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4章 港湾都市アイラ編
149話 交渉
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「もう一度言ってくれないか?」
「都市財政を立て直す方法があると申しましたが?」
「その次だ」
「はい、その方法を提供する条件として、生活必需品の流通価格を執政官様が就任する以前の水準まで引き戻すようお願い申し上げます」
あれから1週間、シンが街をまわって得た感想は「笑顔が少ない」だった。
アクセサリ店の店主が言っていたように市場では2極化が進んでおり、食料品や生活用品は醤油に引きずられる形で低価格化が進み、手に入り易い分店の利益も少ない。
対して、もとより外客相手の贅沢品・嗜好品には影響が無く、以前の価格帯で安定した利益をもたらしている。
この辺の利益格差に対しても住民の不満が募る原因となっているようで、慢性的な明日への不安と行政への不満が、シンが話を聞く度に人々の口をついて出てきた。
「キサマ! たかだか薬売りの分際でタレイア様の政策にケチをつけるというのか!?」
「よせ、クレイス! ……住民のより良い暮らしの為、恒常的に消費する生活品の価格を抑えるのが間違いだとシン殿、キミはそう言いたいのか?」
「執政官様の施策に物申すようで心苦しくはありますが」
「出来れば説明を頼めるだろうか? 私としても自分の初めての仕事を頭ごなしに否定されては納得のしようも無い。あと、堅苦しい話し方を無理にしなくても良い」
「分かりました、では改めて──」
シンはタレイアに、彼女の政策の問題点を挙げて行った。
低価格で市場に流す商品を製造しているのが自分達のため、自らの収益が落ち込む事。
また、生活必需品は需要が一定の為、安定的に売れるものの、反面、薄利多売で利益を増やす事は出来ない事。
生産効率が良くなった分、コスト削減の為に生産従事者の労働時間を減らす方向ではなく人数を減らして失業者を生んだ事。
失業者に対して今後の補償も方針も出さなかったため、彼等が他の市場を荒らしている事。
人口流出が起きて都市そのものの力が落ち込んできている事。
「本来商売とは、安く仕入れて高く売るのが基本です。その前提を無視したタレイア様のやり方は、よほど綿密な計画の元で無ければ成功などしませんよ」
生産力を上げて安く作っても、同様に安く売るようでは利益には結びつかない。
消費者目線では安い=正義だが、生産者の目からすれば安い=悪だ。何より安価ということは、自分の仕事は安い仕事だと思われてるも同義である。
「しかし、生産力が上がったのだからその分値段を下げるのは当然ではないのか? 実際、製造に携わる人数は減ってコストは下がっているのだ」
「値段を下げる必要も人員を削減する必要も無かったのですよ」
「それでは農民が怠けるだけでは無いか!?」
「いいじゃありませんか? 今まで働きづめだった農民達にすれば以前の4割程度の労働量で同じ利益を得られる、きっと皆タレイア様に感謝した事でしょう。余った時間はそれこそ自分に適した副業を思いついて利益を出す。そうすればそのお金を今度は今まで出来なかった事に使い更にお金がまわる、これが正しい利益の循環というヤツです」
本業を奪っておいて「自分達で仕事を見つけろ」などとは酷い愚策でしかない、生活基盤が確立されていない状況では職業選択の余地など無いし、本業以外の仕事などというものは、生活に余裕があるときに余剰の労力でするものだ。
「そもそもタレイア様、この政策は誰の為のものですか? 農民・漁民に負担を強いて都市部の生活を楽にさせる為ですか? それとも醤油製造に携わる人間を楽にさせる為ですか?」
淡々と話すシンの言葉にタレイアは黙る。誰の為と聞かれれば勿論アイラとそれに関わる領民全てと答えるだろう。
だがそう答えるのはタレイアには憚られる、結果として誰一人幸せに出来ていないというのが現状だからだ。
「外から見ているだけの部外者が知ったふうな口を利くな。そもそも政策の効果が現れるには時間がかかるものだ。目先の事だけを見てさも理解しているという口ぶり、目に余るぞ!」
「時間がかかるのが分かっているのならその間、悪化する財政への補償として内部留保はいかほど準備しておいでで、クレイス殿?」
「それは……」
