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レベル52.女奴隷と友達

1.女騎士と女奴隷とハロウィン(前編)

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 ある日の日曜日の朝。

「いっけねー、遅刻遅刻ー」

 ごく普通の大学生こと俺は、下町の商店街を自転車で全力疾走していた。
 向かうのはバイト先のカフェ「Hot Dog」。
 今日は大学で野暮用があったのでそれを終えてから行くつもりだったが、予想外に時間を食って大幅に遅れてしまった。
 そしてものの数分で目的地に到着。
 店の脇に自転車を停め、アンティークな感じのドアを開け放ち……。

「おはよございまーす」

 と、元気よく挨拶した途端。
 パンパンパン! という乾いたクラッカーの音で盛大に出迎えられた。


「「はっぴ~はろうぃーん!」」


 そんな軽快なハーモニーを奏でたのは、俺の彼女であるリファとクローラだった。
 二人はこのカフェで一緒に働く仲間でもあり、今日は俺が大学にいている間に先に行ってもらっていたのだ。
 だが両者とも普段着でも店の制服でもなく、それぞれ個性的な衣装に身を包んでいる。
 クローラは黒いマントに、三角帽子と杖のコテコテ魔女っ子コス。
 リファは猫耳フードに猫手型の手袋としっぽ、顔には猫髭のペイントまで。さしづめ魔女の使い魔って感じ。
 どちらも完璧な着こなしだし、すごく様になっている。
 ハロウィン……そっか、もうそんな時期か。
 店内を見渡してみると、ジャック・オー・ランタンの飾り付けがいっぱい。完全にイベント仕様に模様替えされてら。
 しばらくそんな内装と二人の美女に魅入っていると、店の奥からメガネをかけた中年男性が一人。気味の悪い笑みを浮かべながら出てきた。
 Hot Dog店長、箱根さんであった。

「やぁバイト君。遅かったじゃないか。とりあえず今日分の給料なしね」
「そうですかじゃあ帰ります」
「ウソウソウソごめんごめんって。もうー、冗談が通じない男は嫌われるぞ~」

 給与未払いを冗談で済ます男よりは好かれる自信ある。命かけてもいい。

「ま、こういう季節イベントは稼ぎ時だからね。バイト君もしっかり頑張ってよ」
「給料ちゃんと払ってくれるんならね」

 念を押すように言って俺は肩をすくめる。
 確かに最近はこのカフェも客入りがいいし、気合い入れてやっていかないとな。
 
「マスターマスター、この衣装どうだ?」
「すごく可愛いと思うんですけどっ!」

 すると、女子二人組が袖を後ろから引っ張ってきた。
 その場でくるくる回ってみたり、スカートをちょいとたくし上げてみたりと、色々アピールする異世界コンビ。
 うーん、動作も相まって眼福の一言に尽きる。こんなところじゃなけりゃ今すぐ抱きしめてやりたいわまじで。
 高ぶる欲求をなんとか抑えつつ、俺は爽やかなスマイルを返して言った。

「どっちもよく似合ってるよ。すごく可愛い」

 そう褒めた途端、二人は手を叩きながら飛び跳ねて喜んだ。
 
「はろうぃん、というのは初めて知ったが……なかなか面白そうな催しだな」
「でもこの間の夏祭りとは違って、日本のお祭りではないそうですね」
「ああ。海外のお祭りだね。もともとは民族行事のようなものだったんだけど……それがどんどん色んなところに広まって、こうして日本でもやるようになったんだ」
「そうなのですか……別の国のイベントを自国でもやるなんて、ワイヤードでは考えられませんでしたけど」

 そりゃそうだろうね。異世界はこっちと比べてどこの国も縄張り意識が強い。そんなところで他国の祭りをやるなんてのは、戦時中の日本でクリスマス祝うのと同じだろうからな。
 
「様々な国の文化を取り入れたり、または広めたりする……なるなる、これが『グローバル化』というやつなのですね、主くん」
「そゆこと」
「それで、具体的には何をすればいいのだ? こうして仮装して騒ぐだけか?」

