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第六章

第162話 ソルシとトウシ

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 一瞬、俺は元の世界に帰ってきたと錯覚してしまった。
 フィールドの中央でリフティングする爽やかプレイヤーの華麗なる動きに目を奪われて。

「おや、ムサシが出るのかい? 汚名返上ってところかな?」
「お姉、死ぬ気でやるからね」
「手加減しないだよ」
「勝つの!」

 ソルシ・オウキ。シンセン組一番隊組長にしてイーサムの片腕とも噂されている、ムサシの元上司。
 一見、女みてーなツラの優男。笑顔に裏はなさそうだ。

「さあ、リモコンのヴェルトくん。局長を震撼させた君の魂を、僕にも見せてくれるかな」

 なんか、根っからのスポーツマンだな。試合前に健闘を誓い合う握手とか……

「反吐が出る。度肝抜いてやるから、覚悟しな」
「おやおや。これは、心してかからないとね。ふふ、それにしてもまさか、こんなことになるとはね」
「あ゛あ゛?」
「偶然とはいえ亜人大陸にせっかくお越しいただいたんだ。亜人の力がこの程度? と思われないようにしないとね」

 相手のペースに乗らねえようにしねえとな。
 毒気抜かれて気づいたら悔いなく負けてましたなんて、ありえそうで怖い。
 それに、これまでの経験上、相手にキラキラした微笑みを見せるやつに限って、大抵がコワーい奴だったりするからな。

「愚弟……」
「ファルガ?」
「お前はいつもどおり守ってろ。こいつらの試合を見たが、こいつの技術で相手を翻弄し、得点は煩い小娘三人組が上げている。お前は、それだけに気をつけていろ」
「いや、それだけって、無理だろ? あの、ソルシとかいう優男は無視できねえだろ?」
「……やつは、俺が止める」

 おっ? こいつは、おもしれえ。
 ファルガの顔が珍しくマジだ。

「クソなよ男」
「わお、すごい言われようだね、緋色のドラゴンスレイヤー」

 ファルガとソルシの一騎討か。こいつは、なかなか滅多に見れねえ好カードかもしれねえな。
 まあ、フットサルだけどな。

「ファルガが一番隊組長をマークする分、私たちも守備に回ったりしないとね」
「ヴェルト様、お任せ下さい」
「今度こそ、今度こそ汚名挽回させていただきます! 拙者の編み出した必殺フェイント、ムサシルーレットで!」

 まあ、ベタな言い間違いしている分、ムサシにゃあんま期待できねえな。
 だが、一番めんどそうなのを、ファルガがキッチリ抑えてくれりゃ、あの三人娘はなんとかなりそうだがな。

「拙者は負けぬ! 我が殿に勝利を捧げるまでは!」
「ふふ~ん、やめといたら~? おねえ、センスないんだし」
「にゃ! なにを~! ジュウベイ、我が殿の前で拙者を侮辱するなど、なんたることを!」
「うぐ、だ、首絞めるな~! それ、反則!」

 もっとも、気になるやつはもう一人居るけどさ………


「ジュウベイ、それまでにするべきだ。ムサシ、たとえシンセン組をやめたとはいえ、武士をやめていないのであれば礼儀を忘れるようなことはあってはならない」


 それは、キーパー……こいつらの、ゴレイロだ。
 淡々とした落ち着いた口調。顔もいたって普通。ただの黒髪で前髪にかかる程度の長さ。
 特徴もなく、地味。
 亜人としての種族はなんだろうか? 黒い小さな耳と尻尾が見えるが、奇抜なものではない。

「ト、トウシ副長! お、お久しぶりでござる」
「トウシ様~、でも、お姉が」

 しかし、その特徴もない地味な男に、ムサシや生意気なジュウベイが気をつけをして、かしこまっている?

