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第六章

第191話 時代の変化

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 万を超える人類と魔族の中で、ただ一人現れた亜人。
 普通できるか? そんなこと。
 互いの種族と戦争中だというのに、恐怖をまるで見せない。
 それどころか、その場に居る人間と魔族の方が恐れている。


「んふ~ふふ、懐かしい匂いね~ん、男たちの汗と涙と、血の匂い♪」


 これが、ママン。いや、四獅天亜人のユーバメンシュか。

「ユーバメンシュ、既に太古の遺物と化した貴様が何の用だ! 至高の戦を汚しおって!」

 それは、未だ呆然とする全員の中で最も早く立ち直り、威厳を見せた、六鬼大魔将軍の一人。
 シャウトたちと一戦交えていた、猛者の一人。
 トゲニーという名の、全身棘だらけの鎧を纏った鬼だった。

「んふふふ、それにしてもヴェルちゃん。フォルナちゃんが戦っているなら、あなたも微妙に参戦するのではと思ってたけど、ゼっくんと死闘を繰り広げるなんて、すごいじゃな~いん」

 なのに、ママンはサラッと無視しやがった!

「いや、ママン、いきなり現れて色々驚いてるけど、とりあえず無視してやんなよ。可哀そうだろ」
「いや~よん。未だお肌もピチピチの私に遺物なんて失礼なことを言うやつなんて、知らないわん」

 クネクネしながらツルツルのお肌を見せるママン。
 キモイが怖い。一つ一つの動作が恐怖を感じさせる。

「ちっ、ふざけるな、ユーバメンシュ! いきなり現れたかと思えば訳の分らぬことを! 我らの聖戦に貴様が口をはさむな! 引導を渡してくれる!」

 その時、トゲニー将軍が全身に力を漲らせて、ママンに向かって走り出した。


「既に貴様は過去の者! 最前線で常に死力を尽くしてきた我々に敵う道理はない!」
「ッ、や、やめろ、トゲニーッ!」


 その時、ゼツキの制止の声が響いたかと思ったら。

「てい」
「――――――――――――――――――ッ!!!!」

 大砲が飛んだ? 違う、飛んだのは鬼だ。
 ママンはその場に、デコピンした態勢で立っていた。
 そう、デコピンだ。指一本だ。

「ちょっ、マ、ママンッ!」

 ただ指一本で、世界に名を轟かせる鬼をぶっ飛ばした。

「なっ!」
「ちょっ、ちょ!」
「トゲニー将軍!」
「ウソだろ! 俺やシャウト、ドレミファ、ソラシドの四人がかりで互角に戦った将軍を!」
「これが……これが四獅天亜人の一人!」

 そう、これが四獅天亜人。

「ふっ、ふはは、相も変わらずの強さ。錆びておらんではないか」
「錆びるどころかツルツルよん♪ 見て~ん、ゼッくん。この美肌♥」
「寒気がするわ!」

 このメチャクチャぶりは正にイーサムと出会った時を彷彿とさせた。

「しかし、なぜユーバメンシュがここに? なによりも、どうしてヴェルトと知りあいなんだい?」
「ヴェルト様は、イーサムだけでなく、ユーバメンシュとも面識が!」

 さて、シャウトたちにどっから説明したもんか。
 だが、ママンがどうしてここまで来たかは俺にも分からねえ。
 すると、ママンはゆっくりとゼツキの元へと歩み寄った。

「ゼッくん」
「再び戦場へ舞い戻ったか。いや、それよりも、なぜそやつを守る?」
「うふふふ、守ったわけじゃないわん。だって、守る必要がないくらい、ヴェルちゃんは強かった」
「……ふっ、確かにな。あのまま続けていれば、間違いなく吾輩が……」
「そう、私はただん、この戦争をもう手打ちにしてもらおうと思っただけよん」

 ゼツキとママン。
 まるで旧友と再会してやりとりをしているように見える。
 どうやらこの二人にも、常人じゃ理解できねえ共有してきたものがあるんだろうな。

「あのねえ、ゼッくん。最近ね、私のカワイ~カワイ~娘がね、ある商品を作ったのよん」

 待て、クネクネして何の話だ?

「それもね~、五十センチ厚底ブーツ! もうね、歩きづらくてしょうがないでしょって奴なのよん! なのにね、今の若い子たちは、マジ可愛いとか言って、注文が絶えないのよん!」

 パクリだけどな。
 つか、何の話だ?