 リファの質問に対し、俺が説明をしようとしたその時である。

「只今戻りました……」

 入口のドアが開き、誰かが入ってきた。
 ミディアムボブに、眼鏡をかけた地味っぽい娘。
 
「未來ちゃん!」

 その姿を見るなり、声を上げたのはクローラだった。
 八越未來。俺の大学の後輩である。
 彼女も一ヶ月ほど前からこのカフェで一緒に働いてる。とはいえ、高校時代から駅前のメイド喫茶で働いてるとのことなのでキャリア的には先輩だけどな。
 
「おはようクローラちゃん……あとクソ先輩、その他」

 我が家の愛奴と軽くハイタッチして未來は俺らにも軽く会釈した。相変わらずスレまくりな挨拶である。
 でもそんなことは露程にも気にしてないというふうにクローラははしゃぎまくり。

「わぁ! すっごく可愛いねその格好!」
「そ、そう? ありがと……」

 ちなみに彼女の格好もハロウィン仕様。
 赤と黒のゴシックワンピとマント、口元からは付け八重歯が覗いていた。なるほど、未來はヴァンパイアかぁ。

「ねっ、主くんもそう思いますよね!? ねっ!?」
「えっ、あ、ああ」

 クローラに激推しされて俺はぎこちなく頷く。
 確かに、メイド喫茶や学祭のコスプレと同様に、見てくれのレベルは高い。
 本人はそういうのは不潔だと言ってかなり毛嫌いしてるから、素直に褒めづらいところはあるが。

「ま、まぁ先輩がそう言うなら……悪い気はしないですね」

 ……おや、意外と素直な回答。
 なんか色々ちょっと丸くなった気がするけど、クローラの影響だろうか。

「でも未來ちゃん、今日非番じゃなかったっけ?」
「ちょっと野暮用。店長さんに頼まれててね」
「野暮用?」

 小首をかしげる俺達とは別に、箱根さんが嬉しそうにカウンターから身を乗り出してきた。

「おかえりニューカマーちゃん。首尾はどーだったい?」
「……これだけ」

 未來は面倒臭そうに、手に持っていた大きめの手提げ袋を持ち上げた。
 なんだなんだと俺達が中身を覗き込んでみると、リファとクローラが目を輝かせた。

「「お菓子だぁ!」」

 チョコ、キャンディ、クッキーなどなど様々なお菓子がいっぱい。
 よりどりみどりのそれらを見ていると、子供心をくすぐられるのもわかるな。

「ジャック・オー・ランタンやかぼちゃ料理もいいけど、なんたってハロウィンの醍醐味はお菓子でしょ。だから彼女に頼んで調達してもらってきたのさ。うん、これだけあれば上々だろう」
「醍醐味がお菓子?」
「どういうことです?」
「ああ、それはな……」

 そこで俺がすかさず説明に入ろうと思ったのだが。
 ありがたいことに、実例がやってきてくれた。
 

「トリック・オア・トリート!!」

 
 というはしゃぎ声とともに店のドアが開く。
 入ってきたのは、小学校低学年くらいの子どもたち。
 彼らもお面をかぶったり、シーツをかぶったり、色々な仮装をしている。

「おかしをくれないといたずらすんぞー!」
「飴よこせー!」
「チョコくれー!」

 口々にそう言いながらどどっと押し寄せるガキンチョの波。それに当然異世界コンビはタジタジになる。 

「わわ、なんだなんだ!?」
「お客さん……ですか? あの、まだ開店前で……」
「いいんだよ、彼らもハロウィンの参加者みたいなもんだから」
「参加者?」
「ああやって仮装して、トリック・オア・トリート……お菓子をくれないといたずらするぞ、って言いながら街を歩き回ってお菓子をもらう。それがハロウィンなんだ」
「乞食まがいの恐喝じゃないですか」
「こんな楽しそうなのに、中身は犯罪を助長するイベントだったのか……」

