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4章 港湾都市アイラ編

144話 歓談

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「ほほう、シン君はそんなに強いのかね」
「それはもう! 絶体絶命の危機に颯爽と現れて一瞬のうちに向こうの半数をのしてしまったんですもの!!」
「いえ、確かに半数ですが不意打ちで2人に傷を負わせただけですので……」

 第4都市群を束ねる領主フラッド=ヒューバートは、一見すると丸々と太った人の良さそうな大富豪、といった外見をしていた。
 体型に合わせた見事な仕立てのジュストコールに身を包み、指には大きな宝石の付いた指輪がいくつもはめられている。
 湿度が低いとはいえ常夏の大陸南部でこのような着こなしをするあたり、エアコン代わりの魔道具マジックアイテムでも身に付けているのだろう、そして相手がその辺りを気づくか、同時に試しているのかもしれない。
 鼻下とアゴに髭をチョンと生やして愛嬌のある顔は、娘の語るシンの自慢話とそれを訂正するシンの横槍、そんな会話を楽しそうに聞いていた。

「それにその後は多勢に無勢、早々に降参をした後は討伐隊の方々が救出に来てくださるまで大人しく捕まっていただけですから、お恥ずかしい限りです」

 そんな話で締めくくろうとするシンにミレイヌが若干不満そうな表情になる。自分を救ってくれた英雄はもっとカッコイイのだと、納得しがたいようだ。
 そんな中、

「そうは言っているけど、シン君はどこも怪我などしていないように見えるね。『黒狼団』と言えば女子供は人買いに売り飛ばし、男は問答無用で切り捨てる危険な盗賊団と聞いているよ?」
「それは……」

 領主フラッドの思わぬ追求にシンが口ごもると、

「もしかして、わざと捕まった風を装って敵のアジトに潜り込み、隙を見て壊滅させる計画でも立てていたのかな? なにせ、討伐隊が派遣されたにしても解決があまりにも早すぎたからね」
「そうです! きっとそうに違いありませんわ、流石はシン様ですの!!」

 父のフォローにミレイヌは、あたかもそれが真実であるかのように歓喜の声を上げる。
 娘の笑顔をニコニコと嬉しそうに眺めるフラッドの姿は、娘可愛さに話を盛った親バカの様でもあるが、流石は領主というべきであろうか、違和感に気づいていはいるようだ。

「いやはや、ともあれ娘を守ってくれて感謝の言葉も無い。謝礼に関しては後で何か考えるとして、今はただ父としてありがとうと述べさせてくれたまえ」
「いえ、先ほども申した通り、大した事はしておりませんので」
「ははは、シン君は謙虚だねえ。ミレイヌ、そろそろ勉強の時間じゃないかな?」
「お父様!? せめて今日くらいは……」
「ダメだよ~。アンナ、ミレイヌを連れて行ってくれるかい、私はシン君と大事な話があるからね」
「畏まりました。さ、お嬢様、あんまり我侭を言っているとシン様に笑われますよ?」
「うぅ~……」

 アンナに連行ドナドナされていくミレイヌをフラッドは優しい眼差しで見送りながら、その扉が閉まると指をパチンと鳴らし、別の扉から使用人を招き入れる。
 使用人の手には屋敷に入る際、入り口で預けた炭化タングステンの棒が大事そうに抱えられており、シンの側までやって来た使用人はソレをシンの手に戻す。
 やがて使用人が退室すると、フラッドの顔には相変わらずの笑顔が浮かんでいるが、さっきとは違いある種の緊張感が生まれる。

「……これはどう解釈するべきでしょうか?」
「信頼の表れと思ってくれたまえ。あとはそうだねえ、キミと敵対するつもりは私には無い、そう受け取ってもらえるとありがたいかな」
「…………………………」

 初対面の男に何故これほどまでの態度をとるのか、シンにはにわかに理解しがたい、逆にシンは警戒心を強める。
 が、次の言葉でそれを理解する。

「なに、ウチの手の者が盗賊団に潜り込んでいてね、あの日あそこで何が起きたか、報告は受けているんだよ」
「ああ、なるほど……」

 その言葉を受けてシンは逆に警戒を解く。

「シン君、いや、邪道士ニールセンだったかな?」

 フラッドは笑顔を崩す事無くそう言ってきた。


──────────────
──────────────


 やれやれ、たかだか一盗賊団にスパイを送り込んでいたとはこのオッサン、侮れないと見るべきか、それとも極度の臆病者と見るべきか。

「用意周到ですね」
「いやあ、憔悴しきった顔で話してくれたよ、「見つかったら確実に殺されるから必死で身を隠した」って、彼のあんな顔、初めて見たよ」
「それはまあ、盗賊を生かしておいて得になる事なんか一つもありませんからねぇ」