「私が外から見てるだけの部外者ならアナタは遠くばかりを見て足元が見えていない理想家ですね、いや、夢想家かな?」
「キサマ、言うに事欠いて!」
「いくら政策を年単位で考えようと、日々の暮らしは1日が勝負なんですよ!」
「双方止めよ!!」
ヒートアップするシンとクレイスのやり取りを制したのはタレイアの一括であった。
執政官の前で熱くなりすぎた2人は互いに詫び、そしてタレイアに頭を下げる。
「醜態を──」
「よい、私が決断出来ないのが原因だ、2人が頭を下げる必要も無い」
手を振って2人の頭を上げさせると、タレイアは覚悟を決めた表情でシンに向き直り、
「シン殿、醤油の価格を戻せば、この苦境を打破する方法を教えてもらえるのだな?」
「確実にこれで持ち直す、とは補償は出来ませんが、まあ確率は高いほうですよ」
「具体的には?」
「成功率は、まあ9割ほど」
「「なっ────!!」」
絶句するタレイアとクレイスにシンは眉根を寄せて小首をかしげる。
──心配?──
とのシンの表情に対し、
──普通それは確実と言うのだ!!──
と、2人の顔はそう言っていた。
「……ともあれシン殿、その方法を教えてくれ。物価に関しては下がるのに2年かかった分、戻すのにも2年ほどで緩やかに戻す方針で行きたい。それにかかる補償については、物価が回復するまで負担する税率を下げ、生じる損失についても出来る限り対応しよう」
「……では、それに加えて、他の農村にも醤油の製造施設を作り、各所の生産量の削減と賃金の回復、スグにとはいきませんがこれで、外に出た労働力もいずれ戻ってくるかと」
方針が決まれば役所は仕事が速い、予測済みかのような補佐官の言葉にタレイアは苦笑しながらも深く頷く。
「──どうだろうか?」
「よき判断かと……それではこちらが金儲けの方法になります。目通しを──」
羊皮紙に書かれた文章にざっと目を通すタレイアは目を見張り、続くクレイスは口元に手をやり何事かブツブツと呟く。
「いかがですか?」
「シン殿、これに書かれていることが本当なら確かに財政を立て直す事は可能だろう……だからこそ何故だ、何故キミはこれをやらない?」
「──大金を稼ぐ事に興味をそそられなかったもので」
「…………………………」
左団扇の生活に興味は無い──シンの人生設計にはどこかで永住と言う選択肢は無いのだ。
「コレの製法を教えなかったのもか?」
「赤の他人が、苦労もしないで大金を手に入れるなんて腹が立ちませんか?」
「…………………………」
尤もな意見ではあるが、こうも堂々と言われると返答に困る、クレイスは神妙な、いや珍妙な表情を浮かべる。
「ともあれ、公表せずとも一度市場に流れればいずれ他所にもばれますからね、儲け時は1年程度と見積もってください」
「ありがとうシン殿──今はそれしか言えないが、ありがとう」
「その言葉は上手く言ってから改めて聞きますよ、ともあれ頑張りましょう」
タレイアの差し出した手をシンは握り返す。
その後、タレイアは部下を集め様々な事柄について検討を始める、仕事の終わったシンはそのまま静かに執務室を辞し、見送りだろうか、クレイスがその後を追いかける。
──────────────
──────────────
カツ──カツ────コツン
建物の通路に2人分の足音と杖を突く音が響く。
「──上手く話は纏まったな」
「それはなによりですが、よろしいのですか? あのような物言いでは補佐官殿が執政官様の不興を買いかねませんが?」
「互いの立ち位置を考えれば私がああ話すしか無かろうさ。なに、タレイア様は聡明な方だ、その程度の事で機嫌を悪くなどされはしない」
──つまるところ、先ほどのやりとりはシナリオ通りという訳だ。
財政が逼迫している以上、当初の政策云々はともかくとして建て直しは急務、とはいえ執政官自らが舵をきった政策を部下が公然と批判するのも難しい、だからこそ、タレイアと面会する前にクレイスに話を持ちかけておいた。
彼も、タレイアともども現状の政策をさらに踏み込む危険性は理解していたので、シンの作戦に乗る形でタレイア自らが振り上げた手を下ろすようにあえて、高慢な態度で現状維持を唱える側に回る。
結果、タレイアは方針の転換に応じてくれたので2人の努力は報われた形となった。
「──本来ならもっと早く下から上がってこなければいけなかったのだがな……」
「執政官様はそれほど恐れられているのですか?」
