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レベル4.女騎士と女奴隷と日常①
1.女奴隷と買い物
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ある日。
同居人が一匹増えたところで、また新たな生活用品とかを買い足さなくちゃならなくなった俺達は早速3人で買い物に出かけた。
今までは家の近辺にエリアをとどめていたが、今回は違う。
今回の舞台は……。
「うわぁ……すごい人出ですねご主人様!」
奥手そうなイメージのクローラが、目を輝かせてはしゃぎだすほどの街並み。
ここは八王子駅前。市内で一番人が賑わう場所。
俺達はそこに位置する繁華街通りに差し掛かっていた。
いきなりこんなゴミゴミした場所に連れてくるのはハードルが高すぎるかもと思ったが、それはワイヤードとて同じことだということはリファの話からなんとなくわかっていたのであえて連れてきた。
それに彼女は家を出たときからずっと俺の三歩後ろをキープして歩いている。一人でフラフラ勝手にあっちに行ったりこっちに行ったりする誰かさんとはえらい違いだ。
「先程の『ばす』という乗り物も大変珍しいものでしたが、こちらの風景も大小様々な建物があって、非常にすばらしいです!」
「バスは確かにそうかもだけど……こういう街並みってワイヤードにもあるものじゃなかったっけ?」
「いえ……私自身があまりこういう場所に慣れていないだけです……。外に出ることがそんなになかったもので」
面目ないというふうに恥ずかしげに笑うと、彼女はこう付け足した。
「私は、奴隷ですから」
外に出ることがない。
それは彼女に命じられた「服を着てはならない」という言いつけからなんとなく想像はできた。
ただ家の中で隷属される毎日。
たとえ外に出ることがあったとしても、それは身柄の輸送とか荷物持ちやらでこういった自由に動き回れるものでは決してなかったということだろう。
だとしたら、やはり性急過ぎたか……? 迷子になる心配は避けられるかもしれないが、与えられる情報量が多すぎて返って混乱しちゃうかもしれない。
とか思ってた矢先のことである。
ぐらっ、とクローラの身体が傾いたかと思うと、そのままバランスを崩して前のめりに倒れ始めた。
しかし、すんでのところで彼女の襟を後ろから掴んで止めた者がいた。
「まったく、何をぼーっとしておるか」
そこには金髪碧眼の女騎士が呆れ顔で立っていた。
「す、すみません……ちょっとあまりの人の多さに立ちくらんでしまって……」
「しっかりしろ。あまりマスターに迷惑をかけるものではない」
「はい……」
申し訳なさそうにうつむく奴隷と腕を組んで仁王立ちする女騎士。
さながら新兵を叱る教官。自分より下の奴がいるから先輩風吹かせたい欲求が露骨に透けて見える一枚絵。2年生によくありがち。
「それで……ご主人様、本日はどちらに?」
「ああ、今日は……ここ」
俺は今いる場所から数十メートル離れた先にある建築物を指差した。
赤い帽子をかぶったペンギンの看板が目立つその店舗。
「あちら……ですか」
「そう、ドンキ。いろんなものが安く買える店。今日はここでお前の生活用品を一式揃える」
「そんな、私のためだなんて……クローラには勿体無さすぎます! こちらの衣服をいただくだけでも恐れ多いのに」
と言って、彼女は自分の着ている服装をまじまじと見る。
今日は家で着ている裸エプロンではなく、猫耳パーカーとニット製のスカートだ。
「もし汚してしまうようなことがあったらと思うと……やはりあのエプロンでいたほうが」
「いいんだよ。買っとかないと後々不便だし。第一、外に全く出してもらえなかったわけじゃないだろ? その時は何かしら着せてもらってたんじゃないの?」
「それは……はい。まぁ服とは呼べないようなボロ布でしたけれど……」
服を着ると、ワイヤードではそれ相応の身分として捉えられてしまう。
だからその定義に当てはまらない、裸でいるのと同然とみなされるようなものを使ってたわけだ。
「私以外の奴隷を見かけた時も、みんな大体そんな感じでした。でも不満はなかったと思います」
「なんで?」
「決まってるじゃないですか」
クローラは俺を見上げると軽くはにかんだ。
「汚れてもいいなら、誰にも何も言われない。余計な気負いをしなくて済みますから」
彼女の標準フォームである裸エプロンを初めて体験した時と、全く同じ感想。
