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4章 港湾都市アイラ編

138話 邪道士ニールセン再び

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 ──シンが盗賊と出会ってから数時間──

 山頂に至る途中に現れる傾斜の失われた平地、重なり合うように密集して伸びる木々の向こうに洞窟と思しき横穴が見える。
 コボルトかはたまたゴブリンか、人型の魔物がねぐらとして使っていたものか、それとも一発当てようと山師が掘った夢の跡か、ともあれ現在この洞窟は盗賊集団「黒狼団」の根城となっている。
 木々の間を縫うように進む足元には所々、ピンと張られた糸がそれと判らないように隠されており、引っ掛ける、もしくは踏みつけて糸が切れようものなら、アジトに備え付けられているだろう鳴子が来訪者の存在を知らせてくれる、という寸法だ。
 そんなアジトへの道のりを3人の人影が通り過ぎる。
 黒狼団の一員であろう2人の後をついて行くように、フード付きの薄汚いローブに身を包んだ怪しげな男がザスザスと草を踏み締めながら歩く。
 その歩き方はおよそ戦闘訓練を受けた者のそれとは到底思えない、恐らくは魔道士、ないしは可能性は低いが素人の歩き方と言えなくも無い。
 そんな3人がアジトの入り口までやってくると当然、

「──止まれ! おい、お前ぇら、コイツ・・・はなんだ?」
「へい! 実はちょっとした手違いでアニキがこちらの方に殺されちまいまして……」
「なに!?」

 ど直球で不穏当な言葉に門番の2人は即座に反応、槍と剣、それぞれ得意な獲物を手に臨戦態勢に入る。

「ま、待って下せえ! この方は本当にヤベエんだ! アニキも一瞬でやられちまったんでさあ!」
「!? ……だったら何で手前ぇらはコイツを連れて来やがった!?」
「それは私が答えましょう──お初にお目にかかります、私は”ニールセン”、世間では邪道士などと呼ばれてはいますが、善良な一市民ですよ」

 ニールセンと名乗った男はフードを深く被っており、表情を窺い知る事は出来ないが、そこから見える口元には笑みが浮かべられている。
 男は続ける。

「不幸な行き違いで彼の命を奪う事になってしまいました、しかし私としてはあなた方と敵対するつもりは無く、むしろお近づきになりたいと参上した次第です、ハイ」
「……仲間をやられた俺達がテメエと仲良くできると思ってんのか?」
「それを判断するのはアナタではなく頭目の仕事では? 私としては御身内を殺した侘びと両者の今後についてを語り合うべく参っただけ、仲間になるも敵対するも、私としてはどちらでも構いませんよ。まあ、出来る事なら実験材料・・・・は多い方がいいですねえ」

 今の発言の何が楽しいのかクックックと笑うニールセンに薄ら寒いものを感じた門番は、

「……わかった、少し待て」

 そう告げると一人が洞窟の中へ入っていく。
 ──しばらくして、

「──そうか……ついて来い、頭目が会うそうだ」

 そういって3人が連れてこられたのは一際広い空間、そしてそこには洞窟内にもかかわらず、どこから奪ってきたのか、豪奢な内装に調度品、財宝がこれ見よがしに並べられており、この部屋の主の性格を表しているのかもしれない。

「ふぅん……そこの小汚いのがアタシと話をしたいんだって?」

 最近売り出し中の盗賊団『黒狼団』、その頭目は女だった──。
 高そうな椅子に腰掛けた彼女は、夜会のそれよりも扇情的な、夜の蝶達が纏う様な過激なドレスに身を包み、背後には屈強な護衛役の男が2人、そしてこの広間の入り口にも同様に2人、来客を囲うように立っている。

「これは初めまして、私はニールセン、小汚い邪道士の端くれにございます」
「ハッ、何だって構わないさ。で、アタシの可愛い子分を殺した落とし前はどうつけるつもりだい?」
「特に何も? しいて申し上げるなら、あの程度の手駒しか揃えられないアナタ様の窮状きゅうじょう、心中お察し申し上げます」

 目の前の男の予想外の返答に彼女は虚を突かれポカンとするが、詫びるどころか挑発してくるその物言いに、見る間に不機嫌な表情を作る。

「なんだいアンタ、あたしにケンカを売りに来たのかい?」
「まさか! 私はアナタ達と親睦を深め、協力関係になれればと思ってこの場にやって来た次第です、ハイ。ああ勿論、殺し合いがお望みでしたらそれでも構いませんけれど?」

 とても仲良くなりに来た人間の言葉とは思えないその態度に女頭目は困惑する、果たしてこの男は何が目的なのか?