「礼儀作法は、武士の基本だ。例え無礼な相手であろうと、無礼で返すことは、愚かさの上塗りである。自分は好まない」

 いつもニコニコしているソルシとは対照的に、修行僧のような仏頂面と厳しい顔つき。
 この男こそが、このチーム……っていうか、シンセン組の……っていうか、亜人大陸ではソルシ同様の超有名人なわけか。


「うふふ~ん、チーム・ミブロウは、これまでソルシちゃんの華麗なプレーにジュウベイちゃんたちの抜群の連携プレーで勝ち進んできた印象だけど、チームの大黒柱が後ろでドカンと構えてるのも大きいわねん。彼が居るから、ソルシちゃんたちは自由に動ける」

「ヴェルト選手と同じで無失点じゃん? つか、ヴェルトと比べること事態が、失礼な話なんだけどさ。やっぱゴイスーじゃん、トウシ副長は」

「ええ。まだまだその力の片鱗すら見せていないけどん、注目したいわねん。あの、イーサムちゃんが、自分が引退した後の四獅天亜人に彼を強く推薦しているって噂だからねん」


 ほんと、俺も気になるところだ。
 まるで嵐の前の静けさ? 少なくとも、俺ですらこの男が普通じゃねえことぐらいは分かる。
 怖いもの見たさじゃねえが、お手なみ拝見といきたいところだ。

「正に、サムライってツラだな」
「殿、トウシ副長は本物の怪物でござる」
「へえ~、そうなんだ。まあ、これまで会った奴ら、全員怪物だったけどな」
「とにかく、一点勝負になると思うでござる。殿の負担が大きくなると思いますが……」

 いや、そうじゃなくて、お前は自分の心配しろよ……と言ったら泣いちゃうから、言わないでおいてやるか。
 とにかく、ウラが失神している以上、得点はあんま期待できねえ。
 俺が今までどおり無失点で抑えて、どうにか隙ついて点取るしか……って、なんで俺はマジメに作戦考えてんだよ。

「お前がヴェルト・ジーハ。局長が仰っていた男か」

 俺が作戦考えていると、トウシという男が自ら俺に話しかけてきた。

「あの、ジジイは元気かよ」
「ああ。変わりない」

 間近で見ると、確かにスゲエ圧迫感を感じるな。年齢はファルガと同じぐらいか?
 しかしそれでも、ムサシを以てしても怪物と称される男。
 果たしてどんなもんかな……


「ヴェルト・ジーハ。自分は大陸内の治安維持のためにシロムの戦には参戦していない。だから、偶然ではあるが、良い機会だ。お前の力を見定めさせてもらおう」

「あんま期待しねえ方がいいぞ? 期待を裏切るからこそ、不良はクズなんだよ」

「自分は過去に一度、フォルナ・エルファーシアとも戦ったことがある……大した者だった」

「……なに?」

「あの者が心の支えにしていたのもお前だった……だからこそ、自分はお前に興味を持っている」


 驚いた。意外な繋がり。まぁ、戦争してるんだからそういうこともあるんだろうが……ただ、負ける気はねえけどな。


「さ~てん、盛り上がったフットサル大会も最後の試合を迎えたわん! 決勝はトンコトゥラメーン対ミブロウよん! 今大会唯一の他種族混合チームで破竹の勢いで勝ち進んだトンコトゥラメーンが、決勝でも相手を喰らうか?」

「それとも、ミブロウが逆に喰い殺すか?」

「それを明らかにするわん! では、始めん!」


 決勝。
 気を引き締めて、ここまで来たら優勝を狙うか。
 試合開始のホイッスルと共に、俺は指関節鳴らして腰を屈めて……


「ゴ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ル!」


 ……………はっ?

「なにをボーッとしているんだい? ヴェルトくん?」

 俺の背後から声が……って、背後? バカな! ゴレイロの俺の後ろにはゴールしか……


「まずは、一点目だよ♪」


 そこには、ゴールネットに寄りかかったソルシが、ボールを足元で転がしながら立っていた。

「なっ、は? えっ?」

 俺たちは、正直何が起こったのか全くわからなかった。

「ッ、クソが……」
「な、なんと……ソルシ組長の『亜速』……拙者が知るよりもずっと速いでござる!」
「風が、通り抜けた感触しか分かりませんでした……」

 何が起こったか? それは、俺たちの目にも映らないほどの速度で、ソルシがゴールに飛び込んでいた……らしい。
 まだ魔法そのものを発動していなかった俺には、そんなもの止められるはずがない。

「「「「ありえねえええええええええええええええええええええええええ!」」」」

 会場中の亜人たちからも漏れる驚愕の状況。
 一体何があって、何が起こったのか、誰も整理がついていない。
 ただひとりを除いて……


「ちょっ、何があったっしょ! 気づいたらワープしてたじゃん!」

「もう、修行が足りないわねん、あなたわん。今のが亜人族本来の力を駆使できるようになった者にのみ踏み込める速度の領域……それが、『亜速』よん」

「あそく? わり、ママン。ぜーんぜん、わかんねーんだけど」

「やれやれ。いーいん? 人間、魔族、亜人の中でも極めて野生が高いと言われるのが亜人。でも、その亜人ですら、文化や知識に触れていくうちに、野生が薄れていく。薄れていった結果、本来備わっていたはずの機能や、肉体の正しい使い方を無意識に退化させてしまう。亜速とは、その種族本来の肉体の使い方を身につけたモノにのみ会得できる領域のこと。単純な身体能力で、亜人に勝てる種族はいないのよん」


