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第七章

第219話 情けないことはできない

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「俺がやる! ふわふわ空気弾!」
「んっ……ッ!」

 回避! 目に見えない空気の弾丸。
 だが、さすがにファルガは察知して回避するか。

「ファルガ!」
「ちっ、クソが………躾のなってねえ、クソガキが居るみてーだな」

 マントを羽ばたかせ、屋根から飛び降りるファルガの背後には、輝く月光。

「いいだろう。テメエらクソども、俺がこの場で始末する」

 地面に着地したファルガ。地面を力強く踏み込んだ瞬間、地面に大きな亀裂。
 その亀裂に気付いた瞬間、ファルガは既に俺の背後に回り込んでいた。

「ッ、疾ェ!」

 ファルガの超人的な踏み込みからの突き。
 それは人類の身体能力を遥かに凌駕する。
 目で追おうとしても無駄。見えるわけないからだ。
 俺のように、最初から目で追わずに空気の流れから攻撃を察知し、待ち構えてねえとな……

「ふわふわ方向転換プラス乱気流」
「ッ!」

 槍の切っ先に魔法をかけて、僅かに方向をずらす。流石に力強く握られている槍を思うがままに操ることはできないが、僅かに角度をずらすことはできた。
 反らした槍の切っ先も、俺の全身を覆う空気に乱回転させて弾く。
 一直線ならこの気流の壁をも突き破られただろうがな。

「クソガキ……テメエ、何をした!」
「くはは、心臓を容赦なく狙いやがって……悲しいことしてくれる……」

 俺のことを忘れている。なら、俺の能力のことも忘れている。
 都合がいい。

「そっちこそ、やってくれるじゃねーか!」

 俺を傷つけることに何の躊躇いもないファルガ。やっぱ、それはツレ―な。
 だが、俺がやらなきゃ俺がやられる。
 ここから先の道を乗り切っていくには、今、逃げるわけにはいかねえ。

「ふわふわ乱気ック!」
「ッ、このガキ!」

 槍を真横にして、俺の蹴りを受け止めたか。
 衝撃音が響いて、振動が足に伝わってくる。
 手ごたえは十分。俺は槍ごとファルガを蹴り飛ばした。
 一瞬だけ軽く感じたが、後方に飛んでエネルギーを飛ばしたか?
 間違ってねえけど、対俺には間違ってる。

「タイラー……俺を忘れさせると、こういうことも起こるんだぜ」

 後方へ飛んだということは、ファルガは全身の力を抜いているということ。
 全身の力の抜けた状態で、これに逆らえるか?

「ふわふわパニック!」
「ッ!」

 宙に浮いたままのファルガを前後左右に激しく揺らす。

「ガっ…………」
「なっ、ファ、ファルガ!」

 何が起こったのか? ファルガもクレランも理解できてねえ。
 ファルガの身体能力は生物界屈指でも、肉体の器官は人間のもの。
 脳と三半規管を揺さぶられたら、当然、意識が飛ぶ。

「とどめだ」

 俺の能力を知らずに戦うと、こうなる。
 俺は意識が飛んでいるファルガに切なさを感じながらも、警棒を抜き、その周りに渦巻く気流を回転させて、一気にファルガに振り下ろした。
 だが…………

「…………!」
「なっ!」

 渦巻く気流を貫いて、俺の警棒が弾かれた。
 それは目の焦点が合わぬまま、無言で槍を突き出したファルガ。

「なっ、朝倉君! な、なんで? あれやられたら、ゲロンパ間違いなしなのに!」
「ん? 無意識の防衛本能! リューマッ! ……チッ、ミュージックスタート! アーユーレディ? 鼓動と世界のバイブレーション、燃え上がるスピリットと共に舞いあがれ!」

