかった──。
──白に埋め尽くされた森の中を歩く男がいる。
一目で仕立てたばかりと分かる艶やかな光沢を放つ革の胸当てと同じく革製のやや大きめな肩当て、四肢には革を主体として攻撃を受けそうな部位には金属とも魔物の物とも判別しにくい素材を使う。
動き易さと防御力・消音性を求めた装備には機能美を感じなくもない。
腰に巻いたベルトや胸元には、筒状の薬瓶が丁度良く収納できる”ショットシェルポケット”が幾つも付いており、およそ敵と正面きって鍔競り合う戦士の類には見えず、ミドルレンジからの支援攻撃を予想させる出で立ち。
暖かそうな毛皮で出来た大き目のマントを羽織り、耳垂れ帽子をかぶった男──シンは、その身体に薄く雪を積もらせながら街道を求めて森の中を歩く。
──そしてその背後には、
「あー、顔を冷水で洗う時とはまた違う、叩きつけるような冷気の感触、冬の世界は何年振りでしょうかねえ」
「まったくだよ、向こうは風情というものが無いんだよねえ、そりゃやろうと思えば出来るけど、それじゃ自分の想像通りのものにしかならない。やっぱり、思いがけず、予想通りには行かず、これこそが人生というものだよ」
「まさにその通りですね」
「──やかましいわ、この人外ども」
立ち止まったシンは振り返ると、背後から付いて来る2つの人影を半眼で見やりながらウンザリとした声で言い放つ。
大小2つの人影──エルダーとリオンはシンの言葉にキョトンとし、双方可愛らしく小首を傾げながらシンを見つめ返す。言葉の意味が理解できない、そんな感じだ。
「……シン、種族による差別はとても恥ずべき事ですよ、猛省してください」
「なんてことだ! 僕の信頼する使徒が、とんだ差別主義者だったなんて!?」
「そういう意味で言ったんじゃねえよ! 皮肉だよ! 気付けよ!!」
声を荒げるシンに対してリオンもエルダーも疑わしげな眼差しを向ける。
皮肉──シンの言い分も分からないではない。彼の目の前に存在するのは片や魔竜、およそこの世界に存在する数多の生物の頂点、最強の種であるドラゴンをも超えた存在である。
その魔竜の中でも南大陸最強の大地の魔竜メタリオン、それが目の前で上から目線──立場的にも物理的にも──で話してくるモノの正体である。
そしてもう一つ、小さい方と言えばもっと規格外、シン達の住むこの異世界を管理する女神ティアリーゼ、更にその上の存在である創造神にして最高神のエルディアス=プリム、通称エルダーである。
異世界──そう、ここはシンにとって2度目の人生を送る世界。地球と呼ばれる元の世界から神の思惑によって「お試し転生」をした、かつて『藤堂勇樹』と呼ばれた男が新たな人生を送る世界。
魔物がはびこり人々は剣と魔法によって世界を切り開く、レベルがありスキルがある、目の前の創造神が面白そうだと戯れに造った実にファンタジーな世界である。
人間などよりはるかに上位の存在である神と魔竜、この2人が人間目線で世界を語るのは、それ自体が皮肉と言えなくもない。
とはいえ、いつものシンならこのような物言いは無かったかも知れない。もっとこう、会話が続くような、からかい混じりの口調にもなっただろう。
シンの心は若干ささくれ立っていた、いや、それこそウンザリといった感じか。
理由はひと月ほど前まで遡る──
──某所にて──
男は手に取った椀を口に付け、音も立てず静かに汁をすする。
「──ほう、なんとも繊細な味わいよ」
続けて男は器用に箸を操ると、汁の中でフヨフヨと漂っている団子を摘まんで口に運び、半分ほどを口に入れると静かに咀嚼をし、ほうとため息を漏らす。
「──うむ、これも良いな。柔らかな食感であるにもかかわらず染み出る出汁の味わいと、たまに塊として入っておるこのプリっとした身の食感と味、これらが全て交わりて何とも言えぬ満足感」
「満足して頂けて何よりです。こちらは真薯の吸い物と言いまして──」
「──御託はいいんだよ! 要は美味いか不味いかの2つに1つなんだから! にしても、しんじょっつったか? ウマイっちゃあウマイが何ともこう、腹にガツンとくる味わいじゃねえな」
「そういう料理なんだよ! だからパカパカ流し込むように食うな! もっとゆっくり味わえよ、テメエは!」
