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6章 ライゼン・獣人連合編

293話 ハクロウ・前編

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 ライゼンの衛星都市として最南に位置する『ハクロウ』は、幅一〇メートルを超える水堀みずぼりによって周りを囲われた円形の城郭都市じょうかくとしだ。
 この都市は、篭城戦ろうじょうせんを想定して建てられた星状都市せいじょうとしのオウカと違い、篭城そのものに重きを置かれた造りになっている。
『ハクロウ』そして同様に、ドウマと国境を挟む形で存在する都市『クロガネ』。この二つの都市は、敵の侵攻を防ぐ為に、四方にある四つの街への出入り口うち、三つは跳ね橋になっていた。
 城攻めにおいて、高い外壁と水堀の組み合わせははなはだ喜ばしくない。結果、都市を攻める軍隊は残る一つの出入り口──南門に誘引ゆういんされる。
 幅広で堅固けんごな石造りの橋に繋がる南門は、鉄製の内門と木製の外門によって塞がれ、堅牢な要塞の顔として立ちはだかるのだが、都市内と地続きである事実はあまりにも魅力的だ。
 攻め手は戦力を南門へ集中させながら、残りの三方へは申し訳程度の牽制けんせいを行い、守り手は門を挟んで敵の攻撃を防ぎつつ、他都市からの援軍を待つ。それは小競り合いではあるものの、幾度となく繰り広げられた光景。のはずが、今回は少しばかり様子が違った。

「ドウマの動きに変化は無いか?」
「はっ! 連中、相も変わらず南門の近くで遠距離攻撃に終始するだけで、門を破りに来る気配はありません」
「……ここ以外の三つの門は?」
「兵の影どころか、斥候の気配すら……」
「チッ! イヤらしい攻めをしよるわ!」

 南門を守る守備隊の指揮官は、外壁から戦場を見下ろしながら、忌々しげに吐き捨てる。
 冬の始まりを告げる一二月、初雪とともにドウマの軍は『ハクロウ』へと侵攻してきた。
 寒さと戦いながら投石機カタパルト攻城弩バリスタまで運んできたドウマ軍ではあったが、その数はハクロウに駐留する兵士を少し上回る程度しかおらず、都市を攻め落とすにははなはだ心許ない。
 事実、彼らは都市を包囲するでなく、南門に集結して遠距離からの攻撃や示威行動に終始していた。
 壁外から聞こえるときの声と、壁を越えてガラガラと落ちてくる投石に、はじめの頃は脅えていた住民達も、毎日その繰り返しでは慣れてしまい、やがて危機感も薄らいでくる。
 事実、一〇日も経てば彼らの不満は、壁の外に陣取るドウマ軍よりも、都市内に引きこもり、いつまで経っても敵を追い返さない自軍へと向かっていた。
 また、南門以外の三つの出入り口に敵の攻めてくる気配は無く、街に閉じ込められた形の旅商人にしてみれば、やがて援軍が来て包囲される前に脱出したいと申し出る者も現れる。
 無論、そんな事が出来るはずも無い。街を出た彼らが敵に捕まり、都市内の情報を漏らされる訳にもいかないし、彼らが間者である可能性もあるからだ。もしそれを防ごうと思えば、ハクロウの兵をいて、彼らの護衛兼監視に着けなければならない。そしてそれは戦力低下に他ならず、絶対に避けなければならない。
 あるいはドウマの狙いはそういった不満をあおり、ハクロウを内側から崩すことなのか? 先ほど指揮官も、そういった部分を考えての毒づきだった。

「住民達から不満の声もチラホラと上がっております。ここは一度、東西どちらかの門から兵を出し、やつらの側面を襲ってはいかがでしょうか?」
阿呆あほう、籠城する側の利点は兵力を集中できる事にある。わざわざ兵を分けた上に野戦に持ち込むなぞ、それこそ敵の思うつぼよ!」
「はっ! 申し訳ありません」
「とはいえ、包囲を敷くには少ない兵力と冬場の侵攻。圧倒的に不利な立場で連中、一体何を考えておるのか……」

 このままの状態が続いたところで『ハクロウ』側に不利にはならない。すでにドウマ襲来の報はライゼンの中央に届いており、待っていれば援軍はやって来るのだ。当然ドウマ側も後詰めは控えていようが、補給等を考慮すればライゼンに有利であろう。
 詰まるところ、ドウマに勝ち目は無い。
 だからこそ「何故?」と、戦局に余裕のある今、男は考える。奴らの狙いが何なのかを。
 ──敵と相対しておきながら余裕などあるはずがない。ましてや考え事など、油断に他ならないというのに。
 そんな時だった、彼らの元に一報が届くのは。

「伝令! 『コウエン』からの援軍、『オウカ』を経由して間もなくこちらに到着とのこと!!」
「おお、やっと来たか! して敵の増援は?」
「斥候からの定時連絡では無し、と」

