上 下
85 / 105
第三章 緑と黒――そして集まる五人

第85話 目覚めたノアと教団の名前

しおりを挟む
 目を覚ましたノアはようやくロープをほどかれ、今は落ち着いた様子で木の幹に背を預けている。
 その表情は、先ほどまでとは打って変わって、いつもの明るいノアのものであったし、千紘たちのこともきちんと認識できていた。

 ゆったりと木漏れ日を浴びているノアに、秋斗が心配そうに声を掛ける。

「体調とかは大丈夫か?」
かおりに殴られた頭がまだ少し痛いくらいかな……」

 訊かれたノアは、これまで薄く閉じていた瞳を開けると、頭を軽く押さえながら苦笑した。

「ノア、俺たちのことちゃんとわかるか? 誰かに殴られたせいで忘れてたりはしないよな?」

 ノアの正面であぐらをかいた千紘が、そばにいる香介にわざとらしく視線を投げる。

 香介のしたことはさすがに殺人未遂ではないだろうが、傷害罪や暴行罪にあたる可能性は大いにある。
 千紘はノアが目覚めた今も、そのようなことを思っていた。
 当然、今ここで日本の法で裁くことはできないし、裁くつもりもないのだが。

「そ、そんなはずないじゃない! ね、ノアちゃん!」

 千紘に睨むような眼差しを向けられた香介は、途端に両手を振りながら慌て出した。

 そんな香介を見たノアは、先ほどの苦笑とは違い、今度は心底可笑おかしそうに笑みを零す。

「それは大丈夫だよ。ちゃんとみんなのことはわかってる」
「ほら、ノアちゃんだって言ってるじゃない!」

 ノアの穏やかで優しい言葉に、香介は胸に手を当てると、大きく安堵の息を漏らした。
 そこで秋斗が改めて口を開く。

「じゃあ、ノアにはこれまでのことを簡単に説明しておくな」
「ああ、わかった」

 ノアは秋斗に顔を向けると、しっかりと頷いたのだった。


  ※※※


 地球でノアが香介と一緒に階段から落ちた際に、この世界――アンシュタートに召喚されたまではいいが、香介とはぐれてしまっていたこと。

 その後、ノアの捜索のために千紘たちが召喚されたこと。

 香介とリリアの話から、最近できた怪しい教団とノアに何か関係があるのかもしれないと、千紘たちが教団の本拠地であるヴェール城まで調べに来たこと。

 そして、ノアがその教団でなぜか教祖になっていて、さらには千紘たちのことをすっかり忘れていたこと。

 それらをかいつまんでノアに説明すると、

「迷惑を掛けて本当にすまない……」

 ノアは今にも消え入りそうな声で謝罪の言葉を紡ぎ、深々とうなだれた。

 その直後、千紘たち四人はノアの話を簡単に聞いたのだが、手っ取り早く言うと「よくわからない」、この一言に尽きるものだった。

「つまり、ノアの中では地球で階段から落ちた後、さっき目が覚めるまでの記憶がないってことか」
「ああ、綺麗さっぱりそこだけ抜け落ちてるんだ」

 腕を組んだ千紘が納得したように頷くと、ノアはまたも申し訳なさそうに首を垂れる。

「じゃあ、何で教祖をやってたのかもわからないってことよね?」
「今みんなの話で初めて知ったからね。何でそんなことになってたんだろう……」

 香介の言葉を肯定したノアが大きく頷き、次には不思議そうに首を捻る。

「まあ、教団側には何かしらの理由があるんだろうけどな。でもどうやって教祖に仕立て上げたんだ?」

 千紘にもノアを教祖にした方法まではわからない。
 ただ、教団側にノアを選んだ理由やメリット、教祖にした方法があるのだろうということしか思いつかなかった。

 しかし、秋斗はあっさりと言ってのける。

「きっと洗脳とか、記憶操作とかそういうのじゃないかな。そればかりは自分じゃどうにもできないから仕方ないよ」

 そう分析してノアを励ましながら、さらに続けた。

「グリーンはドラマの中でも一度、闇堕やみおちしかけてるからな。もしかしたらだけど、そういう設定がノアに引き継がれてて、洗脳とかしやすかったんじゃないかな?」
「ああ、そういえばそうだったな。それなら納得できなくもないか」
「さすが秋斗ちゃんね」