 ママンは全てを見切った上での発言。
 だが、それが逆に俺たちを恐れさせた。
 だってそうだろう? 
 種も仕掛けもない、魔法でもない、肉体の力のみで今のことをやってのけたわけだ。
 俺のような手品とは、全く違う。


「くはははは、やってくれるぜ。挨拶がわりってか?」


 たとえ、世界三大称号に名を連ねていなくても、こいつも十分化けもんだよ。
 ソルシ・オウキ。だが……


「やられっぱなしじゃ、ダメだよな?」


 すぐに取り返してやる。

「ヴェルト様!」
「俺に回せ!」
「エルジェラ、俺のよこせ!」

 素早いリスタート。俺はゴールから離れてダッシュした。
 開始直後のゴレイロの飛び出しは予想外だったのか、少しギャラリーが湧いた。
 だが、本当に沸かせるのは、これからだ。

「おーっと、ヴェルトちゃん、何をする気かしらん?」
「へ~、朝倉、けっこうマジじゃん」

 ああ、マジだぜ。マジだからこそ、こういうギリギリなことをしてやるのさ。

「いくぜ! ふわふわランダムシュート!」

 相手ゴールから距離が離れていても関係ない。
 ボールを蹴って、後は浮遊で運ぶだけ。
 高速で。しかも、俺の意思で自由自在縦横無尽に。

「な、なんだあのボール!」
「ぐにゃぐにゃ揺れながら、すげースピードでゴールに突っ込むぞ?」

 キーパーがどう動こうと、ボールを自在に動かせる俺の方が有利。
 さらに今回は、ボールの周囲に乱気流を発生させ、下手に取ろうとする奴は容赦なく引き裂く! 

「オラァ、捕れるもんなら……」

 だが……

「ほう」
「ッ!」

 たった二文字。
 それだけを漏らして、トウシが前へ出た。
 だが、何をする気だ?

「はは、すごいすごい。シロムで会った時よりも格段に質が上がっている。でもね、甘いよ、ヴェルトくん?」

 ソルシが余裕の口調でそう告げた瞬間、激しい風音と共に俺の魔法が消えた。

「なっ……」

 違う、消えたんじゃない。それ以上の力で弾かれたんだ。
 両手でガッチリと零さず俺のシュートを完全に押さえ込まれた。

「止めたああああああああ! すごいわん! ヴェルちゃんのチートショットを真っ向から受け止めたわん!」

 トウシだ。顔色一つ変えずに止めやがった。

「バカな……ありえねーだろ。俺のふわふわシュートが、アッサリと……」
「アッサリ? いや、アッサリなどではない」

 俺が『ありえない』と口にした瞬間、それを否定するようにトウシが告げた。

「想像以上の速度、軌道、威力だった。無傷で済むものではなかった」

 そう言って、手を差し出したトウシの手のひらは、皮がむけて僅かに血が滲み出ていた。
 だが……

「だが、この程度の血を失うことでお前のシュートが止められるのであれば、安いものだ」

 そう言われて、俺はゾクッとした。

「愚弟……」
「ああ。なるほどな……こいつは、また……おっそろしい、タイプだ」

 これが、副長トウシか。

「うふふ、すごいわね~ん、トウシちゃん。彼は決して、相手を見下すこともお世辞を言うことも過大評価することもない。ただ、ありのままのことしか見ていない」
「ひゅ~、かっけ~じゃん。ソルシとオウキ。亜人界の次世代を担うってやつ? 見ものじゃん」

 そして、油断もなけりゃ、隙も見逃さねえ。

「ソルシ」
「りょうかい、トウシさん」

 その言葉が出たが最後。トウシがボールを放った瞬間、がら空きになったゴールの中には、ボールと共に既にソルシが立っていた。

「ゴ~~~~~~~~~~~~~ル、二点目よ~ん!」

 まだ、開始数秒で二点差。
 どうやら、想像以上にタフな試合になることだけはよく理解出来た。

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