 ヘイヘイ予想通りー。
 でもちょと待てその考えはおかしい。
 すぐ決めつけるのは君らの瑕疵かし
 実際にやればいとをかし。


「犯罪じゃないって。あげる側も前もってお菓子を用意しておくんだよ。もちろんこの子達だって本気でいたずらする気なんかないさ」
「そ、そうなのです?」
「うん。要はお菓子を配る役か貰う役かの違いってだけさ。そういう一連の流れを楽しむ催しなの」
「なるほど、そういうことなら……まぁ」
「ねーちゃんおかしくれー!」
「くれー!」
 
 ようやく理解してもらったところで、ガキンチョどもが口々にお菓子をねだってくる。
 リファとクローラはしばらく顔を見合わせていたが、やがて袋の中のお菓子をつまんで愛想笑いを浮かべる。

「わ、わかったわかった。あげるから少し落ち着け」
「ほらほら、まだたくさんありますよー!」
「わーい!」

 バンザイして大喜びする子ども達。微笑ましい光景だ。
 初めてのハロウィン、やるからには目一杯楽しんでもらわないとね。
 だが、邪魔が入った。  
 
「こらー! 何やってんの!」

 箱根さんが大慌ててこちらにやってくると、二人からお菓子と袋を取り上げた。
 
「ちょ、何のつもりですか店長!」
「こっちのセリフだよ、亡者どもに餌をやるなんて正気かい君ら!」
「亡者って……」

 何言ってだこの人。だいたい配るために用意したんじゃないのかこのお菓子。

「違うよ! なんで無償でくれてやらなきゃいけないのさ? ニューカマーちゃんがわざわざ各家を回ってかき集めてきてくれたってのに! ねえ?」
「店で買うとお金がかかるからと言うもので」

 うん亡者だね、あんたが。間違いなく金を貪る亡者だよ。
 本当にいつも芯がぶれないよなこの人は。いい大人がセコい真似してんじゃねーっつの。

「バカかい! ハロウィンってのはねぇ、各々が互いに持っている菓子を奪い合うバトルロイヤルなのさ!」
「は!?」

 耳を疑う俺の前で、箱根さんは拳を振り上げて力説し始めた。

「いいかい皆、ハロウィンにおいてお菓子は命と同義! それを奪われることはすなわち死を意味する! これはれっきとした戦争なんだよ!」 
「何すまし顔で大ボラ吹き込もうとしてんだテメェ!!」
「ホラだって!? まったく片腹痛いね! 毎年渋谷のスクランブルで起きてる大騒動を見ても同じことが言えるのかい!? 痴漢、スリ、暴行、トラック横転! このカオス、戦争じゃなかったらなんだって言うのさ!」

 くそう、主張は間違ってるのに具体例は事実だから何も言い返せねぇ!

「せん……そう……。そうか、これは戦いなのか……」
「ふふ、なんだか血が騒ぎますね……」

 だーもう言ってるそばから信じちゃってるじゃんよー! また変な知識植え付けられて暴走する未来しか見えねぇ!

「二人とも。この子らは無垢な風を装ってはいるけど、その正体は僕らの命を狩りにきた敵にほかならない。そんな奴らにただでお菓子なんかやったら、カモ扱いされて狙い撃ちにされる。決して気を緩めちゃいけないよ」
「う、うむ」
「です……」

 被害妄想も甚だしいなオイ。純粋にお菓子をくれって言ってるだけじゃんかよ。

「とゆーわけで、ほらガキンチョども! 痛い目見ないうちに早く帰るんだね」

 シッシッと追い払おうとする箱根さん。子ども相手にみっともないことこの上ない。
 せっかく店が景気づいてきたってのに、このせいで悪評ばらまかれでもしたらそれこそやばい。イメージアップを図ってこんなイベントやってるのに、完全に逆効果だ。
 そのせいか子ども達も落胆したようにうつむいてしまった。参ったな、せっかく楽しい雰囲気がぶち壊しだよ。
 俺は頭を抱えて、ほとほと呆れ果てたのだが……。

