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第一章
第36話 土下座
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玉座の間は、今まで何度も気軽に来ていたが、今日だけは違って見えた。
場の空気は緊迫している。
幼馴染の父親が王としての顔を見せ、いつも俺をからかう城の衛兵も、王や国を守る戦士としての顔つきを見せていた。
「魔王シャークリュウの娘である、ウラ・ヴェスパーダに恩赦を。そして、この国で保護せよと、そう申しておるのか?」
いつもの優しい親父じゃない。紛れもなく国王だ。
権威の衣を纏い、半端な回答を許さないという雰囲気を出している。
誤魔化しは効かない。
「ヴェルトよ。やはり信じられんな、お前がシャークリュウの友人ということが。私はお前のオムツを変えたことがあるほど、お前のことで知らないことはないと思っておる。いや、それは私だけではない。無論、女王も、タイラーも、ガルバも、フォルナも、そこのバカ息子もだ。お前はいつ、魔王と知り合ったのだ?」
「言えない。というか、『魔王』と出会ったのは今日だ。でも、俺たちは気が合った」
「それを信じろと? いや、そんな答えで納得しろと?」
まさか前世からの知り合いとは言えるわけがねえ。
それに、国王の言っていることの方が正しい。
こんなメチャクチャナ話を信じられるわけがない。
でも俺は、こう言うしかない。
「ヴェルト………」
「心配すんな、ウラ」
ただ、託されたものを死に物狂いで守るだけだ。
「うん………すまないな……ヴェルト」
「なんでお前が謝るんだよ」
「だって、私の所為でヴェルトにも迷惑が………」
「ガキがいらねえ心配すんなよな。これは別にお前のためじゃねえ。言ってみれば、男の意地みたいなもんだよ」
そうだ。こいつは俺のただの意地だ。
だから、ガキがそんな不安そうな顔で下向いてんじゃねえよ。
「ヴェルト……」
そう言って、俺の手をギュッと握ってきたウラの手を、俺は握り返してやった。
泣いている子供をあやすように。
ダチの娘。そう思うと、父親の心境ってこういうもんなのかと思った。
言ってみれば父性本能だ。
そう、だから……
「……チッ……」
だから、あんまそんな鬼みてーな顔で睨むなよ、フォルナ。
せっかく最近可愛いと思ってたツラが台無しだろ。
「ウラの責任は、俺が持つ。これから先、俺が面倒を見る。だから、勘弁してやって欲しい」
だが、やっぱり今一番の難関は国王。
優しさだけが取り柄の王なんて思ってゴメン。
俺の中途半端な答えに、鋭く突っ込んでくる。
「ヴェルトよ。確かに、今のウラ姫を見る限りは心配ないかもしれぬ。だが、ウラ姫が魔族であり、魔族の姫であった事実は変わらない。そして、彼女の父親は多くの人類を殺し、そして彼女の父親は人間の手によって滅んだのも事実だ」
「あ、ああ、分かってる。でも、ウラは復讐のために生きないように親父に言われた。こいつも、それを心に刻んでいる」
「今はな。だが、あと数年後はどうだ? 彼女自身、知恵や視野が広がり、再び人間に対する憎しみを抱かぬ保証があるか? いや、彼女の存在を疎ましく思う人間たちはどうするつもりだ? 他の魔王国軍やヴェスパーダ王国の生き残りが彼女に王国の復興を持ちかけらたらどうする?」
「そ、それは、だな」
「ボルバルディエ国の関係者が、彼女に対して復讐するようなことがあればどうする?」
「ッ、お、俺が、何とか……」
「このことが原因で他国の信頼を失くし、我が国が危険にさらされたらどうする? 事実、今回のことで我が国は人類大連合軍加盟国からの信頼を大きく損なったと言える」
何一つ言い返せない。
