128 / 290
第四章
第125話 お前のものだ
しおりを挟む
「ちょっ、ヴェルト……どこに?」
俺はフォルナの手を引いて皆から離れた。
二人きりで話をするために。
そして、この話だけはフォルナだけにしか聞こえないようにするために。
ウラはかなり不服そうだったがな……そこは申し訳ない。ウラにもいつかは話してやるつもりだけど、今はまだ……
「今朝は朝からケーキ屋とか、お前の要望に応えたんだ。今度は俺のリクエストに応えてもらうぜ」
「えっ、と、えっ?」
「お前を空の飛行デートに誘ってんだよ」
俺は、有無を言わさずに、フォルナの手を引いて、俺自身とフォルナの体を浮かせた。
「ヴェルト……その、どうせなら恋人たちがよく行くお店とか……」
「店なんかいいんだよ。散歩なんだからよ。いや、散飛《さんぴ》か?」
「もう! なぜ、そう屁理屈を!」
「でも、店に入らず……こうやって、街を眺めるのもいいもんだぜ?」
俺は、フォルナの手を引きながら、そのまま空へと飛んだ。
広がるのは、眩いほどの青い空。
下を眺めれば、復興へと再び動き出した人々の営みが見える。
「……本当ですわ」
「そういや、王都にいた頃も、こうやって上から見下ろすってことはしたことなかったな」
「……そうですわね……でも、こうやっていると……みんな……それぞれ懸命に生きている姿がよく見えますわ」
それを守るために、お前らは戦ってるんだろ? とか言うと、何だかキザっぽいからやめた。
ただ、俺たちは宙を漂いながら、まるで無重力のような気分だった。
この空も、世界も、今は俺たち二人しかいない。
「それで…………」
「ん?」
「ヴェルトがこんなデートをするためだけに、ワタクシを二人きりになったとは思いませんわ。何が目的ですの?」
「……だから、言っただろ?」
フォルナが俺の手を握り締めながら、そう問いかけてきた。
こいつは、本当に察する女だな。
そう感じながら、散々勿体ぶってきたことを、俺はようやくこいつに教えてやろうと思った。
「お前に全部を話すためだ」
「……ぜ、全部?」
そして、俺はこいつに教えてやった。
「そう全部だ。俺のこと。先生のこと。シャークリュウのこと。ムサシの素性や、マッキーラビット、そしてアルーシャのことを」
この世界で生まれ、ガキの頃から変わらずに、この世界で最も俺のことを大切に想ってくれている女だからこそ、一番に教えてやりたいと思っていたこと。
俺はフォルナに、朝倉リューマについてのことを教えてやった。
この世界とは全く異なる世界があった。
そこには、魔法というものが存在せず、魔族や亜人というものも御伽噺《おとぎばなし》の中でしか存在しない。
戦争は確かに存在していたが、自分は特に関わることのない平和な国の学生にしかすぎなかった。
喧嘩もしたり、学校をサボったり、誰かとツルんで遊んだり、たまに学校へ行っては色々とあったり、好きになった奴もいた。
朝倉リューマとは、そんな世界を生きていた、どこにでもいる単なるガキのことだった。
「そして、その世界を生きた俺たちは、学校の連中たちと一緒に行く旅行の最中に、事故に遭遇して、そして死んだ。気づいた時には、俺はヴェルト・ジーハになっていた」
ただ二人だけの空の上、宙を寝っころがりながら手をつないで共に青空を眺めながら、俺は全てを話した。
朝倉リューマと、その世界について。
十歳の時に出会ったラーメン屋の店長こそが、前世のクラスの担任だったこと。
魔王シャークリュウが、かつてのクラスメートが転生した姿だったこと。
ムサシの祖父の亜人も、そして、あのマッキーラビットですら、かつてのクラスメートだった。
そして……
「綾瀬という名のクラスメートで、クラスのリーダー的な存在だった女。それが、アルーシャ姫だ」
誰がこんな話を信じるんだ?
