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レベル4.女騎士と女奴隷と日常①
24.女騎士と女奴隷と海 その3
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○水着
「つぅか、今更なんすけどぉ」
スイカ割りと殺し合いを終え、パラソルの下でくつろいでいると渚が言ってきた。
なんだよ、と欠伸混じりに返すと彼女は俺に顔を急接近させ、
「なんでセンパイ、あたしらの水着見てなんも言ってくんないんすか?」
むすーっ、と不満げにほっぺたを膨らませた。
よほど自信があったのか、今までスルーされてきたことに少々お冠な模様。
そりゃごもっともだねぇ。可愛い女の子達のセクシーな艶姿を見て何も思わないはずがないもんねぇ。
心中と介錯と戦争さえ起こらなきゃ、な!
あ、これ全部ここで起きた話ね、一応。
こんなことがあったばっかなのに、悠長に水着の感想を述べる余裕は俺は持ち合わせてないんで。
「大体、前に銭湯で披露した時だってガン無視でしたよね。一体どういう神経してんですかねぇセンパイは?」
無理矢理混浴に巻き込まれたばかりなのに、悠長に水着の感想を以下略。
とはいえ、何も言わないというのもアレだよな。だが今の渚の態度からして、適当な言葉じゃ納得してくれなさそうだ。
「ほーれっ、リファっちもクロちゃんも! せっかくの水着なんだし、なんか一言欲しいよねぇ?」
あれこれ言葉を考えていると、渚はすぐ近くで一緒に砂で山を作っている転生コンビに声を掛けた。いきなり振られた二人は肩を震わせてキョドる。
さらにそれを言われて、自分達が着ているものがどんなものかを再自覚したのか、うずくまって赤面するのだった。
「こ、こんな……破廉恥な格好……別に私は着たくてきてるわけではない」
「クローラも……恥ずかしいというわけではないですが、ちょっと変かなぁって」
水着という文化がないところから来た人間としては当然の感想。
リファは常日頃から鎧に身を包み、露出の少ない格好が当たり前だったし。
クローラも異世界では、どういうわけか前の主の命で裸族だったらしいが、それは家の中オンリーの話。極稀にではあるが、外に出る時はボロ布のようなものは着てたという。だからこういう外で裸同然の姿でいるのは抵抗があるのだろう。
「郷に入っては郷に従え。ここでは他の者がみなこういう衣装でいるから、仕方なくこうしているだけだ」
「確かにそうですね。みなさんはあまり抵抗を感じていらっしゃらないようですが」
異世界人からしてみりゃ、かなり稀有な光景ではあるはずだ。
だって、そもそも海で遊ぶという事自体、ワイヤードでは考えられないことだったのだから。
「それがおかしいのだ。こんなの……まるで奴隷か娼婦の見本市同然ではないか」
リファは周りを行き交う水着姿の海水浴客(女)をジト目で眺めながらそう漏らす。
やはり女はあまり外で肌を露出すべきではない通念でもあるんだろうか。確かワイヤードじゃ身分によって着る服の材質に制限があるって話だけど、そういうとこまで格差が?