当たり前だ、議論するより拳が先に飛んでいた不良の俺には、言葉で相手を説得した経験なんてない。
それに、現実的に無力な十歳の俺に示せる覚悟なんて知れたものだ。
「分かっている。いや、俺が分かっていないこともたくさんあることも知っている。でも、それでも、それでもだ!」
できるとしたら、これぐらいしかなかった。
「お、……お願いします! ウラを、……いや、俺に力を貸してください!」
「「「「「「「「「「――――――ッッッッ!!!!」」」」」」」」」」
前世も含めて土下座なんて生まれて初めてした。
「俺は、何もできなかった! あいつが、何を抱えて何に苦しんでるのかも聞いてやれず、何を思って生きてきたのかも分からないままだった! 俺が聞いても理解できないから……そんな理由で誤魔化した」
正直、こんな情けないことはしたくなかった。
だが、俺にはこれ以外の方法が無かった。
「それなのに、あいつは、俺のことをダチだと言った。俺は全然たいしたことないのに、世界を舞台にデッカイもん抱えて戦ってたやつが、俺のことを友達だと思ってた。そのあいつが、軽くねー頭を俺に下げてまで、俺を信じるって、どうしてもの願いだって、そう言って俺に全部託したんだ!」
プライド? そんなもん、今の俺に何の意味もない。
そもそも、今の俺には守るべきプライドなんてとっくにない。
「だから俺は、こいつだけは絶対に守りたいんだ! でも、俺一人じゃどうしようもないんだ! だから、だから、お願いします! 俺に、力を貸してください! 俺にできることだったら、何でもするから!」
情けねえよ。託されて結局俺にできるのはこうやって頭を下げるくらいだ。
でも、今、頭を下げるしかできないなら、いくらでも下げる。
それが今の俺にできることなら。
「……ヴェルト……顔を上げよ」
国王は、こんな俺に何というか?
考えなしの子供と鼻で笑うか?
しかし、
「初めてだな。お前が、私たちに頭を下げてまで何かを欲するのは」
国王は笑っていたが、その顔は、俺がよく知っているいつもの父親のような温かい微笑みだった。
「ヴェルト。お前は幼い頃から、少し変わっておった。お前は昔から馴染みのある私やフォルナと接するときはもちろん、他の誰が相手でも取り繕ったりせず、素のままで接していた。だが、一方で私はお前の心の底からの願いや声を聞いたことがなかった。困ったときも、自分の中で自己完結するか、諦めるか。少なくとも誰かに助けを求めることは一度もなかった。お前の両親に対してもそうだ」
確かにそうかもしれない。
俺は誰かに頭を下げてまで助けを求めたことはない。
自分でどうにかするか、できないと判断して諦めるかのどっちかだった。
それは、朝倉リューマの記憶を取り戻してから余計にそうなった。
誰も本当の俺を知らないこの世界の全員を、表面上は付き合っていても心の中では他人だと思っていたからだ。
「唯一の例外は、メルマ氏。お前の両親が亡くなったとき、お前は彼に頭を下げて自分を引き取って欲しいと言った。彼に頼った。正直言うとな、私はメルマ氏が羨ましかったんだ。出会ったばかりなのに、そこまでお前に信頼されている彼が」
そう、先生は例外だった。
本当の俺を知っている人。
だからこそ、俺も頼り、そして甘えてしまった。
「だから、ヴェルト。お前の願いに出来るだけ応えてやりたいという気持ちはある。だが、私たちがそう思っても、国民が同調してくれるとは限らない。そこは分かるな?」
「ああ、分かっている」
「私たちもできる限りのことはしよう。だが、一番辛い思いをするのは、お前たち二人になるかもしれないということは、覚悟して欲しい」
分かっている。鮫島とハイタッチした瞬間から、もう腹は括っている。
「ベラベラなげーよ、クソ親父」