こんな馬鹿げた話を。
異世界が存在して、自分たちはその世界の住人だったという前世の記憶を持っている。
元は人間だったクラスメートたちが、魔王や亜人や悪の組織のボスだったり、お姫様になっていた。
あまりにも脈絡の無さ過ぎる作り話だと、思われても仕方ない。
「…………」
だが、フォルナは一切笑わなかった。
俺の言葉を誰よりも信じ、むしろ俺について知らないことはないはずのフォルナが、これまでどうしても解けなかった俺の謎がようやく解けたかのように、どこか思いつめたような顔をしていた。
「ヴェルトが、……魔王シャークリュウやアルーシャと、ああも親しかったのはそういうことですのね」
「つーわけでだ、本当はな、もうちっとだけ、お前より歳上だったんだ。最近は肉体と精神が合致してきているように感じるが……ガキの頃によく、お前をガキ扱いしていたのはそれが理由だ。信じるか?」
「信じられない話ですのに、それが真実だとした場合、これまでのこと全てに、筋が通るので困りものですわ」
そう言って、どこかフォルナは呆れたように笑った。
「だが、ぶっちゃけた話、だからどうだってことはねえ。それがこの世界に対して影響を及ぼすわけでもねえしな。死んだ親父とおふくろだって、本当の両親だと思っている。まあ、そう思うのが遅すぎたけどな」
「そう……ですわね……ワタクシとしては、あなたがヴェルトであることが変わりないのでしたら、それ以上は言いませんわ。アルーシャやマッキーラビットがどれだけあなたのことを『アサクラ』と呼んだとしても、ワタクシは一生、言いませんもの」
「ああ、それでいい。朝倉リューマのことを俺がどう引きずろうとも、お前にとっての俺は、ヴェルト・ジーハなんだ。だから、それはそれで構わねえよ」
とりあえず、大前提だけは伝えた。
俺が、ヴェルト・ジーハである。そのことは、昔も今も、そして、これからも変わらないということを。
「それで…………あなたはどうされますの?」
「なにが?」
「とぼけないで欲しいですわ。ワタクシにとって、あなたの過去や交友関係で最も気にすべき点は一つしかありませんわ」
すると、フォルナが少しだけ唇を尖らして、どこか拗ねたような表情を見せた。
こいつには、俺がヴェルトであれば、今はそれでいい。
魔王や姫様と「友達」だったのなら、それでもいい。
その中でも、綾瀬は「朝倉」が好きだったと、告ってるわけだが、まあ、それは置いておこう。
問題なのは、俺の気持ちだ。
「カミノミナ。幼い頃、何度かあなたが呟いていた、名前。あなたが…………ヴェルトが……むか、むかし」
「おい、そこまでスゲー悔しそうな顔をすんな」
「するに決まってますわ! 何で、ワタクシが……ヴェルトが昔好きだったというワタクシ以外の女性の名前を口にしなければなりませんの!」
神乃についてどうするか……。
つか、可愛いなこいつ。
こんだけ俺の真実を色々と教えてやったのに、異世界や魔王とかのことよりも気になるのは、俺の好きだった女のことかよ。
「ガキの頃、記憶を取り戻して……既に、お前や親父やおふくろがいて賑やかだったのに、誰もが俺をヴェルトと言い、朝倉と呼ぶことはなかった。この世界には、俺がかつて知っていたものは何もなく、本当の俺のことを誰も知らない。俺は決して一人じゃなかったはずなのに、言いようのない孤独と悲しみで、いつも胸が締め付けられていた」
今でも、その時のことは忘れない。
俺は孤独でなかったのに、心の中では孤独だったという矛盾。
「だからこそ、やさぐれてた。やる気もなかったし、世界や戦争がアホらしかった。一歩間違えれば加賀美のように俺もなっていた。だが、それを救ってくれたのが、先生だった」
今でも覚えている。
暗闇で凝り固まっていた世界、溢れるほどの喜びで満ちたことを。
「そして、気づいたのさ。ああ、俺のようになっているのは、一人だけじゃない。『あいつ』もきっとそうなっているだろうなって。だったら、会いたい。言えずに後悔した気持ち、そして感謝の言葉をひっくるめて……神乃が同じ痛みを抱えてるなら救ってやりてえ。力になれることは、なってやりてえ」