俺が疑問に思ってそれとなくクローラに目配せすると、彼女は苦笑いしながら教えてくれた。
「別に縛りがあるわけではないのですが……身体を必要以上に露出する方は『その手の人間』と捉えられてしまうので」
「ああそういうこと」
奴隷は主にそんな大層な着物を与えられない。
娼婦は男を釣るためにアピールをする必要がある。
そのため、必然的にそういう印象が強くなってしまうってわけだ。水着に難色を示すのもむべなるかな。
「よくわかんないけど、恥ずかしいなんて思うだけ野暮だよ。少なくともこの海ではね」
背伸びをしてシートの上に寝っ転がりながら渚は語り始める。
「海で泳ぐのに、そんな厚ぼったい服とか着てたら不便でしょ。水の中でも動きやすいようにとか、いろいろ考えられて作られてんの」
「そ、そうなのか?」
そう、それは俺が最初にリファに教えたこと。
何かをする時には、その状況に合った衣服がある。そしてそれを誰もが着る権利がある。
それがこの世界の衣服文化だから。
リファもクローラも、それについては概ね理解を示していた。でも水着のような極端なものには、さすがに結びつかなかったようだけど。
「つまり……海には海に最適な衣服が存在し……それがこれだと?」
「そゆこと。まぁ昔っからこんなにエロかったわけでもないんだけどね」
「? どういうことだ?」
「海で泳ぐ慣習が出来始めた19世紀頃は、そもそも水着なんてもの自体がなくて、濡れてもいい着古した服で代用してたらしいよ」
へぇそうなんだ。初めて知った。
「初期の頃の水着も、露出してる箇所なんて二の腕と膝下くらいしかないようなやつだったんだって。もちろん男もそうだし、女は身体のラインも出ないようなのが一般的だったとか」
「今のとはずいぶん違ったのだな」
「デザインや価値観に色々な変遷があったということなのでしょうね」
「うん。ってか、今のような身体にフィットして露出度が高いタイプのが初めて出た時って、当時着てた女性が猥褻罪で警察にパクられたくらいだし」
「そんな事件まであったのか!」
「そそ、何かと昔って女の格好に厳しかったんだよね」
渚は物憂げにそう言う。
「でもそれを機に、どんどん水着って進化していって、20世紀後期になってようやく今のような形のが増え始めたってハナシ」
「驚いたな……このような衣装一つとっても、そんな歴史があったなんて」
「はい。違法だったものが、今では普通に流通しているというのも、すごく不思議です」
二人は、心底驚いたような表情で改めて自分達の水着をまじまじと見た。
それを眺めながら渚は、瓶コーラを一本開けつつ続ける。
「確かに、昔の人なんて『泳ぎやすけりゃ何でもいい』くらいの考えだったからね。そういうところにはこだわらなかったんでしょ。でも、時代が流れるに連れてファッション性が重要視されるようになってきたわけ」
「昔は着てるだけで捕まってたのに、です?」
「ん。それはあまり自由が認められてなかった頃だからね。でも、誰だって好きな服着たいじゃん? 他人に迷惑をかけなけりゃ本来何選んだっていいはずでしょ? なのに女は肌を出すなー、とかおかしくない?」
「それは……言われてみればそうですけど」
水着から壮大な話題に広がり始めたが、実際そのとおりだ。
昔はどこの国でも女性の権利に関しては様々な差別が蔓延っており、そういったものからの解放を求める声が盛んになったのは19世紀から20世紀初頭。
水着のデザインの変化が起きた頃と一致することを考えると、そういった運動の成果と言わざるを得ない。
「文化の発展に『自由』ってのは欠かせないものなんだよ。そうでないと、モノのポテンシャルを全く活かせないままになっちゃう」
「自由……。そうか、そんな単純なところにも、この世界との違いは関係してくるのだな」
「確かに、法や差別が技術や文化の成長を阻害するというのは納得できます……コンバータもそうでしたし」
およそ自由と呼べるものが比較的少なかった世界の住人は、そう感慨深そうに呟く。
そんな彼女らに、プチ講義を終えた渚が瓶を咥えながら質問した。
「どぉよ? こういう話聞くと、その水着も悪くないなぁとか思わない?」
「え? あ、いや、そういうことは……」
「あたしはこういうの好きだけどなー。まぁ、泳ぎやすいっていう機能性はもちろん。可愛くてお洒落っていうファッション性もバッチリ。そして何より――」
ぎゅ。
と、いきなりギャルは俺の左隣に座って肩を寄せたかと思うと、自然な動きで腕を絡ませてきた。
唐突な行動に本人以外の誰もが愕然とする。
「センパイを悩殺できちゃうしねー♡」
唯一その本人は、人目もはばからず淫靡な声でそう迫ってくるから困ったものである。
「センパイ……改めて訊きますけど、どーですかこの水着」
「おまっ……どういうつもりだよ」
「だって、センパイが何も言ってくれないから……」
と言って、ますます彼女は身体を密着させてくる。
