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第22話 帝都

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 その場所は、これまで幾多の惑星で進化した文明を目にしてきたタックですらも、壮観な大都市。

「大きい……大きくて、人がいっぱいいて、建物も道も凄い……」

 石造りで舗装された広々とした中央通。
 左右には隙間無く埋め尽くされている家屋や露店は、二階建て三階建てと見上げるほどの建物が果てまで並ぶ。
 通りに点在する外灯や噴水等も重厚感溢れる彫刻が施されており、タックたち一行はしばらく国門の出入り口の前でポカンと口を開けて固まっていた。

「ふっ、ふ~ん、ま、まあまあって奴じゃん? アマクリ、そんな緊張してると、田舎ものだと思われるわよ!」
「ヴぁ、ヴァギヌアちゃんこそ~……ふえええ、お、大きいよ~、恐いよ~……」

 帝都の巨大さと壮観さは、この世界の人間であるヴァギヌアやアマクリですら圧倒されるほどの規模。

「おい、貴様ら。浮かれるな。それと、ダーリンはこの首輪を付けよ」

 絢爛豪華な都会の空気に浮かれているタックたちに、厳しい表情でいきなり首輪を差し出すエクスタ。
 その意味を分からないタックが首を傾げると、傍らのオルガスが申し訳無さそうに頭を下げる。

「すまない、タッくん。この国では男に人権は無いのだが、こうやって首輪を付けることで所有者を明らかに出来る。そうすれば、所有者の居る男には手出しをしたり持って帰ることができなくなる」
「え、しょ、所有者?」
「そう、これでタッくんの身柄は我々が持っていることになるので、少なくともこの国の女たちは君たちに危害を加えることはない」

 首輪は所有者が居ることの証だけではなく、男の身分を証明するための役割でもあった。
 正直、タックはあまり良い気分はしなかったのだが、その時、エクスタが街のある一角を指した。

「見ろ、ダーリン。あれが、所有者の居ない男たちの慣れ果てだ」

 そこにはレンガを積み上げた小さな囲いに一つ一つ区切られた小屋のようなものが十個ほど並んでおり、小屋の中には地べたに寝そべる裸の男たちが居た。
 若い男。中年の男。年齢層は幅広いが誰もが汚く薄汚れ、身動き取れないように四肢を鎖で繋がれて、誰もが心の無い人形のような眼をしていた。
 囲いで一つ一つ仕切られていても、外から中の様子は丸見えである。
 そして、その小屋に列を成して、幅広い年齢層の女たちが並んで、一人一人小屋に入り、下着を下ろして男に覆いかぶさった。

「あれがこの国の公衆便所だ」

 冷たく言い放つオルガスの言葉に、タックは目を丸くした。

「こ、公衆……便所? べ、便所?」

 便所とは用を足すところである。それぐらいはタックとて分かっている。
 しかし、アレがどうして便所扱いになるのかまるで理解できなかったが、エクスタは続ける。

「この国には街の至る所に公衆便所が設けられている。尿意を感じたら、ああやって男の顔面に騎乗して放尿したり、欲求不満になれば下半身を貪る。容姿の良い男はたいてい誰かの所有物だったり、攫われたり、もしくは男娼にさせられたりするが、あのように容姿も大したことも無く、誰にも所有されていない男たちは、ああやって国の公共施設の一部として無料に開放されているのだ」

 そんな、エクスタの淡々とした説明に耳を疑いながらも、タックたちのすぐ傍で異文化が繰り広げられていた。
 
「おい、そこのオネーちゃんたち、ウチの店は昼間からやってるよ? 一発いっとくかい? 男の子を二人付けて、飲み放題舐め放題ハメ放題だよ? さあ、オネーちゃんたちごあんなーい!」
「あ、あの、お姉さん、僕のマッサージいかがですか? あ、本番はナシで……」
「ねえねえ、私は今日金欠だから、もう公衆便所で済ませちゃわない?」
「え~、じゃあ裏通り行こうよ。あそこはもっと安いよ? 今日は激安オークションやっていると噂よ?」

 そして、帝都の異常は公衆便所だけではなく、街で行き交うエルフたちや店、そして男娼たちも皆がおかしい。
 地上に出てまだ間もないタックでも、「おかしい」と思えるほど、国全体が異質であった。

