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第三章 緑と黒――そして集まる五人
第81話 決定する作戦
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どことなく神秘的な雰囲気を漂わせながら、ゆっくり壇上に上がってきたのは、やはり教祖のようだ。
皆と同じように鮮やかな緑色のマントを羽織ったその姿の周囲には、警備のためか、四人の信者が付き従っている。
教祖と一緒に出てきた時点で、この四人はおそらく一般の信者などではなく、教団の幹部信者か何かだろうとすぐに推測できた。
教祖が正面まで来て信者たちの方へと向き直ると、これまでの歓声が一段と大きくなる。
千紘たちと同じようにフードを目深に被っているせいで、教祖の顔はまだ見えない。その周りを囲む四人も同様だ。
「ふーん、あれが教祖ってやつか」
柱にもたれた千紘が教祖をちらりと見やって、腕を組む。
「顔が見えればいいのになぁ」
「ホントそれよねぇ」
秋斗と香介もそれぞれそんなことを言いながら、教祖の姿を眺めていた。律はただ黙って、まっすぐに教祖を見つめている。
教祖が一つ咳払いをすると、即座に場が水を打ったように静かになった。
しんと静まり返った空気の中、教祖は厳かな口調で話し始める。
「まずは、今日ここに集まった皆さんに、私から祝福と加護を」
そう言って指を鳴らすと、一瞬でその指先に炎が灯った。
ろうそくの炎よりも少し大きいくらいのものだが、それでも信者たちには十分だったようで、静かだった空間が、また一気に歓声で満たされる。
「あの炎、手品とかかしら?」
あまりの騒々しさに、反射的に両手で耳を覆った香介が、秋斗の方に顔を向けた。
「魔法の可能性もあるんじゃないか? な、りっちゃん」
「そうかもしれませんね」
秋斗が答えると、律も真剣な表情で頷く。
「なるほどねぇ。あたしは魔法が使えないから考えもしなかったわ」
耳から手を離した香介は感心した様子で、頬に手を当てた。
まだ会場の中はざわめいている。
それをぐるりと眺め回した教祖は、指先の炎を消すと、今度は「静かに」と手を数回叩き、場を静めた。そのまま続ける。
「この世界は『侵略者』という悪によって、今まさに危機に瀕しています。皆さんも知っての通り、『侵略者』は我々の敵。その悪しき『侵略者』に対抗できるのは、神によって選ばれた者たち、つまりここにいるあなた方だけなのです! 私たちは決して『侵略者』にこの世界を渡してはなりません! 裏からこの世界を支配しようとする『侵略者』から世界を取り返し、守るのは我々なのです!」
最初はゆっくりだった教祖の口調が、だんだんと早く、大きくなっていく。
後半になって一気にまくし立てる教祖は、話し方だけでなく、時折手を大きく広げたりと仕草もかなり大げさだ。
そんな様子とは対照的に、信者たちは黙って教祖のありがたいらしい話に耳を傾けている。
「いかにも教祖って感じだな。そもそも『侵略者』って何だよ」
千紘が呆れたように零した時、香介ははっとした表情になった。
「あの教祖、やっぱりノアちゃんよ。顔は見えないけどきっとそうだわ。声もそっくりですもの」
「確かに、声はノアっぽいなぁ」
香介の指摘に、秋斗が納得するように頷く。
「てことは、教祖がノアってことか?」
千紘は秋斗の隣でそう返しながら、「まためんどくさいことになってんな」と頭を抱えたが、すぐに違和感に気づき、顔を上げた。
「あれ? でもノアっていつも自分のこと『オレ』って言ってなかったか? さっき『私』って言ってたよな?」
「言われてみればそうねぇ。どういうことかしら」
香介が頬に手を当てたまま、首を傾げる。
千紘はさらに続けた。