「タレイア様ではなく、そのお父上がな。キミは知っているかな、17年前、第4都市群の領主は別の人物だったんだが?」
「…………さあ、存じ上げません」
「そうか……詳しくは私も知らないが当時の領主が失政を働いたらしく、ヘタをすれば防衛軍の剣が第4都市群に振り下ろされる所だったらしい」
クレイスの言葉にシンは黙ったまま歩き続ける。
クレイスは続ける。
「その時、領主の罪を糾弾し、その座から引き摺り下ろしたのが現領主のフラッド=ヒューバート様だ……ちなみに、前領主とフラッド様は親友だったらしい」
「なるほど……それを知ってる方たちはその影に脅えてるでしょうね」
戦禍を防ぐため、親友であっても切り捨てる、そんなイメージを変な方向に拗らせた挙句に色眼鏡でタレイアを見れば、なるほど反対の意見は出辛いという事だろうか。
「タレイア様はご覧の通り、人の意見もお聞きになる方なのだがな……ときにシン殿、キミは醤油をはじめ、生活必需品の価格が下がる事についてはどう思う?」
クレイスはその場に立ち止まると、シンに向き合い真剣な眼差しで見つめてくる。もしかしたらこの質問をしたくてシンを追いかけてきたのだろうか。
「どう思う、ですか……」
「キミの率直な意見が聞きたい」
「個人的にはそうあるべきだと思いますよ、ただ、この国、いえ、都市連合では難しいでしょうね」
「…………………………」
都市連合は外敵からの防衛戦略として都市群間の強固な結束を機軸としている。
曰く、どこか1つが墜ちれば都市連合は立ち行かなくなる、だからこそ敵に対して一致団結して事に当たるべし──と。
その為の手段として生活6品目の生産・流通の独占権を各々が有している、一つの都市群が奪われれば生活が脅かされる、その恐怖心を利用して。
歪ではあるものの、現状上手く言っている以上、この体制が変わる事は無い。
「都市連合のこの制度を全都市群が一丸となって変えようとすれば、出来ない話ではありませんけどね」
「なるほど……都市連合が都市連合のままでは変わらない、か……ありがとう、参考になったよ」
「……どういたしまして、それでは私はこれで」
「ああ、例の方策を実施する時にまた会おう──」
一礼してシンは出口へと歩を進める、そしてクレイスはその場に立ったままその後姿を見続ける。
廊下を曲がり、シンの姿が見えなくなるまで──。
「都市財政を立て直す方法があると申しましたが?」
「その次だ」
「はい、その方法を提供する条件として、生活必需品の流通価格を執政官様が就任する以前の水準まで引き戻すようお願い申し上げます」
あれから1週間、シンが街をまわって得た感想は「笑顔が少ない」だった。
アクセサリ店の店主が言っていたように市場では2極化が進んでおり、食料品や生活用品は醤油に引きずられる形で低価格化が進み、手に入り易い分店の利益も少ない。
対して、もとより外客相手の贅沢品・嗜好品には影響が無く、以前の価格帯で安定した利益をもたらしている。
この辺の利益格差に対しても住民の不満が募る原因となっているようで、慢性的な明日への不安と行政への不満が、シンが話を聞く度に人々の口をついて出てきた。
「キサマ! たかだか薬売りの分際でタレイア様の政策にケチをつけるというのか!?」
「よせ、クレイス! ……住民のより良い暮らしの為、恒常的に消費する生活品の価格を抑えるのが間違いだとシン殿、キミはそう言いたいのか?」
「執政官様の施策に物申すようで心苦しくはありますが」
「出来れば説明を頼めるだろうか? 私としても自分の初めての仕事を頭ごなしに否定されては納得のしようも無い。あと、堅苦しい話し方を無理にしなくても良い」
「分かりました、では改めて──」
シンはタレイアに、彼女の政策の問題点を挙げて行った。
低価格で市場に流す商品を製造しているのが自分達のため、自らの収益が落ち込む事。
また、生活必需品は需要が一定の為、安定的に売れるものの、反面、薄利多売で利益を増やす事は出来ない事。
生産効率が良くなった分、コスト削減の為に生産従事者の労働時間を減らす方向ではなく人数を減らして失業者を生んだ事。
失業者に対して今後の補償も方針も出さなかったため、彼等が他の市場を荒らしている事。
人口流出が起きて都市そのものの力が落ち込んできている事。
「本来商売とは、安く仕入れて高く売るのが基本です。その前提を無視したタレイア様のやり方は、よほど綿密な計画の元で無ければ成功などしませんよ」
