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第六章

第182話 人の縁

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「来るよ、ヴェルトは下がってな!」
「そりゃ、お前だ」
「え?」
 
 ハウが俺を守ろうと一歩前へ出ようとするが、むしろ俺は二歩前へ出た。
 向かってくる魔族の大軍を迎え撃つために。
 とはいえ、さすがにこんな何千もまとめて来られたら、数が多すぎて全員浮かせることは不可能だ。
 なら、兵隊は浮かさねえ! 世界を浮かす!

「ふわふわ壁《ウォール》!」

 この場にある砂を、岩を、そして大地を固めた防御壁をせり上がらせる。
 憤怒に駆られて突撃してきた兵隊たちは、一斉に壁に弾き返し、襲撃される寸前だった後方部隊の一団を守った。

「な、ヴェルト! あんた、一体、どうやって!」
「お、おおおおおお!」
「すごい! さすがはフォルナ様の選んだお方!」

 俺が起こした防御の壁に後方部隊の表情に安堵が見れる。
 だが、相手は数千の途方もない数。いつまでも防げるわけがねえ。

「おい、今のうちに援軍か、移動か、誰かどうにかしろ! 保たねえぞ!」

 いつまでも全部? 無理な話だった。
 今の時点で既に全部は無理だった。
 そして、数千もの敵がいれば、当然中には手練れもいるに決まっている。

「なかなかやるでありますね!」

 銃声が響き渡る。
 俺はその音を、空気を伝わって誰よりも早く反応できた。

「ふわふわ気流!」

 空気の流れを操作して、攻撃の方向をズラす。
 飛んできたのは魔力を固めた弾丸のようなものだ。

「なっ!? 私の銃が防がれたであります!」

 飛んできた方を見上げると、壁の上から銃口を俺に向けている、デンガロンハットを被った魔族の女いた。
 さらに……

「ほう、ルンバの銃を初見で回避するとは、やるなり! 知らぬ顔なりが……」
「五年も経っているでしょうが。時代は着実に進んでいるでしょうが!」

 一人じゃねえ。三人か。
 俺が作り出した五メートルほどの高い大地の壁を乗り越えて、よりにもよって一番めんどそうな三人が出現。

「あ、あの三人は!?」
「ひ、ひいい! ろ、ロイヤルガードの三人! 歴戦の猛者たちだ……」
「ヴェ、ヴェルト殿をお守りしろ! 彼を失えば、フォルナ姫は戦えない!」
「うおおお、死守しろ!」

 皆も知っている有名人の登場のようだ。俺は知らねえけど。
 だが、構わねえよ。
 どうせ逃げ場はねーんだ。
 だったら、ここでこいつら全員ぶっ倒すか、援軍が来るまで時間稼ぐかしかねえ。

「大地の精霊たちよ、我らの怒りを養分とし、目覚めるなり! サンドゴーレム!」

 ハゲの僧侶風の魔族が全身に魔力をみなぎらせて、大地に大きな魔法陣が出現。
 次の瞬間、地響き立てて地中から巨大な化け物が出現しやがった。

「ででで、でかい!? あ、あんなゴーレムをこんな一瞬で!?」
「あれが、召喚術師バルドの力か!?」

 これが召喚魔法ってやつか。
 十メートル級の巨大ゴーレム。メンドクセーな。

「若造よ、余所見をしている場合ではないでしょうが! 我が相手でしょうが!」
 
 更に気を取られている場合じゃない。
 死角から俺の急所目掛けて接近してくる気配を探知。

「魔極神空手、牙突貫手!」
「くうか!」
「ぬっ?! 我が突きを……回避した!?」

 その場で体を回転させて、俺は死角から来た攻撃を回避。
 息つく暇もねぇ。
 
「ちっ、ウザってえな! ロイヤルなんとかとか知らねえけど、所詮……チロタンよか弱いんだろうが!」

 速い。しかも力強い踏み込みだ。このすだれ髪の男、素手か?
 一瞬で俺の懐に……

「よくぞ回避した……しかし、これならどうでしょうが! 魔極神空手・正拳《せいけん》電刹《でんせつ》!」
「けっ、どうもこうもあるか! ふわふわ受け流し」

 受け流す。
 俺の操る空気が雄弁に敵の動きを教え、そして空気の流れで相手の拳を俺から遠ざける。

「なに? 見えない空気のような壁でしょうが?」

 うろたえたな。なら、その隙を突く。
 乱回転させた空気をまとめて俺の足に凝縮させる、足技。

「ふわふわ乱気ック!」
「ぬっ! うお、おおおおおおお!」

 ガードされた! こいつ、体術の技術は俺よりも上だな。
 ノーダメージとまではいかねえが、気合で防ぎやがった。
 だが、ガード上からでも分かるぐらい、腕に青あざができてやがる。

