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第一章 赤と青
第3話 森の中の見知らぬ少女
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どこかからか秋斗の声が聞こえた気がして、千紘は目を閉じたままそれに応えるように身じろぎしようとした。
けれどまだこのまま眠っていたい、いっそもう一度寝てしまおうか、などと思った時だった。
「……ろ……、ひろ……千紘!!」
突然耳元で大きな声がしたと思ったと同時に、身体が大きく揺さぶられる。もはや身じろぎがどうのとかいう場合ではなくなった。
何だかまためんどくさそうだな、とでも言いたげに千紘がゆるゆると瞼を開けると、
「……秋斗」
自分の顔を心配そうに覗き込んでいた秋斗と目が合う。
(ああ、そういや階段から落ちたんだったか)
そこで、千紘は秋斗と一緒に階段から落ちたことを思い出した。
「目、覚めたか。よかった!」
千紘が目を覚ましたことに、心底ほっとした様子で息を吐いた秋斗だったが、その表情にはまだどこか不安のようなものが滲んでいるのがわかって、千紘は声を掛けた。
「どうした、何かあったのか?」
「どうしたも何も……。ここ、どこだと思う?」
珍しく小声で話す秋斗を不可思議に思いながら、上半身を起こす。
すると、秋斗が目配せしてきた。
「……ん?」
きっと周りを見ろという意味だろうと考え、千紘は素直に辺りを見回す。そしてその双眸に映った景色に言葉を失った。
「…………」
千紘と秋斗のいる場所は少し開けていたが、周りには樹木が生い茂っている。下には短い草や色とりどりの小さな花がたくさん生えているが、そのどれもが野生のものに見えた。
視力がおかしくなってしまったのか、と思わず目を擦り、もう一度しっかりと見回してみる。やはり景色は変わらなかった。
(階段から落ちた……んじゃ、なかった、のか……?)
千紘は自分の記憶を懸命に辿るが、どうしても階段から落ちたという記憶までしか見つからない。それが最後の記憶だ。
「多分、森の中だと思うんだけど、これ、どういうことだと思う?」
秋斗の記憶も千紘のそれと同じなのだろう。
「……俺も森の中だと思う」
ようやく声を出せるようになった千紘がそう答えると、
「やっぱそうだよな!」
途端に秋斗の顔が明るくなった。きっと安心したんだろうな、と千紘は思う。
千紘と同じように、おそらく秋斗も最初にこの景色を見て驚き、不安になったはずだ。もし自分が先に目覚めていたなら、同様の行動を取ったに違いない。
「でも、俺たち階段から落ちたはずじゃなかったか? それが何で医務室とかじゃなくて森になってるんだ?」
言いながら、千紘がその場にあぐらをかこうとした時だった。木の陰から誰かがこちらを見ていることに気づく。どうやら人間らしいことだけはわかった。
「誰だ!?」
千紘の口から咄嗟に大声が出て、自分でも驚く。普段大きな声を出すのはドラマの撮影時くらいのものだから当然だ。
木の陰にいた人物も突然の大声に驚いたのか、一瞬びくりと身体が跳ねたように見えた。
「え、誰かいる?」
秋斗はまだ気づいていないようだったが、千紘が「ほら、あれ」と指差すと、「ああ」とすぐ納得したように頷いた。
「早く出てこい」
急かすように低い声で呼ぶと、少し悩んでいたのかややあって、ようやく木の陰から顔を出す。
「女の子!?」
秋斗が驚いた声を上げた。
現れたのは金髪碧眼の少女だった。千紘たちが怖いのか、わずかに怯えたような表情が見てとれる。
(まあ、普通なら怖いだろうな)
千紘はそんなことを考える。
男性二人に対し、少女一人では怖いと思わない方がきっとおかしい。
少女の腰まである金色の髪の毛は緩くウェーブがかかっていて、木々の間から差し込む光を反射させていた。
瞳の澄んだブルーがとても印象的な美少女で、千紘は一瞬、天使が現れたのかと疑ったくらいだ。きっとそれは秋斗も同じだっただろう。
「……どうする? ちょっと話し掛けてみるか……? 英語通じるかな?」
秋斗がこそこそと耳打ちする。
「秋斗、英語できんの?」
「いや、できないけど」
「俺もできないわ」
「じゃあダメじゃん」
そんな、傍から見ればくだらなそうな会話を交わしながら、千紘は少女の方に視線を向けた。
胸の前で手を組んで、まだ怯えている様子だ。向こうから話し掛けてくるとは到底思えない。
「このままお互い黙っててもしょうがないし、とりあえず日本語で話し掛けてみるか。秋斗、任せた」
「そうだな……っておれ!?」
「秋斗なら誰にでも気さくに声掛けられると思って。俺より適任だと思う」
「まあ、そんなに苦手じゃないけど」
意見がまとまったところで、二人が立ち上がろうとした時である。
足元で、何かが割れる音がした。
「あーっ!!」
次の瞬間、その音を聞いたらしい少女が悲鳴にも似た大声を上げ、慌てた様子で駆け寄って来る。
