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6章 ライゼン・獣人連合編

291話 謀の代償

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※ 投稿の間が空いて申し訳ありません。時系列では285話の続きになります



「どうした、何があった!?」

 前方から上がる轟音とざわめきに戦列中央、歩兵と魔道士で構成された支援部隊を指揮する連隊の副官は声を上げると、城門に向かって馬を走らせた。
 そして、城門前までやってきた男が見たのは、兵士達の混乱だった。

「おいっ! 早く瓦礫をなんとかしろ!」
「この状況じゃ無理だ! 先に弓兵をなんとかしてくれ!」
「チクショウ──ぐあっ!!」

 ドウマ兵に降り注ぐ無数の矢と、それを受け、またはくぐりながらも、長槍を投擲とうてきする槍兵。
 盾を持たない槍兵が、その場から逃げ出さない事に違和感を覚えた副官は、薄暗いながらもその先で撒き上がる粉塵を目に留め、納得する。

「裏切りか……やはり敵国の者など軽々けいけいに信じるべきでは無いな──む?」

 新たにやって来た馬上の男に気付いた弓兵が、壁上から狙いを定めて矢を放つ!

 ビシュン──!!

 放たれた矢は一本、しかし飛んでくるのは実体の矢を中心に、魔力で形作られた無数の矢が襲い掛かってきた。

「ちぃっ、スキル持ちか!!」

 ドスドスドスドスッ!!

 すかさず身体をずらして馬体の影に隠れた男は、騎馬を盾に円環の矢サークルショットをかわし、そのまま馬から飛び退く──
 が

「ぐむっ」

 避けきれなかった魔力の矢が足に突き刺さり、痛みと痺れに男は苦悶の声を上げる。
 弓術スキルで生み出された魔力の矢は、出血など実体に傷を負わせる事は無いが、効果が消えるまでは痛みと体力低下を引き起こし、なおかつ抜くことが出来ない。
 魔力矢を数本受けて左足がうまく動かない男は、絶命した騎馬が倒れこんでくるのを転がるように避けると、地面に転がっていた槍を握り、身体を起こしざまに弓兵に向かって投擲とうてきした。

「──ぐあっ!!」

 槍は見事に腹部を貫通し、弓兵はそのまま壁から地面に頭から落ちる。そのまま男は、背後から自分を追走してきた部隊に向かって、そして前線で無茶な戦闘を行う槍兵に向かって大声で叫ぶ。

「槍兵部隊は一旦下がれ! 攻撃本隊はそのまま前線へ突入! 歩兵部隊は盾を頭上にかざして魔道士を守護しろ。いいか、一刻も早く壁内の指揮官を救出するんだ!!」

 ザッ──!

 男の号令に兵士達は無言で行動を開始、魔道士たちを中心に密集隊形になった部隊が槍兵舞台と入れ替わるように門の付くまで前進し、通路を塞ぐ瓦礫に向かって攻撃魔法の詠唱を始める。そこへ──

 シュババババッ!!
 カンカンカンカン!

 壁上から放たれる矢が盾で弾かれる中、魔道士たちの詠唱は続き、やがていくつもの火の玉が生まれるとそれは、魔道士の元から一斉に放たれた。

 カッ────!!
 ドガァァァァン!!

「っ──ダメか!」

 寸分違わず通路に吸い込まれた火球は、積み上がった瓦礫を埋れたドウマの兵士ごと吹き飛ばしたものの、内外を分断する瓦礫の量は大量で、こちら側の表面を削り取ったに過ぎない。
 しかもやはりというか、崩れた壁の部分以外は当たり前のように硬化処理が施されており、質量を持たぬ爆発では、瓦礫を吹き飛ばす事は出来ても壁を破壊する事は適さない様だ。
 ならばと今度は、城壁に対して面攻撃を行うよう魔道士に指示をする。

 ドゥン──ドバァァン!