 その気まずい雰囲気を更に、完膚なきまでに、跡形もなくぶち壊すアクシデントが発生した。

「く、くくくくく……」
「けけけけけけ……」
「いひひひひひ……」

 突然子ども達がくぐもった笑い声をあげた。
 悔しがるでも、泣き出すわけでもなく、笑ったのだ。
 その光景は見た目も相まって、なんか不気味だ。
 何が起きるのかと、おどおどしながら様子をうかがっていたその時……。


「ひゃーーーーははははははははは!!」


 奴らは、弾けた。


「オンボロカフェが、ずいぶんおたかくとまってくれてんじゃねーかよぉ!」
「いたいめみるのはおめーらだってのにのんきなもんだなぁ!」
「だまっておかしをよこせば、けがしないですんだものをよぉ!」
「おれたちをおこらせるとどーなるかおもいしらせてやろーかぁ!? ぎゃはははははは!」

 全員無邪気な顔はどこへやら。無が取れて邪気しか感じない狂人顔に変貌。顔筋は引きつり、口角は吊り上がり、歯を剥き出して舌を垂らす。
 その姿はまるで殺人鬼、悪魔、鬼……なんでもいいが、とにかく子どものするような顔じゃない。

「やれやれ、ようやく化けの皮を剥がしたね、悪ガキども」

 困惑する俺とは対照的に、それを全て見通していたかのように箱根さんは嘲笑した。
 え? え? なに突然? どうなってるの?
 しかし理解しようとするスピードを遥かに超えて、現実の時間は流れていく。 

「くれねぇってんならしかたがねぇ! てめぇをぶったおしておかしをぜんぶいただく! ついでにこのみせもいただく!」
「はっ! 望むところだね。君らをこてんぱんにノシて人質に取り、親御さんらにたーっぷりと身代金を要求してやるからさぁ、ふふふ」

 お菓子を貰う側と配る側が、いつの間にか立てこもり犯と誘拐犯の予備軍と化していた。何を言ってるのかわからねーと思うが以下略。
 子ども達は舌なめずりをしながら、次々と懐から何かを取り出し始めたる。
 ナイフ、スタンガン、ロッド、金槌……超危険な凶器のオンパレード。その怖い格好によく似合っている。もちろん悪い意味で。
 本当に小学生かよこいつら、完全にテロリストじゃねーか。

「なんだか知らんが、暴力沙汰とくれば黙って見ているわけにもいかんな」
「主くんは下がっててください、十秒で片付けますから」

 それを見ていざ参戦とばかりに、リファとクローラも各々の武器(おもちゃの剣とモデルガン)を抜いて助太刀しようとするが、それを箱根さんが止めた。

「君らはお菓子を持って早く逃げろ。ここは僕一人で食い止める」
「で、でも!」
「いいかい、よく聞いてくれ。今の僕達のお菓子所持量では、今日一日を乗り切れるとはとても思えない」

 いやお菓子で乗り切れる問題じゃないと思うんですがそれは。

「そこで君らに頼みがある。今から街に出て、もっとお菓子を集めてきてもらいたいんだ」
「お菓子を……」
「集める……?」  
「そうだ、もうこれでもかってくらいたくさんね。できるかい?」
 
 異世界コンビはそう言われても、ハイ了解ですと返事はしない。きっと突然の任務に戸惑っているのだろう。
 だが今は決心する時間を待ってる場合ではない。
 敵はもう目の前だ。
 
「おかしをよこせぇ!」
「おかしがなきゃまんぞくできねぇんだよ!」
「ゆぅーせーい! デュ↑エル↓だぁ!!」
「さぁ、行くんだみんな! 後のことは頼んだよ!」

 一斉に襲いかかってくる菓子の亡者達に、箱根さんは勇敢にも単身立ち向かっていく。
 なんだろう、絵面だけでいえばかっこいいんだけど、状況があまりにもバカバカしすぎて何が何やら。