「え、なに、何?」
音がしたのは秋斗の膝の下だった。
けれどまだこのまま眠っていたい、いっそもう一度寝てしまおうか、などと思った時だった。
「……ろ……、ひろ……千紘!!」
突然耳元で大きな声がしたと思ったと同時に、身体が大きく揺さぶられる。もはや身じろぎがどうのとかいう場合ではなくなった。
何だかまためんどくさそうだな、とでも言いたげに千紘がゆるゆると瞼を開けると、
「……秋斗」
自分の顔を心配そうに覗き込んでいた秋斗と目が合う。
(ああ、そういや階段から落ちたんだったか)
そこで、千紘は秋斗と一緒に階段から落ちたことを思い出した。
「目、覚めたか。よかった!」
千紘が目を覚ましたことに、心底ほっとした様子で息を吐いた秋斗だったが、その表情にはまだどこか不安のようなものが滲んでいるのがわかって、千紘は声を掛けた。
「どうした、何かあったのか?」
「どうしたも何も……。ここ、どこだと思う?」
珍しく小声で話す秋斗を不可思議に思いながら、上半身を起こす。
すると、秋斗が目配せしてきた。
「……ん?」
きっと周りを見ろという意味だろうと考え、千紘は素直に辺りを見回す。そしてその双眸に映った景色に言葉を失った。
「…………」
千紘と秋斗のいる場所は少し開けていたが、周りには樹木が生い茂っている。下には短い草や色とりどりの小さな花がたくさん生えているが、そのどれもが野生のものに見えた。
視力がおかしくなってしまったのか、と思わず目を擦り、もう一度しっかりと見回してみる。やはり景色は変わらなかった。
(階段から落ちた……んじゃ、なかった、のか……?)
千紘は自分の記憶を懸命に辿るが、どうしても階段から落ちたという記憶までしか見つからない。それが最後の記憶だ。
「多分、森の中だと思うんだけど、これ、どういうことだと思う?」
秋斗の記憶も千紘のそれと同じなのだろう。
「……俺も森の中だと思う」
ようやく声を出せるようになった千紘がそう答えると、
「やっぱそうだよな!」
途端に秋斗の顔が明るくなった。きっと安心したんだろうな、と千紘は思う。
千紘と同じように、おそらく秋斗も最初にこの景色を見て驚き、不安になったはずだ。もし自分が先に目覚めていたなら、同様の行動を取ったに違いない。
「でも、俺たち階段から落ちたはずじゃなかったか? それが何で医務室とかじゃなくて森になってるんだ?」
言いながら、千紘がその場にあぐらをかこうとした時だった。木の陰から誰かがこちらを見ていることに気づく。どうやら人間らしいことだけはわかった。
「誰だ!?」
千紘の口から咄嗟に大声が出て、自分でも驚く。普段大きな声を出すのはドラマの撮影時くらいのものだから当然だ。
木の陰にいた人物も突然の大声に驚いたのか、一瞬びくりと身体が跳ねたように見えた。
「え、誰かいる?」
秋斗はまだ気づいていないようだったが、千紘が「ほら、あれ」と指差すと、「ああ」とすぐ納得したように頷いた。
「早く出てこい」
急かすように低い声で呼ぶと、少し悩んでいたのかややあって、ようやく木の陰から顔を出す。
「女の子!?」
秋斗が驚いた声を上げた。
現れたのは金髪碧眼の少女だった。千紘たちが怖いのか、わずかに怯えたような表情が見てとれる。
(まあ、普通なら怖いだろうな)
千紘はそんなことを考える。
男性二人に対し、少女一人では怖いと思わない方がきっとおかしい。
少女の腰まである金色の髪の毛は緩くウェーブがかかっていて、木々の間から差し込む光を反射させていた。
瞳の澄んだブルーがとても印象的な美少女で、千紘は一瞬、天使が現れたのかと疑ったくらいだ。きっとそれは秋斗も同じだっただろう。
「……どうする? ちょっと話し掛けてみるか……? 英語通じるかな?」
秋斗がこそこそと耳打ちする。
「秋斗、英語できんの?」
「いや、できないけど」
「俺もできないわ」
「じゃあダメじゃん」
そんな、傍から見ればくだらなそうな会話を交わしながら、千紘は少女の方に視線を向けた。
胸の前で手を組んで、まだ怯えている様子だ。向こうから話し掛けてくるとは到底思えない。
「このままお互い黙っててもしょうがないし、とりあえず日本語で話し掛けてみるか。秋斗、任せた」
「そうだな……っておれ!?」
「秋斗なら誰にでも気さくに声掛けられると思って。俺より適任だと思う」
「まあ、そんなに苦手じゃないけど」
意見がまとまったところで、二人が立ち上がろうとした時である。
足元で、何かが割れる音がした。
「あーっ!!」
次の瞬間、その音を聞いたらしい少女が悲鳴にも似た大声を上げ、慌てた様子で駆け寄って来る。
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音がしたのは秋斗の膝の下だった。
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