上 下
8 / 21
第一章 『ヘタレ』と呼ばれる青年

第8話 平和な日常風景

しおりを挟む
 爽やかな風が、カーテンを静かに揺らしている。

 男の子の幽霊を浄霊した翌日の午後。
 冬夜たち三人はいつもと同じように、のんびりおやつの時間を楽しんでいた。

「相変わらず暇だなー」

 志季がテーブルに手を伸ばす。そこに置かれた冬夜お手製のクッキーを一枚取って口に運ぶと、

「志季は今日バイトじゃないでしょ」

 冬夜は愛用のマグカップをデスクに置いて、苦笑いを浮かべた。

 志季のバイトはだいたい週に五日程度だが、休みの日でもかなりの頻度で暇つぶしがてら事務所にやってくる。
 今日も休みだが、大学帰りに事務所に顔を出しているのだ。

 そしてコハクとゲームをしたり、文句を言いながらもしっかり事務所の片づけなどをして、適当な時間に自由気ままに帰っていく。

 いつもと同じく暇つぶしに来ていた志季が、手近にあった雑誌を取ろうとした時、所長用のデスクに置かれた冬夜のスマホが大きな音で鳴った。

「この着信音、協会からのメールか?」
「そうだと思うよ。今確認するから待ってて」

 冬夜の返答に志季が素直に頷き、隣に座っている人間姿のコハクに顔を向ける。

「多分、昨日の報酬の件っぽいよな」
「昨日のは浄霊でしたから、あまり報酬は多くないですよね?」
「まあそうだろうな」

 そんなことを二人で話していると、メールの確認を終えた冬夜が顔を上げた。

「浄霊を確認できたので報酬を振り込んだ、だってさ」
「やっぱその件か。で、今回はいくらよ?」
「んー、ちょっと待って」

 志季の言葉に促され、冬夜は早速ネットで銀行の残高を確認する。
 今日も志季とコハクは、その様子を黙って眺めていた。

 ややあって、スマホから視線を外した冬夜が、残念そうに眉尻を下げる。

「今回は浄霊だったから、やっぱりあまり多くはないかぁ」
「昨日は全然苦労してないもんな。むしろオレは何もしなかったから、仕事としてはめちゃくちゃ楽だった」

 志季がそう言って、最後の一つだったクッキーを口に入れると、

「まあ、そうだよね」

 冬夜も納得するように頷いた。

「あれ、でも今日の夕方にならないと、本当に事件が解決したかはわかんないんじゃねーの? まだ一日経ってないよな」

 言いながら、志季は掛け時計に視線を向ける。昨日、調査に向かった時間よりも少し早い。
 志季の言った通り、まだ男の子が浄霊されてから一日も経っていなかった。

「今回は先に浄霊の方だけ確認したみたい。夕方の事件については、これからちゃんと協会で確認するんだと思うよ。で、解決できてなかったら、また再調査の依頼が来る感じかな」

 そうなったら今度はただ働きだけどね、と付け加えながら、冬夜は困ったように笑う。

「そっか。ま、もし再調査の連絡来たら電話でもしてくれ。てことで、そろそろオレは帰るわ」

 志季が自分のマグカップを手に立ち上がった。まっすぐ事務所専用のキッチンへと向かっていく。

「今日は早いね。また靴屋?」
「そう。ちょっと気になるスニーカーがあってさ」

 その背中に冬夜が柔らかな笑みを含んだ声を掛けると、志季は振り返ることなく、素直に返事をよこす。

「志季のスニーカー収集も、俺の通販とそれほど変わらない気がするけど」
「言っておくが、オレはアンタほど買ってないからな。靴屋を眺めるだけでわりと満足できるし」

 志季がゆっくり振り返り、冬夜を軽く睨みつけた。どうやら、冬夜と一緒にはされたくないらしい。

「その辺はちょっと羨ましいよ。俺はやっぱり色々と買いたくなるもん」
「そういうもんかね」

 小さく嘆息しながら、志季はキッチンへと消えていく。

「俺には『見るだけで満足』っていうのがよくわかんないなぁ。ね、コハク?」
「ボクはどっちもよくわかんないですけど……」
「そっかぁ。でも、いつかコハクもわかる時が来るかもしれないよ」
「そうなんですかね?」

 冬夜とコハクが話していると、マグカップを洗い終えたらしい志季がキッチンから戻ってきた。
 そのまま、ソファーに置いていたバッグを掴むと、

「じゃあな」

 志季は冬夜とコハクに背を向け、手をひらひらと振りながら事務所を後にする。

「うん、また明日」
「車に気をつけてくださいね」

 残された二人は笑みを浮かべながら、その姿を見送ったのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

音楽とともに行く、異世界の旅~だけどこいつと一緒だなんて聞いてない~

市瀬瑛理
ファンタジー
いきなり異世界転移させられた小田桐蒼真(おだぎりそうま)と永瀬弘祈(ながせひろき)。 所属する市民オーケストラの指揮者である蒼真とコンサートマスターの弘祈は正反対の性格で、音楽に対する意見が合うこともほとんどない。当然、練習日には毎回のように互いの主張が対立していた。 しかし、転移先にいたオリジンの巫女ティアナはそんな二人に『オリジンの卵』と呼ばれるものを託そうとする。 『オリジンの卵』は弘祈を親と認め、また蒼真を自分と弘祈を守るための騎士として選んだのだ。 地球に帰るためには『帰還の魔法陣』のある神殿に行かなければならないが、『オリジンの卵』を届ける先も同じ場所だった。 仕方なしに『オリジンの卵』を預かった蒼真と弘祈はティアナから『指揮棒が剣になる』能力などを授かり、『帰還の魔法陣』を目指す。 たまにぶつかり合い、時には協力して『オリジンの卵』を守りながら異世界を行く二人にいつか友情は生まれるのか? そして無事に地球に帰ることはできるのか――。 指揮者とヴァイオリン奏者の二人が織りなす、異世界ファンタジー。 ※この作品は他の小説投稿サイトにも掲載しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

処理中です...