それが、今から五年前に俺が立てた誓いであり―――
「朝倉リューマの魂を成仏させるためにも、俺はこの世界のどこかにいる神乃美奈を探し出したいんだ」
俺の譲れない想い。
「悔しいと思う反面……」
「ん?」
「よほど素敵な人だったのですね、その女性は。ひねくれもののヴェルトが、とてもキラキラした顔で語っていますもの……」
プイッと、俺からそっぽ向きながらも、フォルナは複雑そうに言った。
「ああ、そうかもな。頭も悪いし、美人かどうかで言えば、綾瀬の方が数倍美人だったな。でも……俺は確かにそいつにずっと心を奪われていたよ」
「…………うううう~~~~~~~」
今度は、繋いだ手をより一層強く握りしめてきた。
絶対にこの手を誰にも渡したくない。そんな悔しさが滲み出ていた。
「でも…………どんなに、『アサクラリューマ』が『カミノミナ』を思っていたとしても……この世でヴェルト・ジーハを最も愛しているのわ、ワタクシですわ」
分かっている。
だからこそ、俺は言ってやった。
「ああ、そうだ。ヴェルト・ジーハは、もうとっくの昔にお前のもんだよ」
「ええ……………………へっ?」
まあ、今の俺が言ってやれるのは、そこまでだけどな。
「あ、あのあのあのあの、ヴェヴェヴェヴェ、ヴェルト! ままままま、いいい、今、今、今ァ!」
「ああ? なんだよ、いらねーのか?」
「い、いりゅ! いりゅ! いる、いるから! いりますわ! はいはい! いりますわ!」
うつむいた顔から一変して目を血走らせたフォルナが、大慌てで暴れて俺に掴みかかった。
あぶねーぞ、落ちるぞ?
「あ、あの………………ほん、とう?」
なんか、さっきまでの落ち込み具合がすっかり抜けて、キラキラウルウルと上目遣い。
かわ………………いや、そこまでいうと、今度は調子に乗るから言わないでおこう。
「じゃあ、その、ワタクシが良い女になったら…………その約束は、覚えてますの?」
これも言わないでおくか。お前はとっくに良い女になっていると。
つーか、俺と釣り合い取れてなさすぎる方が、問題だっつうのに。
「だから、許してくれ、フォルナ」
「ッ、ヴェ……ルト?」
「俺たちはまた……離れることになる。お前たちが、これからも命懸けの戦争をすると分かっているのに、だ」
「…………その上で、あなたは……カミノミナを探しに行くと言うんですのね?」
「ああ。それが、俺の譲れねえものだからだ」
フォルナからすれば、ひどい話だ。
「今回の戦いで俺は痛感した。俺は加賀美を救ってやることが出来なかった。そして、今のままでは神乃を救ってやることもできねえ。だから俺は、もっと自分の足で歩き、自分の目でこの世界を見て、色んなことを知り、もっとデカくなりたいと思っている。そのためにも、俺は……また、旅に出る」
俺がまたフォルナと離れて旅に出る。そのことを包み隠さずハッキリと伝えた。
「ひどいですわ。昔の女を理由に、ワタクシの前からいなくなるのですから」
「ああ、そうだ。俺はひどい男なんだ。まあ、惚れたほうが負けだと思って諦めな」
「あら、諦めませんわ。惚れたほうが勝てるよう、これからも自分を磨いていきますわ」
「それ以上、磨いてどうすんだよ」
「うふふふ、そうやって油断させても、その手は通用しませんわ」
すると、フォルナはじーっと俺を見つめて、徐々に顔を近づけてきた。
「言葉だけではダメですわ。本当に悪いと思っているのでしたら、行動で示していただかなくては」
そう言われ、俺は、体を大の字に広げた。
「くははは、なら、今から……好きなことしていいぞ?」
「えっ、はい?」
「俺は何も反撃しねえ。何発でも気の済むまで殴ってもいいぞ?」
さあ、来るなら来い。ちょっと意地悪のつもりでそう言うと、フォルナは案の定、テンパりだしたが………
「えっと、あの、その」
「あっ、何もしないのか?」
「っつう、え、えい! まだ、ん、し、してやりますわ! ん~♡」
そして結局するのは、唇を重ね合わせること………なんだか、相変わらず………
それからは、俺たちはこの五年間を埋めるように、お互いのことを話し合った。
先生に子供が生まれて、マジで最高に可愛いくて、俺とウラがデレデレだったこと。