「だから、こういうちゃんとした衣服を着ていると……やっぱり汚したらどうしよう、破けてしまったらどうしようと……そんなことばかりで頭が一杯になってしまって……」
「心配すんなよ」
俺は彼女の頭に軽く手を置いてそっと撫でた。
「汚しても俺は何も言わない。もし破けたってまた新しいのを用意してあげるからさ」
「ご主人様……」
「むしろ、大事な同居人がそんなみすぼらしい格好で外で歩くほうが、俺はイヤかな」
「あ……ありがとうございます」
顔を紅潮させて、ボソボソとクローラは礼を言った。
わかってくれたようで何より。素直が一番。
「それに、今着てるその服も、リファが使ってるやつだから、汚そうが破こうが全然気にすることないから」
「そうでしたか。それなら遠慮なく着られます」
「……ん? んん!?」
一人だけ納得行っていないような女騎士を無視して俺と健気な女奴隷はさっさと店舗内に入っていった。
1Fでは食品売り場で本日の食料を調達。
その後は3,4Fの雑貨屋で食器とタオルと歯ブラシと、個人で使うもの以外はリファとの共用でいいか。
忘れちゃいけないのは寝具だ。また新たに布団を一つリビングに敷いて寝なくてはならないというのも、この店を選んだ理由である。
リファの時はいろんな店をはしごしたけど、今日はここだけで済みそうだ。
「よし、じゃあクローラ、リファ。まずは――」
「よぉし。では今日は貴様の先輩として、この世界での店とはどういうものがあるのかについてをその身に叩き込んでやるからな」
「よ、よろしくお願いしますリファさん」
「え?」
いつの間にかリファが上官よろしくクローラを率いて、こちらの返事なんか一切待たずにさっさと歩いていってしまっていた。
「しっかりついてこい新兵!」
「はい!」
あらら。いつの間にか指導権取られちゃった。
まじかよ。クローラは勝手に消える心配ないと思ってたけど、リファの影響を受けないわけではなかったか。こりゃ気が抜けねぇな。
俺は二人を見失わないように急いで彼女らの後を追った。
「わぁ、階段が勝手に動いてますよ!」
「ふふん、これはエスカレーターと言ってな。自動で動く階段型のキカイなのだ!」
「すごい、なんだか車輪が二つ繋がったような乗り物がたくさん!」
「これは自転車だな。乗せられる数は少ないが、馬も必要ないし、誰でも気軽に早く移動できるぞ」
「リファさん、この風を撒き散らしているキカイはなんでしょうか。風のエレメントを使っているようですが!」
「扇風機だ。しかもこの世界のキカイはエレメントを使わず、電気という独自のエネルギーを使うのだぞ!」
行く先々で色々質問を飛ばすクローラと得意気に応えるリファ。
久しぶりの部下 (のようなもの)ができてちょっと嬉しそう。
それに対してクローラも尊敬の眼差しで彼女を褒め称える。
「さすがリファさん、この世界のことにはもう完全に精通していらっしゃるのですね!」
「ふふん、コレくらいの知識など身につけるのは容易いものよ」
「さすがリファさんです!」
ぱちぱちと拍手をして賞賛を送る女奴隷と、鼻をピノキオ並に高くして大えばりする女騎士。そんな光景をジト目で見つめる俺。
リファが各階の案内板を見ながら次の目的地を設定している時を見計らい、ニコニコ顔で彼女の後ろ姿を見つめるクローラにそっと確認した。
「お前、キカイの事さして興味ないだろ」
「滅相もございません」
「嘘つけよ。目についたものを片っ端からなんですかコレって言って、あとはスルーしてるだけじゃん。リファの説明も大して聞いてないだろ」
クローラはゆっくりと俺を振り返ると、小さくぺろっと下を出した。
「さすがはご主人様。慧眼をお持ちのようで」
「……興味ないならどうしてそんなフリを?」
「リファさんがどーしてもいろんなことを私に説明したがってたように見えたものですから」
無慈悲。
はいはいお前より色々知ってるぞアピールしたいんでちゅねー。了解了解、頭悪い子のフリして聞いてあげまちゅよ~。はーい、よく説明できましたー。さすごしゅ~。
ってことやんけ!
「私は常に『下』でなければいけない。実質的にそうではなくても、そうであるように振る舞わなくてはならない」
「……」
「私は、奴隷ですから」
それ遠回しに自分はリファより上だって言ってるようなもんなんですけどぉ!!
何なの! 君奴隷だよね!? なんか中身は完全に傲慢そのものって感じですが!?