「マスター!」
「さぁ主くん、行きましょう!」
「ほらほら、早くしないと巻き込まれますよクソ先輩」

 俺はまだ半分も事情を飲み込めない中、女子三人組に連行されて、店を緊急脱出することになった。
 
 ○
  
 そして命じられたとおり、街中に避難した「Hot Dog」メンバー一行だったが。
 そこははっきり言って、店よりカオスだった。

「菓子をよこせぇ!!」
「誰がやるかゴラァ!!! てめぇがよこせぇ!!」
「さっさと渡さねぇとITAZURAすっぞ!!」
「ここらにあるトラック全部横転させたろかオラァ!!」

 どいつもこいつもキチガイじみた表情で大乱闘スマッシュブラザーズ。
 そのせいか建物の窓は割れ、ドアは蹴破られ、トラックは横転している。
 なにこれ、まじで何なのこれ。俺が知ってるハロウィンじゃないよ。マジで世紀末絶体絶命都市じゃねぇか。
 受け入れがたいその光景に怖気づいていると、隣のクローラが優しく微笑みかけてきた。

「大丈夫ですよ主くん、クローラがついてますから。どんなことがあってもお守りいたしますゆえ、ご心配なく」

 うんどっちかって言うとボクが心配なのは、こんな状況に平然と適応しちゃってる君らの方なんだけどね。街がこんなだからって君らも調子こいて暴徒化すんのやめてね? ね?

「とにかく、まだ安全な家に行ってお菓子を奪うとしますか」
「うむ、そーだな」
「ちょい待った」

 躍起になって早速行動を開始しようとする異世界人二人を、未來が止めた。
 
「どうしたの未來ちゃん?」
「どうしたも何も、クローラちゃん達ハロウィン初めてなんでしょ? お菓子集めなんてできるの?」
「それは……まぁ、多分」

 はぁー、と眼鏡っ子は露骨に肩を落としてため息。そして腕を組むと冷ややかな目つきで言った。
 
「じゃ、試しにやってみて」
「ゑ?」
「だからお菓子のおねだり。どんなもんか見てみたいからここでやってみて」
「……」

 二人は顔を見合わせると、しばらくあれこれ右往左往していたが……。
 やがて互いに息を揃え、両手を振り上げてやんちゃなポーズを決めた。

「「お菓子をくれなきゃいたずらするぞー!」」
「√3点」

 秒で切り捨てやがった。√3点って……。
 当然ポージングしたまま固まる異世界コンビ。
 
「まったくダメダメだよクローラちゃん。そんなんじゃ、うまい棒の食べかけすらめぐんでもらえないよ?」

 めぐんで欲しい奴がいるんですかねそれ……。
 未來は眼鏡をハンカチで拭きつつ、冷静に二人の評価を続けた。

「兎にも角にもまずキャラ付けは絶対必要。そんな凝った衣装着てるんだから、それに合わせなくてどうするの?」
「きゃらづけ……? なんなのそれ?」
「……じゃあやってみせるから参考にして」

 こほん、と未來は軽く咳払いをするとツカツカと俺の方に歩み寄ってきた。
 な、なんだ? 何をするつもりなんだ?
 俺がびっくりして、後ずさろうとしたその時。それ以上にびっくりすることを彼女はやってのけた。

「我が眷属よ、余は空腹じゃ……供物を差し出せ」
 
 首に手を回して抱きつき、めっちゃ顔を急接近させてきた。
 思わぬ行動に俺もリファもクローラも同時に変な声が出る。
 
「なっ、何してんだお前!」
「聞こえぬか? 供物を所望すると申したぞ。とびきり甘い馳走をな。出来ぬと申すか?」

 ただ一人その場で不敵で、それでいてどこか妖艶な雰囲気な表情の未來は、俺をガッチリホールドしたまま離さない。
 演技だとしてもガチすぎるだろ。誰だよこいつ、なんだよ眷属って、なんだよ供物って! 
 目を白黒させている俺を面白そうに見つめながら、彼女は舌なめずりをすると、真っ赤な口を開けて……。

