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第一章

第18話 今の自分も生活も嫌いじゃない

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 気づいたら、俺は常に油と火にまみれていた。

「あいよ! チャーハンお待ち! 餃子はもうちょいす!」
「ヴェルくん、こっちにも水ちょーだい!」
「あいよ!」
「ヴェルト~、俺のラメーンはまだか?」
「あいよ、すぐ持っていくっす!」
「ヴェル坊、さっさと注文来いってんだ! 昼休み終わっちまうだろ!」
「あいよっつってんだろ、ぶっとばすぞ!」

 いい加減、うるせー。
 どいつもこいつもヴェルヴェルヴェルヴェル、俺は呼び鈴じゃねえ!
 つーか、この店は繁盛しすぎだろ。まあ、センセーのメシはウメーからな。
 今や、店の客たちの頭上をラーメンの皿が行ったり来たりと、俺の浮遊魔法は、かなり進歩した。

「ヴェルくん。それ、終わったら今日はもう上がりでいいですよ。後はお手伝いの子たちも来ますから」
「カミさん、ちーす」
「もー、カミさんはやめてください~」

 エプロンを付けながら休憩から帰ってきたのは、先生の『この世界』の奥さん。
名前は、ララーナ。
 髪は肩ぐらいまでしかないが、長い前髪で目が隠れていることが多い。
 見た目は地味で大人しそうで、学校に居たら本ばっか読んでクラスの隅に居そうなタイプだ。
 だが、この間、俺は見てしまった。前髪上げたところを見たら、メチャクチャ可愛かった。
 年齢は二十八と意外に高いが、ぶっちゃけ十代にしか見えない。
 そして、俺は気づいてしまった。先生は現在三十二歳で十九歳の時に結婚したそうなので、結婚して十三年になる。
 つまり、カミさんは十五歳の時に先生と結婚したことになる。
 この世界は十五でも結婚できるそうなのだが、問題はそこではなく、前世では五十歳越えの高校教師だった先生が、十五歳――中学三年生の子に手を出して結婚したことになるのだ。
 この間、先生に「犯罪じゃね?」と聞いたらぶん殴られた。

「ふい~、疲れた~、魔力もドッと減った感じだぜ」

 親父とおふくろが死んでから、俺はこうして先生の家に居候している。
 学校に行かなくなってからは、店の手伝いとラーメンの修行とで、普通に忙しい。

「ヴェルくん、ちょっといいですか?」
「あん? どうした、カミさん」
「はい、お給料です。いつも、いっぱい働いてくれてありがとうございます」
「お、おお~……って、あれ? これ、結構多いぞ? 俺の食費とか、家賃とか引いてないの?」
「こら! 子供がそんなことを気にしたらダメです。それに、ヴェルくんは居候じゃなくて、ウチの子ですから、問題ありません」
「いや、でも……いや、……ありがとう」
「ふふふ、それでいいんです! 今日はもう上がって良いですから、初任給で姫様に何か買ってあげたらどうですか?」
「欲しいモノは何でも手に入る姫様に?」
「気持ちが大事なんです!」
 
 俺が居候という話をしたとき、カミさんは普通に歓迎してくれた。
 まあ、二人に子供が居なかったからというのもあるが、今では俺に本当の子供のように接してくれている。誰にでも敬語を使ってしまうところが気になるが。
 また、俺の方も普通にカミさんの甘やかしを照れくさいと思う反面、親父とおふくろのことを思い出して、素直に嬉しいと思うようにした。

「フォルナにね~、何を買う?」

 あと、俺はあることを発見した。
 俺は、最初は普通に自分自身の成長のためにとラーメン屋の手伝いを自分から申し出たが、正直なところ、今は充実感でいっぱいだった。
 朝倉リューマ時代は遊んだり喧嘩したりばっかだったが、俺はこうやって汗水流して仕事をすることが嫌いではなかった。
 ひょっとしたら、農業もマジメに取り組んでいれば、俺はワリと好きになれたかもしれない。もし、そうなったら、親父とおふくろもスゲー喜んでくれただろう。
 そう思うと、やはり後悔してしまうが、もうそれは考えないことにする。
 これからは、同じ後悔をしないようにするだけだ。

「ヴェルト、お仕事はもう終わりましたの?」

 俺のシフトを既に完全に把握しているフォルナがひょっこりと店に顔を出した。
 以前まではウザイただのマセガキと思っていたが、最近では考え方も変わってきた。
 もちろん、恋愛感情は皆無だが、ブラコンの妹を相手にしているような気持ちにはなってきたのだ。

「ああ、ちょうどな」
「そうですの。迷惑はかけていませんね?」
「お前は俺のかーちゃんか?」
「心配して当然ですわ。あんな、まずい料理を出されて、しかもそれを『自分の覚悟』などと言われた日には」
「やっ、あれはまー、まだ修行段階なんだよ」