「今はあの人より上か下かはわかりませんが、いずれは追い越してみせます」
「え?」
「ご主人様のことですよ?」
いきなりクローラはそこで俺の肩に頭を預けてきた。
奴隷らしからぬ大胆なその行動に俺は変な声が出そうになるのを慌ててこらえる。
「今はご主人様にとってリファさんが一番でしょうけど……いつかはクローラがその座につかせてもらいます」
「は!?」
「言ってましたよねご主人様……私にお情けをいただける可能性は無きにしもあらず、と」
「い、いや言ったけどさ……ていうか今しがた常に下でなければならないとか仰いませんでした?」
「私自らがリファさんより上になろうだなんて思ってないですよ」
いたずらっぽく彼女は微笑すると、俺を上目遣いで見上げた。
「ご主人様が、クローラを一番にするんです」
「……」
「だからリファさんよりも可愛がっていただけるように、精一杯がんばりますね」
「……」
こっわ。
天然の面被ったただのメンヘラじゃねぇかよ。
主人の意向は奴隷の「常に下で」の掟を上回るから、俺のご機嫌取りしとけばいずれリファより上に立てる、と……。やけに頭が回る奴隷だな。
そんな事情は露知らず、リファはハキハキとこちらを振り返ってそう言ってきた。
「よし、奴隷! 次に行く場所が決まったぞ! ついてこい!」
クローラは俺から瞬時に離れると、さっきまでの小悪魔的な表情から一転、さっきのにこやかな笑顔にスピードチェンジ。
「わかりました。次はどのようなところに連れてってくださるのでしょうか? クローラは楽しみで仕方ありません!」
……。
女の恐ろしさを垣間見た気がしつつも、俺は彼女らの後をある程度距離を保って追っていった。
○
6F おもちゃ売り場
「ここだぁ!」
両腕を広げてめっちゃテンション高い感じでリファは言った。
どこかと思えばこんなとこかよ。
いつの間にか自分が楽しむこと最優先にしてねぇかこいつ。
「おいリファ、今日はこういうとこ寄りに来たわけじゃ――」
「勘違いするなマスター、私だって遊び道具を買い求めるために来たわけではない」
「じゃ何なんだよ」
「無論、武器の調達に決まっているだろう」
女騎士は胸を張って力説する。
「この世界がワイヤードに比べて平和だというのは百も承知。だが、危険がまったくないわけではない。そのためには護身用のためにきちんと武器を装備し、いざという時のために訓練しておかねばならん」
と言って、彼女はベルトのホルダーに吊るされている100均ソードを軽く叩く。
「奴隷とはいえど、我々と同じ屋根の下に住む仲間でもある。文化を教えることももちろんそうだが、肉体面でもきっちり私が監督してやらねば」
「本音は?」
「このままあやつにマスターの世話係専門にさせたくないから、私と同じ自宅警備隊に仕立て上げてあわよくば私がマスターの世話係に……あ」
「……」
俺が冷ややかな視線を向けていると、リファは顔を真っ赤にして震え声で釈明。
「……~っ、だって! こないだからますたーとあいつ、ずっとべったりでわたしにかまってくれなくて……」
「……はぁ」
女の敵は女、か。気持ちはわからんでもない。
まぁ俺にも多少の責任はあるからな。
「わかった、悪かったよ。これからはちゃんと平等に接するから」
「……そーゆうもんだいじゃないのに……」
「あ? じゃどういう問題なんだよ」
「しらんっ」
俺は問い返したが、彼女は不機嫌そうにするばかりで答えてはくれなかった。何なんだよもう……。
「で、ここではなんか買い物すんのか?」
「え? うーん、せっかくだからちょっとだけ見てく」
「あっそ。えっとクローラは……あれ?」
ふと気がつくと、彼女の姿が見当たらない。どこ行ったんだろう。
おいおい、ここでリファの失踪癖発症とか冗談じゃねぇぞ。感化されるの早すぎだってマジで。
俺はぐるりと周囲を見渡して、軽く名前を呼んでみたが、応答なし。
まずいなー。ここけっこう人入り激しいし、迷子センターとかもないし。どうしよう……。
「あ、いた」
するとリファがとある一点を指差して、俺の服を引っ張った。
彼女の人差し指の延長線上には、たしかにクローラがいた。
ガラスのショーケースにべったり張り付いて、中の展示品を食い入るように眺めていた。
「クローラ」
「わっ!」
背後から声をかけると、彼女は飛び上がった。
「あ、ご主人様……」
「まったく、勝手にいなくなったら心配するだろ。何見てたんだよ」
「す、すみません! ……ちょっと気になるものが……」
腰を90度折って謝罪する彼女を尻目に、俺はショーケースの中を確認した。
「……モデルガン?」
そう、中にはいっていたのは黒や銀に輝く、精巧に模された拳銃たちであった。
リファも続いてそれらを覗き込んだが、銃には馴染みがないのか、ちんぷんかんぷんといった表情を浮かべた。
「こんなのが気になってたのか」
「は、はい」
そのショーケースが置かれたコーナーはいわゆるモデルガン専門の店舗で、拳銃だけでなく、アサルトライフルやスナイパーライフルなどなど、様々な銃器が揃い踏みしている場所であった。
あまりこういう分野には疎いもんで寄っていくようなことはしてこなかったが……随分と本格的だな。サバゲーマーとかよく利用しそうな雰囲気。
でも、クローラみたいな女の子が興味津々ってのは意外な気がする。
「ボウズ達、それ気になるのかい?」
すると不意に大男が声をかけて近づいてきた。
身長は190センチ。髪は茶。筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ。おそらくここの店員だろう。
「「ぴぃっ!」」
リファもクローラもその姿に完全に萎縮してしまい、俺の背後に猛スピードで隠れてしまう。クローラはいいとして、警備隊が警護対象を盾にしてんじゃねぇよリファさんよ。
「ええ、まぁちょっと……興味があるのは俺じゃなくてツレなんですが」
と言って俺が背後のクローラを指差すと、大男は目を丸くした。
「ほぉ! こりゃ驚いたな。こんな可愛い嬢ちゃんが銃に興味をお持ちとは」
「……」
クローラは俺の肩から顔を覗かせて、恐る恐る一礼した。
「銃を持ったことは?」
「い、いえ……一度も」
「ふむ」
大男は彼女の顔をまじまじと見つめると、ニヤリと笑った。
「ただのカカシってわけでもなさそうだな。どれ……」
そう言ってポケットから鍵束を取り出すと、その中の一本をショーケースの鍵穴に挿して解錠した。
展示されているうちの一丁を取り出すと、グリップをクローラに向けて差し出した。
「持ってみな」
「……いいのですか?」
「構いやしねぇよ。いい銃を見極めるには実際に手に取って触る。この手に限る」
「……」
クローラは、その黒光りする大型オートマチック拳銃を受け取り、そっと握った。
その瞬間、彼女の目は大きく見開かれた。まるで何かに覚醒めたように。
「電動ブローバック式、ベレッタM92Fのロングバレル型カスタムモデル。限定品で仕入れるのは苦労したが、威力はお墨付きだ」
「……」
クローラはその説明を聞いているのかいないのか、黙ってスライドを引いたり弾倉を取り出したりして熱心に調べている。とてもじゃないが、銃を知らない人間の反応ではない。
まさか……クローラは銃を知っているのか?
