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第二章
序章2
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懐かしい夢を見た。
バトンを受け取った俺が誰よりも早くゴールラインのテープを切った瞬間、人生で初めて、祝福の歓声を一身に受けた。
「やったな、朝倉!」
ゴールして振り返ると、俺の元にクラスメートが走ってきた。
鮫島だ。
「でかした! 見ろ、逆転だ! 優勝だ! 俺たちのクラスが勝ったんだ!」
鮫島は空手部で、不良の俺が学校に行くたびに、クラスの連中に俺が暴れたら取り押さえてくれと依頼されていた。本人も真っ直ぐな性格で、よく不良の俺を鋭い目で見ていた。
だが、今日この瞬間、俺は初めて見た鮫島の笑顔に戸惑い、気づいたら自然と手を出して、俺たちはハイタッチをしていた。
「おいおい、マジパネエじゃん、朝倉くん!」
「お見事だったよ」
俺と鮫島のやりとりに、自分たちも気持ちが抑えられなくなったのか、残る二人のリレーのメンバーも興奮したように俺に駆け寄ってきた。
「いやー、最初はどうなるかと思ったじゃん。もし負けてたら、俺のファンクラブの子たちを泣かせるところだったじゃん。なのに、勝って俺を泣かせるとか、スゲーじゃん、朝倉くん! うぇい、まじパネェ!」
短髪茶髪に耳ピアス。バスケ部のチャラ男。加賀見だっけ?
「うん、お見事で、うん、お見事だった。すごくお見事だったです」
何が言いたいのかさっぱり分からない、口べたでオドオドした宮~何とか。
「あ~、うるせえな。ウザってえ。ちょっと騒ぎ過ぎなんだよ、テメエら」
正直、俺は恥ずかしくて仕方なかった。
初めてだったから。
こんな風に、自分のやったことで誰かが喜んでくれるのを。
だから、顔が自然と熱くなっていた。
てか、どうして俺はこんなところで、こんなことしてんだよ。
それもこれも、みんなあの女のせいだ。
正規のリレーのメンバーの一人が怪我をして、代役でいきなりメンバーを俺にしやがった、あの女。
「うっほほーーい! やったぜ、ベイビー! あっさくっらくん、最高だよー!」
あいつ、女のくせに慎みはねえのか?
応援団長の学ランを借りて、台の上にのって、意味の分からないダンスを踊って喜びを叫んでいる、バカ女。
あれが、神野美奈だ。
すると、そのバカ女が、すぐに台を飛び降りて駆け出した。
その先には一人の女生徒。
派手なロールを巻いた金髪に、派手な付け爪に付け睫毛。
どー見てもギャルギャルしいギャルだ。
「ビーちゃん、良かったねー!」
「うっ、ううう、うえええええええええん」
神乃が満面の笑みでそのギャルに抱き付くと、そのギャルは人目も憚らずに泣いた。
化粧が落ちるぞ? と思ったが、その女はまるで幼い子供のように泣いていた。
「うう、よかった、良かったよ。本当に、ひぅぐ、わたしが、私がムカデで転んだから、せっかくみんなで頑張ったのに、私の所為で優勝逃したらって」
あいつは、クラス女子対抗のムカデ競争で、つまづいて転んでクラスの順位をドベにした。
派手なギャルのくせに、自分を責めてずっと下を向いていたのに、その悲しみから解放された安堵から、涙が止まらない。
確か、備山だっけ?
「朝倉!」
「うぉ」
「あのさ、ほんと、マジで、マジでありがとな! ほんと、あんたがやってくれなきゃ、私、私……」
気づけばその備山が俺の目の前にいた。
ちょっと待てよ。たかが体育祭に何を一喜一憂してんだよ。
てか、テメエもギャルならこんな行事はテキトーにすりゃーいいのに。
「お前さ、それ、どっかの部族のメイクか?」
「えっ?」
「顔、スゲーことになってんぞ?」
化粧の所為で涙が黒くなって顔面がやばくなってんだけど。
「あ、や、やだ、ちょっ、あああもう、見んなっつーの!」
ったく、くだらねえ。どいつもこいつも大げさなんだよ。
大体、こんな行事で勝ったからって何の意味があるんだよ。
「はっはー、いや~、朝倉くん、照れすけ照れけですねー!」
俺の背後から神乃が背中に飛び乗ってきやがった。
つか、近い! 気安い!
「っ、テメエ、まとわりつくんじゃねえよ! ウゼーな!」
「はっはー、そうなのだ! 私はウザイのだ! ウザくてなんぼだぜい!」
「ぶっとばすぞ、こらあ!」
「もう、今日は特別にこれぐらい許すのだ! 朝倉くんも、せっかくなんだから激おこぷんぷん丸じゃなくて、ニッコニッコプリーズ!」
なんだこいつは?