 無意識で槍を繰り出すファルガの槍が、俺の顔面スレスレまでに近づいた瞬間、地震が起こり、俺とファルガの態勢が崩れた。

「ッ、ミルコか!」

 次の瞬間、俺の目の前に火山の噴火のように大地から炎の柱が出現した。
 反射的にファルガが飛びのいて、俺たちの距離が離れた。

「…………はあ、はあ、はあ……」
「……………ッ、クソが………なにがあった? 意識がクソ短い間、飛んだ……」

 僅か一息の攻防。二年ぶりに生死の狭間を実感して、俺は今更ながら手汗と高まる鼓動を感じていた。

「ひゅ~、デンジャラスだったな、リューマ。あのハンター……上品な勇者たちヒーローと違って、なかなかの野生を持っている。ワイルドだ」
「パナい速くて、俺よくわかんなかったじゃん。ま、俺は戦闘が本職じゃないからあれだけど」
「なるほど、七年前から名前だけは聞いたことがあったが、勇者にならぬ天才戦士……確かに只者ではないゾウ」

 ちっ、それでもファルガはまだまだ本気じゃねえ。
 正直なところ、俺の能力を全く知らずに、全力全開モードじゃねえこいつをさっさと短期決戦で倒すのが、一番有効だったんだろうが、失敗したな。
 おかげで、「まずはザコから仕留めるか」という感じだったファルガが、俺を敵として認識した目をしていた。

「ファルガ、あの子も……やるわね……」
「ふん、クソが。さすがにクソ鬼共とつるんでるだけはあるってことか」

 もう、油断しないとでも言いたげだな。
 正直、そんな真剣な顔で、「どうやって俺を殺すか」って目で見ないで欲しいもんだがな。

「まあ、いい。どんなタネがあるか知らねえ。人や物を操る魔法か? それなら、魔法を発動させる間も与えねえ速度で、瞬殺する」

 だが、俺も俺で、ファルガをどう倒そうかと考えるようになるとはな。
 とりあえず、二年のブランクはあるから、少し体のキレがワリーけどな。
 さあ、どうするか……

「ん~~~、へい、ちょっとやめね?」

 だが、人が真剣に考えているときに、加賀美が待ったの手を上げた。

「ねえねえ、ファルガ王子。それにクレランちゃん、君ら状況分かってる?」
「あ゛?」
「俺は弱いけど、この場には、最強鬼のキシンくんや、伝説のカイザー大将軍様まで居るんだよ? 本気でこのメンツと勝負するとどうなるかな? つか、まずこの温泉地がヤバいっしょ。廃墟になる」

 ………そりゃそーだ……

「君たちは~、そこの家出娘連れ戻しに来ただけでしょ? だったら、それで我慢したら? 人類大陸……メチャクチャにしたくなければさ」

 ハッタリでもないからこそ、加賀美の軽口から出る脅しのような言葉に、ファルガとクレランも動きが止まった。
 それは、戦ったらどうなるのか、結果と被害がちゃんと予想できるからだろう。

「でも、あなたたちを野放しにする方が、もっと大きな被害が今後世界に広がると思うけど。あなたたちは、こんなメンバーで集まって、何をしようというの?」

 何をしようと? 世界征服だ……言えね~……


「世界征服」


 でも、言っちゃおう。

「………あっ?」
「へ、は?」
「……………カイザー……このゴミはバカか?」

 ファルガが目を丸くするのは珍しい。つか、ユズリハまで一緒にバカとか言ってんじゃねえよ。

「わお、いいの~? 朝倉君、グダグダ流せそうだったのに」
「リューマの覚悟というわけか?」
「ふむ」

 ま、そろそろ腹のくくりと、割り切りもしとかねーとな。

「…………ん~、何なのこの子?」

 クレランは正直俺のことをどう構えていいのかよく分からず混乱してる。
 だが、意外なことに、ファルガは一瞬目を丸くしたものの、急に真剣な眼差しで俺を見た。
 それは、どうやって殺そうと考えているわけじゃなく、俺という人間を見定めているような様子だった。

「おい………クソ野郎…………テメエ、なにもんだ?」
「なにが?」
「歪んで、軽くて、底のクソ浅い人間にしか見えねえ。だが…………目に見えねえ何かを感じる……なんだ……?」