「な、なぁダンナ……もういいだろ? 早く解毒薬をくれよぉ」
「ああ、そういえばそんな事もありましたね……いえね、彼らが素直にここへ連れて来てくれるとは思っていなかったものですから、少しばかり強引な手段をとらせてもらっただけですよ」

 解毒薬と言うからには、強引な手段というのは毒の類だろう。道案内の為だけに毒を飲ませる、およそまともなヤツの思考とは思えない。
 ニールセンは懐から2本の小瓶を取り出すと、ここまで同行してきた2人の男にそれを渡す。男達は急いで封を開け、一気にあおる──。

「ふぅ…………グガッ!!」
「アンタ……これ……解毒薬、じゃ……?」
「解毒薬ですよ? ただ、別種の毒薬も一緒に入っていますけどね」

 目の前で苦しむ2人に向かって陽気に話すニールセンを見て、女頭目は遅まきながらに理解する。

 この男は狂人だ──

 だとすれば、手下を殺しておいてアジトまでやって来たのも、さっきの会話の内容も合点がいく。
 この男ニールセンにとって、自分の目的が果たされるのであれば過程はどうでもいい、ソレに対して毛ほどの価値も求めてはいないのだ。
 ならば、これは女頭目にとっては悪い取引ではない。
 相手が自分と同じ悪党であればいつか確実に裏切る、自分がトップに登るために今のトップを絶対に殺そうとするだろう。
 だが狂人ならば、相手と自分の求める物が違うのであればいくらでも協力関係は築ける。その目的が自分達の首を絞める物でないのならば……。
 とはいえ、

「アンタ、アタシの目の前でよくもまあ、堂々と手下を殺してくれたもんだねえ?」
「脅しに屈してアジトの場所までホイホイ連れて来るような輩に何の価値が? 価値か……ああっ!! そうです、価値! どうせなら実験に使えばよかったのに!!」

 なるほど、そういう種類の狂人か──と、実験動物モルモットをみすみす死なせた事を悔やむイカレ野郎を見ながら女頭目は納得すると、

「つまりアンタは、好きにいじくり回せる人間をくれてやれば、あたし等に協力する、そう言ってるのかい?」
「ええ、そうですよ。あ、出来れば女性の方が良いですね、特に若い女性の可愛らしい悲鳴は何度聞いても良いものです」

 「可愛らしい」「悲鳴」なるものが全く理解できない女頭目ではあるが、それがこの狂人の望みであるというのなら、こちらが提供することに特に問題は無い、いつでも簡単に用立てることが出来る商品だ。

「その程度ならいくらでも用意してやるよ、丁度数日前に攫ってきたのもいる事だし、なんなら今日からでも遊ぶかい? アタシの部下がよってたかって仕込んだから多少元気は無いかもしれないけど、その分従順になってるよ?」

 ────────ピクン!

 それは一瞬、そう、ほんの一瞬だったがニールセンなる男の身体がこわばり、口元から薄ら笑いは消える。しかし幸か不幸か、それに気付く者はこの場にいなかった。

「……それは重畳、見せて頂いてもよろしいので?」
「構わないよ──っとその前に、アンタは一体どんな事が出来るんだい?」

 相手のペースに呑まれて肝心な事を聞いていなかった。邪道士ニールセンなる人物は、一体いかなる力の持ち主なのか?

「どんな事、ですか? ……そうですね、私は邪道士ニールセン、あらゆる属性の魔法を使い、また、薬学・毒物の知識でもって死と混乱を招いてご覧に入れましょう──」

 フードから覗く口元にゾッとする笑みを浮かべながらニールセンは告げる。

「……ああ、解ったよ、オイ、その男を女の所に連れてってやりな」

 気圧されながらも女頭目はそれだけ言ってのけ、部屋を出て行くニールセンの背中を眺める。
 手下が何人か殺されたのは痛い、しかし、それ以上の力を手に入れたと女頭目は確信する。

「これなら──」

 これなら、自分達の悲願が果たせる──
 女頭目の顔には、強い意志の宿った瞳と、力強い笑みが浮かんでいた。



 洞窟の最奥、行き止まりの狭い空間にそれは在る。
 鉄の格子で隔離された向こう側に年齢は様々、しかしどれも成人前後の5人の女性が、粗末な布切れ同然の衣服を着てゴザの上にへたり込んでいる。
 横に据え置かれた桶の中からは汚物の匂い、そして空間全体にこびり付く男共の欲望の果ての臭気、そんな中で生気の抜けた女性たちは俯き、時にすすり泣いている。

「ホラ、アレがアンタの取り分だ。まあ俺らが散々遊び倒した後だから物足りねえかも知れねえがな!」

 ガハハと響く男の下品な笑い声に、女達はビクンと身体を固くし、両手で身体をかき抱く様に縮こまる。
 そんな光景にニールセン──いやシンは悲しみを湛えた表情を浮かべ、そしてその後、憤怒の表情を浮かべると男に向き直り、

「彼女達が脅えてる、黙れ──」

 シュン────!

 いつの間にかシンの右手には曲刀が握られており、その剣筋は正確に男の喉を薄く切り裂き、気管を断つ!

「────────!!」

 ヒューヒューと喉から空気が抜けて声を発することが出来ない男は、今度は空気を肺に取り込むことが出来ず、喉をかきむしるように悶える。
 シンは男の髪の毛を掴むと、体重差など無いかの如くに片手で引きずり、女達に見えるよう、格子に男の身体を押し付ける。

「────!!────!!」

 何事かと驚く女達であったが、自分達に酷い事をした男が目の前で悶え苦しみ、やがて地上で溺れ死ぬ様を目の当たりにし、その瞳に僅かながら希望の火が灯る。

「あ、あの────」
「静かにして、助けに来たよ」

 内心の怒りを抑え、シンは出来るだけ優しく彼女達に話しかけた。
 そして彼女達の耳に届かないように小さく呟く。

「さあ、鏖殺おうさつといこうか──」
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