柔らかい物体に腕を挟まれ、まともな思考ができなくなってきた。
「もしかしてお気に召しませんでした?」
「そういうわけじゃねーけど……」
「それとも……」
間髪入れずに口元を俺の耳に近づけ、ヤツはそっと囁くように言った。
「何も着ないほうがよかったり?」
そんな爆弾発言。
それだけでは終わらず、続けざまに……。
はむっ。
と、耳たぶの甘噛みというダブルコンボ。一気に俺の全身から力が抜けていく。
「ふふっ、最初に言ってたこと。大当たりっすね」
「な、何言って……」
「海といえば……カップルが人目を忍んでエッチするって」
史上最低な伏線である。
何でコイツは何でもかんでもそういう方向にもっていこうとするんだ。
「だってほらぁ、うさぎは年中発情期って言うじゃないっすか? だから早くセンパイの戦車
(隠語)とベストマッチしたくて♡」
頭が性欲フルボトル。
だがかくいう俺も、そんな誘惑に呼応するように股間が既にゴリラモンド。
このままでは流されるままに、欲望がホークガトリングしてしまう。おのれディケイド。
「「こらーっ!!」」
とそこで黙っちゃいないのが異世界転生コンビ。
せっかく熱心に作ってたお山を踏み壊して、こっちに猛抗議してくる。
「な、なななにをやってるのだ二人共! こんな衆人環視の中で!」
「ですですっ!」
「えー? ただ水着の感想聞き出そうとしてただけだよぉ?」
はむはむ、と俺の耳たぶを上下の唇で優しく噛みながら渚は悪びれもせずに言い返す。
「と、とにかく離れろっ。たとえ渚殿でも、マスターにそんな事すると許さんぞ!」
「ありゃりゃ、何怒っちゃってんの? ウケんだけどマジ」
剣の柄に手をかけて威嚇するリファにも臆さず、渚は嘲笑した。
「あ、もしかして……自分の水着姿に自信がなかったり?」
「んなっ!?」
突然の煽りに不意を突かれたのか、一歩後ずさってたじろぐ女騎士。それを図星と取った渚は意地悪そうに笑う。
「やっぱそっかぁ。そうだよね~。二人共さっきからずっと恥ずかしそうにしてばっかだもんねぇ。自信がないからセンパイに胸張って見せられないと。でもあたしに勝てないからってムキになんのは良くないぞ~」
「ぐっ……。は、恥ずかしい……のは否定しないが、それでも……その……魅力的に劣ってるとは思われたくないぞ!」
赤面しながら剣をブンブン振り回すリファ女史は、渚の指摘どおりムキになりつつ言う。
「ホントかなぁ。さっき着たくて着てるわけじゃないとか言ってたのに」
「そ、それは……確かにそうだけど……別に、もしマスターがこういうのが好きだというのなら……やぶさかではないというか……むしろ嬉しいというか」
だんだんと途中からしどろもどろで、何言ってるかわからなくなってきた。完全に渚に翻弄されてるようだ。
そんな時、彼女の隣で黙っていたクローラがパラソルの下に無言で侵入してきた。
そして渚の反対――俺の右隣に正座すると、そっと俺の手を取り……。
自分の胸に押し付けた。
唐突な行動第二弾。これには渚も絶句。
ふよん、とマシュマロみたいな感触が右手全体に広がる。柔らかくて、まるで吸い込まれるようだ。
「ご主人様は……やっぱり私のような奴隷は、お嫌ですか?」
消え入るような声でクローラはそう言ってきた。その目尻には涙が浮かんでいる。
こんなことを言われたら反射的に全然そんな事ないよ、と言い返す他ない。
だがクローラは首をふるふると横にふる。
「いいえ、お気を使う必要はございません。全てクローラが悪いのです。奴隷はご主人様に気に入っていただかなくてはならないのに……それができなかったのなら、全て私の責任……」
「いやだからさ――」
「でも、私にはもうご主人様しかいないのです!」
むぎゅぅ、と更に強く俺の手を自分に引き寄せ、女奴隷は懇願するように悲痛な声で叫んだ。
「ご主人様は……こんな私でも優しくしてくれて……可愛がってくれて……まるで私の理想のような方です。あなた様なしには……クローラは生きていけなくなってしまったのです」
重い。重いよクローラちゃん。
前回ダイエットで体重増えたと思ったら、今度は精神面で肥大化してくるとかやめてくれマジで。
「お願いしますご主人様……私、どんなことでもいたします。一生あなた様に付き従いたいのです。ですから……どうか私を見捨てないでください」
演技とは思えないような迫真の表情。その頬をぽろりと一筋の涙がつたう。
「ちょっちょっ、クロちゃん! 泣き落としとか卑怯すぎんでしょ!」
イニシアティブを取られた渚が、そこでやっと慌てた素振りを見せる。
そして、もとから慌ててた女騎士はそれ以上にパニクる。
「なんなのだ二人して! 私のマスターに手を出すなぁ!」
やいのやいのと喚き出す女三人組。うるさいったらありゃしない。
誰の水着姿が一番魅力的かって、それボクが判断することだって皆さん忘れてやしませんかね?