「なぁリファ」
「な、なんだ?」
「ワイヤードには銃火器ってあるのか?」
「大砲とかがあるが、ああいう持ち運べるようなサイズのものは見たことはない。エレメントを内蔵した武器に似たようなものがあったかもしれないけど……戦いであまり使われていた覚えはない」
なくはないけど、あくまで剣や弓矢が主流の時代、か。
リファでさえ理解が曖昧なのに、奴隷であるクローラが知っているのは流石におかしいよな。
「なかなか小慣れた手つきだ嬢ちゃん。どうだい、触り心地は」
「はい……すごく、いいかもです」
「結構、ではますます好きになるぞ。ついてきな」
大男に誘われるがままに、クローラは銃を携えて彼についていってしまった。
どこに行く気だよもう……。
ほとほとうんざりしながらも、俺達も急いでその後についていくのだった。
○
「ここだ。どうだすごいだろう」
「……ここは」
射撃場。
かなり狭いが、本格的な造りをしている。
こんなのも併設している店とは、こりゃ驚きだ
「手に持って感触を確かめるのもいいが、本領は撃ってみないとわからねぇからな」
店員は彼女に、ゴーグルと数発のBB弾を手渡すと、簡単に弾込めのやり方をレクチャーした。
「こうやって込めたあとは、弾倉をもとに戻して、セーフティ解除ボタンを押しつつトリガーを引く。OK?」
「……はい」
黙々と弾丸の装填を終え、女奴隷は射撃場に立つ。
リファが剣を持ち、彼女は銃、か……ふむ。
俺はその奇妙な組み合わせに悶々としつつも、彼女の射撃の腕を見届けることにした。
ゴーグルの装着も終えたクローラはその銃を両手で構え、数メートル先に設置された紙製の的に狙いを定める。
すると、それを見たリファが突然顔をしかめた。
「……っ」
「? どうしたリファ」
「いや……なんだか……彼女のあの姿、どこかで見たような気がする」
「え? クローラをか?」
「いや、私の思い違いかも知れないが……あの銃とやらを構えたのを見たら……なんだか……」
こめかみを軽く押さえながら彼女は言うが、どうもはっきりしないらしく、早々に思い出すのをやめてかぶりを振った。
クローラだけでなくリファまで……?
一体何が起きてるんだ? 前世で何があったというのだろうか。
実はあいつ……奴隷の裏に何か別の顔があったりするんじゃあなかろうか。
奴隷にしては知恵がついてるし、きっと本当は帝国軍の要人か何かで、そっちの方の記憶は忘れてるだけとか?
ならさっきの銃を持った時のリアクションは……失われた記憶の断片を思い出した兆候?
謎が謎を呼ぶ状況だが、それは今にわかる。
もしそうであれば……このあとの射撃の結果が証明してくれるだろう。
すぅーはぁー、と深呼吸を済ませ、クローラはキッと的を睨みつけ、撃った!
ガチャンガチャンガチャン!!!