「それに、いつもはもっと穏やかに喋ってるけど、今は随分と饒舌だし、何かおかしくないか?」
「様子がおかしいのは僕にもわかりますけど、一体どういうことなんでしょうね」
律も香介と同じく、不思議そうに首を捻る。
「そもそも、この世界で教祖になる意味がわかんないなぁ。だいたい、あれってノア本人の意思なのか? まず教祖なんてやるようなキャラじゃないよなぁ。こっちに来て性格が変わったわけでもないだろうし」
秋斗が顎に手をやり、考えるような素振りをみせると、
「何か理由でもあるんでしょうか?」
律はさらに深く首を捻った。
「どういうことか詳しい話を聞きたいところだけど、あの様子じゃ多分無理っぽいな」
ここで騒ぎを起こすわけにもいかないし、と幹部らしき信者に囲まれている教祖に厳しい眼差しを向けながら、千紘が答える。
今、壇上にいる教祖に話を聞きに行ったところで、すぐさま幹部に遮られることは目に見えている。教祖に声を掛けるどころか、まず近づくことすらできないだろう。
四人は揃って、しばし考え込んだ。
少しして、最初に顔を上げたのは香介である。
「じゃあ、一人になるところを狙って攫っちゃいましょう! それから直接話を聞くのよ!」
これは名案だとばかりに顔の前で両手を合わせる香介に、思わず千紘が目を見開く。
「マジかよ」
「マジに決まってるじゃない」
香介は満面の笑みで、しっかり首を縦に振った。
「他に方法もなさそうだし、とりあえずやってみるしかないか」
秋斗も珍しく真面目な表情を浮かべ、香介の意見を支持する。
そんな二人の様子に、千紘は大きく息を吐いてから、
「多数決……じゃないけど、二人が賛成なら仕方ないな。律もいいか?」
そう言って、渋々頷いてみせた。
秋斗が言った通り、他の方法が思い浮かばなかったのだ。代替案が出せない以上、今は従うしかないだろう。
「はい、僕もそれでいいと思います」
こうして律の了承も得たところで、ノアが一人になるのを待って攫うという、やや乱暴な作戦が決定したのである。
皆と同じように鮮やかな緑色のマントを羽織ったその姿の周囲には、警備のためか、四人の信者が付き従っている。
教祖と一緒に出てきた時点で、この四人はおそらく一般の信者などではなく、教団の幹部信者か何かだろうとすぐに推測できた。
教祖が正面まで来て信者たちの方へと向き直ると、これまでの歓声が一段と大きくなる。
千紘たちと同じようにフードを目深に被っているせいで、教祖の顔はまだ見えない。その周りを囲む四人も同様だ。
「ふーん、あれが教祖ってやつか」
柱にもたれた千紘が教祖をちらりと見やって、腕を組む。
「顔が見えればいいのになぁ」
「ホントそれよねぇ」
秋斗と香介もそれぞれそんなことを言いながら、教祖の姿を眺めていた。律はただ黙って、まっすぐに教祖を見つめている。
教祖が一つ咳払いをすると、即座に場が水を打ったように静かになった。
しんと静まり返った空気の中、教祖は厳かな口調で話し始める。
「まずは、今日ここに集まった皆さんに、私から祝福と加護を」
そう言って指を鳴らすと、一瞬でその指先に炎が灯った。
ろうそくの炎よりも少し大きいくらいのものだが、それでも信者たちには十分だったようで、静かだった空間が、また一気に歓声で満たされる。
「あの炎、手品とかかしら?」
あまりの騒々しさに、反射的に両手で耳を覆った香介が、秋斗の方に顔を向けた。
「魔法の可能性もあるんじゃないか? な、りっちゃん」
「そうかもしれませんね」
秋斗が答えると、律も真剣な表情で頷く。
「なるほどねぇ。あたしは魔法が使えないから考えもしなかったわ」
耳から手を離した香介は感心した様子で、頬に手を当てた。
まだ会場の中はざわめいている。