「センパイ
「マスター
「ご主人様
が何も言わないからでしょ!!」」」
超正論ジェットストリームアタック。
はいはいそうでしたごめんなさいね。
「さぁセンパイ……」
「マスター……」
「ご主人様……」
もう逃げ場はない。
両端と前方から迫られた俺は、覚悟を決めざるを得なくなった。
「「「誰が一番魅力的なの!?」」」
再度一斉にそう問われ、俺はため息を吐く。
俺も男だ。ここではぐらかしたり、曖昧なままにしておくつもりはない。
彼女達だって、自信を持って、あるいは恥を忍んで、あるいは必死になってこの水着を着ているんだろう。
それが俺のためだっていうのなら、なおさらきちんと感想を伝えなければならない。
ビキニの渚。
競泳水着のリファ。
スリングショットのクローラ。
みんな本当に魅力的だし、それぞれの良さがある。それが水着によって、より引き立っている感じだ。
優劣なんかつけようがない、つけたくない。
でもここでつけなかったら、それは全員同レベルだとバカにするのと同義。それだけは絶対にしちゃいけない。
ごくりとツバを飲み下し、俺は三人に向き合った。
そして、伝える。
自分の感じた、彼女達の美しさを。
「渚が椎名そら、リファが波多野結衣、クローラが佐倉ねね」
「何言ってるかわからないっすけど、センパイが最低だということはわかりました」
照れるぜ。
「マスター。ハタノユイとは一体?」
「ご主人様、サクラネネってなんですか?」
「すごく可愛くて美しいって意味だよ」
「マスター……♡」
「ご主人様……♡」
ちょろいぜ。
優勝:上原亜衣
「つぅか、今更なんすけどぉ」
スイカ割りと殺し合いを終え、パラソルの下でくつろいでいると渚が言ってきた。
なんだよ、と欠伸混じりに返すと彼女は俺に顔を急接近させ、
「なんでセンパイ、あたしらの水着見てなんも言ってくんないんすか?」
むすーっ、と不満げにほっぺたを膨らませた。
よほど自信があったのか、今までスルーされてきたことに少々お冠な模様。
そりゃごもっともだねぇ。可愛い女の子達のセクシーな艶姿を見て何も思わないはずがないもんねぇ。
心中と介錯と戦争さえ起こらなきゃ、な!
あ、これ全部ここで起きた話ね、一応。
こんなことがあったばっかなのに、悠長に水着の感想を述べる余裕は俺は持ち合わせてないんで。
「大体、前に銭湯で披露した時だってガン無視でしたよね。一体どういう神経してんですかねぇセンパイは?」
無理矢理混浴に巻き込まれたばかりなのに、悠長に水着の感想を以下略。
とはいえ、何も言わないというのもアレだよな。だが今の渚の態度からして、適当な言葉じゃ納得してくれなさそうだ。
「ほーれっ、リファっちもクロちゃんも! せっかくの水着なんだし、なんか一言欲しいよねぇ?」
あれこれ言葉を考えていると、渚はすぐ近くで一緒に砂で山を作っている転生コンビに声を掛けた。いきなり振られた二人は肩を震わせてキョドる。
さらにそれを言われて、自分達が着ているものがどんなものかを再自覚したのか、うずくまって赤面するのだった。
「こ、こんな……破廉恥な格好……別に私は着たくてきてるわけではない」
「クローラも……恥ずかしいというわけではないですが、ちょっと変かなぁって」
水着という文化がないところから来た人間としては当然の感想。
リファは常日頃から鎧に身を包み、露出の少ない格好が当たり前だったし。
クローラも異世界では、どういうわけか前の主の命で裸族だったらしいが、それは家の中オンリーの話。極稀にではあるが、外に出る時はボロ布のようなものは着てたという。だからこういう外で裸同然の姿でいるのは抵抗があるのだろう。
「郷に入っては郷に従え。ここでは他の者がみなこういう衣装でいるから、仕方なくこうしているだけだ」
「確かにそうですね。みなさんはあまり抵抗を感じていらっしゃらないようですが」
異世界人からしてみりゃ、かなり稀有な光景ではあるはずだ。
だって、そもそも海で遊ぶという事自体、ワイヤードでは考えられないことだったのだから。
「それがおかしいのだ。こんなの……まるで奴隷か娼婦の見本市同然ではないか」
リファは周りを行き交う水着姿の海水浴客(女)をジト目で眺めながらそう漏らす。
やはり女はあまり外で肌を露出すべきではない通念でもあるんだろうか。確かワイヤードじゃ身分によって着る服の材質に制限があるって話だけど、そういうとこまで格差が?