乾いた音を連続で響かせ、銃が暴れた。
スライドが超高速で前後に動き、目にも留まらぬ速さでBB弾が射出される。
クローラは初めての射撃にも関わらず、驚くこともなく冷静に撃ち続ける。
反対に、俺達二人は唖然としてその光景に釘付けになっていた。
やがて弾が出なくなると、彼女はすぐさま弾倉を引っこ抜き、傍に置いてあった予備のマガジンを装填してリロードを終えた。
なんという速さ。なんという手際の良さ。なんという躊躇のなさ。
これはすごい、すごすぎる。
俺は確信した。彼女は奴隷なんかじゃないと。
あいつには、隠された過去がある。ワイヤードの文化や技術に関係した過去が。
それが何なのかわからないし、何より彼女自身の自覚がまだないけど……リファとはまた違うワイヤードの側面を知ることができそうな予感がした。
「すげぇ、すげぇぜ嬢ちゃん……」
クローラの持ち弾が完全に尽きた頃。
それを最も近くで見ていた大男の店員さんは自らもかけていたゴーグルを外し、紙製の的を外すとこちらに持ってきた。
それを俺とリファと、そして射撃手であるクローラに見せて、端的に言った。
「全部ハズレだ」
予感がしただけだった。
同居人が一匹増えたところで、また新たな生活用品とかを買い足さなくちゃならなくなった俺達は早速3人で買い物に出かけた。
今までは家の近辺にエリアをとどめていたが、今回は違う。
今回の舞台は……。
「うわぁ……すごい人出ですねご主人様!」
奥手そうなイメージのクローラが、目を輝かせてはしゃぎだすほどの街並み。
ここは八王子駅前。市内で一番人が賑わう場所。
俺達はそこに位置する繁華街通りに差し掛かっていた。
いきなりこんなゴミゴミした場所に連れてくるのはハードルが高すぎるかもと思ったが、それはワイヤードとて同じことだということはリファの話からなんとなくわかっていたのであえて連れてきた。
それに彼女は家を出たときからずっと俺の三歩後ろをキープして歩いている。一人でフラフラ勝手にあっちに行ったりこっちに行ったりする誰かさんとはえらい違いだ。
「先程の『ばす』という乗り物も大変珍しいものでしたが、こちらの風景も大小様々な建物があって、非常にすばらしいです!」
「バスは確かにそうかもだけど……こういう街並みってワイヤードにもあるものじゃなかったっけ?」
「いえ……私自身があまりこういう場所に慣れていないだけです……。外に出ることがそんなになかったもので」
面目ないというふうに恥ずかしげに笑うと、彼女はこう付け足した。
「私は、奴隷ですから」
外に出ることがない。
それは彼女に命じられた「服を着てはならない」という言いつけからなんとなく想像はできた。
ただ家の中で隷属される毎日。
たとえ外に出ることがあったとしても、それは身柄の輸送とか荷物持ちやらでこういった自由に動き回れるものでは決してなかったということだろう。
だとしたら、やはり性急過ぎたか……? 迷子になる心配は避けられるかもしれないが、与えられる情報量が多すぎて返って混乱しちゃうかもしれない。
とか思ってた矢先のことである。
ぐらっ、とクローラの身体が傾いたかと思うと、そのままバランスを崩して前のめりに倒れ始めた。
しかし、すんでのところで彼女の襟を後ろから掴んで止めた者がいた。
「まったく、何をぼーっとしておるか」
そこには金髪碧眼の女騎士が呆れ顔で立っていた。
「す、すみません……ちょっとあまりの人の多さに立ちくらんでしまって……」
「しっかりしろ。あまりマスターに迷惑をかけるものではない」
「はい……」
申し訳なさそうにうつむく奴隷と腕を組んで仁王立ちする女騎士。
さながら新兵を叱る教官。自分より下の奴がいるから先輩風吹かせたい欲求が露骨に透けて見える一枚絵。2年生によくありがち。
「それで……ご主人様、本日はどちらに?」
「ああ、今日は……ここ」
俺は今いる場所から数十メートル離れた先にある建築物を指差した。
赤い帽子をかぶったペンギンの看板が目立つその店舗。
「あちら……ですか」
「そう、ドンキ。いろんなものが安く買える店。今日はここでお前の生活用品を一式揃える」
「そんな、私のためだなんて……クローラには勿体無さすぎます! こちらの衣服をいただくだけでも恐れ多いのに」
と言って、彼女は自分の着ている服装をまじまじと見る。
今日は家で着ている裸エプロンではなく、猫耳パーカーとニット製のスカートだ。
「もし汚してしまうようなことがあったらと思うと……やはりあのエプロンでいたほうが」
「いいんだよ。買っとかないと後々不便だし。第一、外に全く出してもらえなかったわけじゃないだろ? その時は何かしら着せてもらってたんじゃないの?」
「それは……はい。まぁ服とは呼べないようなボロ布でしたけれど……」
服を着ると、ワイヤードではそれ相応の身分として捉えられてしまう。
