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4章 港湾都市アイラ編

173話 クレイス

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 ──17年前、全てを奪われた。

 第4都市群の領主である父は開明的な人物で、シーラッドの現体制を快く思っていなかった。
 国家ではない故の国家に負けない団結を促す政策、それを可能にする為の生活必需6品目の各都市群の独占製造販売、歪な政治体制であると父は嘆き、俺も子供心に父と同じ感想を抱いていた。
 不安を背景に強いる団結、独占流通による価格の高止まり、だからこそ父は秘密裏に行動した。
 内地で密かに他都市の5品目を製造させ、政都の方で買い取った後に少しずつ価格を下げてゆく。
 同時に各都市群の村々にも「他の都市群でも他品目を作り出したらしい」との偽情報を流し、それに触発された農民達が各地で製造する事で6都市群の垣根を取り払い、価格と流通を官制主導ではなく民生主導に置き換えるように画策していった。

 ──が、計画は失敗した。他ならぬ農民達の手によって。
 偽情報を流す時、「他所でも作るようになったせいでコレの価格が下がる、だからウチも他の5品目の生産に手を出して対抗しよう」と競争を煽ったのが不味かったのか、農民達はそれをに直訴してしまった。
 そしてそんな他都市群の動きにいち早く反応し、父一人に全ての責を押し付けることで己の保身を図ったのが誰あろう、第4都市群現領主、フラッド=ヒューバート。
 父は反逆のとがで極刑に処され、母はアイツの温情・・で俺達ともども追放処分、その後、生前父に世話になったという男に、母のオマケという事で俺とアイラは屋敷に引き取られた。
 男の好意で高等教育を受けられたが、ソイツに媚を売らざるを得ない母の姿を見たくなくて、飛び級で履修を終えた俺は12歳の時、屋敷を逃げるように飛び出す。その時からロイスという人間はこの世から消え、クレイスという男の人生が始まった。

 年若いながら高等教育を終えているという事で、とある中規模の商会に住み込みで雇われた俺は必死で働き、3年後にはその商会をその街で1・2を争う大店おおだなに成長さた。
 給金も増え、母と妹をあの男から取り戻そうと3年ぶりに屋敷に足を運ぶと──そこは既に別の人間が住んでいた。1年前に盗賊に押し入られ住人は全て惨殺されたそうだ。
 俺は泣いた──そして、全ての原因を作ったあの男、フラッド=ヒューバートを破滅させる事を誓った。
 商会のコネを使ってシーラッドへ、そして第4政都の行政府に職員として働き、領主フラッドの目に留まるまで2年、そこから5年間、己の復讐心を押し殺したまま有能な部下を演じてきた。それこそあの男の手足となって──。

 ──そんな時、転機が起きた。
 あの男の長男であるアリオスが父の跡を継ぐ事を放棄し、連合防衛隊に入隊したのだ。
 困ったアイツは、万一に備えて領主としての教育を受けさせていた長女タレイアを、実践での経験を積ませるために港湾都市アイラの執政官に任命し、その補佐としてあろう事か俺を抜擢した。

 ──千載一遇のチャンスだった。
 いきなり行政機関のトップに就けられ不安な彼女タレイアを、言葉巧みに俺の政治理念に誘導し、篭絡するのにそう時間はかからなかった。
 女性の扱いに長けている訳ではなかったが、幸い彼女もその方面には疎いようで、父の背中ばかりを見ていた彼女に、あの男のやり方の欠点を並べ、俺の──父から受け継いだ教えを彼女に刷り込む事に見事成功した。
 そう、フラッド、あの男をいつか追い落とすため、彼女を俺の人形に作り変えた。
 彼女が主導・・・・・する形で父の理念を再現する中、確かに困難ではあるものの、いや、困難であるほど俺とタレイアは理想の為に手を取り合って問題に向き合って行った。
 掲げた理想に向かって力を尽くす、思えばあの時だけは復讐を忘れ、自分を信じるタレイアと2人、幸せだったのかもしれない。

 ──そんな幸せは偽りでしかなかった。
 それは偶然──もしくは運命だったのかもしれない、たまたま農村地帯を巡察中に盗賊の襲撃を受けそれを撃退、その時偶然捕らえた女盗賊は、死んだとばかり思っていた俺の妹、アイラだった。
 第4都市群の中において最も交易が盛んで活気にあふれる街、そんな風に活力に富み、多くの人と良き出会いをと願ってその街と同じ名前をつけられた妹は、俺以上の憎悪と復讐心を胸に、社会の底辺で生き延びていた。
 妹が歩んできた人生を聞いた俺は、心の片隅に追いやられていた復讐心が燃え盛るのを感じた。

 全てを滅茶苦茶に!

 フラッド=ヒューバート、アレに関わるもの全てに災いを!