先程の神妙な態度とは打って変わり、声を荒げて行儀の悪さに抗議する男──シンであった。
ここはシンの隠れ家──平屋造りの、一人暮らしには不釣合いな大きな建物、その南側に張り出したオープンテラスで現在シンはおさんどんに従事している。
なぜか、答えは明白、
「……シンよ、いかにそこの物体が礼儀を知らぬ野蛮の徒とはいえ、一応はおぬしの師匠ではあるのだ、その物言いは感心せぬ」
「おう、そうだぞ! 師匠に対して礼儀がなっとらん、さっさと酒もって来いや!」
「だったら師匠が率先して見本を見せろ!」
ブチブチと文句を言いながらも建物の中に入っていくシン、おそらく酒を取りに行ったのだろう、口では言い返すもある意味従順な態度をとるのは、表面上はともかく確かな師弟の絆が結ばれているのだろう。
「チマチマ持って来るんじゃねえぞ! 樽ごと出せ!」
「黙って待ってろ、それから濃い味が好きならそこの醤油でも一気飲みしてろ!」
……絆の形はそれぞれではあるが。
「シンもあんなに声を荒げたりするんですねぇ……その上で素直に言う事を聞く事にも驚きですが」
「この面子だとシンはあんなモンだよ、いつも」
初めて食べるあんこ餅に悪戦苦闘していたリオンの呟きに、これまたシンの家で自分の家のようにくつろぎまくっているエルダーが答える。
エルダーの言葉を聞きながらリオンは先程までシンと会話をしていた2人──火龍イグニスと水龍ヴァルナ──を見やる。
龍種──龍の名を冠してはいるがドラゴン、魔竜とは異なる種。
その実は世界に漂う魔素の集合意識体であり、言わば精霊に類する存在。人間の学者からは実在を噂されるもその実物を見た事が無い、各属性の精霊王である。
火・水・地・風の4大が存在し、この属性は魔道士が唱える呪文の基礎ともされる。
※シンの操る転移魔法はこれから外れた第5元素「空」の属性をもつ。
神聖魔法は女神へ祈りを捧げる魔法であり、全属性を束ねる「無」属性。
人型をとっている2人は実に対照的で、イグニスは燃えるように赤い三つ揃いに身を包む、佇まいも静かな紳士然としたナイスミドル。
綺麗に整えられた七三分けの髪型と主張の激しいカイゼル髭、そしてそれ以上に目立つのは、スーツがはち切れんばかりの筋肉の塊──シン曰く筋肉紳士との事。
そしてヴァルナといえば、これまた自分の属性を表しているのか、淡い水色を基調としながらも袖や裾にかけては派手な模様が画かれた着流しを着崩し、椅子の上で胡坐をかいたり立膝をついたりと全方位でお行儀の悪い、うら若き女性。
大人しく座っていれば優しそうな柔和で整った顔立ちと、夜の闇を固めて作り上げた様な艶やかな黒髪、豊かな胸のふくらみは南国ならではの小麦色の肌と相まって健康的な美とエロスを同居させ、着流しから覗く太腿にいたっては、男であれば誰しもその肌理の細かい肌に頬擦りしたくなる事間違いなしである。
そう、外見は文句のつけ様の無い美女なのに余りにも中身が野卑すぎる、残念美女の一つの完成形とも言えた。
己の属性を勘違いしているのでは無いかと疑われる2人は、シンにとって師匠であり、ある意味家族のような存在でもあるとはエルダーの言である。
「龍種2人が師匠とは、一体どんな経緯でそうなったのやら……」
「ん? たいした理由なんぞ無いぞ、ボロボロのアレを保護するようにティアリーゼ様から連絡が来たんで暇つぶしに拾って育てただけだ」
「……まあ、概ね間違ってはおらん。地龍と風龍は断ったようだがな」
「まあ、普通はキミらに頼むティアの方がおかしいんだけどね」
そう言って楽しそうに笑うエルダーの背後に、言いつけ通りに樽ごと酒を持って来たシンが立っていた。
「おかしいと判ってたんなら頼む前に止めろ、生死の狭間でしか存在してなかったぞ、あの頃は!」
「やだなあ、「鉄は熱いうちに打て」だよ、成長補正のかかる時期に大幅レベルアップが出来た事を喜びたまえ、我が相方よ」
「打たれ過ぎて壊れる寸前だったわ!」
「壊れなかったキミに終わり無き賛辞を!」
「言ってろ!」
「──話は終わったかな、シン。それでは食事も終わった事だし本題に入ろう」
「……ハイ」
──ガバァッ!!