その時、ずっと黙っていたファルガが口を挟んできた。
その視線は俺ではなく、俺の後ろに隠れていたウラに向けられていた。
「問題なのは、そこのクソ魔族の気持ちだ」
「ッ!」
「さっきからクソ親父がベラベラ喋っているが、内容は何も間違っちゃいねえ。だがな、クソ魔族、何より今一番重要なのはテメェの気持ちでもある」
ファルガの鋭い殺気のようなものが、ウラに容赦なく注がれた。
ウラは少し体を強ばらせながらも、しっかりと俺の手を握り返し、ファルガの前に立つ。
「私の気持ち?」
「そうだ。テメエは俺たちを……いや、俺の愚弟の想いに対してどう応える? テメエは、愚弟を、ヴェルトを裏切らないと誓えるか?」
ウラの気持ち。
そういえば、俺もそれは確かめてはいなかった。
ただ、鮫島の言うとおりに黙ってウラを連れてきたが、ウラ自身の本音は聞いていなかった。
すると、ウラは……
「私の本音………私は、ヴェルトに迷惑をかけたくない……私だけが、助かっていいとも思えない。父上も、ルウガも、みんな逝ったのに……私だけ」
「おい、ウラ!」
「でも! ……それでも……わがままを言えるなら……一人は嫌だ……だから、ヴェルトと一緒がいい」
ウラの本音。いや、弱さをさらけ出した姿。
俺は、今日初めて、ウラの年相応の姿を見られたような気がした。
姫としての強い振る舞いや、父の死を前にしても毅然としていたウラ。
逆に、今のウラを見て、どこかホッとしたような気がした。
「ならば答えは簡単だ。テメエが愚弟を裏切らねえ。そして愚弟は何があってもテメエを守るって言ってる以上、クソみてーな火の粉は俺がいくらでも払ってやる」
「ファルガ……」
「クソ親父、そして愚妹。それでいいな?」
そのうち、ファルガを兄貴って呼んでやるか?
冗談抜きで、俺は呼べるけどな。
「ヴェルトが心から望むことに、ワタクシも反対はしませんわ」
「フォルナ………」
「ただし! ただし! これだけは、ウラ姫に言っておきますわ! ヴェルトがあなたを守るのは構いませんわ。でも、……ヴェルトはあげませんわよ」
ふくれっ面ながらも頷いたフォルナ。
タイラーも、ガルバも、近衛兵たちもみんな微笑んで頷いてくれた。
「……ありがとう、みんな、恩にきる!」
今度はお願いじゃない。感謝だ。
不思議なもんだ。
お願いするときの土下座はあれほどギコチなかったのに、感謝の気持ちがいっぱいになると土下座でも足りないぐらいの想いがこみ上げてきた。
「では、ウラ・ヴェスパーダ殿よ!」
「は、はい!」
「ようこそ、エルファーシア王国へ! そなたを心より歓迎しよう!」
国王の笑顔の言葉に、ウラは咄嗟に何も言えなかった。
俺の隣で何度お頭を下げて「ありがとう」の言葉を繰り返していた。
そして、
「ヴェルト!」
「ッ、お、おい」
「ヴェルト、ヴェルト、ヴェルト、私……私、迷惑かけるかもしれないけど……」
安心したのか、ボロボロ泣き出したウラ。
俺の体に強く抱きついてくるウラの体は、本当に小さく感じた。
「迷惑じゃねえよ! お前は生きていていいんだよ! ガキみたいに笑って、泣いたり、怒られたりしてよ、普通に大きくなりゃいいんだよ!」
「うっ、ううう、あっ、あ、うわあああああああああああ」
「いいか、条件はいくつもある。まずは、俺に嘘をつくんじゃねえ。隠し事も同じ。そんで、すぐ相談しろ」
「うん」
はは、どこかで聞いた……いや、言われたことあるセリフだな。
これでいいか? 鮫島……。
しばらくは見守っていてくれよな。
「う~~~~、む~~~~、ううううううう~~」
「フォルナ様、あの、お気持ちはお察ししますが、どうか今日は広い心で」
「分かっていますわ、ガルバ! わ、ワタクシは、と、当然、広いここ……で大目に……ただし! 今日、だけ、だけ、だけ、だけ、だけですわ!」
