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レベル3.異世界の女奴隷が俺の家に住むことになったがポンコツだった件

0.女奴隷が家にやってきた

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「なんか章の名前とサブタイおかしくね?」
「気のせいでございますよご主人様」

 少女は何食わぬ顔でちゃぶ台の向こう側でニコニコ笑っている。
 そうなのかな。
 入居編、日常編、ときて次は旅行編とか学校編とかそういうシリーズが始まるかと思いきや、よもやこうなるとは。世界とは何が起きるかわからないものである。
 何故こうなったのか腑に落ちない部分もあるんだけど、深く追求するべきだろうか。

「さぁさ、細かい話は抜きにいたしましょう。お茶が入りましてございますよ」

 彼女は笑みを絶やさず、ティーポットに入れられた液体を茶渋のシミのついた湯呑みに注ぎ込む。
 ぐちゃぁ。
 と、まるで下水道から汲んできたみたいな粘土の高い液体が放出されて器に溜まっていく。

「はい、どうぞご主人様」

 ニコ、と彼女は微笑み、その汚水を俺に差し出した。
 俺は何も考えずに、それを少し口に含み、ゆっくりと舌の上で転がすように味わう。
 まず冷たい。ホットかと思ったが、冷たい。
 そして味はない。全くの無味。ただそこにあるのは、ねちょねちょとした舌触りと、紛れ込んでいる漂流物が歯に当たる感触。そしてうっすらと香る腐敗臭。
 ごくり、と俺は何も考えずにそれを嚥下した。
 粘度は高いのに、喉越し爽やか。
 飲み下したというのに喉の奥からこみ上げてくる不快感。

「いかがでしょうか?」

 屈託のない笑顔で感想を求めてくる少女に、俺も笑顔で返す。

「個性的な味だね。これは何だい?」
「はい、勝手ながら、あちらの台所と思しき場所にある、巨大な三角形型の容器に収まっていたティーバッグを使用させていただきました。数々の個性的な葉があのようにまとめてあったので」
「そうだったのか。通りで食った後数時間ほったらかしといたプリンの空き容器みたいな臭いがするわけだ」
「お褒めいただき、光栄でございます」

 三指をついて、少女は深々と頭を下げた。
 年齢は18~19歳くらい。
 髪はこんがり焼けたパンのような薄茶色のミディアムショートボブ。
 整った顔立ちをし、体つきは少々痩せこけているが、気になるほどではない。
 まぁ人にも寄るだろうが、可愛いと思えるような容貌である。
 ただし。
 「その一点」さえなければの話だが。
 終わり悪けりゃ全て悪しとは言い得て妙なもの。「その一点」があるだけで、他の部分の良さが台無しである。
 だが正直にその点について正直に問うのは、非常に難易度が高かった。どうにかして遠回しに、オブラートに包んで指摘できないものかと試行錯誤すること数十秒。
 俺は湯呑みをそっと置き、呼吸を整えて、内心少し動揺していることをさとられぬように言った。

「ちょっと訊いていいかな?」
「はいご主人様。なんなりと」

 元気よく返事をした彼女に対して、俺は爽やかな表情で質問を投げかけた。

「寒くないの? 裸で」

 それを聞いても、少女はきょとんとして小首を傾げるだけ。
 全裸。
 衣服と呼べるものを一切着用せず。白くすべすべの肌が上から下まで完全にむき出しである。
 身につけているものといえば、首と両手足首にはめられた大きめの鉄製リングのみ。
 そんな出で立ちなのにもかかわらず、大真面目で彼女はこう返す。

「別に寒くはありませんが」

 聞き方が悪かったか、それとも相手の理解能力がこちらの想定以下だったか。

「いや、寒くないならいいんだ。ごめん、変なこと訊いて」
「そんな、謝らいでくださいませ。奴隷が裸でいるのは当然のことでございます。むしろそのことをきちんと説明せず、混乱を招いた私めの責任でございます」