「出来ぬのなら……眷属よ、そなたの血を頂くとしようか」

 かぷっ、と俺の首元を甘噛みした。
 心地よい刺激が全身を電気のように駆け巡り、力がどんどん抜けていった。
 もはや声を上げることもままならず、全員唖然とするばかり。とりわけ俺の彼女二人は衝撃映像に顔が超真っ赤。

「あわわ……未來ちゃん……」
「ちょっ、マスター……」

 まずっ!
 我に返った俺は急いでその淫猥吸血鬼を引き剥がした。
 
「や、やめろよいきなり!」

 まったく、学祭の時みたくまた変な亀裂を生むところだったじゃあないか。油断も隙もあったもんじゃないぜ。
 当の本人はからかってるのか、また「教育」の一環のつもりなのか知らないが、もうちょい事の重大さを理解してもらいたいよ。いくら俺とリファとクローラが恋人であることは伏せてあるとは言え……。

「……しちゃった」

 ん?
 よく見たら、未來もキョトンとして自分の唇を指でなぞっていた。仕掛けてきた張本人のくせに。

「しちゃったしちゃったキスもまだなのに甘噛みしちゃったどうしようもう一生歯なんて磨けない物なんて食べられないああでも先輩も拒否らなかったしこれってOKってことなのかなこれから毎日こゆことしても問題ないってことなのかなそうだよね先輩には私だけだもんだから絶対そうだよ絶対絶対絶対……」
「おい」
「っ!!」

 呼びかけるとビョクっと彼女は肩を震わせ、再びわざとらしく咳払い。

「まぁこんな感じでね。わかった?」
「……」

 そう言われても、リファもクローラも口を金魚みたいにパクつかせるだけ。あれだけガチにやられたらそりゃ言葉も失うわな。

「す、すごい迫真の演技だったね……」
「べ、別にこれくらい普通よ……メイド喫茶でいやってくらいさせられてたし」
「あ、そっか」
「はい、じゃあ次はそっちの番」

 唐突に未來に促され、面食らう二人は揃って俺をちら見。
 今みたいなことをもっかいやられるのか……。この二人にならされても嫌な気はしない、むしろ嬉しいくらいだ。だけどいかんせん時と場所がなぁ……。
 
「う~、じゃあ私からっ!」

 最初に名乗りを上げたのはクローラだった。
 のしのしと俺の前までやってくるとまずは深呼吸。
 そして目をカッと見開くと、なんかどこかで見たようなポーズを決めた。

「お菓子をくれないとー、月に変わってぇー……お仕置きよ!」
「ストップストップストーっプ!!」

 言ってるそばからまったくもう! 初手反則とはびっくりだよまったく。

「あれ、お気に召しませんでした?」
「召す召さない以前に、もうあるから! それもう既存のキャラとして確立されてるから! パクリじゃなくてオリジナリティを活かせよ!」
「月に変わってアバタケタブラ」
「そーゆうオリジナリティじゃねぇぇよ! いたずら代わりに死の呪文ぶっ放されたらたまったもんじゃないよ! ほかからの拝借無しで! 完全にゼロベースでやれって意味!」
「アバタケタブラ」
「逆ギレ!?」
「わ、私もやる私も!」

 クローラを押しのけ、金髪の女騎士(猫コス)が鼻息荒く舞台に降り立った。
 さて、どんなパフォーマンスを見せてくれるのやら。
 期待と不安が半々な俺の前で、リファはしばらくもじもじと恥ずかしそうにした。
 だが意を決したように、騎士らしからぬ可愛いウインクを飛ばした。

「くーん……ご主人様、リファはとってもとーってもお菓子が欲しいですワン!」
「犬じゃねぇぇぇぇか!!!」
 
 自分の格好全否定かよ! あらゆる意味で鏡見ろマジで!
   