何で俺にジャレついてきやがる!
てか、笑われてる! 不良の俺がクラスの奴らに笑われてる!
ふざけんじゃねえ!
「こら、美奈。彼、困ってるじゃない。それに、祝福の独り占めはよくないわ」
「おお、いつもは営業スマイルな綾瀬ちゃんが、すごい笑顔!」
「よ、余計なお世話よ!」
ほら、見ろ。テメエが気安いせいで、ウザってえクラスの奴らがまとわりついてきやがる。
「素敵だったわ、朝倉くん。君のおかげで私たちは優勝できたわ」
「うるせえ、興味ねーよ、タコ。つか、俺は帰る!」
「ちょっ、待ちなさいよ。みんなで優勝トロフィーを持って集合写真よ」
「アホか、くだらね」
いつも俺を目の敵にしていたクラス委員の優等生まで、手の平返しやがって。
確か、綾瀬だっけ? たいそう男にモテるようだが、こういうくだらねえ行事でいちいち仕切ったりしてクラスの代表面する女が一番嫌いだ。
そうだ、今日のはただの気まぐれだ。
あのバカ女に乗せられてこんなことをしちまったが、俺はまた明日からいつもの日常に戻る。
「こーれこれ。集合写真だってばよ。一緒に撮りマスカット」
そう、全部この女の所為だ。
「神乃。テメ、いい加減にしろ」
「おろ?」
「俺のことはもうほっとけよ」
そうだ、ほっといて欲しい。もう、苦手なんだよ、こういうのは。
「え~、やだよ~」
なのに、こいつは何の躊躇いもなく、そう言いやがった。
「だって朝倉くん、可愛いからさ~、どーしても構っちゃうんだよね~」
「「「「「はあっ!!!!」」」」」
いや、どこをどーみたら、こんな凶暴そうな目つきをしたガラの悪い男をそう見るんだよ。
思わずクラスの連中も驚いてんじゃねえかよ。
「拗ねちゃまな、ツンデレさんだもんね、朝倉くんは。何だかんだで一生懸命今日も走ってくれたしね」
「バッ、はあ? 別にお前らのために走ったわけじゃねーんだからな!」
スゲー恥ずかしかった。
多分、俺は思わず口をついて言ってしまったんだろうが、次の瞬間、驚いていたはずのクラスメートが一斉に大爆笑しやがった。
「あっはっはっは、いいねー、ツン倉くんは!」
「うんうん、なんか一生懸命不良ぶってるけど、ぷくくくく」
「顔真っ赤」
「意外と純」
「へへ、気に入った。なあ、朝倉くん、一緒にラーメン食いに行こうぜ!」
「打ちアゲアゲ!」
どうしてこうなる? 何でみんな一斉に気安くなる?
何故、そんな笑顔で俺に近づいてくる?
「ユーのランはベリーベリーエキサイティングだった! なら、打ち上げパーティー参加はオブリゲーションだ」
「ええやないか、リューマ! 今日はワレがヒーローや! せやろ? お前ら!」
「「「「異議なし!」」」」
そして、悪友のミルコや十郎丸まで……お前らだって不良だったのに。
「こら、美奈。からかい過ぎよ。デレ倉くん、怒ってるわよ。ぷっくくく、ツ、ツンデレ」
「テメエも何を笑い堪えてやがる、綾瀬!」
あんなに感情を全面に出した日はなかった。
あんなに色んな奴らが自分に笑顔を向けてくれた日はなかった。
あんなに素直になれない自分の性格がめんどくさいと思った日はなかった。
「えへへ、うれしーね、朝倉くん。私、すっごい楽しいよ」
楽しくねーよ。
ヘラヘラしやがって、イライラする。
馴れ馴れしくて、バカで、うるさくて、なのにいつも人の中心にいやがる。
おまけに、何だか調子が狂う。
何なんだよ、この女は。
何で、こんなに人の中にズカズカと入り込んでくるのか。
何で俺はそれ以来、学校に行き出してんのか。
それは全部あの女の所為だ。
そう、全部あの女のおかげだ。
――そこで、俺は目が覚めた。
「あっ……夢……か」
起きて鏡で顔を見ると、そこに写っていた俺は朝倉リューマでなかった。
そこに写っていた俺は、ヴェルト・ジーハだった。
もう、随分昔のようで、でも鮮明に一つ一つ覚えている前世の記憶。
「神乃、お前は今、元気か?」
朝倉リューマの記憶を取り戻して七年。
自分の進むべき道を決めた日から五年。
気づけば俺、ヴェルト・ジーハは、十五歳になっていた。
バトンを受け取った俺が誰よりも早くゴールラインのテープを切った瞬間、人生で初めて、祝福の歓声を一身に受けた。