「ヒドイわね。確かに今のこの大陸中、男の子はヴァカ肩身の狭い思いをしているかもだけど……こんな国全体が歓楽街みたいなところは無かったわ」

 そして、それはこの大陸に元々住んでいたヴァギヌアにとっても同じようであった。
 嫌悪感を出した表情をしていた。
 そして……

「ほら、もう逃げられないわよ! さっさと、私たちに犯されなさいよ!」
「や、やめてください、やめ、お願いします、離して! 僕はどうなってもいいんです! 弟だけは……弟だけは!」
「あらあら可愛い兄弟じゃない! 孤児かしら? 首輪も付けずにこんなところでウロウロしているなんて、私たちに犯してくださいって言っているようなものよ?」
「おにーちゃん! おにーちゃん、たすけてよー!」
「はいは~い、かわいそうにね~、人間の男の子。こ~んな可愛いのに首輪も付けてないから、私らスケヴェに犯されちゃうんだから♪」

 その時、街角で、集団のエルフの女たちに取り押さえられ、地面に押し倒される二人の気の弱そうな男たちが泣き叫んでいた。
 格好は薄汚れているが、顔は中世的に整っており、その容姿に歪んだ瞳のエルフの女たちが涎を垂らしていた。

「ちょ、何やってるんですか、アレ! 早く助けないと!」

 悲鳴を聞き、タックが反射的に動こうとする。
 だが、その腕をエクスタに掴まれた。

「やめよ、ダーリン」
「な、なんで!?」

 か弱い男たちが女たちに無理やり乱暴されようとしている。見過ごしていいはずがないというのに、国の王族たるエクスタがタックを止め、更には生真面目なオルガスも何もしようとしない。

「この国では、首輪のない男に人権はない。それゆえに何をしても許される。あれは合法だ」
「ご、合法って……そ、そんなの……」
「見ておけ、ダーリン。これが我がスケヴェルフ帝国の文化だ」

 男が人として扱われず、そしてそのことを誰も咎めようとしない。
 ヴァギヌアとアマクリを見ても、複雑そうな表情をしているも、「よくあること」といった様子で、特に珍しいと思っていないような表情である。
 そう、狂った文化が、この異大陸の、そしてこの国の常識なのである。

「おかしいよ、こんなの……こんなの……」

 これが戦争。 
 そして、この世界の文化である。
 宗教や身分制度によって、確かに人々が虐げられるような世界は銀河には多く存在することはタックも知っている。
 しかし、それでも異常な光景には変わらず、タックは思わず吐き気を催した。

「うぷっ、う、うぐ」
「タックくん! どうした、しっかりしたまえ!」

 狂っている。そう思わざるをえない現実に、タックは顔を青ざめさせた。

「ふっ、この程度で気が狂っているようでは、先が思いやられるぞ? ダーリン。今から……この国の女帝……我らが母と会うのだからな」

 すると、気分を悪くして顔を暗くさせるタックを抱きよせながら、エクスタが耳元で呟いた。

「母……あっ、そうか……俺たち今から……」

 そう、当初の予定は、まずは顔見せ。エクスタやオルガスたちの母であるこの国の女帝と会うことである。
 しかし、同時にタックは思った。
 
「その……ど、どんな人なんですか? エクスタ姫たちのお母さんって……」

 この国の女帝ということは、正にいまのこの狂った現実を作り出している元凶とも言える存在だと。
 それは一体、どのような人物なのかと。

「ふむ、我らの母か……一言で言うなら……最恐か……」
「……最強? 強いんですか?」
「いや、……強い方ではない……まあ、我やオルガスよりは強いが、強さだけで言えばもう一人の姉妹の方が……だが、そういうことではない」
「……?」
「つまり……相当怖い人だと思って、決して失礼のないようにな」

 強いのではない。怖い。
 それだけではよく分からなかったが、怖いというだけならば今までもそういう経験はあった。

「タックくん。姉上の言っていることは、決して大げさではない。自分の母にこのようなことを言いたくないが……非常に残忍なお方だ……僅か百年余りでこの大陸の文化を大きく変えた御方なのだからな」
 
 オルガスも同調するように頷いて、タックを抱き寄せた。
 それは、まるで忠告と同時に、何があってもタックを守ろうという意思にも見えた。

「数あるエルフの種族を一つにまとめ、スケヴェルフという新たなる種族と国を作った偉大なる王……『女帝・フタナリーナ』だ」

 口に出された女帝の名。
 その名が出た瞬間、ヴァギヌアとアマクリの表情も神妙になった。

「女帝……ね。まさか直にこんな形で会えるなんてね」
「ガクガクブルブルガクガクブルブル」

 そう、全ての元凶でもある。
 タックもその女帝が果たしてどのような人物なのかと緊張し、そしてこの数刻後に知ることになる。
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