 今度は両掌と額をカーペットにこすりつけて悲壮な声で謝罪してきた。

「どうぞ、なんなりと罰をお与えくださいまし」    
「ちょっと、別に謝るようなことじゃないって」

 俺は慌てて誤解を解こうとすると、顔だけ上げて彼女は恐る恐る訊いてくる。

「何もなさらないのですか?」
「当たり前だよ。別に怒ってないし」
「……」

 じーっと不思議そうに少女は無言で俺の顔を見据えていた。

「何?」
「いえ。奴隷の主人というのは、ここまでお優しそうな方だったのでしょうかと思いまして」
「優しい? 俺が?」
「はい。私に対しての威圧感のようなものがまるで感じられず、むしろ優しく接しようとする姿勢さえ感じられます」
「実際そうなんだけどなぁ」

 俺が苦笑いしながら応えると、全裸の少女は目を丸くした。

「初めてです。こんな人……」
「そうなの?」
「はい。正直、少し戸惑っています。罵声を浴び、痛めつけられ、犯されるのが奴隷の常と存じておりました」   
「そんなことしないよ。ましてや君みたいな可愛い娘にさ」
「かわいい……?」

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情をすると、ワンテンポおいて少女の顔はみるみるうちに真っ赤になっていった。

「い、いきなりそんなことを……からかうのはおやめくださいませ」        
「別にからかってないさ。正直な感想を言ってるだけだよ」
「っ……」

 言葉をつまらせると、少女は恥ずかしそうにうつむいた。

「なんだか、いつもと違いすぎて……どう反応してよいかわからないです」
「そ、そっか。じゃあどうすればいい?」
「せめて、何か命令を……。奴隷は主に従うもの。そうしていただければ、私もいつもの調子を取り戻せると思います」
「命令? いきなりそう言われてもなぁ……」
「なんでも、なんでも構いません! 私にできることならどのようなことでも喜んでいたします!」

 懇願するように自らへの命を要求してくる女奴隷。
 なんでもするとはいえ、すぐにそんなことを思い浮かぶはずもない。むしろ余計に彼女へ気を使ってしまう。
 そんな時。
 ぐぅぅ、と俺の腹の虫が盛大に鳴った。
 それを耳ざとく聞きつけた少女は、遠慮がちに尋ねてきた。

「ご主人様、空腹でいらっしゃるのですか?」
「あはは、まぁね」
「それでしたら!」

 彼女は立ち上がり、台所の方へと引っ込むと、しばらくして何かを持ってリビングへ戻ってきた。

「一応朝食のご用意もしてございます。ご主人様」

 と言って、ちゃぶ台の上に置かれたのは戸棚においてあった白い皿。
 その中には、張られた水になにかこげ茶色の破片が無数に浮いているという、材料から作る意図まで全てが謎な物体であった。
 かろうじて確認できるのは…。

 細い脚と、触覚と、薄羽。

「これは……?」
「はい。こちらも、誠に勝手ながら、台所の床の隅に置かれていた小さな箱の中に丁度食べられそうな虫が詰まっていたものですから。それらを具にしたスープを……」  

 そこまで言って、少女は何かに気づいたようにハッとすると狼狽え始めた。

「もしかして、何か私は手を付けてはいけないものを使ってしまったのでしょうか? もしそれでしたら――」
「ううん、全然問題ないから大丈夫。むしろ嬉しいよ。俺のために作ってくれたんだね」
「っ、は、はい……ご主人様に喜んでもらおうと……その、頑張ってお作りしました」
「そっか。ありがとう」

 添付のスプーンを手に取り、そのこげ茶色の破片をすくい、口に含み、咀嚼する。
 まずこれも冷たい。冷めてるのではなく冷たい。熱しないスープというのもこの世にはあるのだということを初めて知った瞬間だった。
 そして肝心の具の方はというと……。
 一言で言えば苦い。食べ物というよりは粉薬を食べているような味だ。
 食感は意外とサクサクしている。噛む度小気味のいい音が口内から聞こえてくる。