だからその定義に当てはまらない、裸でいるのと同然とみなされるようなものを使ってたわけだ。
「私以外の奴隷を見かけた時も、みんな大体そんな感じでした。でも不満はなかったと思います」
「なんで?」
「決まってるじゃないですか」
クローラは俺を見上げると軽くはにかんだ。
「汚れてもいいなら、誰にも何も言われない。余計な気負いをしなくて済みますから」
彼女の標準フォームである裸エプロンを初めて体験した時と、全く同じ感想。
「だから、こういうちゃんとした衣服を着ていると……やっぱり汚したらどうしよう、破けてしまったらどうしようと……そんなことばかりで頭が一杯になってしまって……」
「心配すんなよ」
俺は彼女の頭に軽く手を置いてそっと撫でた。
「汚しても俺は何も言わない。もし破けたってまた新しいのを用意してあげるからさ」
「ご主人様……」
「むしろ、大事な同居人がそんなみすぼらしい格好で外で歩くほうが、俺はイヤかな」
「あ……ありがとうございます」
顔を紅潮させて、ボソボソとクローラは礼を言った。
わかってくれたようで何より。素直が一番。
「それに、今着てるその服も、リファが使ってるやつだから、汚そうが破こうが全然気にすることないから」
「そうでしたか。それなら遠慮なく着られます」
「……ん? んん!?」
一人だけ納得行っていないような女騎士を無視して俺と健気な女奴隷はさっさと店舗内に入っていった。
1Fでは食品売り場で本日の食料を調達。
その後は3,4Fの雑貨屋で食器とタオルと歯ブラシと、個人で使うもの以外はリファとの共用でいいか。
忘れちゃいけないのは寝具だ。また新たに布団を一つリビングに敷いて寝なくてはならないというのも、この店を選んだ理由である。
リファの時はいろんな店をはしごしたけど、今日はここだけで済みそうだ。
「よし、じゃあクローラ、リファ。まずは――」
「よぉし。では今日は貴様の先輩として、この世界での店とはどういうものがあるのかについてをその身に叩き込んでやるからな」
「よ、よろしくお願いしますリファさん」
「え?」
いつの間にかリファが上官よろしくクローラを率いて、こちらの返事なんか一切待たずにさっさと歩いていってしまっていた。
「しっかりついてこい新兵!」
「はい!」
あらら。いつの間にか指導権取られちゃった。
まじかよ。クローラは勝手に消える心配ないと思ってたけど、リファの影響を受けないわけではなかったか。こりゃ気が抜けねぇな。
俺は二人を見失わないように急いで彼女らの後を追った。
「わぁ、階段が勝手に動いてますよ!」
「ふふん、これはエスカレーターと言ってな。自動で動く階段型のキカイなのだ!」
「すごい、なんだか車輪が二つ繋がったような乗り物がたくさん!」
「これは自転車だな。乗せられる数は少ないが、馬も必要ないし、誰でも気軽に早く移動できるぞ」
「リファさん、この風を撒き散らしているキカイはなんでしょうか。風のエレメントを使っているようですが!」
「扇風機だ。しかもこの世界のキカイはエレメントを使わず、電気という独自のエネルギーを使うのだぞ!」
行く先々で色々質問を飛ばすクローラと得意気に応えるリファ。
久しぶりの部下 (のようなもの)ができてちょっと嬉しそう。
それに対してクローラも尊敬の眼差しで彼女を褒め称える。
「さすがリファさん、この世界のことにはもう完全に精通していらっしゃるのですね!」
「ふふん、コレくらいの知識など身につけるのは容易いものよ」
「さすがリファさんです!」
ぱちぱちと拍手をして賞賛を送る女奴隷と、鼻をピノキオ並に高くして大えばりする女騎士。そんな光景をジト目で見つめる俺。
リファが各階の案内板を見ながら次の目的地を設定している時を見計らい、ニコニコ顔で彼女の後ろ姿を見つめるクローラにそっと確認した。
「お前、キカイの事さして興味ないだろ」
「滅相もございません」
「嘘つけよ。目についたものを片っ端からなんですかコレって言って、あとはスルーしてるだけじゃん。リファの説明も大して聞いてないだろ」
クローラはゆっくりと俺を振り返ると、小さくぺろっと下を出した。
「さすがはご主人様。慧眼をお持ちのようで」
「……興味ないならどうしてそんなフリを?」
「リファさんがどーしてもいろんなことを私に説明したがってたように見えたものですから」
無慈悲。
はいはいお前より色々知ってるぞアピールしたいんでちゅねー。了解了解、頭悪い子のフリして聞いてあげまちゅよ~。はーい、よく説明できましたー。さすごしゅ~。
ってことやんけ!
「私は常に『下』でなければいけない。実質的にそうではなくても、そうであるように振る舞わなくてはならない」
「……」
「私は、奴隷ですから」
それ遠回しに自分はリファより上だって言ってるようなもんなんですけどぉ!!
何なの! 君奴隷だよね!? なんか中身は完全に傲慢そのものって感じですが!?
