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第七章

第217話 元お兄ちゃんと元お姉ちゃん

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「ほら、ここ~ここ~」
「入っちゃえ~、ずぶずぶずぼずぼと入って入って~」

 木造造りの質素な建物。一階建てで、『労働組合所』とだけ看板が張られていた。
 その時、建物の裏口から誰か出て来たのに気付いた。両手に持っているのはゴミ袋だ。
 そして、その人物に俺は少し目を奪われた。

「な……なんだぁ?」
 
 そこにいたのは、一人の幼いツルペタ幼女。

「ガキが……し、しかも、なんつー格好してんだ?」

 そう、ただのガキじゃない。格好がヤバイ。
 腰元まで届きそうな長い白髪。そして、お子様なくせに、やけに妖しい黒いボンデージ。
 ヘソや肩などは露出し、下はピッチリとした下着のような黒パンツ。
 そして、注目すべき点は他にもあった。

「それに……角? 尻尾? ちょ、亜人かよ!」

 頭部から伸びる二本の角。尻には逞しい赤い竜のような尾が地面を引きずられている。
 
「あ、亜人のメスガキ? そんなのが何でこんなところに……」

 まあ、俺は鬼とゾウを連れてきているわけなんだけどな。
 すると、クリとリスはニコニコ笑って答えた。

「あ~、あの子。あの子はね~、家出亜人少女なのよ~。なんか~、家が嫌で飛び出してきて~、ここまで流れ付いたんだって~」
「働き口もないから、私たちのお手伝いに雇ったのよん。あっ、あの子はかわいいし、エロい格好してるけど、そういう商売はしてないから、エッチ~できないよ?」

 いや、そうじゃねえ。何で亜人が普通に働いてんだよ。

「旧シロムでは、シンセン組が都を滅ぼしたりと、亜人に対する風当たりは強いんじゃねえのか?」
「うん、でも~、今から世界を徐々にそういうのを受け入れていこうって流れらしいよ~? 四獅天亜人のユーバメンシュが提案して、光の十勇者のフォルナ様が了承した政策で、ちゃんと連合軍が管理できる地では労働者を受け入れようって流れみたい~。まあ、場所も人数も、ホーリツとかの規制はあるけどね」

 フォルナが? そんなことをしているとは思ってもいなかった。
 新聞も、そういう難しい政治欄は読んでなかったし……
 確かに、世界が亜人や魔族との大きな戦争が収まってきている中、親交を深める意味でも労働者の受け入れや国を無くした者たちの亡命は分からなくもない。
 特に、この地はファルガやウラにムサシという、世界でもVIP的な存在と縁のある地でもある。
 そういう場所として受け入れられてもおかしくない。
 そうか。だから、カー君とかミルコみたいな異種族が歩いてても問題ないわけか。まあ、正体知られたら卒倒するだろうけど。

「と言っても、今は試験的な試みらしいから、ここを含めて数えるぐらいの場所しかそういうのを実施してないんだよ~」

 実験的。そりゃそーだ。いきなり帝国とか王都に異種族を受け入れて、暴動とかクーデターとかテロとかされたらたまったもんじゃねえ。
 それに騙しているとはいえ、ママンは恐らくラブ・アンド・ピースでも相当な発言権を持っている。
 タイラーたちも、いずれ滅ぼす種族をあまり人類大陸内でウロウロさせたくはないんだろうが、完全に無下につっぱねるのも返って反感を買うんだろう。
 そんな妥協に妥協を重ねて、こんな温泉地に家出亜人メスガキが現れたとは……何とも、世界も変わったもんだな。

「まっ、だからこそ~今は~定期的に官僚や人類大連合軍が視察に来たりしてるんだけどね~」
「ほ~う、視察ね~。こんな温泉地に視察の名目で来れるとは、お役所仕事も羨ましい限りだな」
「そうだよ~、だから~、『今日みたいな日』には女の子も稼ぎ時だから夜に出歩いてるんだけどね~」

 ふ~ん……………えっ?

「お~い、ユズ~、倉庫からワイン出しといて~、今日はそんな気分~」
「……………分かった……酔っ払って勝手に死ね……」
「も~、そんな怖い顔で睨まないでよ~」
「ふん」

 なんか、少し引っかかった。

「あっ、あの子、『ユズ』っていうんだけど、怖いでしょ~。元々あんまり笑わないし口も暴力的なんだけど、ちょっとここ数日は機嫌が悪いだけだから、気にしないで~」
「いや、名前とか機嫌とかどうでもいいんだけどさ……まあ、女なんだからもう少し可愛らしい言葉を……ってそうじゃなくてだな……」
「本当はあの子、お兄さんと一緒に働いてたんだけど、数日前からお兄さんが居なくなっちゃってね~」
「いや、それもどうでもいいし」

 別にこの亜人がどうとかはどうでもいい。

「おい、雇い主。あの兄の話をするな………今度会ったら噛み殺す。ふざけた兄だ………何がこれまで稼いだ金を百倍にしてくるだ………給料全部持ち出して勝手に居なくなって……」
「も~、おこんないで~って! 」

 そんなもんもどうでもいい。
 問題なのは、その前の話だ。

「なあ……今日みたいな日……視察の日? どういうことだ?」
「ん? うん、だから~、今日みたいに連合軍の視察がある日は、金持ちエリート相手に商売できるから、女の子とか張り切って外に出てるんだ~」

 ……………おや?