 口うるさいのも愛情の裏返し。結局は俺のことが気になって、こうやって見に来てくれるわけだ。

「ほれ、さっさと行くぞ」

 そんなフォルナの気持ちを温かく感じながら、俺は店を出た。

「ちょっ、待ちなさい! 行くってどちらへ?」

 慌てて追いかけてくるフォルナ。

「街をブラブラだよ」
「はあ? ブラブラって、どういう意味ですの?」
「別に。ただ、お前をデートに誘ってやってるだけだよ」

 まあ、給料も入ったし、奢ってやるぐらい……待て待て、何を驚愕の表情で打ち震えてやがる。

「ヴぇ、……ヴェルトが……ヴェルトがワタクシをデートに誘う!」
「嫌なら……」
「えっ、いや、あっ、いやっていうのは嫌っていうことではなくて、行きますわ! はいっ、はいっ、行きますですわ!」

 なるほど。向こうにペースさえ握らせなければ、普通にこいつも可愛いもんだ。
 ただ、あんまりこー、ギュッと手をつないだり、抱きついたりすんのはやめてほしい。
 特に、顔を真っ赤にして照れているくせに自分からスキンシップしてくるのとか。

「ヴェルト……その、最近どうしましたの? 前から少し大人っぽいところもありましたが、最近は一段と素直ですわ」
「そう見えるか? だったら、ちょっとは俺も成長したってことなんじゃねえか?」
「~~~~……うふふ、うふふふふふふふふ」
「あん?」
「♪」

 フォルナは、何だかとてもご機嫌だった。俺と繋いだ手をブランコのように揺らしながら、鼻歌交じりだ。
 子供のくせに指を絡める、いわゆる恋人繋ぎというものなのだが……まぁ、拒否しないで俺も握り返してやると、フォルナはもっと嬉しそうに腕をぶんぶん振った。

「おっ、ヴェルト、今日は仕事終わりに奥さんとデートかい?」
「今日はっていうか、いつもだけどな~」
「あとは、ラメーンの腕をもっと上げろよな」

 以前はウザいと思った街の声も、何だか今では余裕に感じた。
 軽口でからかう連中ばかりだが、親父とおふくろが死んだとき、大勢の人たちが墓参りに来ては涙を流していた。
 みんな、こうやって俺をからかっているようで、本音は俺のことを気にかけているんだ。
 そういうことも分かるようになり、最近では俺も笑顔で対応することが多くなった気がした。

「も~、ヴェルトはモテモテですわね」
「はあ? 別にモテちゃいねーだろ。近所のワルガキを、ただ気にかけてくれてるだけさ」
「いいえ、ヴェルトはモテモテですわ! ただ、覚えておきなさい。ヴェルトが一番モテモテなのはワタクシにですからね!」
「……お前、頭いいけど、たまに馬鹿だろ?」
「真顔で言うのは失礼ですわ! もう、怒りましたわ、何か贈り物でもしていただかなければ収まりませんわ!」
「プレゼントか? まあ、丁度給料入ったし、あんま高いもんじゃなければそれぐらいは……」
「ヴェルドガブレゼンド! って、あなた、本当にワタクシのヴェルトですか? 森の魔獣が化けているとか、ワタクシが見ている夢ということはありませんわよね!」
「……いらねーのか?」
「い、いりますわ! いります! いるます! い、いる、いるから! ちょっ、え~っと……えっと……あっ!」
「結婚指輪とか言ったらハッ倒すからな」
「えっ……だ、ダメですの?」
「……は~……」
「な、なんですの、その呆れた顔は! ヴェルトのくせに生意気ですわ! でも、待ってくださいな。ちょっ、えっと、でしたら小物屋で、あ、でもお揃いの飾りものなど……えっと……」

 俺たちは漫才でもやってるのか? 下らねえ茶番だ。でも、何だか楽しいとも思えた。
 完全にテンパったフォルナはフラフラと露店の前を行ったり来たり。街中からクスクスと笑い声も聞こえている。

「ったく、ほら、あんま高いのじゃなくて、たとえば、このリボンとかどーだ?」
「リボンですわね! えっと、えーと、え~~~~~~っと」
「おい、悩むな。テキトーに気に入ったもんを言えよ」
「お黙りなさい! ちょっと真剣に考えますので、静かになさい!」
「お、おお」

 おかしなものだ。ついこの間までは朝倉リューマとヴェルト・ジーハに板挟みになって、生きる目的も無かった。
 だが、ちょっと自分の考え方を変えるだけで、こんなくだらないことにも、胸が温かくなる。
 思えば、朝倉リューマの時、高校に行きだした頃はこんな感じだったかもしれない。
 喧嘩ばかりで虚しい日々。学校生活に一喜一憂している連中がくだらないと思い、興味もなかった。
 だが、ある日を境にその考え方も変わった。くだらないと思えた学校生活に対する気持ちが一変した。

「ん~、悩みますわ。ピンクと青……どちらが……」

 そう、高校生活が楽しいと思えるようになってきた時と、同じ感覚だ。
 ヴェルト・ジーハの考え方を変えてくれたのは、先生、そして親父とおふくろ、そしてこのマセガキ。
 そして、朝倉リューマの考え方を変えてくれたのは……


―――楽しーね、朝倉くん!

「神乃……俺は今、楽しんでるよ。お前は……今、どうしている?」


 いつか、今の俺を見せて、そして昔の俺のことでお前に礼を言いたい。
 その気持ちが、更に強くなったよ。
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