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第七章

第240話 プチ同窓会

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 店の扉には、「本日臨時休業」の立札をかけ、中には他の客は居ない。俺たちだけである。
 話したいことが山ほどあったとしても、目の前に一杯のラーメンを置かれたら、まずはそれに集中して食う。
 言葉なくとも俺たちは、懐かしい箸の感覚を確かめながら、ただ豪快にラーメンを啜った。

「ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ!」
「ちゅる、ちゅる、もぐもぐ」
「シュルルルルルルル!」
「ズッボオオオオオオオオオ!」

 上品ぶった綾瀬を除いて、全員が豪快に麺を啜った。
 音? 立てれば立てるほど美味いんだ。

「っか~~~~~、替え玉!」
「ミーも!」
「おかわり! って、カエダマってゆーんか?」
「あいよ、替え玉三丁! 麺の硬さは?」
「硬め!」
「ハリガネプリーズ!」
「硬さ? なんやよー分からんが、それで何か変わるんやったらワイも!」

 例え生まれ変わった種族が人間でなくて、多少の味覚に差はあれど、それでも共通の記憶。
 体ではない。魂に刻まれた前世の味の記憶が、みんなの食をそそった。

「う~む、初めて食ったゾウ。ラメーンというのか……」
「うまい………おい、ゴミ! お前も確かこれを調理できたのだったな? うん、ゴミに初めて価値を見いだせた」

 そして、こちらはラーメン完全初体験組。
 しかし、それでも満足いただけたようで、加賀美やミルコが替え玉を頼むと、同じように見よう見まねで頼んでいた。
 フル回転の先生の隣で、何故か俺も手伝っていた。俺も食おうとしたが、なんだろうな、俺は調理場にいたほうが何だかしっくりきた。

「おい、ヴェルト、チャーシュー切ってくれ」
「あいよ、おい、餃子焼きあがったぞ」
「俺は今、焼き飯で手が離せねえ! 麺茹でてくれ!」

 何やってんだ? 俺は。

「兄ちゃん、すごい! チューボーに入る父ちゃんの弟子は、みんな怒られてるのに、兄ちゃんはとーちゃんと息ピッタリだよ!」
「はは、そりゃーもう、ガキの頃から労働基準法なんざ知ったことかって感じの雷店長に仕込まれたからな」

 人数は少ないのに、こいつらアホみたいに食うから全然手が休まらねえ。
 でも、その忙しさが俺には落ち着いて、心地よくて、嫌いじゃなかった。

「へ~、あの朝倉くんが真面目に働いているのね」
「まあな。ここじゃ、俺も頭が上がらねえからな」

 綾瀬たちから見たら、俺の意外な姿かも知んねえな。
 辛抱弱くて、我慢できなくて、自分勝手の自己中な不良が、汗水たらして油まみれでこうやって働いてんだから。
 だが、仕方ないことに、俺はこういう真面目に地道に働くのも性に合ってるんじゃないかとすら思ってる。
 まあ、そんな勤労意欲がフツフツとよみがえる俺だが、目指すべき道がマジメとは程遠いだけに、心が重たいのが悲しいもんだが。

「ほい、ヴェルト」
「おう」

 まあ、それでも先生とこうやってツーカーで通じる感覚の方が嬉しいもんだ。
 すると、俺と先生のやり取りを見ていて、綾瀬が何かに気づいて不思議そうに訪ねてきた。

「あの、……せん、せい……」
「なんですかい? アークライン帝国の姫君、アルーシャ姫」
「ちょっ、や、やめてくださいよ、先生。も~」
「ははははは、いやー、しっかし驚いたぜ。ヴェルトから二年前に手紙をもらっててな、お前たちの近況だけは教えてもらってたからな」

 綾瀬が何かを訪ねようとしたが、それを被せて先生が笑った。
 二年前? 手紙? ああ、そういえば、JK都市から先生に一回だけ手紙を送ったな。
 俺とウラから、先生とカミさんとハナビに。そして先生だけには、俺からもう一枚、クラスメートたちの近況を綴った。