「今はあの人より上か下かはわかりませんが、いずれは追い越してみせます」
「え?」
「ご主人様のことですよ?」
いきなりクローラはそこで俺の肩に頭を預けてきた。
奴隷らしからぬ大胆なその行動に俺は変な声が出そうになるのを慌ててこらえる。
「今はご主人様にとってリファさんが一番でしょうけど……いつかはクローラがその座につかせてもらいます」
「は!?」
「言ってましたよねご主人様……私にお情けをいただける可能性は無きにしもあらず、と」
「い、いや言ったけどさ……ていうか今しがた常に下でなければならないとか仰いませんでした?」
「私自らがリファさんより上になろうだなんて思ってないですよ」
いたずらっぽく彼女は微笑すると、俺を上目遣いで見上げた。
「ご主人様が、クローラを一番にするんです」
「……」
「だからリファさんよりも可愛がっていただけるように、精一杯がんばりますね」
「……」
こっわ。
天然の面被ったただのメンヘラじゃねぇかよ。
主人の意向は奴隷の「常に下で」の掟を上回るから、俺のご機嫌取りしとけばいずれリファより上に立てる、と……。やけに頭が回る奴隷だな。
そんな事情は露知らず、リファはハキハキとこちらを振り返ってそう言ってきた。
「よし、奴隷! 次に行く場所が決まったぞ! ついてこい!」
クローラは俺から瞬時に離れると、さっきまでの小悪魔的な表情から一転、さっきのにこやかな笑顔にスピードチェンジ。
「わかりました。次はどのようなところに連れてってくださるのでしょうか? クローラは楽しみで仕方ありません!」
……。
女の恐ろしさを垣間見た気がしつつも、俺は彼女らの後をある程度距離を保って追っていった。
○
6F おもちゃ売り場
「ここだぁ!」
両腕を広げてめっちゃテンション高い感じでリファは言った。
どこかと思えばこんなとこかよ。
いつの間にか自分が楽しむこと最優先にしてねぇかこいつ。
「おいリファ、今日はこういうとこ寄りに来たわけじゃ――」
「勘違いするなマスター、私だって遊び道具を買い求めるために来たわけではない」
「じゃ何なんだよ」
「無論、武器の調達に決まっているだろう」
女騎士は胸を張って力説する。
「この世界がワイヤードに比べて平和だというのは百も承知。だが、危険がまったくないわけではない。そのためには護身用のためにきちんと武器を装備し、いざという時のために訓練しておかねばならん」
と言って、彼女はベルトのホルダーに吊るされている100均ソードを軽く叩く。
「奴隷とはいえど、我々と同じ屋根の下に住む仲間でもある。文化を教えることももちろんそうだが、肉体面でもきっちり私が監督してやらねば」
「本音は?」
「このままあやつにマスターの世話係専門にさせたくないから、私と同じ自宅警備隊に仕立て上げてあわよくば私がマスターの世話係に……あ」
「……」
俺が冷ややかな視線を向けていると、リファは顔を真っ赤にして震え声で釈明。
「……~っ、だって! こないだからますたーとあいつ、ずっとべったりでわたしにかまってくれなくて……」
「……はぁ」
女の敵は女、か。気持ちはわからんでもない。
まぁ俺にも多少の責任はあるからな。
「わかった、悪かったよ。これからはちゃんと平等に接するから」
「……そーゆうもんだいじゃないのに……」
「あ? じゃどういう問題なんだよ」
「しらんっ」
俺は問い返したが、彼女は不機嫌そうにするばかりで答えてはくれなかった。何なんだよもう……。
「で、ここではなんか買い物すんのか?」
「え? うーん、せっかくだからちょっとだけ見てく」
「あっそ。えっとクローラは……あれ?」
ふと気がつくと、彼女の姿が見当たらない。どこ行ったんだろう。
おいおい、ここでリファの失踪癖発症とか冗談じゃねぇぞ。感化されるの早すぎだってマジで。
俺はぐるりと周囲を見渡して、軽く名前を呼んでみたが、応答なし。
まずいなー。ここけっこう人入り激しいし、迷子センターとかもないし。どうしよう……。
「あ、いた」
するとリファがとある一点を指差して、俺の服を引っ張った。
彼女の人差し指の延長線上には、たしかにクローラがいた。
ガラスのショーケースにべったり張り付いて、中の展示品を食い入るように眺めていた。
「クローラ」
「わっ!」
背後から声をかけると、彼女は飛び上がった。
「あ、ご主人様……」
「まったく、勝手にいなくなったら心配するだろ。何見てたんだよ」
「す、すみません! ……ちょっと気になるものが……」
腰を90度折って謝罪する彼女を尻目に、俺はショーケースの中を確認した。
「……モデルガン?」
そう、中にはいっていたのは黒や銀に輝く、精巧に模された拳銃たちであった。
リファも続いてそれらを覗き込んだが、銃には馴染みがないのか、ちんぷんかんぷんといった表情を浮かべた。
「こんなのが気になってたのか」
「は、はい」
そのショーケースが置かれたコーナーはいわゆるモデルガン専門の店舗で、拳銃だけでなく、アサルトライフルやスナイパーライフルなどなど、様々な銃器が揃い踏みしている場所であった。
あまりこういう分野には疎いもんで寄っていくようなことはしてこなかったが……随分と本格的だな。サバゲーマーとかよく利用しそうな雰囲気。
でも、クローラみたいな女の子が興味津々ってのは意外な気がする。
「ボウズ達、それ気になるのかい?」
すると不意に大男が声をかけて近づいてきた。
身長は190センチ。髪は茶。筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ。おそらくここの店員だろう。
「「ぴぃっ!」」
リファもクローラもその姿に完全に萎縮してしまい、俺の背後に猛スピードで隠れてしまう。クローラはいいとして、警備隊が警護対象を盾にしてんじゃねぇよリファさんよ。
「ええ、まぁちょっと……興味があるのは俺じゃなくてツレなんですが」
と言って俺が背後のクローラを指差すと、大男は目を丸くした。
「ほぉ! こりゃ驚いたな。こんな可愛い嬢ちゃんが銃に興味をお持ちとは」
「……」
クローラは俺の肩から顔を覗かせて、恐る恐る一礼した。
「銃を持ったことは?」
「い、いえ……一度も」
「ふむ」
大男は彼女の顔をまじまじと見つめると、ニヤリと笑った。
「ただのカカシってわけでもなさそうだな。どれ……」
そう言ってポケットから鍵束を取り出すと、その中の一本をショーケースの鍵穴に挿して解錠した。
展示されているうちの一丁を取り出すと、グリップをクローラに向けて差し出した。
「持ってみな」
「……いいのですか?」
「構いやしねぇよ。いい銃を見極めるには実際に手に取って触る。この手に限る」
「……」
クローラは、その黒光りする大型オートマチック拳銃を受け取り、そっと握った。
その瞬間、彼女の目は大きく見開かれた。まるで何かに覚醒めたように。
「電動ブローバック式、ベレッタM92Fのロングバレル型カスタムモデル。限定品で仕入れるのは苦労したが、威力はお墨付きだ」
「……」
クローラはその説明を聞いているのかいないのか、黙ってスライドを引いたり弾倉を取り出したりして熱心に調べている。とてもじゃないが、銃を知らない人間の反応ではない。
まさか……クローラは銃を知っているのか?
