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第八章
第255話 死んでよかったとは言わない
しおりを挟む「朝倉くん? なにをしているの?」
綾瀬だ。顔も何だか疲れた様子だ。
「その隣の子は?」
「いや………別に。つか、どうしたんだよ」
「ええ。ちょっと、二人で話をしたいのだけれど………」
チラッと隣を見るが、ラガイアは特に反応なし。
まあ、ここで綾瀬にこいつの正体を教えても、余計に状況がメチャクチャになるだけだし、ここは黙ったほうがいいかもしれねえな。
俺はラガイアから離れるように、綾瀬に頷いて、少しこの場から離れることにした。
「つか、お前も色々と考えてたんじゃねえのか?」
「えっ? ううん、私は少し体を洗ってたわ」
「体………は? こんなヘドロ海に囲まれた場所で?」
「あら? 私がその気になれば魔力で綺麗な水を作り出すぐらい、わけないのよ? それに、熱すれば温水になるし」
「そりゃ、光熱費にお優しい。つか、こんな時に風呂に入ってたとか、よく言えるな」
こいつ、ショックじゃなかったのか? いや、というより、何かおかしい?
少し人目のつかない瓦礫の影に移動しながら近場の鉄板に腰を下ろすと、その隣に綾瀬が腰掛けてきた。
「で、話って?」
少し綾瀬に違和感を覚えながらも、俺が尋ねると、綾瀬は小さく微笑んだ。
「朝倉くん……体を洗った女が二人きりになりたいと言った時点で、察してくれるとありがたいのだけれど………」
………………はっ?
「朝倉くん…………シテくれる?」
俺はこの時、照れるよりも何よりも、自分の頭がおかしくなったのか、それとも綾瀬がおかしくなったのかよく分からなかった。
だが、同時にかなり、イラっとも来た。
「おい……今は笑えねえし、もしそんなこと、こんな状況でガチで言ってんなら―――」
こういう状況でこのバカは何を言ってんだ?
俺が綾瀬にキレそうになった、その時だった。
「朝倉くん……わ、たしたち……前世でもきっと仲良くなってたと思うわ」
「………おい、綾瀬、お前、何言ってんだ?」
「仲良くなってたわ! だから、きっと、そういう関係にだってなっていたと思うの!」
その時、俺の腕にしがみつきながら覗き込んできた綾瀬の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「か、く、確証はあるわ。あのね、君は、あの修学旅行で、美奈に告白していたでしょう? でもね、美奈はああいう性格だから、よく彼氏がいる人が羨ましいとか言っても、付き合うとかよく分からないとか、みんなで一緒にいる方が楽しいとかで、それに、あの子も特定の誰かを好きとかそんなことはなかったと思うから、だから君が告白してもフラれていた! ねえ、そうでしょ! そうなの! フラれていたの! そうでしょ! そうだって、言って……告白が成功して……二人が付き合って……私の入る余地が無かったとか、……そんなの絶対に、ないんだから……」
綾瀬のしがみついてくる腕が、食い込むほど力強くなっている。
それを痛いと思って振り払おうと思っても、それでも綾瀬は離さなかった。
「だからね、わ、私が、失恋して傷心している君に、その、告白して……そ、それは確かに君も複雑で、すぐには答えは出せないって言って、だから私たちは試しに付き合ってみようってことになって、それでデートをしたり一緒にいる時間が増えて、そんな時にクラスメートに見つかって、からかわれて、でも私たちは気づけばいつも一緒で、登下校も……お試し期間なんてなくなって、本物になって……それから、一緒に勉強したり、同じ大学を目指したり……卒業しても一緒で……」
「綾瀬、落ち着け! いや、どうしたんだよ、お前は。しっかりしろよ!」
「お願い、朝倉くん! 私たちは、前世でも仲良くなってたって言って! お願いだから……『あの時に死んだおかげ』で私は君とこうして一緒にいれるなんて……あのとき、死んでよかっただなんて絶対に私に思わせないで!」
あ………………
「う、うう、わ、わたし、運転手さんを恨んでなんか……だって、あれは事故だったから………でも、でも、考えたこともなかったのに……私、怖いの! 醜い、最低、最低の人間よ、私は! い、一瞬でも、あの時に死んだおかげでなんて……あなたも一緒に死んだからなんて………あなたが告白する前で良かったとか……い、や、ああああああああああああああああああ!」