それをぐるりと眺め回した教祖は、指先の炎を消すと、今度は「静かに」と手を数回叩き、場を静めた。そのまま続ける。
「この世界は『侵略者』という悪によって、今まさに危機に瀕しています。皆さんも知っての通り、『侵略者』は我々の敵。その悪しき『侵略者』に対抗できるのは、神によって選ばれた者たち、つまりここにいるあなた方だけなのです! 私たちは決して『侵略者』にこの世界を渡してはなりません! 裏からこの世界を支配しようとする『侵略者』から世界を取り返し、守るのは我々なのです!」
最初はゆっくりだった教祖の口調が、だんだんと早く、大きくなっていく。
後半になって一気にまくし立てる教祖は、話し方だけでなく、時折手を大きく広げたりと仕草もかなり大げさだ。
そんな様子とは対照的に、信者たちは黙って教祖のありがたいらしい話に耳を傾けている。
「いかにも教祖って感じだな。そもそも『侵略者』って何だよ」
千紘が呆れたように零した時、香介ははっとした表情になった。
「あの教祖、やっぱりノアちゃんよ。顔は見えないけどきっとそうだわ。声もそっくりですもの」
「確かに、声はノアっぽいなぁ」
香介の指摘に、秋斗が納得するように頷く。
「てことは、教祖がノアってことか?」
千紘は秋斗の隣でそう返しながら、「まためんどくさいことになってんな」と頭を抱えたが、すぐに違和感に気づき、顔を上げた。
「あれ? でもノアっていつも自分のこと『オレ』って言ってなかったか? さっき『私』って言ってたよな?」
「言われてみればそうねぇ。どういうことかしら」
香介が頬に手を当てたまま、首を傾げる。
千紘はさらに続けた。
「それに、いつもはもっと穏やかに喋ってるけど、今は随分と饒舌だし、何かおかしくないか?」
「様子がおかしいのは僕にもわかりますけど、一体どういうことなんでしょうね」
律も香介と同じく、不思議そうに首を捻る。
「そもそも、この世界で教祖になる意味がわかんないなぁ。だいたい、あれってノア本人の意思なのか? まず教祖なんてやるようなキャラじゃないよなぁ。こっちに来て性格が変わったわけでもないだろうし」
秋斗が顎に手をやり、考えるような素振りをみせると、
「何か理由でもあるんでしょうか?」
律はさらに深く首を捻った。
「どういうことか詳しい話を聞きたいところだけど、あの様子じゃ多分無理っぽいな」
ここで騒ぎを起こすわけにもいかないし、と幹部らしき信者に囲まれている教祖に厳しい眼差しを向けながら、千紘が答える。
今、壇上にいる教祖に話を聞きに行ったところで、すぐさま幹部に遮られることは目に見えている。教祖に声を掛けるどころか、まず近づくことすらできないだろう。
四人は揃って、しばし考え込んだ。
少しして、最初に顔を上げたのは香介である。
「じゃあ、一人になるところを狙って攫っちゃいましょう! それから直接話を聞くのよ!」
これは名案だとばかりに顔の前で両手を合わせる香介に、思わず千紘が目を見開く。
「マジかよ」
「マジに決まってるじゃない」
香介は満面の笑みで、しっかり首を縦に振った。
「他に方法もなさそうだし、とりあえずやってみるしかないか」
秋斗も珍しく真面目な表情を浮かべ、香介の意見を支持する。
そんな二人の様子に、千紘は大きく息を吐いてから、
「多数決……じゃないけど、二人が賛成なら仕方ないな。律もいいか?」
そう言って、渋々頷いてみせた。
秋斗が言った通り、他の方法が思い浮かばなかったのだ。代替案が出せない以上、今は従うしかないだろう。
「はい、僕もそれでいいと思います」
こうして律の了承も得たところで、ノアが一人になるのを待って攫うという、やや乱暴な作戦が決定したのである。
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