「なっ!?」
いきなりの事に思わず驚きの声を出すリオン。彼女だけ目の前の光景が一瞬理解できなかった。
なぜなら──
「シイイイインンンンン!! どうして昨年は新年の挨拶に呼んでくれなかったのだあああああ!? 私がどれだけお前の身を案じていたと思っているのだ!?」
「あー……そうですね、もうしわけありません……」
イグニスはシンを強く抱きしめると、親愛の情を込めに込めて自分がどれほど心配していたか、実体化していない状態では直接シンに手助けできない事をどれほど口惜しく思っているか、延々と語り続ける。
傍目にはイグニスがシンをベアハッグで仕留めにかかっている様にしか見えないが。
「長いんだよねぇ……アレ」
「……シンが会うのを渋った理由が解りました」
エルダーとリオンが2人の様子を生暖かく見守る中、ヴァルナは我関せずとばかりに樽に頭を突っ込んで酒を文字通り浴びるように飲んでいた。
(面倒くせえ……)
「シン、聞いておるのか!? お前は私にとって弟子であると同時に息子と言っても過言ではないのだぞ! ホラ、もっとお父さんに甘えてよいのだぞ?」
悠久の存在である龍種にとって、生まれて20年も経たないシンなど赤子のように見えるのだろうか、とても精霊王の態度とは思えなかった。
そんなカオスの時間、それはそれで優しいと言えなくも無い時間だった
「シイインンン──!? 聞いておるのか!?」
「ハイハイ、キイテマスヨ……」
森の中、男が歩を進めるたびに足元から積もった雪を踏み締める小気味良い音が周囲に響く。
時は帝国暦986年2月、冬の只中の東大陸にあっては木々はもれなく葉を落とし、代わりに雪化粧をまとって幻想的な姿を浮かび上がらせる。
「……寒い」
そんな絵画に描き残したくなるような美しき情景も、悲しいかな歩き続ける男には体を冷やすだけの迷惑な自然現象にしか過ぎなかった──。
──白に埋め尽くされた森の中を歩く男がいる。
一目で仕立てたばかりと分かる艶やかな光沢を放つ革の胸当てと同じく革製のやや大きめな肩当て、四肢には革を主体として攻撃を受けそうな部位には金属とも魔物の物とも判別しにくい素材を使う。
動き易さと防御力・消音性を求めた装備には機能美を感じなくもない。
腰に巻いたベルトや胸元には、筒状の薬瓶が丁度良く収納できる”ショットシェルポケット”が幾つも付いており、およそ敵と正面きって鍔競り合う戦士の類には見えず、ミドルレンジからの支援攻撃を予想させる出で立ち。
暖かそうな毛皮で出来た大き目のマントを羽織り、耳垂れ帽子をかぶった男──シンは、その身体に薄く雪を積もらせながら街道を求めて森の中を歩く。
──そしてその背後には、
「あー、顔を冷水で洗う時とはまた違う、叩きつけるような冷気の感触、冬の世界は何年振りでしょうかねえ」
「まったくだよ、向こうは風情というものが無いんだよねえ、そりゃやろうと思えば出来るけど、それじゃ自分の想像通りのものにしかならない。やっぱり、思いがけず、予想通りには行かず、これこそが人生というものだよ」
「まさにその通りですね」
「──やかましいわ、この人外ども」
立ち止まったシンは振り返ると、背後から付いて来る2つの人影を半眼で見やりながらウンザリとした声で言い放つ。
大小2つの人影──エルダーとリオンはシンの言葉にキョトンとし、双方可愛らしく小首を傾げながらシンを見つめ返す。言葉の意味が理解できない、そんな感じだ。
「……シン、種族による差別はとても恥ずべき事ですよ、猛省してください」
「なんてことだ! 僕の信頼する使徒が、とんだ差別主義者だったなんて!?」
「そういう意味で言ったんじゃねえよ! 皮肉だよ! 気付けよ!!」
声を荒げるシンに対してリオンもエルダーも疑わしげな眼差しを向ける。
皮肉──シンの言い分も分からないではない。彼の目の前に存在するのは片や魔竜、およそこの世界に存在する数多の生物の頂点、最強の種であるドラゴンをも超えた存在である。