「あの綾瀬が、まさか帝国のお姫様とはな。まあ、高校の頃から、学園のマドンナだアイドルだ、高嶺の花とか成績優秀容姿端麗才色兼備の宝庫だなんだで、教師からも信頼の厚かったお前だ。さぞかし立派なお姫様なんだろうなって、考えてたよ」
「そ、そんな、恥ずかしいですよ、先生…………」
「まあ、男の趣味は悪かったみたいだけどな」
「ッ、ちょ、えっ、あの、それを言ってしまうんですか!」

 最初は戸惑っていたが、綾瀬も何だか懐かしい日々を思いだし、ただの高校生の子供のように笑ってる。
 帝国の姫に生まれ、光の十勇者に選ばれ、そして戦争に出て数々の辛い日々を過ごしてきた綾瀬だが、かつての恩師の前には頭が上がらないようだが、それでも嬉しそうだ。
 一方で…………

「そして、加賀美。お前のことも聞いた」
「っ、お、センセ~、やだな~もう、そんなパナイ怖い顔し……」
「加賀美!」
「つおっ…………は、はい…………」

 先生が厳しい表情で加賀美を見る。
 すると、加賀美はシュンとなって縮こまりやがった。
 決して反省もせず、悪気だらけでこれまでの人生、いいことも悪いことも全部自由にやってきた加賀美がだ。

「……加賀美……ヴェルトから手紙でお前のことは聞いた。どうしてお前がそうなったのか……マッキーラビットなんて仮面を被って、狂っちまったのか」
「…………は、はは、もう、センセー、説教はメシがパナイアレになっちゃうからなしっしょ?」
「……………………お前は、クラスのムードメーカーだった」
「ッ! ……せ、せんせ……」
「人から見たらチャラチャラしてるなんて言われてたかもしれねーが、それでもお前は部活も遊びも、そして友達との付き合いも全力だった」

 加賀美の表情が強ばった。まるで、触れられたくない部分を触れられたような表情で、思わず俺と綾瀬も身構えた。


「ッ、おい………………やめろって言ってんじゃないっすか!」

「どうして、あんなに恵まれた学生生活が一瞬で奪われ、それどころかこんなファンタジーみてーな世界でゼロから生きなきゃいけないんだってな」

「やめてよ、センセー………マジで、聞きたくねーからさ、そういうの。もう、センセーは俺の担任じゃねーんだし」


 もう、これ以上聞くな。加賀美の表情はそう言っているように見えた。
 だが、それでも先生は続けた。

「俺も前世じゃ、カミさんと子供が居たよ」
「えっ………あっ………」
「俺が死んだらどうなってんのか……ちゃんと俺の死を乗り越えてくれたのか、……どうして、俺はここに居るんだ………もう、あいつらに二度と会えねのかよ………ってな」

 その話は、俺も一度だけ聞いたことがある。先生の前世。

「俺もこの世界で記憶を取り戻したとき、つらかった。嘆いた。自分の運命とこの世界を呪ったよ。何度も何度も………今の自分を捨てちまおうとすら思った………でも、それは違う。どんな理由であろうと、俺は今、生きている。受け入れようが受け入れまいが、その事実は変わらねえってな」

 どうして俺たちは生まれ変わったのか。どうして前世の記憶がよみがったのか。
 どうして俺たちはこの世界に居るのか。
 そんなもん、俺たちに分かるわけがねえ。
 だが、それでも俺たちは生きている。生きていかなくちゃいけねえ。
 そして俺は、加賀美と帝国で再会した日を思い出した。
 
『いきなり何の前触れもなく死にました。気づいたら転生してました! 気づいたら異世界にいました! ファンタジーの世界です。友達も恋人も家族も誰も居ません、ゼロからのスタートです。日本にあったものは何もありません。はあ? 何だよ、それは! 何で俺がこんな目にあってんの? 死んだんだったら、加賀美のままで死なせてくれよ! あんだけ頑張って築いて手に入れたものも死んだらそれまで、第二の人生をもう一度ゼロからスタート? ふざけんじゃねえよ!」』
 