あと、フォルナが激しく怒ってらっしゃるが、これも何とかしねぇと……。
場の空気は緊迫している。
幼馴染の父親が王としての顔を見せ、いつも俺をからかう城の衛兵も、王や国を守る戦士としての顔つきを見せていた。
「魔王シャークリュウの娘である、ウラ・ヴェスパーダに恩赦を。そして、この国で保護せよと、そう申しておるのか?」
いつもの優しい親父じゃない。紛れもなく国王だ。
権威の衣を纏い、半端な回答を許さないという雰囲気を出している。
誤魔化しは効かない。
「ヴェルトよ。やはり信じられんな、お前がシャークリュウの友人ということが。私はお前のオムツを変えたことがあるほど、お前のことで知らないことはないと思っておる。いや、それは私だけではない。無論、女王も、タイラーも、ガルバも、フォルナも、そこのバカ息子もだ。お前はいつ、魔王と知り合ったのだ?」
「言えない。というか、『魔王』と出会ったのは今日だ。でも、俺たちは気が合った」
「それを信じろと? いや、そんな答えで納得しろと?」
まさか前世からの知り合いとは言えるわけがねえ。
それに、国王の言っていることの方が正しい。
こんなメチャクチャナ話を信じられるわけがない。
でも俺は、こう言うしかない。
「ヴェルト………」
「心配すんな、ウラ」
ただ、託されたものを死に物狂いで守るだけだ。
「うん………すまないな……ヴェルト」
「なんでお前が謝るんだよ」
「だって、私の所為でヴェルトにも迷惑が………」
「ガキがいらねえ心配すんなよな。これは別にお前のためじゃねえ。言ってみれば、男の意地みたいなもんだよ」
そうだ。こいつは俺のただの意地だ。
だから、ガキがそんな不安そうな顔で下向いてんじゃねえよ。
「ヴェルト……」
そう言って、俺の手をギュッと握ってきたウラの手を、俺は握り返してやった。
泣いている子供をあやすように。
ダチの娘。そう思うと、父親の心境ってこういうもんなのかと思った。
言ってみれば父性本能だ。
そう、だから……
「……チッ……」
だから、あんまそんな鬼みてーな顔で睨むなよ、フォルナ。
せっかく最近可愛いと思ってたツラが台無しだろ。
「ウラの責任は、俺が持つ。これから先、俺が面倒を見る。だから、勘弁してやって欲しい」
だが、やっぱり今一番の難関は国王。
優しさだけが取り柄の王なんて思ってゴメン。
俺の中途半端な答えに、鋭く突っ込んでくる。
「ヴェルトよ。確かに、今のウラ姫を見る限りは心配ないかもしれぬ。だが、ウラ姫が魔族であり、魔族の姫であった事実は変わらない。そして、彼女の父親は多くの人類を殺し、そして彼女の父親は人間の手によって滅んだのも事実だ」
「あ、ああ、分かってる。でも、ウラは復讐のために生きないように親父に言われた。こいつも、それを心に刻んでいる」
「今はな。だが、あと数年後はどうだ? 彼女自身、知恵や視野が広がり、再び人間に対する憎しみを抱かぬ保証があるか? いや、彼女の存在を疎ましく思う人間たちはどうするつもりだ? 他の魔王国軍やヴェスパーダ王国の生き残りが彼女に王国の復興を持ちかけらたらどうする?」
「そ、それは、だな」
「ボルバルディエ国の関係者が、彼女に対して復讐するようなことがあればどうする?」
「ッ、お、俺が、何とか……」
「このことが原因で他国の信頼を失くし、我が国が危険にさらされたらどうする? 事実、今回のことで我が国は人類大連合軍加盟国からの信頼を大きく損なったと言える」
何一つ言い返せない。
当たり前だ、議論するより拳が先に飛んでいた不良の俺には、言葉で相手を説得した経験なんてない。
それに、現実的に無力な十歳の俺に示せる覚悟なんて知れたものだ。