その魔竜の中でも南大陸最強の大地の魔竜メタリオン、それが目の前で上から目線──立場的にも物理的にも──で話してくるモノの正体である。
そしてもう一つ、小さい方と言えばもっと規格外、シン達の住むこの異世界を管理する女神ティアリーゼ、更にその上の存在である創造神にして最高神のエルディアス=プリム、通称エルダーである。
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魔物がはびこり人々は剣と魔法によって世界を切り開く、レベルがありスキルがある、目の前の創造神が面白そうだと戯れに造った実にファンタジーな世界である。
人間などよりはるかに上位の存在である神と魔竜、この2人が人間目線で世界を語るのは、それ自体が皮肉と言えなくもない。
とはいえ、いつものシンならこのような物言いは無かったかも知れない。もっとこう、会話が続くような、からかい混じりの口調にもなっただろう。
シンの心は若干ささくれ立っていた、いや、それこそウンザリといった感じか。
理由はひと月ほど前まで遡る──
──某所にて──
男は手に取った椀を口に付け、音も立てず静かに汁をすする。
「──ほう、なんとも繊細な味わいよ」
続けて男は器用に箸を操ると、汁の中でフヨフヨと漂っている団子を摘まんで口に運び、半分ほどを口に入れると静かに咀嚼をし、ほうとため息を漏らす。
「──うむ、これも良いな。柔らかな食感であるにもかかわらず染み出る出汁の味わいと、たまに塊として入っておるこのプリっとした身の食感と味、これらが全て交わりて何とも言えぬ満足感」
「満足して頂けて何よりです。こちらは真薯の吸い物と言いまして──」
「──御託はいいんだよ! 要は美味いか不味いかの2つに1つなんだから! にしても、しんじょっつったか? ウマイっちゃあウマイが何ともこう、腹にガツンとくる味わいじゃねえな」
「そういう料理なんだよ! だからパカパカ流し込むように食うな! もっとゆっくり味わえよ、テメエは!」
先程の神妙な態度とは打って変わり、声を荒げて行儀の悪さに抗議する男──シンであった。
ここはシンの隠れ家──平屋造りの、一人暮らしには不釣合いな大きな建物、その南側に張り出したオープンテラスで現在シンはおさんどんに従事している。
なぜか、答えは明白、
「……シンよ、いかにそこの物体が礼儀を知らぬ野蛮の徒とはいえ、一応はおぬしの師匠ではあるのだ、その物言いは感心せぬ」
「おう、そうだぞ! 師匠に対して礼儀がなっとらん、さっさと酒もって来いや!」
「だったら師匠が率先して見本を見せろ!」
ブチブチと文句を言いながらも建物の中に入っていくシン、おそらく酒を取りに行ったのだろう、口では言い返すもある意味従順な態度をとるのは、表面上はともかく確かな師弟の絆が結ばれているのだろう。
「チマチマ持って来るんじゃねえぞ! 樽ごと出せ!」
「黙って待ってろ、それから濃い味が好きならそこの醤油でも一気飲みしてろ!」
……絆の形はそれぞれではあるが。
「シンもあんなに声を荒げたりするんですねぇ……その上で素直に言う事を聞く事にも驚きですが」
「この面子だとシンはあんなモンだよ、いつも」
初めて食べるあんこ餅に悪戦苦闘していたリオンの呟きに、これまたシンの家で自分の家のようにくつろぎまくっているエルダーが答える。
エルダーの言葉を聞きながらリオンは先程までシンと会話をしていた2人──火龍イグニスと水龍ヴァルナ──を見やる。
龍種──龍の名を冠してはいるがドラゴン、魔竜とは異なる種。
その実は世界に漂う魔素の集合意識体であり、言わば精霊に類する存在。人間の学者からは実在を噂されるもその実物を見た事が無い、各属性の精霊王である。
火・水・地・風の4大が存在し、この属性は魔道士が唱える呪文の基礎ともされる。