 国だったり大都市、大商人であれば特殊な使い方もあるかもしれないが、あいにく庶民の俺は盗賊に生きる価値を求めない、むしろ根絶やしにしたい側の人間だ。

「そんな彼がキミが邪道士ニールセンなんて名前を出すもんだからビックリしたよ。傭兵国家のカドモスを大地の魔竜ガイアドラゴンと一緒に滅ぼしたっていうアレ、流石に肝が冷えたよ」
「普通は騙りだと思いませんかね?」

 すっとぼける俺に、それでもフラッドは楽しそうにしている。

「数ヶ月前に彼の地で起きた事については色々情報を集めていてね、何しろ同じサザント大陸で起きた出来事だ、過敏になるなというほうがおかしな話さ。まあ私はたまたまあの近くに知り合いが、そう、バラガの街の「先代都市代表」と懇意にしていたのでね」
「じいさまかよ!!」

 思わず声を張り上げた俺を見て、イタズラが決まったような顔でキャッキャと笑うフラッドの顔は、確かにあのじいさまとある種の共通点が見られる。
 ダメだ、コイツ、あのじいさまと同じ種類の人間だ。

先代都市代表ユーリ・バイデンの名誉の為に言っておくけど彼は何もしゃべっていないからね。彼から教えてもらった事は、カドモスを滅ぼしたのは邪道士ニールセンっていう正体不明の人物だという事と、旅の薬師のシンという、付き合うと面白い若者がいたって事だけさ」

 付き合うと面白いね……オブラートに包んじゃいるが、確実にオモチャとか言ってやがったな、あのジジイ。

「盗賊団のアジトに邪道士ニールセンを名乗る旅の薬師、結び付けないほうが難しいよね?」
「悪名を利用したとは思いませんか?」
「利用するには危険すぎる名前だよねぇ、盗賊団アイツらもよく気が付かなかったものだよ」

 それは確かに、脅しのつもりで名乗ったのに肩透かしを喰らったもんだわ、あの時は。

「ちなみに国家間とAランク冒険者に限定されてるけど彼、首にかなりの額の賞金がかけられてるんだよね、ウチにも回状が届いてたよ。そんな危険な相手、ウチでどうにかできる訳無いのにね」
「忠告、感謝いたします……」

 今後、使う場面は吟味するとしよう。
 それにしても……。

「どうしてそんな話を私に?」
「最初に言ったよ、信頼の表れだって。彼の手紙にも書いてあったからね、一緒にバカをやる分には楽しい遊び相手だけど、一方的に利用しようとすれば喉笛を噛み切られる、ボク・・、賭け事嫌いなんだよね♪」

 手札は常にオープンだ、とばかりに両手を広げてこっちに向けてくる。
 おどけるフラッドを見て、「ああ、やっぱりアレと同類か……」と思わずにはいられない。
 だったらまあ、ある程度胸襟きょうきんを開いても大丈夫そうではあるか。

「旅先で新しい友達を作るのは好きですよ、長居するつもりは無いので深い繋がりを作る事は出来ませんが」
「ウチの子、あと数年もすれば誰もが見惚れる美女になると思うんだけど?」

 だからヤメテ! そこはじいさまとは明確に違うな、このオッサン。

「そういう事でしたら早めに街からお暇させていただきますので……」
「冗談冗談、正直言うとシン、キミにお願いしたい事があってね」
「お願い?」

 やな予感しかしねえな。

「お願いというか依頼かな? 薬師という事だから知識も豊富だろうし、各地を旅しているからこの土地以外の事も知ってそうだしね」

 前置きが長えよ、結論から言えって!

「で?」
「シン君、お金儲けに興味ない?」
「は?」
「だからお金儲け。ちょっとウチの街の一つが経営難に陥っててね、一発逆転を考えているんだけど、いいネタが無いんだよね」

 オッサン、ギャンブルは嫌いじゃなかったのかよ?
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