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第七章

第213話 俺たちは止まらない

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 俺たちは止まらない。というより、誰も止められねえ。
 
「おのれェ! ヴェルト・ジーハ! 貴様には以前よりムカついていた! 囚人のくせにどういうわけかあのような豪勢な暮らしぶりをし、ぶった切ってやろうと思って――――――」
「ふわふわパニック」
「ひゅごっ!」
「まあ、怒るなよ。そもそも冤罪なんだからよ……あっ、でもこの行為は犯罪か? くはは、ならワリ♪」

 なんか懐かしい感覚の快進撃に少しテンションが上がってきた。
 なんか、二年前も色々ボコボコにされる傍ら、こんな無双のような経験もしていたな。

「ひはははは、いや~、ここまで上に上がってきたのは、初めてだ。ねえねえ、どうする? 使えそうな下僕でも解放して仲間にするかい?」
「やめろやめろ。こんなところでこれ以上スカウトしてたら、先が真っ暗すぎて仕方ねえ」
「マッキー、今はこれ以上誰かを増やすよりも、地上へ出ることが先決だゾウ」

 カーくんが良い具合に加賀美のストッパーになれてくれてるのも、嬉しい誤算かもしれねえな。
 俺一人でこのバカのやること全部にツッコミ入れてたら疲れるところだったからな。

「堪えろ! 署長たちが駆けつけるまで、何としても食い止めるんだ!」
「くそ、くそ、どうやってあんな奴らを止めればいいんだよ!」
「よりにもよって、あの伝説のカイザーが!」
「魔法を撃ちまくれ!」
「だ、ダメです! 奴の突進が止まりません!」

 にしても、さっきから戦う看守たちが皆して、カーくんのことをメチャクチャ有名な亜人の名前で呼んでるけど、やっぱ人違いだよな?

「象鼻鞭《ぞうびべん》!」

 一瞬だった。カー君が鼻を僅かに揺らしたかと思ったら、鞭のしなるような乾いた音が何度も響いた。
 音速の鞭。
 その鞭は、とても豪快で、それでいて繊細で、押し寄せる看守たちの武器や杖を一瞬で粉々に砕いた。

「ひははは、流石だけど、お優しいね~、本気を出せば一瞬で人間の頭から胴全部粉々にできるってのにね~」
「小生はもう軍人ではないゾウ。極力無益な殺生はせぬゾウ」
「そーいうの、偽善っていうんじゃね?」

 また始まった。

「ったく、いい加減喧嘩してんじゃねえゾウ! って、やべ、うつったゾウ。やべ、そうじゃねえゾウ、ってうあああああ、もう、全員ぶっ飛べ!」

 地下六十階という何とも気が遠くなるような奥深くに居たが、とにもかくにも俺たちは階段を三段飛ばしで飛んで行くように登って行った。

「しっかし、重要犯罪者を収容している大監獄の割には、意外と拍子抜けだな。俺は、こんなザル警備に二年も軟禁されてたのか?」
「いや、ヴェルトくん、甘く見てはいけないゾウ。この大監獄には越えねばならん困難がいくつもあるゾウ」
「んだね、まあ、一番めんどくさそーなのは、やっぱ元人類大連合軍将軍だった、『キャニオン署長』っしょ」

 署長? ん~、初めてここに来た時に会ったような、会わなかったような。

「重要犯罪者を外部へ出さず、また、外部からの侵入を防ぐ上でもこの地には常に十勇者クラスの手練が常駐しているゾウ」
「パナいダルいけど、戦闘は避けられないっしょ」

 十勇者クラスか。

「ん~、十勇者クラスね~……」

 ダメだ、全然緊張してこねえ。
 四獅天亜人に腕ぶった切られて、七大魔王とガチ喧嘩したり、実は友達だったり、光の十勇者に元嫁が居たりだったからな。

「まっ、今更だな」

 それしか言いようがなかった。
 別に脅威じゃないとは言わねえが、今更ビビるものでもねえ。
 仮に、もし十勇者クラスが居たとしても……

「まあ、返り討ちにしてやるよ」

 蹴散らしてやろう。そう胸に決めた。

「ひゅ~、パナいカッコイイっしょ、朝倉くん! 激アツだね~」
「確かに、小生も解放された以上、恐れることはないのは事実だゾウ」

 ま、敵に回すとメンドそうな奴らも、今は敵じゃねえからな。

「だが、ヴェルト君、キャニオン以外にも難点があるゾウ」
「だーね。ここって、地上に出たところで、周り一面を海に囲まれた、まさに絶海の流刑島。さらに、島の周りは強力な魔法障壁を張り巡らせているから、連合軍関係者以外は侵入も脱出も難しい」
「だろうな。だが、何とかなるんじゃねえのか? 別に、連合関係者が出入りできるってことは、そのへんの奴ら捕まえて開けさせりゃいい。もしくは、その障壁の開閉をコントロールしている制御室みたいなところ見つけるとかな」
「まっ、妥当っしょ」
「うむ、それは小生も同感だゾウ。魔法障壁を破壊することは不可能だろうが、それをコントロールするものは、この監獄に居ると思うゾウ」

 俺は、続いて出された壁すらも、特に大した印象を感じなかった。
 すべて、「行けば何とかなる」という、今はそんな気分だった。
 しかし物事は、俺が考える以上に単純で予想外なことが起こってもいた。


「むっ! 気配だゾウ!」

「ひいっ!」


 しばらく看守の攻撃やバリケードが止まったと思っていたら、後方の登ってきた階段から物音を察知し、カー君が鼻で壁を叩いて威嚇。
 その時、何とも情けない悲鳴が響き渡り、体積の広い豚……じゃなかった、見知った看守が俺たちの前に転がった。