「やったな、朝倉!」
ゴールして振り返ると、俺の元にクラスメートが走ってきた。
鮫島だ。
「でかした! 見ろ、逆転だ! 優勝だ! 俺たちのクラスが勝ったんだ!」
鮫島は空手部で、不良の俺が学校に行くたびに、クラスの連中に俺が暴れたら取り押さえてくれと依頼されていた。本人も真っ直ぐな性格で、よく不良の俺を鋭い目で見ていた。
だが、今日この瞬間、俺は初めて見た鮫島の笑顔に戸惑い、気づいたら自然と手を出して、俺たちはハイタッチをしていた。
「おいおい、マジパネエじゃん、朝倉くん!」
「お見事だったよ」
俺と鮫島のやりとりに、自分たちも気持ちが抑えられなくなったのか、残る二人のリレーのメンバーも興奮したように俺に駆け寄ってきた。
「いやー、最初はどうなるかと思ったじゃん。もし負けてたら、俺のファンクラブの子たちを泣かせるところだったじゃん。なのに、勝って俺を泣かせるとか、スゲーじゃん、朝倉くん! うぇい、まじパネェ!」
短髪茶髪に耳ピアス。バスケ部のチャラ男。加賀見だっけ?
「うん、お見事で、うん、お見事だった。すごくお見事だったです」
何が言いたいのかさっぱり分からない、口べたでオドオドした宮~何とか。
「あ~、うるせえな。ウザってえ。ちょっと騒ぎ過ぎなんだよ、テメエら」
正直、俺は恥ずかしくて仕方なかった。
初めてだったから。
こんな風に、自分のやったことで誰かが喜んでくれるのを。
だから、顔が自然と熱くなっていた。
てか、どうして俺はこんなところで、こんなことしてんだよ。
それもこれも、みんなあの女のせいだ。
正規のリレーのメンバーの一人が怪我をして、代役でいきなりメンバーを俺にしやがった、あの女。
「うっほほーーい! やったぜ、ベイビー! あっさくっらくん、最高だよー!」
あいつ、女のくせに慎みはねえのか?
応援団長の学ランを借りて、台の上にのって、意味の分からないダンスを踊って喜びを叫んでいる、バカ女。
あれが、神野美奈だ。
すると、そのバカ女が、すぐに台を飛び降りて駆け出した。
その先には一人の女生徒。
派手なロールを巻いた金髪に、派手な付け爪に付け睫毛。
どー見てもギャルギャルしいギャルだ。
「ビーちゃん、良かったねー!」
「うっ、ううう、うえええええええええん」
神乃が満面の笑みでそのギャルに抱き付くと、そのギャルは人目も憚らずに泣いた。
化粧が落ちるぞ? と思ったが、その女はまるで幼い子供のように泣いていた。
「うう、よかった、良かったよ。本当に、ひぅぐ、わたしが、私がムカデで転んだから、せっかくみんなで頑張ったのに、私の所為で優勝逃したらって」
あいつは、クラス女子対抗のムカデ競争で、つまづいて転んでクラスの順位をドベにした。
派手なギャルのくせに、自分を責めてずっと下を向いていたのに、その悲しみから解放された安堵から、涙が止まらない。
確か、備山だっけ?
「朝倉!」
「うぉ」
「あのさ、ほんと、マジで、マジでありがとな! ほんと、あんたがやってくれなきゃ、私、私……」
気づけばその備山が俺の目の前にいた。
ちょっと待てよ。たかが体育祭に何を一喜一憂してんだよ。
てか、テメエもギャルならこんな行事はテキトーにすりゃーいいのに。
「お前さ、それ、どっかの部族のメイクか?」
「えっ?」
「顔、スゲーことになってんぞ?」
化粧の所為で涙が黒くなって顔面がやばくなってんだけど。
「あ、や、やだ、ちょっ、あああもう、見んなっつーの!」
ったく、くだらねえ。どいつもこいつも大げさなんだよ。
大体、こんな行事で勝ったからって何の意味があるんだよ。
「はっはー、いや~、朝倉くん、照れすけ照れけですねー!」
俺の背後から神乃が背中に飛び乗ってきやがった。
つか、近い! 気安い!
「っ、テメエ、まとわりつくんじゃねえよ! ウゼーな!」
「はっはー、そうなのだ! 私はウザイのだ! ウザくてなんぼだぜい!」
「ぶっとばすぞ、こらあ!」
「もう、今日は特別にこれぐらい許すのだ! 朝倉くんも、せっかくなんだから激おこぷんぷん丸じゃなくて、ニッコニッコプリーズ!」
なんだこいつは?
