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第四章

046:バジリスク

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 こんなにも早くSランクの魔獣と戦えるとは思えなかったが、まさか魔獣が霊装を纏っているとはな……。
 それともひょっとしたら、魔獣ではなく霊獣なのか?
 だとしたらこの魔素濃度も納得できるのだが……。

 見た目だけでは正直魔獣なのか、霊獣なのかは見分けがつかない。
 そして、厄介なのが霊獣は肉体がないくせに、手応えはしっかりとあるのだ。
 なので、倒した後に死体が残るのか、それとも粒子となって消えてしまうのかくらいでしか判断することができない。

 とはいえ、今の詩庵には魔獣だろうが、霊獣だろうが些細な問題だ。
 確かにたくさん疑問は出てくるが、こんなところでそんなことは考えている暇はない。
 ただ目の前の敵を倒す。
 そのことだけに集中しておけば良いのだから。

 俺は黒刀を柄に手を掛けて、バジリスクを真正面から対峙する。
 どうやらバジリスクも俺のことを敵だと認識したらしい。
 やはり奴にも俺の霊装が見えているのだろう。


 ――まずはここからあいつを遠退けよう。


 即席の合同パーティだったとしても、傷付いた彼らを危険な目に合わせる訳にはいかない。
 俺は彼らのいる階段から離れるように、ダンジョンの奥へと向かって走り出すと、バジリスクも物凄い速さで追いかけてきた。
 バジリスクが詩庵についてくるか賭けではあったが、今のところなんとか思惑通り進んでいる。

 つか、あいつってひょっとしたら怪の国で出会ったどの霊獣よりも霊装が強いのでは……。
 まさかダンジョンにこんな化け物がいるとは思いもしていなかった。


「さて。この辺でいいかな」


 広大な草原まで辿り着くと立ち止まり、バジリスクが来るのを黒刀を抜いて待っている。
 すると、すぐさまダンジョンに群生する森の木々を薙ぎ倒してバジリスクがやってきた。


「こんなとこまで来てもらって悪いな。だが、お前にはもう炎夏さんたちには指一本触れさせねぇよ!」


 迫り来るバジリスクを正面から見据えた俺は、黒刀を抜いて中段の構えを取る。
 バジリスクは俺のことを見つけると、その勢いのまま突進をしてきた。
 流石に真正面からぶつかるのは分が悪いので、横に避けた瞬間にバジリスクの首を狙って黒刀を振り下ろす。
 首を両断する勢いで振るった一振りだったが、バジリスクの首に傷をつける程度のダメージしか負わせることができなかった。


(40%程度の霊装じゃこの程度のダメージしか与えられないのか……)


 実際に戦うときは、いつも霊装の出力を抑えている。
 常に100%を維持してしまうと、すぐにガス欠になってしまうからだ。


(この魔獣は、瀬那の仇だった2等級の怪よりも強いかもな)


 とはいえ、2等級の怪と戦ったときとは、条件が違うので比較するには微妙なところではあるが、装甲の硬さでいうとバジリスクの方が高いだろう。
 ここ最近瀬那のレベルアップばかりで、積極的に強い霊獣や怪との戦いをしていなかったツケがこんなところで出てしまった。


(出力を上げて戦うか)


 傷を付けられたことに怒ったのか、「ギョギャァァァ!!!」と奇声を上げてバジリスクが再び突進してくる。
 俺は60%まで霊装の出力を上げて、バジリスクを迎撃するために黒刀を上段に構えた。
 そして、先ほどと同様に突進を躱して、次はバジリスクの足に目掛けて刀を振るう。

 だが60%まで上げたにも関わらず、足を切り落とすまでのダメージを与えることができなかった。
 しかし、先ほどよりは深手を負わせたのは間違いない。

 これなら70%も出せば勝てそうだな。

 そう確信した俺は、今度はこちらからと痛みで苦しんでいるバジリスクの元へ駆けていく。
 霊装の出力を上げた今の俺の速度なら、瞬く間にバジリスクの懐まで潜り込める。

 あともう少し、と思ったその次の瞬間だった。
 バジリスクの腹が急に膨れたと思ったら、その膨らみが徐々に迫り上がってきて口にまで到達したと思ったら、紫色した液体をこちらに向かって吐いてきたのだ。


(ヤバイ!!!!)