ラーメン作りの腕前がようやく認められてきたこと。
フォルナは、辛かった戦いや、尊敬できる仲間たちのことから、仲間内での恋バナに至るまで。
色々なものを見て、経験をして、良かったこと、悪かったこと、全てひっくるめて、お互いの思い出話に花を咲かせた。
そして、次にまた会う時は、溢れるほどの思い出話を手土産に再会をまた喜び合おうと約束した。
俺はフォルナの手を引いて皆から離れた。
二人きりで話をするために。
そして、この話だけはフォルナだけにしか聞こえないようにするために。
ウラはかなり不服そうだったがな……そこは申し訳ない。ウラにもいつかは話してやるつもりだけど、今はまだ……
「今朝は朝からケーキ屋とか、お前の要望に応えたんだ。今度は俺のリクエストに応えてもらうぜ」
「えっ、と、えっ?」
「お前を空の飛行デートに誘ってんだよ」
俺は、有無を言わさずに、フォルナの手を引いて、俺自身とフォルナの体を浮かせた。
「ヴェルト……その、どうせなら恋人たちがよく行くお店とか……」
「店なんかいいんだよ。散歩なんだからよ。いや、散飛《さんぴ》か?」
「もう! なぜ、そう屁理屈を!」
「でも、店に入らず……こうやって、街を眺めるのもいいもんだぜ?」
俺は、フォルナの手を引きながら、そのまま空へと飛んだ。
広がるのは、眩いほどの青い空。
下を眺めれば、復興へと再び動き出した人々の営みが見える。
「……本当ですわ」
「そういや、王都にいた頃も、こうやって上から見下ろすってことはしたことなかったな」
「……そうですわね……でも、こうやっていると……みんな……それぞれ懸命に生きている姿がよく見えますわ」
それを守るために、お前らは戦ってるんだろ? とか言うと、何だかキザっぽいからやめた。
ただ、俺たちは宙を漂いながら、まるで無重力のような気分だった。
この空も、世界も、今は俺たち二人しかいない。
「それで…………」
「ん?」
「ヴェルトがこんなデートをするためだけに、ワタクシを二人きりになったとは思いませんわ。何が目的ですの?」
「……だから、言っただろ?」
フォルナが俺の手を握り締めながら、そう問いかけてきた。
こいつは、本当に察する女だな。
そう感じながら、散々勿体ぶってきたことを、俺はようやくこいつに教えてやろうと思った。
「お前に全部を話すためだ」
「……ぜ、全部?」
そして、俺はこいつに教えてやった。
「そう全部だ。俺のこと。先生のこと。シャークリュウのこと。ムサシの素性や、マッキーラビット、そしてアルーシャのことを」
この世界で生まれ、ガキの頃から変わらずに、この世界で最も俺のことを大切に想ってくれている女だからこそ、一番に教えてやりたいと思っていたこと。
俺はフォルナに、朝倉リューマについてのことを教えてやった。
この世界とは全く異なる世界があった。
そこには、魔法というものが存在せず、魔族や亜人というものも御伽噺《おとぎばなし》の中でしか存在しない。
戦争は確かに存在していたが、自分は特に関わることのない平和な国の学生にしかすぎなかった。
喧嘩もしたり、学校をサボったり、誰かとツルんで遊んだり、たまに学校へ行っては色々とあったり、好きになった奴もいた。
朝倉リューマとは、そんな世界を生きていた、どこにでもいる単なるガキのことだった。
「そして、その世界を生きた俺たちは、学校の連中たちと一緒に行く旅行の最中に、事故に遭遇して、そして死んだ。気づいた時には、俺はヴェルト・ジーハになっていた」
ただ二人だけの空の上、宙を寝っころがりながら手をつないで共に青空を眺めながら、俺は全てを話した。
朝倉リューマと、その世界について。
十歳の時に出会ったラーメン屋の店長こそが、前世のクラスの担任だったこと。
魔王シャークリュウが、かつてのクラスメートが転生した姿だったこと。
ムサシの祖父の亜人も、そして、あのマッキーラビットですら、かつてのクラスメートだった。
そして……
「綾瀬という名のクラスメートで、クラスのリーダー的な存在だった女。それが、アルーシャ姫だ」
誰がこんな話を信じるんだ?