「ジョンガ! 油断するなであります! こやつ、若いが相当の猛者! ダブルショットインパクト!」
「ふわふわ方向転換!」
「なっ、ええ!」
 
 咄嗟に俺に向けられた銃口を、ふわふわで真上に向けさせた。
 なるほどな、こういう使い方もあるわけか。


「ルンバ! ジョンガ! おのれ、調子にのるななり! 踏みつぶせ、サンドゴーレム!」

「させるかよ! ふわふわ空気爆弾!」

「なっっ!!??」

 
 まるで巨大バルーンが破裂したかのような音と、拡散した空気の衝撃波が敵の巨大ゴーレムを僅かに傾けた。
 おお、いい感じだ……


「なんだよ、謙虚に出ようと思ったけど、意外と俺もやるじゃねえか」


 おっと、ニヤケツラは禁止だ。こうやって調子に乗って痛い目見てきたのを思い出せ。
 高い授業料をこれまでの人生で払い続けたんだ。
 何があっても油断しねえ。

「す、すごい……ヴェルト……あんた……いつの間にそんなに強く……」

 そんな俺の意外な活躍ぶりに呆然とするハウ。
 そして……

「すごい、ヴェルト様……」
「あ、ああ……あのロイヤルガードの三人を一人で相手し……しかも、手玉に取っている」
「お、おお……おおお!」

 さっきまでは泣きそうになっていた後方支援部隊の連中も、表情に光が差し、やがて……


「「「「「うおおおおおおおお! ヴェルト様! ヴェルト様! ヴェルト様!」」」」」

「うお、な、……なんだよ、みんなして……ったく」


 魂を震わすような歓声が戦場に響いた。
 その大地を揺らすほどの歓声に俺は不覚にも驚いてしまったが、同時に高揚感というのか、悪くない気分だった。
 一方で……

「この子……やるであります」
「ブランクがあるとはいえ、我ら三人を一斉に相手して、この力なり」
「でも、こんなところでモタモタしている場合じゃないでしょうが!」

 目の前の三人も俺を強敵と認識してくれたようだ。 
 誰もが知ってるっぽい有名人な魔族にこういう評価されるのは、結構嬉しいもんだな。 
 だが、ここで調子に乗っちゃダメだ。
 油断せず、焦らず、着実に。それが命のやり取り……なんだが……

「くそ、援軍はまだか? ヴェルト様があれほど戦っておられるのに!」
「俺たちも武器を持って援護するんだ!」
「って、まずいぞ! 壁が、ヴェルト様の作った壁が破壊される!」

 あっ、やっぱ少し焦らないとダメだな
 今はこの三人だけを相手すりゃ良かったが、俺の築いた壁がもうすぐ壊されそうだ。
 ところどころから壁に穴ができて、鼻息荒くした魔人たちが次々と出てきやがった。


「あ~、くそ、もう、メンドクセーな!」

「なかなか強かったであります。ですが、我らの姫を救うため、我々はこんなところで立ち止まるわけにはいかないであります!」

「うるせえ、知るかそんなもん! 俺だって、俺が死んだら泣くお姫様がいっぱい居るんだよ!」

「人間への恨み、魔王様、女王様の仇、それを晴らすのはこの場の全ての人間が対象なり!」

「さあ、終幕でしょうが。強かったでしょうが、名も無き若者よ!」


 けっ、ナメやがって。上等だよ。
 俺だってもう簡単にはやられねえ。

「おい、大丈夫かー!」
「援軍に来たぞー! 後方支援部隊を救援せよ!」
「うおおお、ヴェルト様を援護だ!」
「奴らを倒せー!」

 それに、いい具合に後方に援軍も来た。
 いいぜ、戦ってやるよ。生き残るために!


「はっ! 上等でしょうが、人間ども! 貴様らの魂を、我が師にして我らが魔王シャークリュウ様の下へと送ってやるでしょうが!」

「はん、俺には興味ねえよ! 行くぞコラ……あん?」

「魔極神空手・秘拳―――」


 えっと……そういえば……こいつら、誰だっけ?
 ジーゴク魔王国に幽閉されていた、人間に国を滅ぼされた奴ら。
 魔王と女王は死んだらしい、五年前に。
 五年前に死んだ、魔王? 娘を助ける?
 我が師?
 魔極神空手?
 シャークリュウ様?

「って、言ってんじゃねえかよ! マジかよ、こいつら鮫島の!」
「死ね小僧!」

 って、


「やめろぉぉお!! ウラはメチャクチャ元気だぞ!!」


―――――――ッ!!!???

 
 ギリギリだった。つか、俺はマヌケだ!
 俺は寸前のところでとんでもないことに、ようやく気付いた。
 俺のその叫びとともに、怒りに狂った死兵たちの動きがピタリと止まり、皆の表情が戸惑いに変わった。
 突如動きを止めた魔人たちに、人類大連合軍も何が起こったのか分からず、ぶつかる前に止まった。

「あ~、そういうこと。は~、なんかも~、あれだな」
 
 あ~、なんか、段々分かってきたぞ、この全体像が。

「お、おい、ど、どういうことでありますか?」

 ルンバというガンマンの姉さんが、狼狽えた表情で俺に訪ねてきた。
 それは、残る二人も同じ。

「おい、き、貴様、今、ウラと、そ、その名前は、ウラ姫様なりか? なぜ、貴様がウラ姫様の名を!」
「答えるでしょうが! 答えしだいによっては、貴様、ただではすまないでしょうが!」

 さっきまでの憤怒とは違う。
 心の底から動揺した魔族たちが、どうしようもなく混乱している。

「ッ、ヴェルト様から離れろ!」
「おさがりください、ヴェルト様!」

 構わねえ。俺はそう言って、味方を手で制す。

「ウラって……なぁ、ヴェルト。それってあんたの……」
「ああ、そうだ」
「あっ、そうか! 私としたことがこんなことに……ロイヤルガード、そしてこいつら……旧ヴェスパーダ王国の兵たちだったのか!」

 ハウもどうやら気づいたようだ。
 どうやら俺たちは、とんでもない縁で結ばれていたということを。
 

「信じられねえかもしれねえが、俺はシャークリュウのダチだ。あいつが死ぬ前の最後の願いで、ウラを俺に託した。それから五年間、俺はウラとずっとエルファーシア王国で暮らしてたんだ」

「「「なっ……な……なにいいいいいいいいいいいいいい!!??」」」


 呆然とする皆の前で、俺は真実を教えてやった。
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