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4章 港湾都市アイラ編

171話 急転

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「……………………………………」

 トントントントントントン──

 行政府庁舎の最上階、執政官タレイアの執務室に隣接する個室で腕組みした私は、二の腕をトントンと苛立たしげに指で叩きながら不安を押し殺す。

「………………遅い」

 討伐隊が出立してから既に1週間、報告の上がった──いや、盗賊団が襲う予定になっている村まで遅くとも3日、村が全滅か襲撃にあったところに遭遇すれば、少なくとも伝令、それが無理でも農民を使えばこちらに連絡を入れることも出来るはず。
 にも関わらす、未だどの部隊から何の連絡も無い──。
 首尾よく全滅した・・というのなら僥倖ぎょうこう、だがハイそうですか、などと信じられるほどに私は楽観的に出来ていない。

 コンコン──

「────!! 来たか!? 入れ!!」
「失礼します! 補佐官! あの! あの!」

 入室した部下の態度がおかしい、顔を紅潮させ、興奮しているのだろうか、言葉が思うように口から出て来ないようだ。一体何だというのだ?

「いいから一旦落ち着きたまえ。で、何かあったのか?」

 討伐隊が全滅したと報告でも受けたのか? それならこの切迫具合も理解できるが、あいにく表情は喜びの顔を浮かべている。

「はっ、失礼しました!! 本日、海竜の下へ向かった船が港に戻ってまいりました!」
「なんだと──!? まさか、海竜は納得したと言うのか!?」

 するはずがない! なぜなら海竜が求めていたモノはあの船には何一つ詰まれてはいなかったのだぞ!?

「はい──いえそれが、戻ってきた船員の話によりますと……なんと! 怒り狂う海竜の前に使徒様が来臨され、これを打ち滅ぼしたとのことです!!」
「は?」
「使徒です! 女神ティアリーゼ様が、我等の危機に使徒を使わされたのです──!!」

 興奮しまくくし立てる部下の言葉が遠くに聞こえる。
 使徒だと? このタイミングで? そんな都合のいい話があるというのか!?

「何かの間違いではないのか? そもそも何ゆえ使徒がこの地に?」
「船の甲板には海竜の首級しるしが載せられておりました。そもそも使徒様以外にドラゴンを打倒し得る力を持つのはランク指定外冒険者、彼等が竜殺しの栄誉を隠す理由がありません」

 まあ確かに、そう言われればそうなのだが……。

「それで使徒はどこへ? 船と一緒にアイラの街に来られたのか?」
「いえ、残念ながら──船員達によれば「女神の導きのままに」とだけ告げ、首を船に置いて去って行ったそうです」
「そう、か──」

 さっぱり要領を得ない、確実なのは海竜が討伐されたという事だけだ。

 ──くそ!

「補佐官の心中お察しします」

 ──ドクン!!

 なんだと?

「どういう事だ?」
「ハッ! 私も出来る事なら使徒様に拝謁しとうございました故、補佐官の感じる無念は理解しております……まったく、あの漁師どもが羨ましい!」
「あ──そ、そうか……そうだな」

 なんとも紛らわしい事を……ともかく、これで海竜の脅威はなくなったということか。

「それにしても見事です」
「何がだ?」
「いえ、補佐官殿のご英断です。下手をすれば遊兵を作ることになりましたから」
「たまたまだ……それよりも、兵達からの報告はまだなのか?」
「はい、未だどこからも」
「分かった、とにかく報告が上がったら直ぐにこちらに回せ」
「はっ──! それでは失礼します」

 ……………………………………
 ……………………………………

「使徒だと? まったく、余計なまねを……しかしそうなると……」

 シン、あの男……てっきりあの卵を海竜に返すつもりで盗み出したと思っていたが、勘違いだったようだ。
 あの男は薬師だ、おそらくは錬金術にも精通しているだろう、それで騒動に便乗してくすねたという事か?
 使徒は海竜を倒したというが、海竜の行動には一応の理由がある。もしかしたらシン、あの男が竜の卵を盗み出した諸悪の根源だとして追っているため、すぐに立ち去ったのかも……さすがに願望が過ぎるか。
 出来ればそうあって欲しい、そして最良なのは、その卵がどこにあったのか聞かずに問答無用であの男を殺してくれればなお良いのだが……

 ──────バン!!

「補佐官! 大変です──討伐隊が、討伐隊が……」
「来たか──討伐隊がどうした!?」
「──────全滅したそうです」
「なんと言う事だ……」

 そんな素晴らしい報告を聞けるとは!