 大音量が響く中、しかし攻撃は壁を破壊どころかえぐる事すら出来ない。せいぜいが、その表面が削れる程度だ。
 ただ、直接的な効果は得られなかったものの、火球の爆発によって少なからず揺れる城壁は、壁上の弓兵から、射撃の正確性を奪い、地上部隊への圧力を薄れさせる。
 そこへ後続の弓兵が到着、彼等の応射によって壁上の兵士が次々と討たれてゆく。

「よし、魔道士たち、魔法を上下に放ったのち下がれ! 軽装の者は我に続け!!」

 身体に刺さった魔法矢が消え、体力が回復した副官はそう叫ぶとオウカの城壁に向かって走り出す。
 壁上から散発的に放たれる矢を避けながら、男と、それに続く十人ほどの集団が城壁に切迫すると、見計らったように魔道士から火球の魔法が城壁の上部、そして直下の地面に命中した。

 バギャンッ!!
 ドバッシャアア!!

 頭上に放った火球が壁上の狭間を破壊、破片を周囲に撒き散らし、地表に放ったものは土くれと落ちた壁の破片を土煙と共に派手に撒きあげる。

 ガツッ!

 そんな中、視界を遮られた城壁に肉薄した軽装の兵士達は、魔法の攻撃によってデコボコになった壁面を器用に登りきり、いまだ混乱するオウカの守備隊を次々と切り伏せた。
 やがて、南門壁上の守備隊を全滅させた副官は、都市内に取り残されているであろう指揮官の姿を探す。そして──

「連隊長!!」

 男が見たのは、既に捕縛された第二連隊指揮官トマクと、槍兵部隊に取り囲まれ、徐々にその数を減らしてゆく騎馬兵達の姿だった。

「おのれ……」

 ギリリ──。

 男は歯軋はぎしりするものの、どうする事も出来ない。彼と少数の部下だけで壁の向こうに突入したとして多勢に無勢、瞬く間に全滅させられてしまうのは目に見えている。
 だからといって指揮官が囚われているのを、ただ見ている訳にも行かない。

「──策をろうしたのがあだとなったか」

 本来であれば攻城兵器や壁越えの梯子など、城攻めの兵装を持ってくるのが定石ではあるが、今回はオウカの離反による無血開城を予定していた。そのため第二連隊は、行軍速度が落ちる兵装や兵糧は極力減らした状態でここまで進軍してきたのである。
 そのツケが今、彼らの前に回ってきていた。

「ち──歩兵たち、足場になれ! 弓兵と魔道士は急いで壁を登──!?」

 ドドドドドドドド──!!

 地上の兵に向かって言い放つ声は、既に日も落ち薄暗くなった空間に突如響き渡る轟音にかき消され、部下に届かない。
 何事かと、張り出した稜堡りょうほの先から見下ろす男が見たものは──

「ちぃっ!! 騎馬隊を伏せておったか。だが、斥候からはそんな連絡は……まさか!?」

 男は騎馬隊が何所から来たのか理解すると、またもギリギリと歯軋はぎしりをする。
 ──騎馬隊は待ち伏せしていたのでは無い。オウカの東、および西門から大きく迂回して彼等ドウマ兵の背後をついていたのだった。
 ドウマ兵がオウカへ接近した時点で騎馬隊は、彼等の背後をつくべく両門から出撃。やがて南門で騒ぎが起き、兵士の意識が南門の戦闘に集中する頃合を見計らってその背後に集結。一気に蹂躙を開始したという訳である。
 後方に控えているのは残り少ない兵糧を運ぶ、腹を空かせた輜重兵しちょうへい達であり、彼等の貧弱な装備では戦意の高いライゼンの騎馬兵に太刀打ち出来ようはずも無い。
 さらに不幸なのは、彼らは騎馬兵の中でも槍騎兵そうきへいであり、蹂躙戦じゅうりんせんを得意とする部隊だった事である。作戦の性質上重武装ではなかったが、その分速度を手にした蹂躙部隊は、士気の低いドウマ兵を次々と討ち取っていった。