「今日?」
「うん~きょ~う」

 今日視察があるって……………おまっ…………


「「キターーーー!!!!」」


 その時、ワッとコンサート会場のような盛り上がりが、村の入り口から聞こえて来た。

「来た来た来た来た! 人類大連合軍、人類の英雄たち!」
「一隊だけなのに、 すっげー迫力!」

 歓声が聞こえる。
 村中からバタバタと人が駆けだして村の入り口に集まりだし、大きな歓声を上げている。

「来たみたい~。視察に来てるのは、帝国の移民・市民権大臣のオルバント様」
「自分も自宅の屋敷で亜人の職を斡旋してたりして、亜人に詳しいから~、選ばれてるんだって~………ここだけの話、エロエロなことするために亜人を購入してるだけって噂だけどね」

 俺は遠くから、視察団の先頭で、村の若者から歓迎の花束を受け取る豚を……じゃなかった、男を見る。
 だが、驚いた。その大臣と思われる男の方が亜人に見えるような、肥えて脂ぎったハゲオヤジ。
 つか………

「ん? な~んか、誰かに似てるな~」

 なんか、身近にあんな豚みたいな男が居たような……
 だが、俺の意識はすぐに逸れる。それは、大臣が護衛のためにと引きつれている兵隊たちだ。
 数はおよそ五十程度。しかし、それだけでもこの村には十分すぎる数だ。
 どいつもこいつも、人類大陸の各地から選りすぐられたエリートっていうスマートな面構え。
 女たちが騒ぐのも良く分かる。

「…………ん? ん、………ん? ん!」

 だが、俺はそんなことよりも、大臣の傍らに居る男の方に注目せざるをえなかった。

「あ~、お兄さん、ついてるね~。今日はすごいの来てるよ~」
「うんうん、噂をすれば何とやら~! なんで~、来てるの~?」

 うん…………なんで…………来てんの?


「ぐふっ。王子、今回はワザワザ同行してくれてありがとうございますよ。イエローイェーガーズは、例の『闘技場』の調査で、出払っていましてね。それに『依頼主』もどうしても貴方をと強く推薦されていましてね。このような所まで、連合軍所属でない上に、他国の王子でもあるアナタにご足労いただき、恐縮ですよ」


 大臣の男が傍らの男に声をかける。
 すると、抜き身のナイフのように鋭い瞳をした男が、ぶっきらぼうに答えた。


「クソマジでメンドクセー。依頼主のあの過保護のクソジジイ、今度会ったらクソぶっ殺してやる」


 乱暴な言葉を口にするその男は、紫色のマントに、エルファーシア王国のエンブレム。
 オレンジ色の長髪を後ろで束ねた、少し小柄な男。

「は、はあ。私も悪いとは思ったのですが……」
「まあいい。クソ変わっちまったが、この地には縁がねえわけじゃねえからな」
「全く、頼もしい限りですよ。それと、『依頼主』からは、もし『彼ら』が抵抗されたら、多少手荒でも構わないとのことなんで、もしもの時は、こ~、ビシッと」
「ふん、殺しちゃならねえってのが、クソメンドクセーがな。本当は、あのクソ亜人が来りゃいいのによ……」
「いや、ムサシ殿は、ほら……コスモスちゃんの護衛兼教育係ということで四六時中……」
「あのクソガキと遊んでるだけじゃねえか」

 おや~? おやおやおや~? あいつ………どっからどう見ても……

「で、クソ確かなのか? 身分証を偽造して、この村に、『竜人族』が住む『クライ国』の王族、『ジャックポット王子』と『ユズリハ姫』が隠れてるってのは」
「ええ、そのようです。ただの家出のようですが困ったものですよ。……しかし、無視もできません。もし帰って来ないようであれば、依頼主である父親と『シンセン組』が総出で迎えにくるとか、脅していましたから」
「おいおい、あのクソジジイ、テメエが滅ぼしたシロムの近隣にもう一度来れるとでも思ってるのか? まあ、あのクソジジイならやるか」
 
 空気の振動を伝わって、二人の内緒話に聞き耳立てる俺。
 そして、男はあまり気乗りしない表情で、こう言った。

 
「とりあえず、クソみてーな依頼だが、『武神』と『竜』の血を引く混血兄妹、クソ楽しませて欲しいもんだぜ」


 ちょおおおおおおおおおお、元嫁の兄貴じゃねえかよ! 
 やば、なんでここに居んのか分かんねえけど、なんか見つかったらヤバそう!
 つか、最初、俺たち四人組なら誰が来ても負ける気がしねえと思ったけど、俺個人としてはいきなり微妙な奴が来ちまった。
 だが、それだけじゃなかった。


「そうそう、困ったちゃんたちはちゃっちゃと捕まえて、早く一緒にお風呂入ろうね♪」


 あれ?
 後方からニコニコした笑顔で現れて、元お兄ちゃんにしなだれかかる女は……


「はっはっは、いや~、それにしても、『緋色の竜殺し』と『モンスターマスター』と呼ばれたお二人が来てくださって、千人力ですよ」


 はい! お姉ちゃんまで居るんだけどォォォォォォ!
 なんか………メンドクさそうな流れになってるけど、とりあえず……逃げるか……?

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