「で、その情報はどこから?」
「はっ、周辺地域を巡回していた政都の第2守備隊が必死で逃げてきた農民を保護しまして、そこから討伐隊の事を聞いたとの事です。なお、ただちに周辺都市からも援軍が組織され、事後承諾という事でアイラへの進駐許可を求めております」

 フン、今さらのこのこ出張っても手遅れだというのに……好き放題暴れた盗賊がいつまでも留まっている筈が無かろう。
 既に奴等は港湾都市方面から離れ、採集都市付近の山間部の村を襲う奴等の列に参加する手はずになっている。現場で待っているのは蹂躙された大地と、かろうじて生き残った者達の世話という厄介事だけだというのにご苦労な事だ。

「ただちに許可を出すように。それで政都からは何か言ってきたか?」
「政都側も、こちらに派遣した以外の部隊を総動員して問題に当たるそうです。ただ、向こうは冒険者を索敵に雇い、まとまった部隊で殲滅するという手法をとる模様です」

 なるほど、なりふり構ってはいられんという事か。軍が冒険者を使うのではなく、頭を下げて頼まざるを得ない状況なのは耳の早い冒険者には知られているはず、さぞや吹っかけられたことだろうよ。
 オマケに政都をガラ空きにしてくれるとは、いささか出来すぎというものだ。

「わかった、何か新しい情報が届いたらこちらに逐一知らせてくれ」
「はっ……失礼します」

 ────バタン。

 ──────────────
 ──────────────

「…………ふぅ、どうやらこちらの思惑通り、いや、それ以上に上手くいっているな」

 討伐隊の苦戦による周辺都市への援軍要請、そこから時間差で山間部への襲撃、という図面を引いていたのだが、どうやら現実は予想以上にに優しいらしい。
 全員が本職で構成された盗賊団が相手では、小分けにされた討伐隊もなす術が無かったようだ、守るべきものも守れず、プチプチと各個撃破されたとは悲劇を通り越して喜劇といえよう。
 他の都市から送られた部隊は生き残りの世話、戦死者の確認、死体の処理と足止めをくらっている間に盗賊団は山間部の加勢に回れる。
 元々山間部に配置されている奴等は会議でも言ったように、農民と漁民を少数の盗賊が指図しているだけの素人集団、吹けば飛ぶような連中だ。
 しかし、港湾都市で暴れた本職の影を見た討伐部隊は、奴等を容赦無く殲滅するだろう。それも、戦力を小出しにする事無く総力をもって。
 そして政都に収監されている盗賊たちはなぜか・・・脱獄に成功し、政都で暴れまわる。
 ……どこまで計画通りにいくかは分からんが、風は確実にこちら側に吹いている、もしかすると全てが上手く運ぶ可能性は充分にある。

「やっとだ……やっとあの男をあの椅子から引き摺り下ろせる」

 フラッド=ヒューバート、オマエの娘の失政から始まった混乱は、第4都市群全体を巻き込む災厄に変わったぞ!
 ここまでくればタレイアを切り捨てるだけで事態は収まらない、新年早々、いや、年末にでも「代表」と連合防衛隊が動き出すだろう、キサマ一人、逃げられると思うなよ!

「……………………………………」

 目的達成は目前、だというのに何故か寂寥感せきりょうかんに襲われる……何を惜しむというのだろうか。
 惜しむものなど、すでに無いというのに。

「……………………クソッ!」

 一体なんだと言うのだ……。


………………………………………………
………………………………………………


 自宅に戻ったクレイスはまっすぐ自室に向かうと、灯かりも点けず服も着替えずベッドに倒れこみ、仰向けになって天井を見つめる。

「……………………………………」

 その目は「何もする気が起きない」といった風か。
 燃え尽き症候群とでも言えばよいのか、唯一つの目的に邁進してきた男は、いざ目の前にゴールが見えると、一抹の寂しさ、イヤ、不安に怯える。
 目的を成したとしてその後はどうするのか?
 今までは目的に向かって走り続けるだけでよかった、しかし、それが果たされた後、自分は何をすればいいのか、目的達成後の自分の側にタレイアは居ないだろう、一連の騒動の責任を取って父娘ともども死刑になるか、すくなくとも悲惨な末路しかあるまい。
 とはいえクレイスとて安全とは言い難い、捕まれば後ろ盾の無い彼には確実に死刑が待っているのだから、逃げるためにはタイミングを計らなければならない。
 ……だが、それを考える気になれない、気持ちが萎えてしまっている。

「復讐を果たした後、これ以上俺に生きる意味などあるのか?」
「復讐の虚しさに今さらながらに気付いて物思いにふける俺カッケー! ってか?」
「──────!! 誰だっ!?」

 飛び起きたクレイスは魔道具である照明器具を起動させ周囲を見渡す。
 すると部屋の隅で椅子に腰掛けた人影が──

「誰だ? ってアンタ……まさかこの短期間でこの顔を忘れたとでも?」
「……………………シン」
「チィ~~~~~ッス」

 ことさら軽薄に、相手を小馬鹿にした態度で挨拶をするシンだった。
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