「分かっている。いや、俺が分かっていないこともたくさんあることも知っている。でも、それでも、それでもだ!」
できるとしたら、これぐらいしかなかった。
「お、……お願いします! ウラを、……いや、俺に力を貸してください!」
「「「「「「「「「「――――――ッッッッ!!!!」」」」」」」」」」
前世も含めて土下座なんて生まれて初めてした。
「俺は、何もできなかった! あいつが、何を抱えて何に苦しんでるのかも聞いてやれず、何を思って生きてきたのかも分からないままだった! 俺が聞いても理解できないから……そんな理由で誤魔化した」
正直、こんな情けないことはしたくなかった。
だが、俺にはこれ以外の方法が無かった。
「それなのに、あいつは、俺のことをダチだと言った。俺は全然たいしたことないのに、世界を舞台にデッカイもん抱えて戦ってたやつが、俺のことを友達だと思ってた。そのあいつが、軽くねー頭を俺に下げてまで、俺を信じるって、どうしてもの願いだって、そう言って俺に全部託したんだ!」
プライド? そんなもん、今の俺に何の意味もない。
そもそも、今の俺には守るべきプライドなんてとっくにない。
「だから俺は、こいつだけは絶対に守りたいんだ! でも、俺一人じゃどうしようもないんだ! だから、だから、お願いします! 俺に、力を貸してください! 俺にできることだったら、何でもするから!」
情けねえよ。託されて結局俺にできるのはこうやって頭を下げるくらいだ。
でも、今、頭を下げるしかできないなら、いくらでも下げる。
それが今の俺にできることなら。
「……ヴェルト……顔を上げよ」
国王は、こんな俺に何というか?
考えなしの子供と鼻で笑うか?
しかし、
「初めてだな。お前が、私たちに頭を下げてまで何かを欲するのは」
国王は笑っていたが、その顔は、俺がよく知っているいつもの父親のような温かい微笑みだった。
「ヴェルト。お前は幼い頃から、少し変わっておった。お前は昔から馴染みのある私やフォルナと接するときはもちろん、他の誰が相手でも取り繕ったりせず、素のままで接していた。だが、一方で私はお前の心の底からの願いや声を聞いたことがなかった。困ったときも、自分の中で自己完結するか、諦めるか。少なくとも誰かに助けを求めることは一度もなかった。お前の両親に対してもそうだ」
確かにそうかもしれない。
俺は誰かに頭を下げてまで助けを求めたことはない。
自分でどうにかするか、できないと判断して諦めるかのどっちかだった。
それは、朝倉リューマの記憶を取り戻してから余計にそうなった。
誰も本当の俺を知らないこの世界の全員を、表面上は付き合っていても心の中では他人だと思っていたからだ。
「唯一の例外は、メルマ氏。お前の両親が亡くなったとき、お前は彼に頭を下げて自分を引き取って欲しいと言った。彼に頼った。正直言うとな、私はメルマ氏が羨ましかったんだ。出会ったばかりなのに、そこまでお前に信頼されている彼が」
そう、先生は例外だった。
本当の俺を知っている人。
だからこそ、俺も頼り、そして甘えてしまった。
「だから、ヴェルト。お前の願いに出来るだけ応えてやりたいという気持ちはある。だが、私たちがそう思っても、国民が同調してくれるとは限らない。そこは分かるな?」
「ああ、分かっている」
「私たちもできる限りのことはしよう。だが、一番辛い思いをするのは、お前たち二人になるかもしれないということは、覚悟して欲しい」
分かっている。鮫島とハイタッチした瞬間から、もう腹は括っている。
「ベラベラなげーよ、クソ親父」
その時、ずっと黙っていたファルガが口を挟んできた。
その視線は俺ではなく、俺の後ろに隠れていたウラに向けられていた。
「問題なのは、そこのクソ魔族の気持ちだ」
「ッ!」