「ひいいい、お、お助けなんだな! い、命だけは助けて欲しいんだな」


 一気に毒気が抜かれた。
 殺す気すら失せるほどのみっともない姿を晒して土下座しながら震えるのは、キモーメン。

「なんだ、オメーかよ」
「ヴェ、ヴェルト君なんだな! な、なんで君がこんなことするんだな! ここ、こんなことされたら、君の手錠を外した僕の責任になっちゃうんだな!」
「あー、そーいや、そうだった。ん~、ワリ! なんか、ノリで」
「勘弁して欲しいんだなー! ぼ、僕はどうすればいいんだな!」

 いや、泣くな、寄るな、汗臭くてキメエ。そんなキモーメンにカー君も若干引いてるよ。
 だが、隣に居た加賀美だけは違った。キモーメンの顔をジーッと見て、「あっ」と何かに気づいて手の平叩いた。

「お~、帝国公爵家のオルバンド・キモーメン坊ちゃんじゃな~い」
「えっ、あの、だ、誰なんだな?」
「あ~、今、ヒゲとか髪とかパナいやばくて分かんない? オレオレ、マッキーだよ」
「あ……マッキー社長!」

 えっ? 知り合いなのか? 俺の無言の疑問に、加賀美は笑って頷いた。

「そうそう、俺がまだ組織の社長やってたとき、奴隷オークションで毎回高額で落札してた超お得意様♪ いや~、パナい儲けさせてもらいましたよ」
「マッキー社長、久しぶりなんだな! マッキー社長が逮捕されて、あれから散々だったんだな! オークションは廃止されて、組織も変わって、僕なんか過去にラブ・アンド・ピース使って色々やってたのがパパにバレて、勘当されちゃったんだな! エリート街道歩んでた、僕がなんだな!」
「それはそれは、パナい大変ご迷惑をお掛けし申し訳~、あ~い、とぅいまてーん!」
「ヴェルト君が、マッキー社長を探してくれって依頼してきたけど、本当は僕も社長に会って文句言いたかったんだな!」

 うわ、こういう繋がりもあったわけか。

「それで、お前は小生たちはどうするんだゾウ? 捕らえに来たというのなら抵抗するゾウ?」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい! そそ、そんなこと無理なんだな! ぼ、僕はただ、早く本部に逃げようと思って……」

 蛇の道はなんたらって奴か。もう、アホすぎて、カー君がかなり呆れた様子で頭を抱えているよ。

「んで、キモーメン、俺たちはこのまま脱走しようと思うんだが、テメエは死にたくなきゃついて来ないで隠れてたほうがいいんじゃねえの?」
「えーーーー! ほ、本当に脱走するんだな? で、でも、だ、脱走しちゃったら、僕の責任に!」

 なんか、イジメてやるのも可愛そうだ。
 こんな明らかに運動不足なオデブちゃんを睨んでも仕方ねえ。
 多分、今のパニクったこいつなら、靴でも舐めそうな勢いだからな。

「ひはははは、しっかし、まさか坊ちゃんと朝倉くんが友達とはね」
「よせよせ、こんなのが友達だなんて恥ずかしくて言えねえ」

 腹抱えて笑ってる加賀美に、そこだけは否定した。
 まあ、ギブ・アンド・テイクの仲ではあるけどな。

「………ん?」

 だが、その時、俺はふと思った。
 そう、ギブ・アンド・テイクだ。

「おい、キモーメン。お前らってさ、この監獄の外の魔法障壁だか結界を通過するときって、どうすんだ? それと、囚人を連行するとき」
「えっ? そ、それは……魔法登録された職員が帯同してれば……」
「ほう」
「…………えーーーーー! むりむりむりむりだよ!」
「まだ、なんも言ってねえ」
「ぼ、ぼくを使って障壁の向こうに行く気でしょ? 無理だよ無理だよ、バレたら僕も犯罪者になっちゃうんだな!」
「あ~、いいよ、言わねえよ。脱走は全部マッキーラビットが仕組んだとでも言っておけ。お前は捕まって力づくで利用されたとでも言っておけ」
「しょんなだな!」

 こいつを使えば、なんとかなりそうだ。
 まあ、当然最後は力尽くでの強行突破が必要になるだろうが、それぐらいは覚悟の上だ。

「なるほどだゾウ。確かにそうすればなんとかなるゾウ」
「ひはははははは、まあ、死にゃ~しないと思うから、あんま泣くなって、坊ちゃん♪」

 カー君と加賀美も異論なし。
 嫌がり泣きじゃくるキモーメンを引きずって、俺たちは再びどこまでも続く螺旋階段を上っていくことにした。

「にしても、朝倉くん、やっぱ何か『持ってる』ね」
「はっ?」
「だってさ~、普通、脱獄ってのは年密な計画を立てたり、何年も隠れて横穴を掘ったりと地道な活動の末にするもんじゃない? こんなパナいぐらいの行き当たりばったりの脱獄なのに、最強のボディガード連れて、脱出手段もなんやかんやで確保とか、普通ないっしょ?」

 階段を上るに連れて、不思議とこれまでのように警備がいなくなり、少しだけ不思議に思っていたら、加賀美が口をついたように俺に言ってきた。

「もってる? もってねえよ。だから、気づいたらこんなとこに落とされてんだよ」
「ひははははは、そうかな? でも、二年前に再会した時から、俺は君にそんな風に感じてたよ。高校の時は、全く思っていなかったけどね。君は、かなり幸運な星の下に生まれてる」
「二年も軟禁されてそんな風に思えねえよ、くだらねえ。そんなもん、世界征服できてから考えるよ」
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