 伝令の言葉に、その場にいた誰もが安堵し、ホッと胸をなで下ろす。

「どうやら勝ったな。しかし、連中の狙いは結局なんだったのか……ぐっ!?」
「隊長──!!」

 ハクロウの南門を守護する部隊長は、胸に矢の一撃を受けると前のめりに倒れ込み、そのまま壁の外、水堀の中へと落ちていった──


──────────────
──────────────


「──冬場に水遊びとは、酔狂な奴もいるものだな」
「敵を前にしてよそ見・・・をするようなやからです。我らには理解できるものでもありますまい」
「見たところ武器も持っておらなんだな。敵の指揮官であってくれれば僥倖ぎょうこう。しかしまあ、期待はせぬようにしておくか」
「それがよろしいかと」

 大盾使いに左右を護らせている男は、後ろに控える部下にそう告げながら再度弓を引き、先ほど射貫いた男の近くに立っていた兵に向かって矢を放つ。
 大きな水音が再び響くと、男は振り返り自軍の兵に向かってげきを飛ばす。

「今し方、『オウカ』よりここ『ハクロウ』に援軍・・が向かっているとの報告が来た! 我らはその動きに合わせ南門より撤退する。そんな訳だ、邪魔な攻城兵器のたぐいは奴らにくれてやれ・・・・・!」
「「応っ!!」」

 司令官の言葉に兵達は、撤退準備を素早く済ませると、まずは騎馬隊が西に向かって一目散に逃げてゆく。
 その様子を見たハクロウの兵士が壁の上から弓で攻撃しようとするが、小さめの石を散弾のように撒き散らす投石機によって遮られてしまう。

「さて、それでは連中に置き土産をくれてやるとするか──行け!」
「「はっ!!」」

 男の言葉に威勢よく答えた二人の兵士は、大盾をその場に置くと、それぞれ武器をかついで南門へと走った。
 部隊長の不在で混乱している壁上は、橋を渡る二人の姿を捉えても、降り注ぐ石や矢を防ぐのが精一杯で、そのまま外門に張り付くことを許してしまう。

「はんっ! 何の妨害も無いとは、ハクロウの連中はぬるいな……どっせい!!」

 そう言って男は、担いできた得物──大型のハンマーを振りかぶり、木製の外門にむかって横薙ぎのフルスイングを見舞った!

 バキャン──!!

 ハクロウを外敵から守る第一の門──木製の外門は、ミートハンマーをそのまま巨大化させたような大鎚の一撃を食らい、その表面がはじけ飛ぶ。
 さらに二度、三度と、ハンマーが振るわれるたびに門は削られてゆき、やがて扉の真ん中には貫通した大きな穴が出現、裏側から架けられたかんぬきが姿を現した。それを見た、後ろで周囲を警戒していたもう一人の兵士は、ハンマーを振るっていた兵士に交代を告げる。

「次は俺の番だな……むぅん!!」

 もう一人の兵士が自分の得物──これまた大きなまさかりを振りかぶると、こちらは垂直に勢いよく振り下ろした。

 ──!!

 斧術ふじゅつのスキルであろうか──外門を閉ざしていた閂は何の抵抗もせず、それこそまきでも割るかのように綺麗に真っ二つに断ち切られた。
 二人が外門を攻略したのを目視した司令官は、別の兵士に向かって何やら指示を出し──

「さてと、双方大した被害も無しでは追撃する気も起きぬであろう? 特に冬場とあってはな……なので、ここは一つやる気を出させてやろうではないか」

 楽しそうにそう語る男の脇には、これまで一度も使用しなかった攻城弩バリスタが運び込まれている。
 男の頭と同じ高さに、なぜか水平に固定されているそれは、『攻城』弩と呼ぶにはいささか違和感を覚える。むしろ作りかけの破城槌はじょうついと言われた方が納得できただろう。
 弓にセットされた杭のような丸太は、先端にいくつかの魔石のような物が埋め込まれており、不気味に明滅をしながらブオンブオンとうなりを上げていた。

「コイツの先に埋め込んだ魔石には、砕けると発動するよう、爆裂魔法が封じ込めてある。実際に使うのは初めてだが、南門ご自慢の鉄の内門を壊すことは出来るかな、と……やれ」

 上げた手を男が振り下ろすと、大人の腕ほどの太いは南門へと一直線に飛んでゆき、二人が開けた外門を抜け、長いトンネルの先で固く閉じていた内門に襲いかかる!

 ────!!

 周囲に爆発音が響き渡り、南門の出入り口から勢いよく炎が吹き出す。炎はすぐに消え去ると、あまりの轟音に敵味方の区別無く戦闘が中断、誰もが南門に視線を向けた。

 ……ピシ…………カラン……ガラララ!

 最初は砂時計の砂のようにゆっくり、やがて支えを失った積み木のように勢いよく、トンネルのアーチを形作っていた石材が崩落を始める。
 そして被害はそれだけに留まらない。南門周辺の外壁は爆裂魔法の衝撃に耐えきれず連鎖崩落、瓦礫がれきの山を作り出した。

「くくく……はぁーっはっは!! こりゃあいい、どうやら威力があり過ぎたようだな! ともあれ、これで追撃をせん訳にもいかなくなっただろう」

 司令官の男は楽しそうに笑うと、馬にまたがり未だ残っていた部隊とともに西の方角へと撤退・・していった──。
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