生産力を上げて安く作っても、同様に安く売るようでは利益には結びつかない。
消費者目線では安い=正義だが、生産者の目からすれば安い=悪だ。何より安価ということは、自分の仕事は安い仕事だと思われてるも同義である。
「しかし、生産力が上がったのだからその分値段を下げるのは当然ではないのか? 実際、製造に携わる人数は減ってコストは下がっているのだ」
「値段を下げる必要も人員を削減する必要も無かったのですよ」
「それでは農民が怠けるだけでは無いか!?」
「いいじゃありませんか? 今まで働きづめだった農民達にすれば以前の4割程度の労働量で同じ利益を得られる、きっと皆タレイア様に感謝した事でしょう。余った時間はそれこそ自分に適した副業を思いついて利益を出す。そうすればそのお金を今度は今まで出来なかった事に使い更にお金がまわる、これが正しい利益の循環というヤツです」
本業を奪っておいて「自分達で仕事を見つけろ」などとは酷い愚策でしかない、生活基盤が確立されていない状況では職業選択の余地など無いし、本業以外の仕事などというものは、生活に余裕があるときに余剰の労力でするものだ。
「そもそもタレイア様、この政策は誰の為のものですか? 農民・漁民に負担を強いて都市部の生活を楽にさせる為ですか? それとも醤油製造に携わる人間を楽にさせる為ですか?」
淡々と話すシンの言葉にタレイアは黙る。誰の為と聞かれれば勿論アイラとそれに関わる領民全てと答えるだろう。
だがそう答えるのはタレイアには憚られる、結果として誰一人幸せに出来ていないというのが現状だからだ。
「外から見ているだけの部外者が知ったふうな口を利くな。そもそも政策の効果が現れるには時間がかかるものだ。目先の事だけを見てさも理解しているという口ぶり、目に余るぞ!」
「時間がかかるのが分かっているのならその間、悪化する財政への補償として内部留保はいかほど準備しておいでで、クレイス殿?」
「それは……」
「私が外から見てるだけの部外者ならアナタは遠くばかりを見て足元が見えていない理想家ですね、いや、夢想家かな?」
「キサマ、言うに事欠いて!」
「いくら政策を年単位で考えようと、日々の暮らしは1日が勝負なんですよ!」
「双方止めよ!!」
ヒートアップするシンとクレイスのやり取りを制したのはタレイアの一括であった。
執政官の前で熱くなりすぎた2人は互いに詫び、そしてタレイアに頭を下げる。
「醜態を──」
「よい、私が決断出来ないのが原因だ、2人が頭を下げる必要も無い」
手を振って2人の頭を上げさせると、タレイアは覚悟を決めた表情でシンに向き直り、
「シン殿、醤油の価格を戻せば、この苦境を打破する方法を教えてもらえるのだな?」
「確実にこれで持ち直す、とは補償は出来ませんが、まあ確率は高いほうですよ」
「具体的には?」
「成功率は、まあ9割ほど」
「「なっ────!!」」
絶句するタレイアとクレイスにシンは眉根を寄せて小首をかしげる。
──心配?──
とのシンの表情に対し、
──普通それは確実と言うのだ!!──
と、2人の顔はそう言っていた。
「……ともあれシン殿、その方法を教えてくれ。物価に関しては下がるのに2年かかった分、戻すのにも2年ほどで緩やかに戻す方針で行きたい。それにかかる補償については、物価が回復するまで負担する税率を下げ、生じる損失についても出来る限り対応しよう」
「……では、それに加えて、他の農村にも醤油の製造施設を作り、各所の生産量の削減と賃金の回復、スグにとはいきませんがこれで、外に出た労働力もいずれ戻ってくるかと」
方針が決まれば役所は仕事が速い、予測済みかのような補佐官の言葉にタレイアは苦笑しながらも深く頷く。
「──どうだろうか?」
「よき判断かと……それではこちらが金儲けの方法になります。目通しを──」
羊皮紙に書かれた文章にざっと目を通すタレイアは目を見張り、続くクレイスは口元に手をやり何事かブツブツと呟く。
「いかがですか?」
「シン殿、これに書かれていることが本当なら確かに財政を立て直す事は可能だろう……だからこそ何故だ、何故キミはこれをやらない?」
「──大金を稼ぐ事に興味をそそられなかったもので」
「…………………………」
左団扇の生活に興味は無い──シンの人生設計にはどこかで永住と言う選択肢は無いのだ。
「コレの製法を教えなかったのもか?」
