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2章 ガリアラ鉱山編

小説2巻発売記念SS ギルドマスターの憂鬱

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「だからなんで薬草これの買取りが出来ないのよ!?」
「何度も言ったでしょ! 冒険者ギルドの規則なの!!」

 冒険者ギルドの執務室に響く二つの声は、もう何度も私の耳に同じ言葉を届けてくる。果たして何度目だろうか?
 現在、私の仕事場である執務室兼応接室は、絶賛議論の最中、言葉を飾らずに言えば、喧嘩の真っ最中と言うべきでしょうか。
 不満を述べる子はエイミー。つい先日、幼馴染と四人で冒険者ギルドの門をくぐった新人冒険者だ。それに反論するのは、当ギルドの受付嬢にして私の秘書であるセシリー。美人で冒険者達からの人気は高いのだけれど、常日頃から荒くれ男達を相手にしているせいか、浮いた噂の一つも上がらない気の毒な女性。

「薬草採取の依頼なんて、しょっちゅう出てるじゃない!」
「今は出ていないわよ!」
「だったら予約って事で」
「……そんな無理が通るはずが無いでしょう、エイミー?」

 堂々巡りの二人の会話に私が割って入る。流石にこれ以上は時間の無駄ですし、ビシッと言ってあげないとこの子達の為にもならない。

「エイミー、そして三人も考え違いをしていませんか? 冒険者仕事は子供の遣いでも、ましてや遊びでは無いのですよ……」

 冒険者──それは、その身一つでこの世界を渡ってゆく者達。
 彼等の仕事は、目の前のテーブルに置かれた薬草をはじめとする様々な素材の採取に始まり、魔物の討伐、商隊などの護衛と多岐にわたる。
 それらを要約するならば、他者の危険を肩代わりする仕事だ。
 冒険者ギルドとはそんな、危険と共に生きる冒険者達の、危険以外の負担を受け持つ為の組織と言っても良い。
 依頼の斡旋あっせんに情報の共有、そして──最も大事な報酬の確保。
 その辺の説明は一通り、冒険者ギルドに所属する時に説明したはずなのですけどね……。

「発見したら即時討伐を求められる魔物とは違い、素材採取は依頼が無い限り受ける事は出来ないのですよ」
「でもリオンさん、回復薬ポーションの材料なら、沢山あって困る事は無いのでは?」

 私の説明に押し黙るエイミーに代わって、目鼻の整った美少年が疑問を投げかける。
 ニクス、私はそれについても以前説明したのですけれど……四人の中でも一番冷静なキミでさえ、冒険者になった喜びからあの時は上の空だったというのですか、嘆かわしい。

「はぁ……いいですか? 冒険者に支払われる報酬の額は、需要と供給のバランスによって決まるのです。誰もが無秩序に素材を持ち込んでしまうと、たちまち買取り価格は下落。となれば支払われる報酬も当然……分かるでしょう?」

 薬草に限らず、素材がだぶついていると知れば、各種生産ギルドは安く買い叩こうとするでしょう。とはいえ向こうも、作った品を誰が買うかを考えれば、あまり強引な交渉は出来ない。
 互いの懐事情をかんがみ、また、資源の枯渇こかつを防ぐ意図もあって、素材の採取依頼は、定期的、そして一定数を超えない量でと、あらかじめ取り決めがされている。
 金銭が動く以上、冒険者も市場原理で動くのですが……やはりまだ難しいですかね、冒険者に憧れを抱く年頃の子供には。

「でもよお、魔物の素材はしょっちゅう持ち込まれるけど、在庫がだぶついたとか、買取り値が下がったなんて聞かねえぞ?」

 ……ラドック、いくら小さい頃から顔を合わせているからと言って、少しは言葉遣いと態度に気をつけなさい。私とキミ達の間にはギルドマスターと駆け出し冒険者といった、組織内の立場というものがあるのですからね?
 ………………………………。
 あまり期待は出来ませんか……。

「魔物の素材は、処置を施す事で長期保管が可能ですからね。直ぐにしおれてしまう薬草などとは扱いが違うのですよ」

 素材云々は抜きにして、街の住民にとって危険な存在である魔物の討伐は、冒険者にとっての最優先事項と言っても良い。
 だからこそ、特に依頼が上がっていなくても、魔物の討伐者には報酬が支払われるし、素材は適正値で買い取る。
 そして、ラドックの疑問に対しての答えは至極簡単──街にやって来る行商人に売ればよい。
 地域によって生息する魔物の種類が違うのであれば、そこで手に入る素材には当然、違いが生まれる。
 鉱山都市として栄えるバラガの北、マクノイド森林地帯に生息する魔物たちは、さほど珍しい種類はいません。しかし、その森は広大である為、そこに生息する魔物の量だけは他より遥かに多い。その為、まとまった量が集められる魔物の素材が遠方への交易品として充分通用しているのです。