「ど、どうでしょうか」
「うん、個性的な味だね」

 と言って、俺は傍らにあったティッシュを手に取り、口を拭うふりをして全部中身を吐き出した。

「よかった……私、ご主人様のお役に立てたのですね」
 少女はほっと安堵の息をついて微笑んだ。
「気は落ち着いた?」
「はい、なんとか……」

 胸の前に手を置き、軽く深呼吸して少女は普段のペースを取り戻す。

「申し訳ありません。今日からご主人様に付き従う身であるにも関わらず、このような醜態を」
「誰だって初めはそんなもんさ。そんな固くならずに、リラックスしていこうよ」
「またそのようなお言葉を……私のような者のために」

 おっと、せっかく打ち解けてきたところなのにまた溝を空けちゃった。
 でも、だからって無垢な少女に理不尽に無碍な扱いをする訳にはいかない。
 俺は俺なりのやり方で接していけばいいんだ。

「ねぇ、さっき俺の命令ならなんでも聞くって言ってたよね」
「え、あ、はい……もちろんでございます」
「じゃあさ、そういう下手に出すぎた姿勢っていうかさ、あんまり堅苦しいのはなしにしようよ」
「……はい?」

 ぽかんとして少女の表情は呆けたものに早変わり。

「俺、君が言うような人間にはなれないしなるつもりもない。だから君にとっては不自然だろうけど、せめて今のありのままの俺を受け入れてもらえないかな?」
「ご主人様……」
「これは俺の命令。そして君も、必要以上に自分を卑下しちゃダメだよ。そゆことされるとこっちも反応に困るからさ」

 出来る限り優しい口調でそう注文を出すと、彼女は目を閉じ、ゆっくり首を前に振った。

「ご命令とあらば、従わないわけには参りませんね」

 その全裸の奴隷は静かにそう言うと、ちゃぶ台の向こうから俺の横までしずしずと移動して、そこで再び三指を突いてうやうやしくお辞儀をした。

「承知いたしましたご主人様。これからはありのままのご主人様を受け入れ、一生あなた様に尽くすことを誓いますわ」
「う、うん」

 まだちょっと壁は感じるけど、でもいいか。ちゃんとさっきの命令は聞いてくれそうだし。
 俺は立ち上がって窓際に立ち、差し込む日の光を浴びながら外の風景を眺める。
 うん、今日もいい天気だ。


 目が覚めたら布団の中で全裸の女奴隷が一緒に寝てて。
 起こしてみたら自分は異世界から転生してきた奴隷であると説明され。
 転生先の同居人パートナーとして俺が選ばれたと言われ。
 自分の転生後の職業として俺の奴隷を選んだと告げられ。
 奴隷の初仕事として、三角コーナーの生ゴミ茶を振る舞ってもらい。
 ホイホイに引っかかったゴキブリスープまでご馳走になった。


 なんてすごい朝なんだろう。
 朝からこんな体験しちゃうなんて……明日はカビキラーとトイレ用洗剤のカクテルが出されるかも、なんてね。
 これから始まるらしい彼女との生活。
 奴隷と主人という歪な関係ではあるけれど、いつか打ち解ける日が来るのだろうか。
 まぁ、それは誰にもわからないよな。
 未来がどうなるかは、やってみなくちゃわからない。
 だったらその未来を信じて、今を精一杯生きていくとしよう。

「ところで……えーっと――名前なんだっけ?」 
「あ、申し遅れました」

 少女はまた軽く頭を下げつつ、自らの名を名乗った。

「私、クローラ・クエリと申します。どうぞ気軽に、クローラとお呼びつけください」

「クローラ、ね。よしわかった。じゃあクローラ、さっそくいいかな」
「はい。次のお申し付けですね」

 待ってましたと言わんばかりにクローラは目を輝かせて、俺からの命令を全裸待機(物理)していた。  
 そんな彼女の前に俺はしゃがみ込み、目線を合わせ、笑顔を振りまきながら爽やかに言った。

「そろそろツッコんでもいい?」

 何を言われたのかちんぷんかんぷんなリアクションをしていたクローラだったが、やがて俺の意図に気づいたのか、ぽっと顔を赤く染めて小さく「はい」と返事をした。
 そしてもじもじと恥ずかしげに放ってきたセリフが以下。


「前になさいますか? お尻になさいますか? それとも、お、く、ち?」


 よし、リファを起こそう。
 同類バカがもう一匹現れた、と。 
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