「私はねん、まだまだファッションやら流行の話題ならついていける。でもね、次々と湧き水のように出てくる若者のアイデアや価値観には、たまに目を見張るわん」

「ッ、なんの、なんの話をしておる! そんなくだらない話をしに来たのか!」


 ゼツキが顔をしかめてそう言うと、ママンは途端に真面目な顔つきを見せた。

「ゼッくん、遥か昔から続き、私たちが繰り広げた伝説。しかし、その歴史がようやく変わり始めて来たようよん」
「なんだと?」
「そう、私の娘、ヴェルちゃん、そしてそのお友達たち。今はまだちっぽけな存在でしかないわん。でもねん、それでもヴェルちゃんはあなたと真っ向からぶつかり、そして圧倒した。確実に次の時代が台頭し始めたわん」
「だからどうした! そうやって育ってきた世代たちが、吾輩たちの意思を受け継いで新たな戦国の歴史を作り上げる。今まで世界はそうやって回ってきたではないか!」
「言ったでしょう? 世代が変わったんじゃない。時代が変わってきた。そして時代と共に、それぞれの考え方や価値観が変わってきたのよん」

 そう、時代が変われば、人々はその時代の考え方をするようになる。
 それによって、「古いやり方」「考え方が古い」など、時代の波に乗れないものや、すでにスタイルが固まって変わることができない奴らが言われる光景を目にしたことがある。


「ヴェルちゃんも言ってたけど、だからと言ってこれまでの戦い全てが無意味だなんて思わないわん。でもね。あなたは世界を変えたければ自分で行動しろと言ったけど、案外若者は簡単に古い価値観や世界を壊すことができるものなのよん」

「ッ、なにをバカなことを!」

「ゼッくん。私たちは人知れずにお酒を飲んだりして語り合えた戦友。でもね、少ししたらきっと、それは珍しいものでもなくなる。種族の壁を乗り越えるどころか、種族の壁なんてそもそも無かったかのように、人間と魔族、人間と亜人でラブラブに結婚したりする未来になるわん」

「はっ、くだらぬ! だから貴様は頭がめでたいのだ! そんな夢みたいな話があるものか!」


 ん?
 その時だった。ママンがすげえ悪だくみを思いついたような「にや~」とかって笑みを浮かべている。

「「「「じ~~~~~~~」」」」

 なんか、シャウトとかバーツとか、俺のことをジーっと見てる。

「「「おお、それは正に! 正に! 正に!」」」

 ルンバたちは目を輝かせて俺を見てる。

「誰しもが言う。そんなもの前例がない。おかしな話よねん。始まりはいつだって前例がない。そこから始まって歴史を作っていくのよん」
「だが、だが、しかし!」
「ええ、でも今更私たちがん、新たにそれを作ることに対して戸惑いを感じるのならん、それこそ若者たちに託してみるのも悪いことではないわん」
「ッ、なら、ならなにをしろと! 貴様はこの戦争を止めて、何をしろと言いたいのだ! まさか、人間と和睦を結べとでも言う気か? できるはずがなかろうが! 吾輩たちは常にキシン様と共に闘い続ける!」

 ゼツキの言ってることも分からんでもない。
 居るよな。そういう意地っ張りで素直に生れない奴。
 でも、ゼツキの場合はそれだけじゃねえ。
 ゼツキ一人で戦ってきたわけじゃねえからな。
 だが、それでもママンは笑ったまま。

「それならん、もし、キーくんが、そうしろと命じたら?」
「な、なん、だと?」
「ジーゴク魔王国の魔王キシンことキーくんが、この戦争をこれまでにしろと命じたらどうするかしらん?」

 ずるい質問だ。こういうバトルマニアのくせに義理がたい忠誠心の塊のようなやつにそんな質問をしてる。
 ゼツキは「ぐぬぬぬ」と唸ったままだ。
 しかし、戦い続けてきたのも、血を流してきたのもキシンだけじゃない。
 いや、鬼だけではなくそれは、人間にとっても同じ。

「ふざけるな! 俺の親友は鬼に殺された!」
「俺の弟と妹は、人間のキタネエ罠にはめられて殺されたんだ! 和睦なんて死んでもできるか!」
「私の御父さんは魔族に殺された!」
「村を焼かれた!」
「国が滅んだ!」

 次々と出てくる不幸話合戦。どいつもこいつも「俺も俺も」「私も私も」と、別に聞いてもいねえのに挙げてくる。
 ママンの思惑はどうであれ、当事者同士が既に拒絶の意思を示してもいた。
 そして、そうやって、歴史が繰り返されるわけか。
 メンドクせー世界だな。

「くははは、どうだ、ママン。現実ってのはそんなに甘くねえな」
「ええ、そうよん。でもね、だからこそ私とあなたが居るんじゃないん」
「はっ?」

 これだけボロクソな意見が出てきても、ママンは余裕のままだった。

「最初から人類大連合軍、ジーゴク魔王国総勢何十万人も全員説得する必要はないのよん。最初から、数人説得できればそれで良かったのん」

 そして、ママンはクルンと首を百八十度回して俺に微笑んだ。
 コワっ! どうやってんだよ、それは!

「イクわよん、ヴェルちゃん、イキましょイキましょ!」
「やめてくれ、なんかスゲー違う意味に聞こえるから。んで、どこ行くんだよ」

 なんか、スゲー嫌な予感がしてきた。

「バッカね~、狙いは一人に決まってるじゃないん」

 そう言って、ママンは空を指差した。空? 違う。天まで届く、魔王城ハンニャーラ。

「あの頂上に居る人を説得できれば、あなたの勝ちよん」
「ッて、行くって魔王のとこかよ!」

 大ボスのところかよ! ってか、今、正に勇者と魔王という伝説みてーな戦いを繰り広げてんじゃねえのかよ!
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