「くうぅ……やはり敵方の裏切りなど信じるべきでは──誰だ!?」

 カツ、カツ──

 弾けるように副官の男が振り向くと、城壁の通路を、男の元へ近付く足音が響く。

「部隊長か、それとも前線指揮官……ばかな!?」

 足音のヌシは、刀身の幅が二〇センチを超える、弓なりに小さくった両刃の大剣を片手で担ぎ、派手目な金属鎧に身を包んだ男。
 額に鉢がねを巻き、不機嫌を隠そうともせずに仏頂面で歩いている男は──

「……ライゼンの筆頭剣士、ゲンマ! なぜキサマがここに?」
「なぜ? 元々そういう計画だったんじゃねえか。テメエらとオウカの中ではよぉ」
「なるほど……フッ、最初から我らは罠に嵌められていたという事か」

 自嘲気味に笑う副官に、しかしゲンマはその眉間にシワを寄せ、さらに不機嫌な顔になる。

「な訳あるかよ。おかげでコッチはオウカの頭を半数は粛清、兵士達もまともに動けるのは六割程度しかいねえ……しまいにゃ一番ヤベエやつを怒らせちまってんだからよぉ」

 ゲンマの呟きの意味が理解できず首を傾げる男は、顎をしゃくるゲンマに促され、背後で繰り広げられる戦闘に意識を移す。
 眼下には、ここ数日の強行軍に耐え、空腹で、疲労ばかりが溜まったドウマの兵士達が、指揮官、および副官不在の混乱で次々と数を減らしてゆく光景が広がる。

 ブジュ──!

 こんな最後を迎えるために遠路はるばるやって来たのでは無い! そう叫ぶ兵士達の断末魔が聞こえてきそうで、副官の男は己の無能に下唇を強く噛む。
 口元から血を流し、悪鬼の如き形相でゲンマに対して向き直った男は、いまだ不機嫌ながらも首をコキコキと鳴らし、フンと投げやりな溜め息をつくゲンマを睨みつけた。
 ゲンマは、篝火かがりびに照らされた男の顔を見下すように一瞥すると、左手を突き出し、さっさとかかって来いとばかりにクイと手招く。

「どこまでも舐めてくれる。聞け! 我は──」
「あ~、木っ端兵士の名前なんざ一々覚えてらんねえよ。ホラ、すぐにそこの馬鹿共と同じところに連れてってやるからかかって来いって」
「──!! 馬鹿……主君の命を受け、命を懸ける兵や将に対してその物言い。ライゼンの武人は誇りも礼儀も知らぬらしい!」
「誇り? もしかしてそいつは、敵を罠に嵌めたと思い込んで揚々とやって来たはいいが、それを逆に利用されて、惨めに屍を晒す事になった連中が持つべきもんなのか?」
「ぐぬぅ……」

 辛辣しんらつな言葉に、男はさらに表情をけわしくしながらゲンマを睨みつける。それはまるで、相手がゲンマでなければ、殺意を込めた視線だけで相手を殺してしまいそうな鬼の形相であった。
 しかし男にとっての不幸は、視線を向ける相手はそのゲンマであり、またゲンマも、内心に激しい怒りと殺意を燃やしながら、それを巧妙に隠していた。
 ゲンマは言葉を続ける。

「下でお前等を殺してまわってるのはオウカの、テメエ等のはかりごとに乗らなかった連中だ。敵方に寝返ろうとしたとはいえ、ついこないだまで同じ釜の飯を食ってきた連中が大勢処罰されたんだ。言ってみりゃあ、お前等の戦いは罠を張る事、それを食い破られたんだから後は惨めに死ぬ事が卑怯者の最後の仕事さ、違うか?」

 ブチィッ!!