 秋斗の説明に、千紘たちが揃って感心する。
 そこで、千紘がふと口を開いた。

「ところで、さっきから気になってたんだけど、ノアのそれ」

 ノアの右手首には、赤い石でできた豪奢ごうしゃなブレスレットがついている。
 それを指差すと、全員が千紘の指に導かれるように視線を落とした。

「あれ、何だろう? こんなの知らないけど」

 ノアが首を傾げながら、ブレスレットのついた腕を持ち上げる。

「ノアはアクセサリーとかほとんどつけないもんな」

 千紘は普段のノアの姿を思い返した。

 アクセサリーをまったくつけないわけではないが、基本的にはつけていないことの方が多い。本人いわく「シンプルがいい」のだそうだ。
 なので、仕事以外でつけるとしても、装飾のないシンプルなものがほとんどである。

 もちろん、先ほど地球で別れた時もアクセサリーは何一つつけていなかった。

 秋斗は顎に手を当て、ブレスレットを覗き込むようにして眺めている。

「うーん、何となくミロワールの欠片かけらから伝わってくるような魔力を感じるんだけど、りっちゃんはどう思う?」
「はい、僕も感じます」

 秋斗が訊くと、律も真面目な表情でしっかりと頷いた。

「あ、もしかしてこれがあったから、詠唱なしで魔法を使えてたのかもしれないよな」

 千紘がすぐに思い当たって膝を打つと、

「なるほどねぇ」

 秋斗と同じようにブレスレットを見つめていた香介が顔を上げる。

「確かにそうかも。つまり、おれとりっちゃんが持ってるミロワールの欠片みたいなものか。でも詠唱なしで使えるのはすごいよ!」
「そうなのか。じゃあこれは外さない方がいいかな」

 秋斗の褒め言葉に、ノアは嬉しそうに目を細めた。

 そんな二人の様子を微笑ましげに見やった千紘が、「そろそろだな」と本題を切り出す。

「この後はどうする?」
「んー、そうだなぁ」

 千紘の言葉を受け、秋斗は宙を睨んだ。

 ノアを救い出すことには成功しているのだから、このまま地球に帰ってもいいところではある。
 だが、色々と謎の多い教団のことを考えると、やはり後味の悪さのようなものが胸の中に残るのも事実だ。

 千紘はどうしたものか、と考える。おそらく秋斗も同じようなことを考えているのだろう。

 その時、律が何かを思い出したようにぽつりと呟いた。

「……そういえば」

 すぐに反応した秋斗が、律の顔を覗き込む。

「りっちゃん、どうした?」
「えっと、さっき信者の人たちが『ベテルギウス教団』がどうのとかって話してたのを聞いたんですけど」

 この教団の名前ですかね、と律はそう続けた。
 次の瞬間、全員が互いに顔を見合わせる。

 ややあって、

「……何かもう嫌な予感しかしねーわ」

 眉を寄せた千紘は、うんざりしたように大きな溜息をついた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

寝取られた幼馴染みがヤンデレとなって帰ってきた

みっちゃん
ファンタジー
アイリ「貴方のような落ちこぼれの婚約者だったなんて、人生の恥だわ」 そう言って彼女は幼馴染みで婚約者のルクスに唾を吐きかける、それを見て嘲笑うのが、勇者リムルだった。 リムル「ごめんなぁ、寝とるつもりはなかったんだけどぉ、僕が魅力的すぎるから、こうなっちゃうんだよねぇ」 そう言って彼女達は去っていった。 そして寝取られ、裏切られたルクスは1人でとある街に行く、そしてそこの酒場には リムル「ルクスさん!本当にすいませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!」 そう叫んで土下座するリムル ルクス「いや、良いよ、これも"君の計画"なんでしょ?」 果たして彼らの計画とは如何に.......... そして、 アイリ「ルクスゥミーツケタァ❤️」 ヤンデレとなって、元婚約者が帰って来た。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...