 俺はアイラと連絡を取り合い、やがて「黒狼団」の頭目を殺してアイラが頭目の座に付く、妹の手下を使って各地の盗賊団に誘いをかけ、今回の第4都市群への襲撃計画を練った。そして今年のうちに計画は実行されるはずだった。

 妹が死んだ。

 政都の第2守備隊が討伐したと言う事だが嘘だ、黒狼団の規模を知っている俺には彼等で討伐、しかも被害0などあるはずが無い。
 そこに偶然居合わせたとされる男、シン──この男が何かしたに決まっている。
 その男がノコノコとアイラの財政再建に手を貸しにやって来るという……いいだろう、キサマにも報いを受けてもらう。
 始めは恥を、そして不名誉な死を! キサマにはくれてやる──。


──────────────
──────────────


「それを持っていると言う事は、やはり──」
「ん? あの馬鹿女を殺したのが俺かって話か? そうだぞ、俺が殺した……いや、違うか?」
「馬鹿女……? 違う……?」

 訝しげに顔をしかめるクレイスに向かってシンはケラケラと笑いながら語りだす。

「あの馬鹿女、絶体絶命の状況に追い込まれておきながら、それでもまだ俺相手に交渉を持ちかける図太い女でよ、しかも交渉材料がどこぞの権力者のコネと、盗賊どもと散々よろしくした後の自分の身体ときたもんだ。誰がそんなお下がりと、盗賊と取引するような小者のコネなんざ欲しがるかよ! なあ、クレイス、いや、ロイスお兄ちゃん?」
「き……き……キサマア──!!」

 ゴスッ──!!

 怒りに燃える瞳で襲い掛かるクレイスを、シンは再度カウンターの蹴りで吹き飛ばす。
 そして今度は床に倒れこんだクレイスの背中を足で踏みつけ、そのまま這い蹲らせる。

「……はて、お前が激怒する理由がわからんな? 犯罪に手を染めた妹なんぞ権力者に媚びる男には不要だろ、始末してくれて感謝いたしますじゃねえのか?」
「きさっ! ふざ──グフッ!」
「せめて意味のある言葉を喋れ」
「~~~~~~~~~!!」

 ダンッ──!

 クレイスの訴えはシンが足に体重をかけることで中断され、治まらないクレイスは代わりに両の拳を床にバンバンと叩きつける。

「色小姓のごとく権力者の娘に取り入って甘い汁を吸うでなく、領主フラッドの元で何年も仕事をしておきながら、都市運営では真逆の政策で足を引っ張る。なんともお粗末な立ち回りだな。オマエ、一体何がしたいんだ?」
「何が、だと!? 領主ヤツへの復讐に決まっているだろうが──!!」

 怒りにより目を血走らせたクレイスは、必死の形相でシンに向かってこれまでの自分の人生、そして妹と出会ったことで企てた今回の計画を。
 すでに潰えたのだとしても、誰かに話さずには入られなかった、自分の今までの歩みを、恨みの大きさを、誰にも知られずに終わる事だけは許されないと。

「お前さえ! お前さえアイラを殺さなければ! 全てが俺の思い通りになったんだ!!」
「そんな訳が無いだろう」
「なにっ!?」
「お前が一体どれほどの天才だって言うんだ? せいぜい秀才がいいとこの凡夫ぼんぷの分際で、描いた夢だけは無駄に壮大……大体、綿密な計画ってのは一ヶ所崩れた時点で失敗するのが見えてんだ。上が立てた計画を成功に導くのは現場の対応力だって教わらなかったのか?」

 人が動く以上、計画通り完璧に物事が進むことなどありえない。だからこそ不測の事態に対応すべく次善の策とそれを可能とする「現場責任者」なる者が幾人も存在するのである。
 クレイスの計画において、現場責任者はそれこそ女頭目アイラただ一人が担っていたのであり、彼女がシンに討たれた時点で計画は失敗する事が約束されていたと言ってよい。その点を挙げれば、確かにシンさえいなければと言うクレイスの言葉も一応の納得は出来るか。

「そもそも、お前とアイラの繋がりは初めからフラッドには筒抜けだったぞ?」
「!? なぜ……?」
「本気で気付いていなかったのか? フラッド曰く「若い頃の父親にそっくり」だそうだ、髭を生やせば瓜二つだそうだぞ?」
「そん……な……」
「そんな男が素性を偽り自分の下で働いている、同じく「アイラ」なんて名前の女が盗賊団の頭目として第4都市群に根を張ろうとしている、怪しまないはずが無いだろう」
「……………………」
「領主が手元に置く人物の素性を調べないなんて、よもや思っちゃいないよな? ましてや自分の娘の補佐に、だぞ?」

 シンの足の下で大人しくなったクレイスは、自分がフラッドの掌で転がされていたと聞かされ、屈辱・恥辱、そしてそれ以上に、復讐を誓いながら手も足も出なかった己の不甲斐なさに歯を食いしばる。
 そんな彼の態度にシンは最後に冷水を浴びせる。

「まあなんだ、おっさんフラッドの愛する娘を自分の思い通りに動く人形にした、その点では復讐ができたんじゃないか? やったな、色男♪」

 ────────!!

「人形……だと?」
「ああ、なんたって憎い仇の娘だ、オモチャにして散々遊び倒したんだろ?」
「ふざ、けるなっ!!」

 クレイスはいきなり激昂する、何が彼をそうさせるのか。

「あん、どうしたいきなり?」
「誰がオモチャになど!! 俺は彼女タレイアを!! 彼女を──!!」
「………………………………」
「──愛してる!!」

 クレイスの目には涙が浮かんでいた──。
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