 かつて、加賀美は俺に言った。

『でさ、もー俺は決めたの。どんなに人生頑張っても、死んだら、ハイそれまで。次は異世界で頑張って? もうアホみたいじゃん頑張るの。それならさ、いっそのこと楽しんじゃえばってね。何でもかんでもヤリ放題でね。なのに、この世界の連中はバカばかり。死んだらどうなるかも知らねえくせに、命を懸けるとか、パナい馬鹿なことをキリッとした顔で言ってんの。犠牲になった者の魂を背負う? 彼らも天国で見守ってくれる? パナいバカ! 見守るなんて無理無理! だって、死んだら関係ない異世界で第二の人生を歩むかもしんないのにさ、何をしたり顔で分かったような顔で言ってんの!』

 前世で恵まれていたこいつだからこそ、この世界がどうしても許せなかった。
 だから、思うがままに楽しんで壊したいと。
 俺は、その気持ちは分からなくもなかった。
 そして、先生は言う。

「死んだら今まで積み上げてきたもんは、確かに無駄になっちまうかもしれねえ。それでも、生きている限り無駄になる事なんてねーんだよ。加賀美、お前は今、生きてるだろうが」
「…………な、なに言ってんのさ……それで、先生は割り切れんの? 前世の奥さんと子供はもう忘れちゃったわけ?」
「一日だって忘れたことはねえ。だが、それは……今の俺を愛してくれる奴らを、大切にしない理由になんてならねーんだよ」
 
 今の先生を愛してくれる、家族…………

「今の女房も……ハナビも、……そしてヴェルトとウラ……。過去を割り切ったなんて簡単には言いたくねえが、それでも俺はこの世界で生きている以上、この世界で生きていくしかねえ。この世界で、俺を愛してくれる奴らを、俺は全力で愛するだけだ。……もう二度と会えない家族の、幸せを祈りながらな……」

 それは、加賀美だけに当てはまる言葉じゃない。
 俺も、そして綾瀬も、ミルコも、その言葉にそれぞれ思うところがあった。

「おい、ゴミ、カエダマとかいうのくれ!」

 こ、このクソガキユズリハ、ちょっと空気読めよ!
 なに黙々と一人で食ってんだよ!


「加賀美、確かに俺はもうお前の担任とは言えねえ。お前の人生の痛みや苦しみを、手遅れになる前にどうにかしてやれなかったからだ。自分の犯したことについて、悪気があるのに反省もねえお前に、どう償えと言うこともできねえ。だが、帝国でお前が面白半分にやった戦争で、この国から出兵した若者が何人も死んだのは事実だ。その家族も、そしてこの国も、お前を許すことは絶対にねえ」

「…………ふん、……ひはははは、今更そんなもん、俺にはどうでもいいっしょ……」

「お前が許されることも、後戻りすることもできねえ。でもな、これだけは覚えていろ! それでも、俺はお前を見放さねえって!」


 俺はかつて加賀美を見放した。突き放した。
 でも、先生は言った。見放さないと。

「せん、せー…………」

 その言葉に、加賀美は目を見開いて、ただ呆然と先生の顔を見上げていた。


「分かったら、どんどん食え。次はいつ食えるか分かんねーぞ? ヴェルトの腕前は、まだ俺ほどじゃねーしな」

「……………………ッ…………」

「どうして俺たちが生まれ変わったのかは知らねえが、俺が生きているのは、ひょっとしたらお前らを待っていたからかもしんねーな。俺はこれからもずっとここに居る。だから、いつでも来いよ」


 俯いた加賀美は、ただ小さく笑みを浮かべたまま、それ以上は何も言わなかった。
 根深い加賀美自身の問題は、そう簡単に解決できるものじゃねえ。
 でも、ほんの少しだけ、こいつの心も少しだけ救われたんじゃねえのかな? なんか、そう思いたくなっちまった。
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