俺が疑問に思ってそれとなくクローラに目配せすると、彼女は苦笑いしながら教えてくれた。
「別に縛りがあるわけではないのですが……身体を必要以上に露出する方は『その手の人間』と捉えられてしまうので」
「ああそういうこと」
奴隷は主にそんな大層な着物を与えられない。
娼婦は男を釣るためにアピールをする必要がある。
そのため、必然的にそういう印象が強くなってしまうってわけだ。水着に難色を示すのもむべなるかな。
「よくわかんないけど、恥ずかしいなんて思うだけ野暮だよ。少なくともこの海ではね」
背伸びをしてシートの上に寝っ転がりながら渚は語り始める。
「海で泳ぐのに、そんな厚ぼったい服とか着てたら不便でしょ。水の中でも動きやすいようにとか、いろいろ考えられて作られてんの」
「そ、そうなのか?」
そう、それは俺が最初にリファに教えたこと。
何かをする時には、その状況に合った衣服がある。そしてそれを誰もが着る権利がある。
それがこの世界の衣服文化だから。
リファもクローラも、それについては概ね理解を示していた。でも水着のような極端なものには、さすがに結びつかなかったようだけど。
「つまり……海には海に最適な衣服が存在し……それがこれだと?」
「そゆこと。まぁ昔っからこんなにエロかったわけでもないんだけどね」
「? どういうことだ?」
「海で泳ぐ慣習が出来始めた19世紀頃は、そもそも水着なんてもの自体がなくて、濡れてもいい着古した服で代用してたらしいよ」
へぇそうなんだ。初めて知った。
「初期の頃の水着も、露出してる箇所なんて二の腕と膝下くらいしかないようなやつだったんだって。もちろん男もそうだし、女は身体のラインも出ないようなのが一般的だったとか」
「今のとはずいぶん違ったのだな」
「デザインや価値観に色々な変遷があったということなのでしょうね」
「うん。ってか、今のような身体にフィットして露出度が高いタイプのが初めて出た時って、当時着てた女性が猥褻罪で警察にパクられたくらいだし」
「そんな事件まであったのか!」
「そそ、何かと昔って女の格好に厳しかったんだよね」
渚は物憂げにそう言う。
「でもそれを機に、どんどん水着って進化していって、20世紀後期になってようやく今のような形のが増え始めたってハナシ」
「驚いたな……このような衣装一つとっても、そんな歴史があったなんて」
「はい。違法だったものが、今では普通に流通しているというのも、すごく不思議です」
二人は、心底驚いたような表情で改めて自分達の水着をまじまじと見た。
それを眺めながら渚は、瓶コーラを一本開けつつ続ける。
「確かに、昔の人なんて『泳ぎやすけりゃ何でもいい』くらいの考えだったからね。そういうところにはこだわらなかったんでしょ。でも、時代が流れるに連れてファッション性が重要視されるようになってきたわけ」
「昔は着てるだけで捕まってたのに、です?」
「ん。それはあまり自由が認められてなかった頃だからね。でも、誰だって好きな服着たいじゃん? 他人に迷惑をかけなけりゃ本来何選んだっていいはずでしょ? なのに女は肌を出すなー、とかおかしくない?」
「それは……言われてみればそうですけど」
水着から壮大な話題に広がり始めたが、実際そのとおりだ。
昔はどこの国でも女性の権利に関しては様々な差別が蔓延っており、そういったものからの解放を求める声が盛んになったのは19世紀から20世紀初頭。
水着のデザインの変化が起きた頃と一致することを考えると、そういった運動の成果と言わざるを得ない。
「文化の発展に『自由』ってのは欠かせないものなんだよ。そうでないと、モノのポテンシャルを全く活かせないままになっちゃう」
「自由……。そうか、そんな単純なところにも、この世界との違いは関係してくるのだな」
「確かに、法や差別が技術や文化の成長を阻害するというのは納得できます……コンバータもそうでしたし」
およそ自由と呼べるものが比較的少なかった世界の住人は、そう感慨深そうに呟く。
そんな彼女らに、プチ講義を終えた渚が瓶を咥えながら質問した。
「どぉよ? こういう話聞くと、その水着も悪くないなぁとか思わない?」
「え? あ、いや、そういうことは……」
「あたしはこういうの好きだけどなー。まぁ、泳ぎやすいっていう機能性はもちろん。可愛くてお洒落っていうファッション性もバッチリ。そして何より――」
ぎゅ。
と、いきなりギャルは俺の左隣に座って肩を寄せたかと思うと、自然な動きで腕を絡ませてきた。
唐突な行動に本人以外の誰もが愕然とする。
「センパイを悩殺できちゃうしねー♡」
唯一その本人は、人目もはばからず淫靡な声でそう迫ってくるから困ったものである。
「センパイ……改めて訊きますけど、どーですかこの水着」
「おまっ……どういうつもりだよ」
「だって、センパイが何も言ってくれないから……」
と言って、ますます彼女は身体を密着させてくる。
柔らかい物体に腕を挟まれ、まともな思考ができなくなってきた。
「もしかしてお気に召しませんでした?」
「そういうわけじゃねーけど……」
「それとも……」
間髪入れずに口元を俺の耳に近づけ、ヤツはそっと囁くように言った。
「何も着ないほうがよかったり?」
そんな爆弾発言。
それだけでは終わらず、続けざまに……。
はむっ。
と、耳たぶの甘噛みというダブルコンボ。一気に俺の全身から力が抜けていく。
「ふふっ、最初に言ってたこと。大当たりっすね」
「な、何言って……」
「海といえば……カップルが人目を忍んでエッチするって」
史上最低な伏線である。
何でコイツは何でもかんでもそういう方向にもっていこうとするんだ。
「だってほらぁ、うさぎは年中発情期って言うじゃないっすか? だから早くセンパイの戦車
(隠語)とベストマッチしたくて♡」
頭が性欲フルボトル。
だがかくいう俺も、そんな誘惑に呼応するように股間が既にゴリラモンド。
このままでは流されるままに、欲望がホークガトリングしてしまう。おのれディケイド。
「「こらーっ!!」」
とそこで黙っちゃいないのが異世界転生コンビ。
せっかく熱心に作ってたお山を踏み壊して、こっちに猛抗議してくる。
「な、なななにをやってるのだ二人共! こんな衆人環視の中で!」
「ですですっ!」
「えー? ただ水着の感想聞き出そうとしてただけだよぉ?」
はむはむ、と俺の耳たぶを上下の唇で優しく噛みながら渚は悪びれもせずに言い返す。
「と、とにかく離れろっ。たとえ渚殿でも、マスターにそんな事すると許さんぞ!」
「ありゃりゃ、何怒っちゃってんの? ウケんだけどマジ」
剣の柄に手をかけて威嚇するリファにも臆さず、渚は嘲笑した。
「あ、もしかして……自分の水着姿に自信がなかったり?」
「んなっ!?」
突然の煽りに不意を突かれたのか、一歩後ずさってたじろぐ女騎士。それを図星と取った渚は意地悪そうに笑う。
「やっぱそっかぁ。そうだよね~。二人共さっきからずっと恥ずかしそうにしてばっかだもんねぇ。自信がないからセンパイに胸張って見せられないと。でもあたしに勝てないからってムキになんのは良くないぞ~」
「ぐっ……。は、恥ずかしい……のは否定しないが、それでも……その……魅力的に劣ってるとは思われたくないぞ!」
赤面しながら剣をブンブン振り回すリファ女史は、渚の指摘どおりムキになりつつ言う。
「ホントかなぁ。さっき着たくて着てるわけじゃないとか言ってたのに」
「そ、それは……確かにそうだけど……別に、もしマスターがこういうのが好きだというのなら……やぶさかではないというか……むしろ嬉しいというか」
だんだんと途中からしどろもどろで、何言ってるかわからなくなってきた。完全に渚に翻弄されてるようだ。
そんな時、彼女の隣で黙っていたクローラがパラソルの下に無言で侵入してきた。
そして渚の反対――俺の右隣に正座すると、そっと俺の手を取り……。
自分の胸に押し付けた。
唐突な行動第二弾。これには渚も絶句。
ふよん、とマシュマロみたいな感触が右手全体に広がる。柔らかくて、まるで吸い込まれるようだ。
「ご主人様は……やっぱり私のような奴隷は、お嫌ですか?」
消え入るような声でクローラはそう言ってきた。その目尻には涙が浮かんでいる。
こんなことを言われたら反射的に全然そんな事ないよ、と言い返す他ない。
だがクローラは首をふるふると横にふる。
「いいえ、お気を使う必要はございません。全てクローラが悪いのです。奴隷はご主人様に気に入っていただかなくてはならないのに……それができなかったのなら、全て私の責任……」
「いやだからさ――」
「でも、私にはもうご主人様しかいないのです!」
むぎゅぅ、と更に強く俺の手を自分に引き寄せ、女奴隷は懇願するように悲痛な声で叫んだ。
「ご主人様は……こんな私でも優しくしてくれて……可愛がってくれて……まるで私の理想のような方です。あなた様なしには……クローラは生きていけなくなってしまったのです」
重い。重いよクローラちゃん。
前回ダイエットで体重増えたと思ったら、今度は精神面で肥大化してくるとかやめてくれマジで。
「お願いしますご主人様……私、どんなことでもいたします。一生あなた様に付き従いたいのです。ですから……どうか私を見捨てないでください」
演技とは思えないような迫真の表情。その頬をぽろりと一筋の涙がつたう。
「ちょっちょっ、クロちゃん! 泣き落としとか卑怯すぎんでしょ!」
イニシアティブを取られた渚が、そこでやっと慌てた素振りを見せる。
そして、もとから慌ててた女騎士はそれ以上にパニクる。
「なんなのだ二人して! 私のマスターに手を出すなぁ!」
やいのやいのと喚き出す女三人組。うるさいったらありゃしない。
誰の水着姿が一番魅力的かって、それボクが判断することだって皆さん忘れてやしませんかね?
「センパイ
「マスター
「ご主人様
が何も言わないからでしょ!!」」」
超正論ジェットストリームアタック。
はいはいそうでしたごめんなさいね。
「さぁセンパイ……」
「マスター……」
「ご主人様……」
もう逃げ場はない。
両端と前方から迫られた俺は、覚悟を決めざるを得なくなった。
「「「誰が一番魅力的なの!?」」」
再度一斉にそう問われ、俺はため息を吐く。
俺も男だ。ここではぐらかしたり、曖昧なままにしておくつもりはない。
彼女達だって、自信を持って、あるいは恥を忍んで、あるいは必死になってこの水着を着ているんだろう。
それが俺のためだっていうのなら、なおさらきちんと感想を伝えなければならない。
ビキニの渚。
競泳水着のリファ。
スリングショットのクローラ。
みんな本当に魅力的だし、それぞれの良さがある。それが水着によって、より引き立っている感じだ。
優劣なんかつけようがない、つけたくない。
でもここでつけなかったら、それは全員同レベルだとバカにするのと同義。それだけは絶対にしちゃいけない。
ごくりとツバを飲み下し、俺は三人に向き合った。
そして、伝える。
自分の感じた、彼女達の美しさを。
「渚が椎名そら、リファが波多野結衣、クローラが佐倉ねね」
「何言ってるかわからないっすけど、センパイが最低だということはわかりました」
照れるぜ。
「マスター。ハタノユイとは一体?」
「ご主人様、サクラネネってなんですか?」
「すごく可愛くて美しいって意味だよ」
「マスター……♡」
「ご主人様……♡」
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優勝:上原亜衣
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とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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