 何者? 俺を全部ひとくくりにした質問をしてきた。
 そして、ファルガは自身の胸を押さえ……

「テメエを見ていると……胸がザワつく……なんだ? 苦しくなる……なんなんだ?」

 嗚呼……俺を覚えていない……だけど、この反応。

「ファルガ……うん、私も……うん……ファルガもだったんだ……私もその子を見ていると……何でか分からないけど……」

 クレランもどうやら、覚えていなくても俺に何かを感じてくれたようだ。
 そんな二人に俺は切なくなる。
 
「俺は………」
「いや、やはりいい」
「ん?」
「テメエが何者か………この俺が判断してやる」

 だが、俺が何かを応えようとする前に、ファルガは迷いを振り切り、再び俺に槍を向ける。
 鋭い刃が、一気に荒々しくなった。
 寒気? 俺がファルガに……

「………ふむ……リューマ……変わろうか?」
「構わねえ、つか、もう手は出さなくていいぜ、ミルコ」
「What?」
「ふ~……こういうのを越えるから価値あんだよ……少なくとも、この野郎相手に、情けねえ真似はやっぱできねえ」

 こういうのがこれからあるんだ。
 泣きたくなるほど、逃げ出したくなるほど、メンドクセーことがいくらでも。

「俺が何者か判断するって言ったな? そんな高尚な存在でもねーが、それなら身にしみて思い知りやがれ! 雑種が噛み付いたら、意外に痛いってことをな!」
「ほう…………クソみてーに鳴きやがって……うるせーガキだ」
「くはははは……ミルコ、お前はクレランをやれ。モンスターを大量に召喚したりしてメンドクセーけど……可哀想だから、そっちは手加減してやれよ?」

 世界征服か……つまり、人類最強相手でも逃げるわけにはいかねーってことだ。

「エルファーシア王国第一王子・ファルガ・エルファーシア、参る」
「ヴェルト・ジーハ。麦畑で生まれたこの世で最も凶暴な男だ」
「………………ジーハ…………ちっ、偶然か知らねーが、よりにもよってやりにくい名前だぜ」
「やりにくい?」
「昔世話になったことがある、とある夫婦と同じ名前でな………しかも、二人も農夫だったから余計クソタチがワリー」

 ああ、そうか、そいつは嬉しいな。考えてなかった。
 たとえ世界が俺を忘れても、俺が「ヴェルト・ジーハ」である限り、オヤジとおふくろとは繋がりがあったんだな。
 なんて、ノルタルジックな思いに浸りながら、俺とファルガは次の瞬間衝突していた。

「ファルガ……仕方ないか……なら、私はこっちを出来るだけ……」
「ふふ、バトルを望むなら受けて立とう。それとハンデをやろう。ミーはこの場から一歩も動かずに、ユーの相手をしてやろう」
「ッ………ふふ、さすがSS級は余裕だね。でも、舐めてると痛い目みるんだからね!」

 視界の端で、クレランの輝きが目に入った。
 それはどこか懐かしく、かつてこの村で初めて出会ったとき、卒倒しそうになった時に感じたもの。


「鬼って、食べるとどうなるのかな? おいしいのかな? 角を抉りぬいて、ちゅーちゅー先っぽ吸って、生皮剥いでバーベキュー♪ それとも、新鮮な生のまま食べたほうがおいしいのかな? ねえ? ねえ! ねえっ!」


 捕食者の目。


「召喚! モンスター百魔獣夜行!」


 竜、肉食獣、植物型のモンスター、まるで魔王が配下のモンスターを引き連れてきたかのように、俺たちの周囲が一気に魔物の群れで埋まる。


「ひははは~、パないね~、うわ~、ケモノくさい~、うぷっ、酒吐きそう……」

「ふん、モンスタマスターの能力か……よくもまあ、精神力が持つものだゾウ」


 村の連中の迷惑も考えず……いや、気にしたら殺されるっていう判断かな?
 まあ、この村には人類大連合軍の隊も居るみたいだし、避難誘導は問題ないだろう。
 問題は、俺たちの逃げ道を一切塞ぎ、この場を食い荒らそうとするモンスターたちが牙を向けていることだ。
 だが……

「ふむ……では、ミーも奏でよう。即興曲・モンスターハンティング。演奏時間、三分…せめて、サビまではダンスしてもらうよ」

 こっちはこっちで……って、ミルコ……お前、泥酔した状態でクレラン相手に、パナいな。
 余裕丸出し。

「なあ、カイザー……なんか途中から忘れられてるが、私は逃げていいか?」
「あっ、や、ユズリハ姫、その……小生も、どうすればよいか……」

 あっ、忘れてた……ま、逃げていいんじゃねえの?
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