こんな馬鹿げた話を。
異世界が存在して、自分たちはその世界の住人だったという前世の記憶を持っている。
元は人間だったクラスメートたちが、魔王や亜人や悪の組織のボスだったり、お姫様になっていた。
あまりにも脈絡の無さ過ぎる作り話だと、思われても仕方ない。
「…………」
だが、フォルナは一切笑わなかった。
俺の言葉を誰よりも信じ、むしろ俺について知らないことはないはずのフォルナが、これまでどうしても解けなかった俺の謎がようやく解けたかのように、どこか思いつめたような顔をしていた。
「ヴェルトが、……魔王シャークリュウやアルーシャと、ああも親しかったのはそういうことですのね」
「つーわけでだ、本当はな、もうちっとだけ、お前より歳上だったんだ。最近は肉体と精神が合致してきているように感じるが……ガキの頃によく、お前をガキ扱いしていたのはそれが理由だ。信じるか?」
「信じられない話ですのに、それが真実だとした場合、これまでのこと全てに、筋が通るので困りものですわ」
そう言って、どこかフォルナは呆れたように笑った。
「だが、ぶっちゃけた話、だからどうだってことはねえ。それがこの世界に対して影響を及ぼすわけでもねえしな。死んだ親父とおふくろだって、本当の両親だと思っている。まあ、そう思うのが遅すぎたけどな」
「そう……ですわね……ワタクシとしては、あなたがヴェルトであることが変わりないのでしたら、それ以上は言いませんわ。アルーシャやマッキーラビットがどれだけあなたのことを『アサクラ』と呼んだとしても、ワタクシは一生、言いませんもの」
「ああ、それでいい。朝倉リューマのことを俺がどう引きずろうとも、お前にとっての俺は、ヴェルト・ジーハなんだ。だから、それはそれで構わねえよ」
とりあえず、大前提だけは伝えた。
俺が、ヴェルト・ジーハである。そのことは、昔も今も、そして、これからも変わらないということを。
「それで…………あなたはどうされますの?」
「なにが?」
「とぼけないで欲しいですわ。ワタクシにとって、あなたの過去や交友関係で最も気にすべき点は一つしかありませんわ」
すると、フォルナが少しだけ唇を尖らして、どこか拗ねたような表情を見せた。
こいつには、俺がヴェルトであれば、今はそれでいい。
魔王や姫様と「友達」だったのなら、それでもいい。
その中でも、綾瀬は「朝倉」が好きだったと、告ってるわけだが、まあ、それは置いておこう。
問題なのは、俺の気持ちだ。
「カミノミナ。幼い頃、何度かあなたが呟いていた、名前。あなたが…………ヴェルトが……むか、むかし」
「おい、そこまでスゲー悔しそうな顔をすんな」
「するに決まってますわ! 何で、ワタクシが……ヴェルトが昔好きだったというワタクシ以外の女性の名前を口にしなければなりませんの!」
神乃についてどうするか……。
つか、可愛いなこいつ。
こんだけ俺の真実を色々と教えてやったのに、異世界や魔王とかのことよりも気になるのは、俺の好きだった女のことかよ。
「ガキの頃、記憶を取り戻して……既に、お前や親父やおふくろがいて賑やかだったのに、誰もが俺をヴェルトと言い、朝倉と呼ぶことはなかった。この世界には、俺がかつて知っていたものは何もなく、本当の俺のことを誰も知らない。俺は決して一人じゃなかったはずなのに、言いようのない孤独と悲しみで、いつも胸が締め付けられていた」
今でも、その時のことは忘れない。
俺は孤独でなかったのに、心の中では孤独だったという矛盾。
「だからこそ、やさぐれてた。やる気もなかったし、世界や戦争がアホらしかった。一歩間違えれば加賀美のように俺もなっていた。だが、それを救ってくれたのが、先生だった」
今でも覚えている。
暗闇で凝り固まっていた世界、溢れるほどの喜びで満ちたことを。