「なぁリファ」
「な、なんだ?」
「ワイヤードには銃火器ってあるのか?」
「大砲とかがあるが、ああいう持ち運べるようなサイズのものは見たことはない。エレメントを内蔵した武器に似たようなものがあったかもしれないけど……戦いであまり使われていた覚えはない」
なくはないけど、あくまで剣や弓矢が主流の時代、か。
リファでさえ理解が曖昧なのに、奴隷であるクローラが知っているのは流石におかしいよな。
「なかなか小慣れた手つきだ嬢ちゃん。どうだい、触り心地は」
「はい……すごく、いいかもです」
「結構、ではますます好きになるぞ。ついてきな」
大男に誘われるがままに、クローラは銃を携えて彼についていってしまった。
どこに行く気だよもう……。
ほとほとうんざりしながらも、俺達も急いでその後についていくのだった。
○
「ここだ。どうだすごいだろう」
「……ここは」
射撃場。
かなり狭いが、本格的な造りをしている。
こんなのも併設している店とは、こりゃ驚きだ
「手に持って感触を確かめるのもいいが、本領は撃ってみないとわからねぇからな」
店員は彼女に、ゴーグルと数発のBB弾を手渡すと、簡単に弾込めのやり方をレクチャーした。
「こうやって込めたあとは、弾倉をもとに戻して、セーフティ解除ボタンを押しつつトリガーを引く。OK?」
「……はい」
黙々と弾丸の装填を終え、女奴隷は射撃場に立つ。
リファが剣を持ち、彼女は銃、か……ふむ。
俺はその奇妙な組み合わせに悶々としつつも、彼女の射撃の腕を見届けることにした。
ゴーグルの装着も終えたクローラはその銃を両手で構え、数メートル先に設置された紙製の的に狙いを定める。
すると、それを見たリファが突然顔をしかめた。
「……っ」
「? どうしたリファ」
「いや……なんだか……彼女のあの姿、どこかで見たような気がする」
「え? クローラをか?」
「いや、私の思い違いかも知れないが……あの銃とやらを構えたのを見たら……なんだか……」
こめかみを軽く押さえながら彼女は言うが、どうもはっきりしないらしく、早々に思い出すのをやめてかぶりを振った。
クローラだけでなくリファまで……?
一体何が起きてるんだ? 前世で何があったというのだろうか。
実はあいつ……奴隷の裏に何か別の顔があったりするんじゃあなかろうか。
奴隷にしては知恵がついてるし、きっと本当は帝国軍の要人か何かで、そっちの方の記憶は忘れてるだけとか?
ならさっきの銃を持った時のリアクションは……失われた記憶の断片を思い出した兆候?
謎が謎を呼ぶ状況だが、それは今にわかる。
もしそうであれば……このあとの射撃の結果が証明してくれるだろう。
すぅーはぁー、と深呼吸を済ませ、クローラはキッと的を睨みつけ、撃った!
ガチャンガチャンガチャン!!!
乾いた音を連続で響かせ、銃が暴れた。
スライドが超高速で前後に動き、目にも留まらぬ速さでBB弾が射出される。
クローラは初めての射撃にも関わらず、驚くこともなく冷静に撃ち続ける。
反対に、俺達二人は唖然としてその光景に釘付けになっていた。
やがて弾が出なくなると、彼女はすぐさま弾倉を引っこ抜き、傍に置いてあった予備のマガジンを装填してリロードを終えた。
なんという速さ。なんという手際の良さ。なんという躊躇のなさ。
これはすごい、すごすぎる。
俺は確信した。彼女は奴隷なんかじゃないと。
あいつには、隠された過去がある。ワイヤードの文化や技術に関係した過去が。
それが何なのかわからないし、何より彼女自身の自覚がまだないけど……リファとはまた違うワイヤードの側面を知ることができそうな予感がした。
「すげぇ、すげぇぜ嬢ちゃん……」
クローラの持ち弾が完全に尽きた頃。
それを最も近くで見ていた大男の店員さんは自らもかけていたゴーグルを外し、紙製の的を外すとこちらに持ってきた。
それを俺とリファと、そして射撃手であるクローラに見せて、端的に言った。
「全部ハズレだ」
予感がしただけだった。
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