あまりにも悲しすぎる。「あの時、死んでよかった」なんて悲しすぎる。
気づけば、俺は綾瀬を落ち着かせるように抱きしめていた。咄嗟にそうしていた。
そうすることしかできなかった。
だって、俺も「一回もそんなこと考えたことがない」と言ったら嘘になる。
そうだろう? 「あの時に死んでいなければ、フォルナたちと出会うことができなかった?」そんなの悲しすぎる。でも、考えたことがなかったとは言えない。
いや、考えたことはある。
「ああ、そうか……宮本はそれで苦しんでいたんだ」
そう、「あれは事故だった」で済ませられたはずなのに、あの時の加害者がこうして目の前に現れると、より一層あの事故の時を、前世の時の気持ちになって考えざるをえなくなる。
悲しいことや辛いことを全部ひっくるめて、それでもこの世界で生きることに意味があったし、喜びもあった。
でも、それを「あの時に死んだから」という思いを抱くのは、辛すぎる。
それがもうどうしようもなくて、だから宮本は俺たちには教えないようにしていたんだ。
「……ごめんなさい……朝倉くん……」
「いや、気持ちは分かったよ。おかしなもんだよな……俺、親父とおふくろが死ぬまでは……この世界を呪っていたのに……生まれ変わったことを憎んだのに」
いつの間にか、生まれ変われたことに感謝していた。
今、フォルナやウラたちに存在を忘れられて、色々と絶望したりもした。
でも、俺はそれでもこの世界でこれからも生きたいと思っている。
それだけは間違いなかった。
「え~~~~~~~~~~~~~っと、ガチ修羅場? えちちなことはしねーの?」
……なんか、俺たちの横から備山が「ワクワク」といった表情でひょっこり顔を出してた。
「ッ、び、備山さん!」
「いや~、なんか、あんたが「シよ」とか言ってんの聞こえたから、うわ、マジ? とか思ってコッソリ見てたけど、どしたんだよ?」
「み、見ていたの!」
いや、お前はお前で、何でそんなあっけらかんとしてんだよ。
「つか、備山、お前はどうなんだよ」
「ん? 何が?」
「だから、あの運転手だよ。お前だってショックだったんじゃねーのかよ」
だが、俺たちの思いとは裏腹に、備山はなんか「ん~」と少し考えたあとに首を横に振った。
「ん~、い~や。そりゃー、最初は、『そんな~』、とか思ったけどさ、ぶっちゃけ、悪かったって言われても、『ん~』、としか言い様がないんだよね~」
「いや、確かにそうかもしれねえけど、だからって、そんな簡単に流せる相手でもねーだろうが。親兄弟が殺される経験をしたことがある奴はいる。でも、自分を殺したやつと出会うことなんてありえねえ。どうしようもない、メチャクチャな気持ちになんねーか?」
「いや、まーでもさ、仕方ねーんじゃね? ぶっちゃけ、今の人生もそんな悪くないし~! つか、死んだけど、それでママンとかにも会えたしさ! あたしは死んだけど、それでもこの世界で生まれたことは嬉しいしさ♪」
こいつは、俺と綾瀬の会話を何一つ聞いてねえのか? 「シよ」の部分以外、興味なしか?
俺と綾瀬が苦悩しまくった「死んだおかげ」を何の躊躇もなくぶっちゃけやがった。
「備山さん、た、確かにそうかもしれないけど……」
「そうかもしれねーなら、いいじゃん。つかさ、みんなクレーから、どうにかなんねーの?」
「だからって……あなただって、前世に残した家族や未練があったはずよ?」
「あったけど、まあ、しゃーねーべ。あの汚いやつをぶっとばしても、別にそれ解決するわけじゃねーし」
う~~~~~~~~~~~~~~~~~~わ~~~~~~~~~~~~~~~~
「な、なんだよ、朝倉! んな、人を、うわ~、みたいな顔で見んなっつーの!」
「うわ~~」
「言ってんじゃんかよ、こいつ! 何だよ、あんたもバカのくせに、バカにすんなっつーの!」
まあ、バカにはしてるが、ある意味でも感心もしたから、何とも言えない。
だが、なんだろうな。
備山の話を聞いていると、何だか少し心が軽くなった気がした。
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