「そして、気づいたのさ。ああ、俺のようになっているのは、一人だけじゃない。『あいつ』もきっとそうなっているだろうなって。だったら、会いたい。言えずに後悔した気持ち、そして感謝の言葉をひっくるめて……神乃が同じ痛みを抱えてるなら救ってやりてえ。力になれることは、なってやりてえ」
それが、今から五年前に俺が立てた誓いであり―――
「朝倉リューマの魂を成仏させるためにも、俺はこの世界のどこかにいる神乃美奈を探し出したいんだ」
俺の譲れない想い。
「悔しいと思う反面……」
「ん?」
「よほど素敵な人だったのですね、その女性は。ひねくれもののヴェルトが、とてもキラキラした顔で語っていますもの……」
プイッと、俺からそっぽ向きながらも、フォルナは複雑そうに言った。
「ああ、そうかもな。頭も悪いし、美人かどうかで言えば、綾瀬の方が数倍美人だったな。でも……俺は確かにそいつにずっと心を奪われていたよ」
「…………うううう~~~~~~~」
今度は、繋いだ手をより一層強く握りしめてきた。
絶対にこの手を誰にも渡したくない。そんな悔しさが滲み出ていた。
「でも…………どんなに、『アサクラリューマ』が『カミノミナ』を思っていたとしても……この世でヴェルト・ジーハを最も愛しているのわ、ワタクシですわ」
分かっている。
だからこそ、俺は言ってやった。
「ああ、そうだ。ヴェルト・ジーハは、もうとっくの昔にお前のもんだよ」
「ええ……………………へっ?」
まあ、今の俺が言ってやれるのは、そこまでだけどな。
「あ、あのあのあのあの、ヴェヴェヴェヴェ、ヴェルト! ままままま、いいい、今、今、今ァ!」
「ああ? なんだよ、いらねーのか?」
「い、いりゅ! いりゅ! いる、いるから! いりますわ! はいはい! いりますわ!」
うつむいた顔から一変して目を血走らせたフォルナが、大慌てで暴れて俺に掴みかかった。
あぶねーぞ、落ちるぞ?
「あ、あの………………ほん、とう?」
なんか、さっきまでの落ち込み具合がすっかり抜けて、キラキラウルウルと上目遣い。
かわ………………いや、そこまでいうと、今度は調子に乗るから言わないでおこう。
「じゃあ、その、ワタクシが良い女になったら…………その約束は、覚えてますの?」
これも言わないでおくか。お前はとっくに良い女になっていると。
つーか、俺と釣り合い取れてなさすぎる方が、問題だっつうのに。
「だから、許してくれ、フォルナ」
「ッ、ヴェ……ルト?」
「俺たちはまた……離れることになる。お前たちが、これからも命懸けの戦争をすると分かっているのに、だ」
「…………その上で、あなたは……カミノミナを探しに行くと言うんですのね?」
「ああ。それが、俺の譲れねえものだからだ」
フォルナからすれば、ひどい話だ。
「今回の戦いで俺は痛感した。俺は加賀美を救ってやることが出来なかった。そして、今のままでは神乃を救ってやることもできねえ。だから俺は、もっと自分の足で歩き、自分の目でこの世界を見て、色んなことを知り、もっとデカくなりたいと思っている。そのためにも、俺は……また、旅に出る」
俺がまたフォルナと離れて旅に出る。そのことを包み隠さずハッキリと伝えた。
「ひどいですわ。昔の女を理由に、ワタクシの前からいなくなるのですから」
「ああ、そうだ。俺はひどい男なんだ。まあ、惚れたほうが負けだと思って諦めな」
「あら、諦めませんわ。惚れたほうが勝てるよう、これからも自分を磨いていきますわ」
「それ以上、磨いてどうすんだよ」
「うふふふ、そうやって油断させても、その手は通用しませんわ」
すると、フォルナはじーっと俺を見つめて、徐々に顔を近づけてきた。
「言葉だけではダメですわ。本当に悪いと思っているのでしたら、行動で示していただかなくては」
そう言われ、俺は、体を大の字に広げた。