「──そういった基本的な知識や冒険者間の繋がりを作る為にもきみ達は一度、別々に先輩冒険者のパーティに……」
「ゼッタイにイヤ!!」
「……ずっとそのパーティに居ろと言っている訳ではありませんよ。必要な知識や技術を習得したのち、改めて四人でパーティを組めば良いのですから」
「あんな奴らとパーティを組むなんざ真っ平ゴメンだ!!」

 ……まったく、誰ですか? エイミーに卑猥ひわいな勧誘をしたり、アデリアを「相変わらずの役立たず」などと侮辱したのは。
 ──結局、四人は説得の甲斐もなく、”鎧ヤモリ”討伐などという、どう考えても役者不足の依頼に手を出す始末……。
 自分達だけでやっていけると示したいのでしょうが、果たしてどうなるか。まあ、命の危険を感じれば逃げ出す程度の分別は持ち合わせているはず……だといいのですが。

「ああ、ちょっと。アデリア──」

 席を立ち退席する彼らに対し、話し合い(?)の最中、一言も発しなかった彼女に向かって私は声をかける。

「──なんですか、リオンさん?」
「いえ、大した事では無いのですが──魔法に限った話ではなく、なにかを成そうとする時に大事なのは、一歩踏み出すことです。時には相手の都合など考えず、自分勝手に振舞ってみるのも一つの手段ですよ」

 魔法は意思を、思いを形にする秘技。師を失った彼女がこれで気付いてくれればいいのですが。
 ペコリと頭を下げて退出する彼女の背中を見ながら、依頼の成否などどうでもいいから、とにかく無事に戻ってくる事。ただそれだけを私は願った。

 ──そんな私の願いは、音を立てて崩れる。

「なんですって!? レッドオーガが?」

 セシリーから上がってきた冒険者の報告を受け、私は柄にも無く大声を出してしまう。

「はい、それもマクノイド森林地帯の外縁部で、です……」

 言葉を濁すセシリーの表情は暗い。何故Bランクモンスターがそんな森の出口付近に。そして何故このタイミングなのか、何故あの時四人を強く引き留めなかったのか。彼女の顔はそう語っている。そして恐らく、いえ、きっと今の私の表情も……。

 ──その後、オーガ討伐の為に冒険者パーティを外部から呼ぶことが出来た。とはいえ、ここバラガに着くのは一ヶ月近くかかる。つまり、ニクス達は……。

「せめて、遺品だけでも見つかればよいのですが……それにしても、先日感じたアレ・・は一体──?」

 ■

「──しかし、崖を飛び降りた先でまさか、”騒乱ゴリラライオットコング”に遭遇するとはねぇ……」

 鉱山都市バラガの冒険者ギルドに凶報が届く数日前、頭部の上半分を吹き飛ばされた騒乱ゴリラライオットコングを前にシンは、己の運の無さを嘆いていた。

「ドラミングで他の魔物を呼び寄せ、精神を暴走させる効果を含んだ唾液や汗を撒き散らすBランクモンスター。思わず威圧──”王権万丈おうけんばんじょう”で動きを止めて瞬殺しはしたが……」

 シンは手の平で胸をポンポンと叩きながら「うーん」と唸る。
 騒乱ゴリラから入手できる素材は、薬の材料となる血液、唾液、汗と、その見事な毛並みの毛皮だけだ。
 艶やかな黒銀くろがねの毛皮は、コートやマフラーにと貴婦人が欲しがる憧れの希少素材である。とはいえ、いざ市場に卸そうにも、只の薬師であるシンがこれを入手出来る手段などあるはずも無く、持っていればそれだけで要らぬ疑念を抱かれてしまう。
 暫く悩んだシンだったが、結局「もったいない精神」にのっとって毛皮を剥ぎ取ると、異空間バッグの隅っこに仕舞い込む。

「それにしても、効果範囲内にいる敵の精神を凍らせて行動不能にする”王権万丈おうけんばんじょう”だが、範囲外からこれを知覚した連中は一目散に逃げ出すんだよなあ……素材・・がもれなく逃げちまったか」

 森の中、シンは一人肩を落としていた──。

 ■

「──まさかオーガは、アレ・・の気配から逃げ出してきたのでしょうか……」

 それはシンとリオン、二人が出会う数週間前の出来事──。

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