上 下
11 / 19

第11話 柊也の不安

しおりを挟む
 昨日と同じく、夜の公園に人の気配はない。
 継が今日も自分たちがいるからと、公園を通って優海を家まで送っていくことにしたのだ。

 妖魔と出くわしてから丸一日が経っていたが、今のところは特に変わったことはない。それはありがたいことである。

『しばらくは怪我を癒すためにどこかに潜伏すると思うよ』

 柊也は継の言ったことを思い返していた。

(やっぱ、妖魔もどこかで怪我の回復を待ってるのか……?)

 もし本当にそうならば、まだしばらくは優海も含め、自分たちは安全なはずだ。

 そう思うが、

(でも、何かすっきりしないんだよな)

 なぜだかまだ落ち着かない気持ちを持て余し、一人で首を捻った。

 朝より昼、昼よりも夜と次第に募っていく不安のようなものは、まだ『何が』とまでははっきり言えない、漠然としたものである。

(くっそー! 俺には全然わかんねーよ!)

 頭の中で大きく叫ぶと、柊也はとうとう思考するのをやめた。

 こうなったら少々しゃくだが、継に聞いた方が早いとの結論に至る。
 これまでのことを振り返り、おそらく妖魔に関することだろうと考えたのである。

 継のことだから、「まったく、君はまだまだ勉強不足なんだよ」などと呆れ、笑いそうだ。
 それは容易に想像がつくし、想像しただけでもかなり腹が立つが、優海の安全を考えるとそんなことは言っていられない。

(今は継がどうこうより『祓い屋』の仕事をしねーと)

 柊也は自分に言い聞かせるように、頷いた。

『祓い屋』としての仕事には常に危険がつきまとう。
『何でも屋』の仕事でも危険なことはもちろんあるが、それは『祓い屋』の比ではないと継から教わっている。

 ゆえに、何かいつもと違うことを感じた場合は、お互いにできる限り情報を共有するべきだ、と言われていた。

(できれば頼りたくねーんだけど、今回は仕方ないか)

 いつの間にか少し前を歩いていた継の背中を眺めながら、柊也が諦めたように大きな息を吐く。

 きっと自分が黙っていても、遅かれ早かれ継は気づくだろう。
 そう思い、継の背に声を掛けようとした時だ。

「――止まって!」

 突然発せられた制止の声。

 柊也がびくりと肩を震わせ、足を止める。隣を歩いていた優海も同様に立ち止まった。
 柊也たちの前を遮るように広げられているのは、継の腕である。

「な、何だよ」

 予想もしていなかった継の行動に、柊也が思わず声を上げた。

「……あれ見て」

 継はわずかに振り返ると、顎で前方を指し示す。

 その時点で、柊也はすでに嫌な予感しかしなかった。
 恐る恐る、示された場所に目を凝らす。

 街灯の明かりで照らされている場所のはずなのに、なぜかそこには不自然に黒い影が落ちていた。

 影の正体に気づいた柊也が、思わず唸る。

「昨日の妖魔……っ!」

 逃げたはずの妖魔の姿がそこにあったのだ。

 ゆっくり腕を下ろした継の声は冷たいものだった。

「思ったよりずいぶん早く戻って来たね」
「何で……! もう怪我が治ったってのかよ!? しばらくは大丈夫じゃなかったのか!? おい継!」

 柊也はすぐさま継に駆け寄って、その肩を掴む。顔を覗き込むと、そこには険しい表情でまっすぐに妖魔を睨む継がいた。

「たった一日で回復するなんて、僕も思ってなかったよ。これはちょっとまずいかもしれないね」

 緊張の混じった声で、継が言う。

「まずいって何だよ!」
「普通の妖魔なら治るまで一週間くらいはかかる傷だったはずだ。それなのにもう治ってるなんて」
「じゃあ普通の妖魔じゃねーってことかよ!」

 柊也はさらに声を荒げた。

「まあ、簡単に言うとそうなるね。とにかく君は自分と優海さんを守って。そして昨日より警戒するように」
「わかった……っ!」

 継の真剣な言葉に柊也は息を呑み、しっかりと頷く。
 昨日と同じように、優海を背中に隠すようにして立った時だ。

『マタ昨日ノ奴ラカ……邪魔ヲスルナ……』

 地をうような低音が辺りに響いた。

 途端、柊也は背筋に冷たいものが走るのを感じ、目を見開く。

 しかし次の瞬間、

「この声、まさかお父さん!?」

 柊也の背後から聞こえたのは、優海の驚愕したような声だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

暁に散る前に

はじめアキラ
キャラ文芸
厳しい試験を突破して、帝とその妃たちに仕える女官の座を手にした没落貴族の娘、映。 女官になれば、帝に見初められて妃になり、女ながらに絶大な権力を手にすることができる。自らの家である宋家の汚名返上にも繋がるはず。映は映子という名を与えられ、後宮での生活に胸を躍らせていた。 ところがいざ始まってみれば、最も美しく最もワガママな第一妃、蓮花付きの女官に任命されてしまい、毎日その自由奔放すぎる振る舞いに振り回される日々。 絶対こんな人と仲良くなれっこない!と思っていた映子だったが、やがて彼女が思いがけない優しい一面に気づくようになり、舞の舞台をきっかけに少しずつ距離を縮めていくことになる。 やがて、第一妃とされていた蓮花の正体が実は男性であるという秘密を知ってしまい……。 女官と女装の妃。二人は禁断の恋に落ちていくことになる。

岩清水市お客様センターは、今日も奮闘しています

渡波みずき
キャラ文芸
 若葉は、教職に就くことを目指していたが、正月に帰省した母方の祖父母宅で、岩清水市に勤める大叔父にからかわれ、売り言葉に買い言葉で、岩清水市の採用試験合格を約束する。  大学を卒業した若葉は、岩清水市役所に入庁。配属は、市民課お客様センター。何をする課かもわからない若葉を連れて、指導係の三峯は、市民の元へ向かうのだが。 第三回キャラ文芸大賞奨励賞(最終選考)

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...