 俺は無理やり方向転換をして、なんとか液体を躱したが、捻ってしまったのか軽い痛みが足首から感じる。
 まぁ、この程度だったら然程問題ではないだろう。
 俺はバジリスクから吐かれた、液体が付着した箇所を見ると、木や土、そして岩までもドロドロにとかしていた。
 あれを生身の人間が被ったことを想像してしまい体をブルリと震わせてしまった。


(毒液かよ! 霊装があるからと言っても、あれをモロに受ける気はしないな)


 バジリスクに遠距離攻撃があることが分かったところで、俺がやることに変わりはない。
 あいつの懐に潜り込んで、両断してやるだけだからな。

 バジリスクがこちらに突進して来ないのを見ると、恐らく遠距離での戦いをすることを選んだのだろう。
 だが、俺はもうすでに毒液があることを知っている。
 事前に知ってさえいたら、あんなのを避けるのは造作でもないのだ。

 再びバジリスクに向かって走ると、やはり毒液を吐いてくる。
 その毒液を躱してさらに距離を縮めると、バジリスクは俺に背を向けて尻尾を横薙ぎに振るってきた。
 鞭のようにしなった尻尾を俺はジャンプして避けると、バジリスクの背に乗って思いっきり刀を背中に突き刺した。

 霊装の出力を70%まで高めていることもあり、抵抗を感じることなく黒刀はバジリスクの体内に侵入はいっていく。
 これまでに受けたことのない痛みを背中に食らったバジリスクは、「ぎょぉぁぁああ!」と叫びながら大きな体を激しく動かして俺を落とそうとする。
 ここが好機と思った俺は、そのまま背を走って首元まで行き、バジリスクの首を斬り落とすために黒刀を振り上げた。


(殺れる!!!)


 そう思った瞬間。
 横から激しい衝撃を受けて、俺は吹き飛ばされてしまった。


 !!!!!????


 急に激しい衝撃を受けて吹き飛ばされた俺は、ちょっとした混乱状態に陥ってしまう。
 地面に転がって木に叩きつけられたことで、なんとか止まることができたが、思った以上にダメージを受けているようだった。
 俺は黒刀を支えにしてなんとか立ち上がって顔を上げると、上空に紫色の液体が見えた。


(クソがっ!!!!!)


 俺は毒液をなんとか躱して、再びバジリスクを見ると、先ほどまで4本だった足が6本になっていたことに気付いた。
 しかも、異様に長く関節も複数あるのか、異様な形をしながら奇怪な動きをしている。

 恐らく……いや、間違いなく突然現れた足が俺のことを吹き飛ばしたのだろう。
 状況を把握するくらい冷静になってくると、次第に脇腹から痛みを感じるようになった。


(こりゃ、肋骨やられたかもな……)


 正直あまり歓迎しない状況だが、まだ体は動かすことができる。
 毒液は躱すことはできるだろうし、あの6本の足も注意すれば大丈夫だろう。
 俺は意を決して、再びバジリスクに向かって走り出した。

 それを見たバジリスクは再び毒液を吐くが、それを難なく躱すとスピードを落とすことなく接近していく。

 よし、あと少しだ!
 そのままの勢いでバジリスクの首を両断しようと、刀を構えると再びバジリスクが毒液を吐いた。
 今回は撒き散らすという表現が正しいだろう。
 どこへ逃げても毒液から完全に逃れることは出来なさそうだった。
 俺は霊装を防御へ回しながら、それでもバジリスクの元へ向かう足を止めることはしなかった。
 上空からは激しい毒液の雨が降り注いでくるが、霊装に阻まれて俺の体には付着しない。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 俺は雄叫びを上げながら、突進をするそしてようやく懐に潜り込む。
 一気に首を両断しようと思ったが、上体を起こされて届きそうもなかったので、新たに生えた足に狙いを変える。

 ズシュッ

 肉を斬った生々しい感触を手に感じて、俺はバジリスクの足を斬り落とせたことを確信する。
 そのまま足を止めずに、反対側にあるバジリスクの足も両断すると、バジリスクの背中に乗って首元に刃を振り落とした。

 ガギィィンッ

 今度こそ殺れると確信した一振りだったが、バジリスクの首に弾き飛ばされてしまった。
 よく見ると、首元だけ鋼色に変色している。


(霊装を70%まで上げてもまだ届かないのかよ!――って、ヤバっ)


 危険を察知してバジリスクの背中から飛び降りると、先ほどまで俺がいた場所に斬り落としたはずの足が勢い良く振り下ろされるところだった。
 気配を感じることが出来ずに留まっていたら、今度こそ戦闘不能までなっていたかもしれない。

 ――しかし、生きるか死ぬかの死闘はもう何度も経験している。
 こんなところで殺られる訳にはいかねぇんだよ!!!

 もう後先のことなんて考えてる暇はねぇ!
 霊装100%にして、次の一撃に全てを賭けてやんぞ!

 確実に倒すためにも天下一刀流の技を使いたいところだが、まだレベルが浅いせいなのか使うまでにタメが必要になってしまう。
 その隙をバジリスクが見逃してくれるとは思えなかった。

 さて、どうするかな……。
 俺がタイミングを見計らっているその時だった。
 バジリスクが急に叫び声のような大声を上げたのだ。

 急にどうしたのかと思い、バジリスクの後方を見ると巨体の影から小さな女の子の影が見えた。


「かなり助かったわ、黒衣」
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