「くははは、なら、今から……好きなことしていいぞ?」
「えっ、はい?」
「俺は何も反撃しねえ。何発でも気の済むまで殴ってもいいぞ?」
さあ、来るなら来い。ちょっと意地悪のつもりでそう言うと、フォルナは案の定、テンパりだしたが………
「えっと、あの、その」
「あっ、何もしないのか?」
「っつう、え、えい! まだ、ん、し、してやりますわ! ん~♡」
そして結局するのは、唇を重ね合わせること………なんだか、相変わらず………
それからは、俺たちはこの五年間を埋めるように、お互いのことを話し合った。
先生に子供が生まれて、マジで最高に可愛いくて、俺とウラがデレデレだったこと。
ラーメン作りの腕前がようやく認められてきたこと。
フォルナは、辛かった戦いや、尊敬できる仲間たちのことから、仲間内での恋バナに至るまで。
色々なものを見て、経験をして、良かったこと、悪かったこと、全てひっくるめて、お互いの思い出話に花を咲かせた。
そして、次にまた会う時は、溢れるほどの思い出話を手土産に再会をまた喜び合おうと約束した。
0
お気に入りに追加
683
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
秋津皇国興亡記
三笠 陣
ファンタジー
東洋の端に浮かぶ島国「秋津皇国」。
戦国時代の末期から海洋進出を進めてきたこの国はその後の約二〇〇年間で、北は大陸の凍土から、南は泰平洋の島々を植民地とする広大な領土を持つに至っていた。
だが、国内では産業革命が進み近代化を成し遂げる一方、その支配体制は六大将家「六家」を中心とする諸侯が領国を支配する封建体制が敷かれ続けているという歪な形のままであった。
一方、国外では西洋列強による東洋進出が進み、皇国を取り巻く国際環境は徐々に緊張感を孕むものとなっていく。
六家の一つ、結城家の十七歳となる嫡男・景紀は、父である当主・景忠が病に倒れたため、国論が攘夷と経済振興に割れる中、結城家の政務全般を引き継ぐこととなった。
そして、彼に付き従うシキガミの少女・冬花と彼へと嫁いだ少女・宵姫。
やがて彼らは激動の時代へと呑み込まれていくこととなる。
※表紙画像・キャラクターデザインはイラストレーターのSioN先生にお願いいたしました。
イラストの著作権はSioN先生に、独占的ライセンス権は筆者にありますので無断での転載・利用はご遠慮下さい。
(本作は、「小説家になろう」様にて連載中の作品を転載したものです。)
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】段階飛ばしの異世界転移ヤンキーと乙女たち~エッチ1回ごとにお互いLv1アップして異世界を最下層から駆け上がる
アニッキーブラッザー
ファンタジー
異世界に転移しても好きなことをヤッて生きていく。
転移と同時に身に着けたスキルを利用し、異世界の姫や女騎士や冒険者や街娘や日本から連れてきた学校一の美少女とセックス三昧の日々を過ごしながら異世界で頂点目指してヤリまくる。
※上品なシーンがある話には目次の話数のところに『※♥』をつけます。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
異種族ちゃんねる
kurobusi
ファンタジー
ありとあらゆる種族が混在する異世界 そんな世界にやっとのことで定められた法律
【異種族交流法】
この法に守られたり振り回されたりする異種族さん達が
少し変わった形で仲間と愚痴を言い合ったり駄弁ったり自慢話を押し付け合ったり
そんな場面を切り取った作品です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる