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レベル4.女騎士と女奴隷と日常①

3.女騎士と美容院

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 ある日の夜。

「リファさんの髪ってすごくきれいですよね」

 クローラは、お風呂上がりのリファの髪を櫛で梳かしながら言った。

「そ、そうか?」
「はい。とても素敵です。私のなんて、ゴワゴワしてるし、クセが強いし……」

 照れくさそうにするリファに笑いかけながら、クローラは自分のもみあげを撫でた。
 確かにリファの金髪は非常に質感が良さげである。
 まとまることも縮れることもなく、サラサラ感が触らずともわかるほどに。
 現在彼女が特別何か手入れをしているというわけではない。高いトリートメントを使用してもいないし、使ってるシャンプーだって市販の安いやつである。
 なのにここまでの髪質を維持できているというのは、男の俺から見てもすごいと思う。

「こ、今度は私がやってやろう」
「え? そんな、恐れ多すぎます! 奴隷の私が騎士であるリファさんに髪の世話をさせるなど……」
「いいのだ。それにお前の髪も、手入れ次第ではもっとよくなるはずだから」

 褒められてちょっと機嫌が良くなったのか、リファはクローラから櫛を奪って彼女の背後に回った。

「ほら、じっとしてろ」
「あ、ありがとうございます……」 

 リファはぎこちない手つきでクローラの茶髪に櫛を走らせていく。
 クローラもリファほどではないが、いい髪をしてる。
 奴隷だったからあまりケアができなかったんだろうけど、そんな自虐するほどのものじゃないと思う。
 確かにサラサラとは言えないが、天パみたいなものと割り切ればそれなりにアリじゃないかな。
 そんな風に、そこそこ仲良くやっている二人。
 それを何気なく眺めていた俺は、これまた何気なくつぶやいた。

「リファ、いい加減髪切れよ」

 ぴく、とリファの肩が震え、櫛を動かす手が止まった。

「……」
「ここに来てから2ヶ月以上経つけど、一回も切ってねぇだろ。伸びすぎだってそれ」

 そーなのだ。 
 彼女の髪はサラサラで美しいのだが、めちゃくちゃ長いのだ。
 まとめないと膝裏まで毛先が到達するくらいである。
 おまけに量も多いので、まとめるのも梳かすのも大変。現在はほぼクローラ任せになっている。

「そろそろ美容院とか行ったほうがいいって。俺の行きつけのとこ紹介してやっからそこに……」
 そこまで言いかけたところで中断した。
「……」

 リファがこちらを下唇を噛んで睨みつけていたからだ。
 ひと目で分かる。怒ってる。でもなんで?
「マスターは……」
「あ?」

「マスターは、私に死ねと言ってるのかぁぁーーっ!」

 えぇ……。
 まさかのお怒り。
 何、「女の髪は命」ってマジだったの? 髪切るとリアルダメージいくの? 

「よりによってマスターからそんなことを言われるとは思わなかったぞ! これまで精一杯奉公してきたというのに!」

 ヘイヘイダウトー。
 された覚えない君の奉公。
 今すぐ叫びたいそれは咆哮。
 変なとこ飛んでる話の方向。

「落ち着けよ。俺はただ長いといろいろ大変じゃないかって思って……」
「例えそうだとしても言い方ってものがあるだろう! なんであんな軽くあっさりと……」  

 髪切るのに言い方とかあるのかよ!
 そろそろお御髪みぐしを短くされては如何でしょう、とかにしとけばよかったってか?   
 それとも、ワイヤードじゃ散髪ってのは結構デリケートな話題だったりするのだろうか。
 俺はフォローを求めてクローラに目配せする。
 目ざとく、敏感なクローラはすぐに察して説明してくれた。

「ワイヤードでは服と同じように髪も身分を表すものの一つなのですよ、ご主人様」
「マジでか!」   

 髪が長いほど偉いってこと? こりゃまた珍しい風習もあるもんだ。

「男性女性にかかわらず、髪は身体の中で一番目につく部位ですから」

 と言って、クローラは自分のショートボブの髪を指差した。

「へぇ。ってことは、髪を切るってのは身分を下げろってことと同義になんのか」
「そういうことだ。大抵は結ったり編んだりするのが一般的だ。『その身分で伸ばしていい上限まで』伸びるまではな」

 ムスッとしたまま、リファは腕を組んでそう言う。

「私は一度死んだ身ではあるが、誇り高き騎士の心は今も持っている。その象徴たるこの髪をそう安々と切るわけにはいかんのだ」
「そうはいってもさぁ」

 納得のいかない俺は二人に問いかけた。

「騎士って、戦いの時とか激しい動きするのに、その長さは邪魔じゃないか? 色々弊害とか出てくると思うんだけど……」
「私のはまとめれば大丈夫だ。支障は今まではなかったぞ」
「でも兵長でその長さなんだろ? それより上の奴らはもっと伸びてるってことなんだよな? まとめるだけじゃ解決できねぇだろ」
「伸びてても支障がない、ということは」

 クローラが口を挟んだ。

「それほど動く仕事も少ない、ということなのですよご主人様」

 動く仕事も少ない……。あぁ、そういうことか。
 前線で走り回るのは、あくまで一般兵のみ。
 下士官以上の階級は後方で構えて指示を出すだけ。そりゃ髪の心配なんて必要ないか。
 貴族や王族も同じように、ただ座ってるだけでいい奴らばかり。
 反対に、兵や一般市民、そして奴隷なんかは肉体を酷使する仕事を取り扱う。
 そんな時には髪は短いほうが便利だし、安全だ。
 身分に合う生活の内容がダイレクトに反映されてるってわけだな。なるほど、よくできたシステムだ。

「リファのもワイヤード全体で見れば短い部類に入るのか」
「まぁな。これ以上短くしたら新兵にすら笑われるレベルだ」 
「でもさ、病気とか体質とかで髪が生えない人もいるわけじゃん? そーゆー人ってどうしてんの?」

 俺が再度質問すると、クローラがまたも答える。

「ああ、その時はカツラを用いますね。そういった方以外にも使われる方は多いのです。特に貴族階級に」
「なんだ、やっぱ手入れとか面倒だって奴もいるんだな」
「ええ。公の場でのみつけて、私生活では外すというように使い分けておられるようです」  
「まぁその方が楽だよな。洗う時とか困りそうだし」

 そこで俺はリファの方に目を向ける。
 ゴムで後ろ髪をまとめ上げている最中だった彼女は、怪訝そうに俺を見返す。

「な、なんだマスター」
「お前はちゃんと洗えてんのか、髪」
「ぎく」

 沈黙。
 これまたわかりやすいボロの出し方だこと。

「べ、別に問題ない。きちんと清潔は保っている。今日もちゃんと洗った」

 女騎士は目をそらしながらどもり気味に言う。
 俺は鎌をかけてみることにした。

「今日シャンプー中身切れてたんだけど?」
「え」
「つめかえ用の場所とか補充の仕方とか教えてなかったよな。今日何で洗った?」
「……」

 目を魚みたいにぐるぐる泳がせ、言い訳を探している女騎士。
 だが思考回路がうまく回ってないのか、口をパクパクさせるだけ。
 やがて負けを認めたようにうなだれた。

「すまん……しゃんぷーとやらはあまり使ってない……」
「あまりって……」
「泡とか落とすの面倒で………ワイヤードではあんなもの使ってなかったから」
「じゃあどうやって?」
「ただお湯で流すだけ……」

 ……はぁ。
 湯シャン……と言っていいものかどうか。
 よくそんなんでそんなサラサラ髪が続くもんだよ。
 それに髪質が変わんなくても、衛生的に見てこりゃまずい。
 俺は立ち上がって、部屋の隅で充電中のスマホを取りに行きながら言った。

「リファ、やっぱり髪切りに行こう」
「え゛」

 途端にリファは顔をしかめた。

「俺も丁度生きたいと思ってたからついでにな。予約はしておくから。多分平日ならすぐやってくれると思……」
「やだやだやだぁ! 髪切るのはいやなのだぁ!」

 駄々こね始めた。誇り高き騎士の心はどこに行った。
 思い返せば、俺も小学生の頃は床屋が嫌で嫌で仕方がなかったな。
 つまりこいつは小学生。
 見た目は大人で頭脳は子ども。Q.E.D証明終了。

「リファ」

 俺は彼女の前にしゃがみ込むと、諭すように言った。

「最初お前にジャージ着せてやった時、俺が言ったこと覚えてるか」
「……ふぇ?」
「この世界では身分にとらわれること無く、誰でも自由にいろんなものを着られるって」

 こくり、と彼女は無言で頷く。

「そして衣服の役割の一つに『自分を表現する』ってのがあるとも言ったよな?」
「……」
「髪も同じさ。むしろ、他の役割なんかない。そのためだけにあると言ってもいいくらいさ」
「……それって」
「ああ」

 俺は静かに首肯して続ける。

「長くする表現もあれば、短くする表現もある。お前みたいにサラサラストレートみたいな髪質もあれば、クローラみたいに癖っ毛スタイルもある。でもそれはどっちがいいとか悪いとかじゃなく、全部個性なんだよ」
「こせい……」

 小首をかしげて復唱するリファに、俺は語り続ける。

「そ。皆違って皆いい。一人ひとりに、そいつにしかない魅力ってのがあるんだよ。髪型はそれを引き出すためのもの」
「マスターは……今の私の髪型は、分不相応だと言いたいのか?」
「そういうわけじゃないさ」

 リファの目が若干潤んできたので、俺は慌てて否定する。

「色々変えてみて、新しい自分を見つけてみるのもいいんじゃないかなっていうことだよ」    
「新しい自分……」
「クローラの言う通り、髪ってのは一番目立つ部位だ。だからそれによって人の印象ってガラッと変わる。で、この世界ではそれをどうしようが自由。ならずっと同じ髪型のままで、ビヨビヨ伸ばすだけなんて勿体なくないか?」  
「クローラもそう思います!」

 そこでクローラが賛同してきた。

「リファさんの髪は素敵ですから、それをもっと活かせばいいと思うんです。さっき私に言ってくれたように、手入れ次第ではもっとよくなるはずです!」
「……」

 キラキラした目で後輩に見つめられたリファは少しうつむいた。

「マスターは、『新しい私』が見たくてそう言ってくれてるのか?」
「もちろん!」

 笑って首肯すると、彼女はしばらくして小さく頷くと、言った。

「あいわかった。そのびよういん、とやらに連れて行ってくれマスター」

 よっしゃ。
 俺は心のなかでガッツポーズを決めた。  


 ○

 後日。昼頃。

 俺はリファを連れて八王子駅に来ていた。
 ちなみにクローラは家で留守番させてある。
 元奴隷だから、リファほど心配することもないだろう。またここで立ちくらみとか起こされても困るしな。 
 退屈しないようにとテレビをつけっぱなしにしておいたが、これも問題ない。つけてあるのはNHKのチャンネルで、リモコン操作は教えてないからだ。
 テレビ初心者に民法を見せるのは流石にアレだからな。丁度この時間帯は昼ドラとかワイドショーとかやってる頃だし。
 ちなみに、家のテレビは一度彼女によってぶっ壊されているのだが、つい最近新品のを購入した。安くはない買い物ではあるが、死者処理事務局からもらってる支援金のおかげである程度の出費は痛くなくなった。もちろん二度と壊すなとクローラに釘は刺しておいたけどね。

「うぅ~。ホントに行くのか?」

 俺に腕を引っ張られるようにして歩くリファがそう言って渋る。

「そんな怖がんなくていいって。だいたいお前、生まれてから一度も切ったこと無いってわけでもないだろ? そういう時どうしてたんだよ?」
「そんなもの自分で切るに決まっている。ナイフで先端の方をこう……ブチッと」

 おおう、ワイルドカッティング。

「ってことはあれか、美容院みたいに『髪を切るための店』ってのは存在してないわけか」
「簡単に自分でできることだぞ。なぜそんなもので商売が成り立つと思うのだ?」

 ですよね。「切る」だけなら誰でもできる。
 でも「上手に切る」となると、話は別。
 思うような髪型にするためには、それなりのテクニックと技術が必要だからだ。決して誰にでもできる芸当じゃない。

「美容院はなくても、王付きの理容師みたいなものはいたんじゃないかな。流石にお偉いさん達まで自分で切ってるってことはないだろ」
「そういった専門職の者がいたわけではないけど。まぁ召使や奴隷の役目だろうな」
「でもそいつらもいい加減な腕前だったわけじゃないと思うぜ。相手は王様、貴族なんだから。下手なことしたら首が飛ぶ」
「……」
「ここはそういう人がやってる所なんだよ」

 そう言って俺は足を止める。
 話しているうちに、目的地に到着していたようだ。
 現代的なデザインの白いビルで、美容院はその2階にある。
 二人で階段を登って、いよいよ入店。

「あらぁいらっしゃーい! ご無沙汰じゃないないの坊っちゃん!」

 出迎えてくれたのは、まるでモーツァルトとかバッハみたいな特徴的な髪型をした細身の男であった。

「まったく、2ヶ月も来てくれないなんてアタシ寂しかったわよぉ」
「どうも。ちょっといろいろありましてね。すっかり忘れてました」
「あらま。手入れを疎かにしたらダメよ。坊っちゃんみたいなハンサムさんが、髪を粗末にするなんてもったいなさすぎるわ」

 男ではあるが、その口調はどう考えてもその外見に見合うようなものではない。動きもくねくねとしなを作るような感じ。 
 俗に言う「おネエ系」ってやつだ。

「それでそれで、どこの誰なの? ニューカマーちゃんは?」 
「ああ、こいつです」     

 俺は背後に隠れていたリファを紹介した。
 女騎士はおずおずと前に出ると、ペコリとお辞儀をした。

「リファレンスだ……よろしく頼む」
「んまっ!」

 手を合わせて美容師はシュバババと彼女に駆け寄った。

「まさかの外人さん!? すごい金髪! おまけにこんな長い……やだもう素敵!」
「あ、あの……ちょっと」

 しどろもどろになるリファにはお構いなしに、彼女の髪をくまなく観察する彼。こういう特徴的なヘアスタイルをしている人間を見ると血が騒ぐのだろうか。

「なるほど、髪質は悪くはないわね」

 一通り吟味したあと、美容師は言った。

「ただムラがあるように感じるわ。頭皮から肩のところはいいのだけど、背中から腰にかけての部分はちょっとベタついてる。きっと洗い方に問題があるんだと思う」
「え」
「それに毛先。結構致命的よ。長すぎると床や地面に近づくから汚れやすくなるの。まとめ方はダウンみたいだけど、こういう場合はアップにするべきだわ」
「は、はぁ……」

 見事な分析とアドヴァイス。事実をずばりいい当てたではないか。さすが本職。

「さぁさ、与太話はこれくらいにして早速始めちゃいましょ! この娘から先でいいわよね坊っちゃん?」
「ええ。お願いします」
「はいじゃあこちらどうぞ!」

 彼に背中を押されてチェアに腰掛けるリファ。
 その後ろに腰掛け、美容師は髪避けのシートを彼女に巻いていく。

「さて、じゃあどんな髪型にしちゃおうかしら……。何か希望はある?」
「き、きぼうって……」
「ヘアスタイルがよくわからなければ、こういうのを参考にしてもいいわよぉ」 

 と言って、美容師は傍にあったヘアカタログを取り出してリファに手渡した。
 開くなり、女騎士は筆舌に尽くしがたい表情を浮かべる。
 そりゃ自分が今まで見たこともないような髪型が、ずらりと並んでるのだから無理もない。
 ロブ、ソバージュ、ガーリーショートなどなど。

「どう? なにかやってほしいの見つかったら言ってね」
「……ぅ」

 ヘアスタイルの多様性が皆無の世界から来た者に、これは流石にレベルが高すぎる。
 先にだいたいどんなのにしたいか決めさせてから来るべきだったかなぁ。

「じ、じゃあ……これ」

 長々悩んだ末に、ぎこちなく彼女が指差したのは……。

「あら、姫カットね。なかなか大胆なの選ぶじゃない。じゃあそれでいくわね」

 ということで、カット開始だ。
 鮮やかな手つきで頭髪に霧吹きで水をかけ、櫛で梳かし、そして……。

 いきなり彼女の長い後ろ髪を、肩甲骨のあたりでバッサリとカット。

「――――――!!!」

 一瞬の出来事。
 声にならない悲鳴をあげる女騎士。その姿はさながらムンクの叫び。
 いきなりいったなぁ。
 いやカタログの女性の長さがそのくらいだから当然っちゃ当然なんだけど……。

「な、何をしてくれてるのだ貴様ぁ!!」

 リファさん火山大噴火。激怒はメロスした。

「え? だってこの長さじゃそうはならないわよ」
「違うだろう! 誰がそんなに切れなどと言った!?」
「でもその髪型にしろって……」
「あー、私の騎士の誇りがぁ!! もうだめだぁ、おしまいだぁ~!」

 子どもみたいに泣き叫ぶ騎士。騎士ってなんだよ(哲学)

「騎士って……よくわからないけどごめんなさい」

 といいつつ、今度は腰あたりまであったもみあげをカットしにかかる。 

「ばっかお前、何をしてる! こんなとこまで切ろうというのか!!」
「え? でも、これじゃ後ろ髪とのバランスが取れなくなるわ。それにあなた生え際が結構下まであるからその辺も……」
「違うだろう!! さっき切りすぎるなといったばかりなのに耳が聞こえんのか貴様ぁ!!」
「でも……」
「でももカモもなぁい! もっとちゃんとやらんかこのうつけがぁ!!」
「わ、わかったわ……」

 終始爽やかだった美容師が気圧されていく。
 ちょっとまずいな。いつになくピリついてやがる。  

「おいリファ。あまりわがまま言うなよ」
「うるさい! 騎士としての魂を穢されているというのに、どこがわがままだというのだ!!」

 穢してるのは自分自身だということに気づかないところです。

「と、とりあえず前髪は切っときましょ。目にかかっちゃうといけないし、姫カットといえば何と言ってもぱっつんだから」
「ぱっつん……?」

 眉をひそめたリファに、彼は作り笑いを浮かべて頷く。
「そうぱっつん、今やってみせるから目を閉じてて」
 不審そうな顔でいつつも、言われたとおり目を閉じるリファ。
 そんな彼女にハサミを伸ばして美容師は……。

 ぱっつん、と。
 彼女の前髪を一直線にった。

 目を開けるリファ。
 そして鏡に映った、数秒前の自分とかけ離れた姿を目の当たりにする。
 顔面蒼白。人の血の気が引いていく瞬間を、俺は初めて見たかもしれない。

「ふゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 変な悲鳴が美容室内にこだまする。うるさい。

「私の、私の前髪がぁぁぁぁぁ!!!」
「ちょっと、動かないでニューカマーちゃん! 危ないわ」
「違うだろう!! 違うだろう!! なんでこんな非道な真似ができるんだ! 私を一体どうするつもりだぁ!!」
「髪を切ってるだけよ……落ち着いて」
「髪を切ってるだけ!? ふざけるなぁ! 騎士としてここまで恥をかかせておいて言い逃れする気かぁ!?」

 頭をぐるんぐるん回しながら髪を振回すリファ。なんだっけこれ、歌舞伎とかでよく見るアレに似てる。
 美容師は、完全に聞く耳を持たない客に少なからず参ってしまっている。

「恥って、全然恥じゃないわよぉ。その写真の娘みたくもっとステキになれるのよ。怖がることなんか全然……」
「違うだろうーー!! これのどこが素敵だというんだ! この世界では人の心を踏みにじることがそんなに偉大なことなのかぁ!!」

 だから心を踏みにじってるのは君だっちゅうに。 
 ああもうめちゃくちゃだよ。やはりここに連れてくるべきじゃなかった。
 異文化が絡んでくるとこうもめんどくさいんだなぁ。
 なんでも思い通りにいくわけじゃない。俺達が普通だと思ってることはこいつにとっては異常、ぐらいの姿勢でいないといけないわけだな。反省。
 彼ももう言い訳をしても無駄だと悟ったのか、肩をすくめて彼女に言った。    

「わかったわ、悪かったわよ。今度は勝手に切ったりしないから。せめて次にどこを切ったらいいとか教えてくれるかしら? あなたの納得する髪型にするためにも、ね?」

 聖人とも思えるその心遣い。接客も非常に慣れているな。
 尊敬の念と同時に、彼に対する申し訳無さが湧き上がる。ごめんよ、美容師さん。もう二度と連れてこないから。
 で、肝心の女騎士はそこまで譲歩してくれたにもかかわらず、わめき続けるばかり。

「違うだろう!! 違うだろう!! どうしてくれるんだこの髪!!! これから私はどうやって生きてけばいいのだぁ!!」
「いや、だから。あなたが『なりたい髪型』にするための指示を――」
「指示を、じゃなぁい!! 違うだろう! 違うだろう!! この――」


 ○

 その頃 自宅

「このハゲ---ー!!!」
「なんなんでしょう、このトヨタマユコとかいうお方は……殿方に向かって下品すぎます」
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