「だって私、犬の方が好きだもん……」
「じゃなんで猫のカッコしてんだよ! 普通に犬の方着ればいいじゃん!」 
「そ、それは……犬が好きだからこそ軽々しく真似るようなことはしたくないのだ。なので仕方なく猫で妥協してややろっかなーって……」
「妥協で全世界の愛猫家敵に回してどーする!!」

 あーもーグダグダじゃん。キャラ付けの披露のはずが単なる漫才になっちゃってるし。

「事前にチェックしておいてよかった。これは猛特訓の必要がありそうね」

 未來もほとほと呆れ果てたらしく、先程以上に大きなため息を吐いた。

「特訓って……大げさすぎない、未来ちゃん?」
「大げさなもんですか。私達は大量のお菓子をかき集めなくちゃいけない。これは全員の死活問題なのよ?」

 その理屈が一番大げさなんだよなぁ。
 と、言うだけ無駄だろうからもう口には出さんけど。
 
「それに、今は店長さんが体を張って店を守ってくれてる。私達も頑張らないと、あの人に向ける顔がないでしょ」
「あの人に向ける価値のある顔なんてあったっけ?」

 クローラちゃんなにげに問題発言。

「とにかく! お菓子くれアピールはハロウィンのかなめ。今から全員気合い入れておねだりスキルをあげてくよ」
「……未來ちゃんがそう言うなら」
「眼鏡殿ー、お腹空いたから持ってきたお菓子食べていい?」
「あ゛!?」
「すみませんでしたお菓子じゃなくてそのへんの泥でも食べてます」

 というわけで。
 未來教官によるハロウィン短期集中講座が幕を開けたのである。
 

「お、お菓子をくれたら……エッチなことしてあ・げ・る♡」
「ダメダメ、あざとすぎ。もっと客層に媚びて!」
「なんだよ客層って!」

「あなたの……う、うまい棒(意味深)が欲しいですぅ……」
「んー、ここは味も具体的に指定したほうがいいかも。チーズ味とか」
「うまい棒でも(法的に)まずいですよ!」

「おかしてくれないといたずらするぞ~」
「ん、いい線いってる。もうひとひねり」
「もうお菓子関係なくなってない?」  
 

 ・
 ・
 ・
 ・


 そして。
 その壮絶な特訓は15分弱にも及んだ。
 
「ぜぇ、ぜぇ……疲れた……」
「もう……限界ですぅ……」

 グロッキー状態のリファとクローラは、地面に大の字になって肩で息をしていた。彼女達も彼女達なりに頑張っただろうから、間違っても今の特訓内容に体力を使う要素あった? とかツッコんではいけない。
 その傍らで満足そうにヴァンパイア未來ちゃんは二人を見つめた。

「ん、おつかれ。私からもう教えることは何もないわ」

 最初から教わるべきことなど何もなかったような気がするんですが。
  
「何はともあれ、これで少しはお菓子の収穫も見込めそうね。どう、行ける?」
「……なんとか」
「なんのこれしき」

 彼女達は軋む身体に鞭打って起き上がり、戦闘態勢を整えた。疲労しているものの、闘志だけは十二分にあるように見える。

「さて、じゃあそろそろ実践開始と行きますか」
「うむ」
「です」

 そう意気込んで、俺、リファ、クローラ、未來はその場に並んで立つ。
 菓子を求め彷徨う亡者が群雄割拠する、何もかもが崩壊した八王子の街に。

「よし行くぞ。特訓の成果を見せるときだ」
「ですっ! あれだけの特訓を積んだ私達なら、不可能はありません」

 異世界コンビは自信満々。だから間違ってもたかが15分程度ででかいことやり遂げたような面してんじゃねぇよとか言ってはいけない。

「じゃあいざお菓子を求めて……出発!」

 未來の掛け声を合図に、美少女トリオは走り出した。
 過酷な特訓の末に導き出した、究極のおねだりフレーズを叫んで。




「「「お菓子よこせゴラァァァァァァァァァ!!!」」」



 シンプル・イズ・ベスト。

 ってなわけで後半に続く(CV.キートン山田)
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【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

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