「さっきからクソ親父がベラベラ喋っているが、内容は何も間違っちゃいねえ。だがな、クソ魔族、何より今一番重要なのはテメェの気持ちでもある」
ファルガの鋭い殺気のようなものが、ウラに容赦なく注がれた。
ウラは少し体を強ばらせながらも、しっかりと俺の手を握り返し、ファルガの前に立つ。
「私の気持ち?」
「そうだ。テメエは俺たちを……いや、俺の愚弟の想いに対してどう応える? テメエは、愚弟を、ヴェルトを裏切らないと誓えるか?」
ウラの気持ち。
そういえば、俺もそれは確かめてはいなかった。
ただ、鮫島の言うとおりに黙ってウラを連れてきたが、ウラ自身の本音は聞いていなかった。
すると、ウラは……
「私の本音………私は、ヴェルトに迷惑をかけたくない……私だけが、助かっていいとも思えない。父上も、ルウガも、みんな逝ったのに……私だけ」
「おい、ウラ!」
「でも! ……それでも……わがままを言えるなら……一人は嫌だ……だから、ヴェルトと一緒がいい」
ウラの本音。いや、弱さをさらけ出した姿。
俺は、今日初めて、ウラの年相応の姿を見られたような気がした。
姫としての強い振る舞いや、父の死を前にしても毅然としていたウラ。
逆に、今のウラを見て、どこかホッとしたような気がした。
「ならば答えは簡単だ。テメエが愚弟を裏切らねえ。そして愚弟は何があってもテメエを守るって言ってる以上、クソみてーな火の粉は俺がいくらでも払ってやる」
「ファルガ……」
「クソ親父、そして愚妹。それでいいな?」
そのうち、ファルガを兄貴って呼んでやるか?
冗談抜きで、俺は呼べるけどな。
「ヴェルトが心から望むことに、ワタクシも反対はしませんわ」
「フォルナ………」
「ただし! ただし! これだけは、ウラ姫に言っておきますわ! ヴェルトがあなたを守るのは構いませんわ。でも、……ヴェルトはあげませんわよ」
ふくれっ面ながらも頷いたフォルナ。
タイラーも、ガルバも、近衛兵たちもみんな微笑んで頷いてくれた。
「……ありがとう、みんな、恩にきる!」
今度はお願いじゃない。感謝だ。
不思議なもんだ。
お願いするときの土下座はあれほどギコチなかったのに、感謝の気持ちがいっぱいになると土下座でも足りないぐらいの想いがこみ上げてきた。
「では、ウラ・ヴェスパーダ殿よ!」
「は、はい!」
「ようこそ、エルファーシア王国へ! そなたを心より歓迎しよう!」
国王の笑顔の言葉に、ウラは咄嗟に何も言えなかった。
俺の隣で何度お頭を下げて「ありがとう」の言葉を繰り返していた。
そして、
「ヴェルト!」
「ッ、お、おい」
「ヴェルト、ヴェルト、ヴェルト、私……私、迷惑かけるかもしれないけど……」
安心したのか、ボロボロ泣き出したウラ。
俺の体に強く抱きついてくるウラの体は、本当に小さく感じた。
「迷惑じゃねえよ! お前は生きていていいんだよ! ガキみたいに笑って、泣いたり、怒られたりしてよ、普通に大きくなりゃいいんだよ!」
「うっ、ううう、あっ、あ、うわあああああああああああ」
「いいか、条件はいくつもある。まずは、俺に嘘をつくんじゃねえ。隠し事も同じ。そんで、すぐ相談しろ」
「うん」
はは、どこかで聞いた……いや、言われたことあるセリフだな。
これでいいか? 鮫島……。
しばらくは見守っていてくれよな。
「う~~~~、む~~~~、ううううううう~~」
「フォルナ様、あの、お気持ちはお察ししますが、どうか今日は広い心で」
「分かっていますわ、ガルバ! わ、ワタクシは、と、当然、広いここ……で大目に……ただし! 今日、だけ、だけ、だけ、だけ、だけですわ!」
あと、フォルナが激しく怒ってらっしゃるが、これも何とかしねぇと……。
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