何で俺にジャレついてきやがる!
てか、笑われてる! 不良の俺がクラスの奴らに笑われてる!
ふざけんじゃねえ!
「こら、美奈。彼、困ってるじゃない。それに、祝福の独り占めはよくないわ」
「おお、いつもは営業スマイルな綾瀬ちゃんが、すごい笑顔!」
「よ、余計なお世話よ!」
ほら、見ろ。テメエが気安いせいで、ウザってえクラスの奴らがまとわりついてきやがる。
「素敵だったわ、朝倉くん。君のおかげで私たちは優勝できたわ」
「うるせえ、興味ねーよ、タコ。つか、俺は帰る!」
「ちょっ、待ちなさいよ。みんなで優勝トロフィーを持って集合写真よ」
「アホか、くだらね」
いつも俺を目の敵にしていたクラス委員の優等生まで、手の平返しやがって。
確か、綾瀬だっけ? たいそう男にモテるようだが、こういうくだらねえ行事でいちいち仕切ったりしてクラスの代表面する女が一番嫌いだ。
そうだ、今日のはただの気まぐれだ。
あのバカ女に乗せられてこんなことをしちまったが、俺はまた明日からいつもの日常に戻る。
「こーれこれ。集合写真だってばよ。一緒に撮りマスカット」
そう、全部この女の所為だ。
「神乃。テメ、いい加減にしろ」
「おろ?」
「俺のことはもうほっとけよ」
そうだ、ほっといて欲しい。もう、苦手なんだよ、こういうのは。
「え~、やだよ~」
なのに、こいつは何の躊躇いもなく、そう言いやがった。
「だって朝倉くん、可愛いからさ~、どーしても構っちゃうんだよね~」
「「「「「はあっ!!!!」」」」」
いや、どこをどーみたら、こんな凶暴そうな目つきをしたガラの悪い男をそう見るんだよ。
思わずクラスの連中も驚いてんじゃねえかよ。
「拗ねちゃまな、ツンデレさんだもんね、朝倉くんは。何だかんだで一生懸命今日も走ってくれたしね」
「バッ、はあ? 別にお前らのために走ったわけじゃねーんだからな!」
スゲー恥ずかしかった。
多分、俺は思わず口をついて言ってしまったんだろうが、次の瞬間、驚いていたはずのクラスメートが一斉に大爆笑しやがった。
「あっはっはっは、いいねー、ツン倉くんは!」
「うんうん、なんか一生懸命不良ぶってるけど、ぷくくくく」
「顔真っ赤」
「意外と純」
「へへ、気に入った。なあ、朝倉くん、一緒にラーメン食いに行こうぜ!」
「打ちアゲアゲ!」
どうしてこうなる? 何でみんな一斉に気安くなる?
何故、そんな笑顔で俺に近づいてくる?
「ユーのランはベリーベリーエキサイティングだった! なら、打ち上げパーティー参加はオブリゲーションだ」
「ええやないか、リューマ! 今日はワレがヒーローや! せやろ? お前ら!」
「「「「異議なし!」」」」
そして、悪友のミルコや十郎丸まで……お前らだって不良だったのに。
「こら、美奈。からかい過ぎよ。デレ倉くん、怒ってるわよ。ぷっくくく、ツ、ツンデレ」
「テメエも何を笑い堪えてやがる、綾瀬!」
あんなに感情を全面に出した日はなかった。
あんなに色んな奴らが自分に笑顔を向けてくれた日はなかった。
あんなに素直になれない自分の性格がめんどくさいと思った日はなかった。
「えへへ、うれしーね、朝倉くん。私、すっごい楽しいよ」
楽しくねーよ。
ヘラヘラしやがって、イライラする。
馴れ馴れしくて、バカで、うるさくて、なのにいつも人の中心にいやがる。
おまけに、何だか調子が狂う。
何なんだよ、この女は。
何で、こんなに人の中にズカズカと入り込んでくるのか。
何で俺はそれ以来、学校に行き出してんのか。
それは全部あの女の所為だ。
そう、全部あの女のおかげだ。
――そこで、俺は目が覚めた。
「あっ……夢……か」
起きて鏡で顔を見ると、そこに写っていた俺は朝倉リューマでなかった。
そこに写っていた俺は、ヴェルト・ジーハだった。
もう、随分昔のようで、でも鮮明に一つ一つ覚えている前世の記憶。
「神乃、お前は今、元気か?」
朝倉リューマの記憶を取り戻して七年。
自分の進むべき道を決めた日から五年。
気づけば俺、ヴェルト・ジーハは、十五歳になっていた。
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