 ゲンマの言葉を聞いていた男は、額に浮き上がりピクピクと脈打っていた血管、そして己の堪忍袋の緒が切れる音をハッキリと聞いた。

「黙れぇ!! 度重なる暴言の数々、貴様は、キサマだけは許さぬ」

 そして、長剣を両手で強く握って真っ直ぐ前方に跳躍、さながら弩弓どきゅうの如き勢いでゲンマに迫り、大きく振りかぶる。

「許さぬ? そりゃこっちのセリフだ──よ!」

 ──冷静になってゲンマを観察していれば、男も気付いていたかもしれない。ただ立っている風に見せていた彼の開いた足の幅。軽く後ろに下がった右足と、踏み込みを強める為に軽く曲げた膝。左手を突き出し胸をそらし、尊大な態度に見せながらも、まるで矢を放つ前のように力を溜める上半身。肩に担いだ大剣を右手一本でふりぬく為、拳に込められた力を表すかのように、手首に幾筋いくすじも走るスジ。
 全てが、ただ一振りの為に用意されていたものだった。そして

 シュン──!!

「──”暴風閃ストームブレード”」

 静かに技の名前が告げられると、瞬きほどの一瞬でゲンマの身体はその場で片膝をつき、剣を振り抜いた体勢に変わる。

「な──?」

 男の目にはゲンマの姿がまるで掻き消えたように映り、急に目標を見失った男は動揺のあまり、思わずそんな声が漏れた。
 ”暴風閃ストームブレード”、その名に似つかわしくない、流れる水の如き無駄を排したゲンマの動きから生まれた剣技は、やがてその本性を現す。

 ──ピシッ。

「あ……あぁ?」

 ゲンマに向かって飛び込んだ男は、自分の視界がいきなり左右に広がる事に驚き、落ち着こうと口を閉じようと力を込め──次の瞬間、目玉がグリンと上を向き、視界がブラックアウトすると同時に男の意識もそこで断たれた──。
 ゲンマの前で開き・・になった男の周囲はその後、まるでゲンマの動きにやっと追いついたかの様に空気が荒れ狂う。そして嵐の中心にある男の体は、左右に生まれた竜巻に巻き上げられ、やがて地上にボトリと落ちた。
 指揮官不在、部隊ごとの連係も取れないドウマの兵が、怒りに燃えるオウカの兵に蹂躙されるのを、立ち上がりながら見下ろすゲンマは、機嫌が悪そうにその場にツバを吐く。

「チッ! 自業自得とはいえ、見てて気持ちのいいもんじゃねえな」

 彼も武人である。例えそれが無理な事だと解っていても、どうせ戦うなら五分の条件で正々堂々と戦いたい。そう考えている男だ。
 無論、それは強者の驕りではあるのだが、こうも一方的に命を奪う行為は、一般人を襲う賊の様でもあり、彼にとって心中穏やかではなかった。
 そんな考えの持ち主であるゲンマだから、つい先ほどの自分の行為に対しても苛立っている。
 相手を挑発して平常心を奪う。無警戒を装い相手の油断を誘う。どちらも彼にとって、似つかわしくない行為だ。
 ならばなぜ、そんな事を──?

「……確かに楽だけどよ、俺にはむかねえぜ、シン──」

 シン──そう、彼の戦い方を真似てみたのだ。しかしなぜ、そんな事をする必要があるのか?

 ──ブォン!

 ゲンマはその大剣──宝剣”轟雷牙”を右手一本で振るい、刃に微かに残る血と油を飛ばすと、今度は両手で握り、その場で素振りを繰り返す。
 その素振りは、一振り一振りに力と意思が込められており、まるで一振り毎に切り伏せられる敵の姿が見えるほど、鬼気迫るものがあった。

「──ふぅ」

 やがて素振りが終わると、再び轟雷牙を右手一本で肩に担ぎ、城壁の通路を歩き出す。

「ドウマの副官、確かカルナ・・・とか言ったか……結構な使い手だと聞いていたんだが、それでも頭に血が上ったら、俺程度の挑発に乗っかり「ああ」なる、か。ったく、シン相手・・・・に果たしてどこまで、俺は平静でいられるかねえ……」

 カツン、カツン──!

 憂鬱ゆううつそうに愚痴りながら歩くゲンマだったが、何故が石組みの通路を鳴らす彼の足は、どこか楽しそうだった──。
 ──そして二〇分後、外にいたドウマの兵士はその数を二割まで減らし、ようやく降伏した。
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