※シンの操る転移魔法はこれから外れた第5元素「空」の属性をもつ。
神聖魔法は女神へ祈りを捧げる魔法であり、全属性を束ねる「無」属性。
人型をとっている2人は実に対照的で、イグニスは燃えるように赤い三つ揃いに身を包む、佇まいも静かな紳士然としたナイスミドル。
綺麗に整えられた七三分けの髪型と主張の激しいカイゼル髭、そしてそれ以上に目立つのは、スーツがはち切れんばかりの筋肉の塊──シン曰く筋肉紳士との事。
そしてヴァルナといえば、これまた自分の属性を表しているのか、淡い水色を基調としながらも袖や裾にかけては派手な模様が画かれた着流しを着崩し、椅子の上で胡坐をかいたり立膝をついたりと全方位でお行儀の悪い、うら若き女性。
大人しく座っていれば優しそうな柔和で整った顔立ちと、夜の闇を固めて作り上げた様な艶やかな黒髪、豊かな胸のふくらみは南国ならではの小麦色の肌と相まって健康的な美とエロスを同居させ、着流しから覗く太腿にいたっては、男であれば誰しもその肌理の細かい肌に頬擦りしたくなる事間違いなしである。
そう、外見は文句のつけ様の無い美女なのに余りにも中身が野卑すぎる、残念美女の一つの完成形とも言えた。
己の属性を勘違いしているのでは無いかと疑われる2人は、シンにとって師匠であり、ある意味家族のような存在でもあるとはエルダーの言である。
「龍種2人が師匠とは、一体どんな経緯でそうなったのやら……」
「ん? たいした理由なんぞ無いぞ、ボロボロのアレを保護するようにティアリーゼ様から連絡が来たんで暇つぶしに拾って育てただけだ」
「……まあ、概ね間違ってはおらん。地龍と風龍は断ったようだがな」
「まあ、普通はキミらに頼むティアの方がおかしいんだけどね」
そう言って楽しそうに笑うエルダーの背後に、言いつけ通りに樽ごと酒を持って来たシンが立っていた。
「おかしいと判ってたんなら頼む前に止めろ、生死の狭間でしか存在してなかったぞ、あの頃は!」
「やだなあ、「鉄は熱いうちに打て」だよ、成長補正のかかる時期に大幅レベルアップが出来た事を喜びたまえ、我が相方よ」
「打たれ過ぎて壊れる寸前だったわ!」
「壊れなかったキミに終わり無き賛辞を!」
「言ってろ!」
「──話は終わったかな、シン。それでは食事も終わった事だし本題に入ろう」
「……ハイ」
──ガバァッ!!
「なっ!?」
いきなりの事に思わず驚きの声を出すリオン。彼女だけ目の前の光景が一瞬理解できなかった。
なぜなら──
「シイイイインンンンン!! どうして昨年は新年の挨拶に呼んでくれなかったのだあああああ!? 私がどれだけお前の身を案じていたと思っているのだ!?」
「あー……そうですね、もうしわけありません……」
イグニスはシンを強く抱きしめると、親愛の情を込めに込めて自分がどれほど心配していたか、実体化していない状態では直接シンに手助けできない事をどれほど口惜しく思っているか、延々と語り続ける。
傍目にはイグニスがシンをベアハッグで仕留めにかかっている様にしか見えないが。
「長いんだよねぇ……アレ」
「……シンが会うのを渋った理由が解りました」
エルダーとリオンが2人の様子を生暖かく見守る中、ヴァルナは我関せずとばかりに樽に頭を突っ込んで酒を文字通り浴びるように飲んでいた。
(面倒くせえ……)
「シン、聞いておるのか!? お前は私にとって弟子であると同時に息子と言っても過言ではないのだぞ! ホラ、もっとお父さんに甘えてよいのだぞ?」
悠久の存在である龍種にとって、生まれて20年も経たないシンなど赤子のように見えるのだろうか、とても精霊王の態度とは思えなかった。
そんなカオスの時間、それはそれで優しいと言えなくも無い時間だった
「シイインンン──!? 聞いておるのか!?」
「ハイハイ、キイテマスヨ……」
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