「赤の他人が、苦労もしないで大金を手に入れるなんて腹が立ちませんか?」
「…………………………」
尤もな意見ではあるが、こうも堂々と言われると返答に困る、クレイスは神妙な、いや珍妙な表情を浮かべる。
「ともあれ、公表せずとも一度市場に流れればいずれ他所にもばれますからね、儲け時は1年程度と見積もってください」
「ありがとうシン殿──今はそれしか言えないが、ありがとう」
「その言葉は上手く言ってから改めて聞きますよ、ともあれ頑張りましょう」
タレイアの差し出した手をシンは握り返す。
その後、タレイアは部下を集め様々な事柄について検討を始める、仕事の終わったシンはそのまま静かに執務室を辞し、見送りだろうか、クレイスがその後を追いかける。
──────────────
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カツ──カツ────コツン
建物の通路に2人分の足音と杖を突く音が響く。
「──上手く話は纏まったな」
「それはなによりですが、よろしいのですか? あのような物言いでは補佐官殿が執政官様の不興を買いかねませんが?」
「互いの立ち位置を考えれば私がああ話すしか無かろうさ。なに、タレイア様は聡明な方だ、その程度の事で機嫌を悪くなどされはしない」
──つまるところ、先ほどのやりとりはシナリオ通りという訳だ。
財政が逼迫している以上、当初の政策云々はともかくとして建て直しは急務、とはいえ執政官自らが舵をきった政策を部下が公然と批判するのも難しい、だからこそ、タレイアと面会する前にクレイスに話を持ちかけておいた。
彼も、タレイアともども現状の政策をさらに踏み込む危険性は理解していたので、シンの作戦に乗る形でタレイア自らが振り上げた手を下ろすようにあえて、高慢な態度で現状維持を唱える側に回る。
結果、タレイアは方針の転換に応じてくれたので2人の努力は報われた形となった。
「──本来ならもっと早く下から上がってこなければいけなかったのだがな……」
「執政官様はそれほど恐れられているのですか?」
「タレイア様ではなく、そのお父上がな。キミは知っているかな、17年前、第4都市群の領主は別の人物だったんだが?」
「…………さあ、存じ上げません」
「そうか……詳しくは私も知らないが当時の領主が失政を働いたらしく、ヘタをすれば防衛軍の剣が第4都市群に振り下ろされる所だったらしい」
クレイスの言葉にシンは黙ったまま歩き続ける。
クレイスは続ける。
「その時、領主の罪を糾弾し、その座から引き摺り下ろしたのが現領主のフラッド=ヒューバート様だ……ちなみに、前領主とフラッド様は親友だったらしい」
「なるほど……それを知ってる方たちはその影に脅えてるでしょうね」
戦禍を防ぐため、親友であっても切り捨てる、そんなイメージを変な方向に拗らせた挙句に色眼鏡でタレイアを見れば、なるほど反対の意見は出辛いという事だろうか。
「タレイア様はご覧の通り、人の意見もお聞きになる方なのだがな……ときにシン殿、キミは醤油をはじめ、生活必需品の価格が下がる事についてはどう思う?」
クレイスはその場に立ち止まると、シンに向き合い真剣な眼差しで見つめてくる。もしかしたらこの質問をしたくてシンを追いかけてきたのだろうか。
「どう思う、ですか……」
「キミの率直な意見が聞きたい」
「個人的にはそうあるべきだと思いますよ、ただ、この国、いえ、都市連合では難しいでしょうね」
「…………………………」
都市連合は外敵からの防衛戦略として都市群間の強固な結束を機軸としている。
曰く、どこか1つが墜ちれば都市連合は立ち行かなくなる、だからこそ敵に対して一致団結して事に当たるべし──と。
その為の手段として生活6品目の生産・流通の独占権を各々が有している、一つの都市群が奪われれば生活が脅かされる、その恐怖心を利用して。
歪ではあるものの、現状上手く言っている以上、この体制が変わる事は無い。
「都市連合のこの制度を全都市群が一丸となって変えようとすれば、出来ない話ではありませんけどね」
「なるほど……都市連合が都市連合のままでは変わらない、か……ありがとう、参考になったよ」
「……どういたしまして、それでは私はこれで」
「ああ、例の方策を実施する時にまた会おう──」
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