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レベル1.異世界の女騎士が俺の家に住むことになったがポンコツだった件

6.女騎士と信号

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「おおおおおー! お、お? お、おぅ……」

 あれだけ前夜から楽しみにしていたお外に出られたというのに、3秒でこのグダりっぷりである。
 セリフだけ見てもはっきりわかるほどの微妙なリアクション。
「思ってたのとなんか違う」だろう? 言わんとしてることはわかる。
 そりゃそうだ。

 一面に広がる畑と田んぼ。点在するボロい平屋。

 以上。
 いやほんとにこれだけ。少なくとも視界に入るものは。

「マスター……」

 リファは引きつった顔のまま俺の方を向く。

「ここは……一体?」

「俺達の住む街。その名も」

 八 王 子 

 である。

「はち、おー、じ? それは……人が住むような場所なのか?」
「住めるような場所だから住んでんだよ、俺が」

 思い出しても見給え。俺の住むアパートの広さ。
 1LDKだぞ1LDK。しかも風呂とトイレは分かれてるしエアコン、ネット付。
 こんな一学生が住むには贅沢にも程があるほどの住まい。
 だが、そんな贅沢ができちゃうのである。
 このクソ田舎八王子ではな!

「なんだか、マスターが住んでるこの集合住宅がこの近辺では一番マシに見えるのだが……」

 と言いつつ、リファは俺のアパートを見上げる。

「木村の話と随分違うぞ……『あなたの同居人パートナーは、トーキョ―という一国の首都にお住まいです』と言っておったのに……」
「ああ、そのとおりだ。この日本国の首都、東京に属する街。それがここ、八王子だよ」
「はぁ!?」

 いーい反応だ。この街の実態を知った奴らのリアクションは何度見ても面白い。
 確かに、ここと同程度かそれ以上の田舎風景なんて、地方に行けばいくらでも目にする。
 だが、なぜ八王子の田舎っぷりはこうもネタにされやすいのか。

「し、しかしマスター……首都にしろ帝都にしろ、もっとこう、人が入り乱れてて、賑わってるものではないのか? 私は正直ワイヤードと同じような雰囲気を想像していたのだが……」

 これよ。
 東京にあるから新宿や秋葉とそう変わらへんやろ。
 この先入観こそすべての元凶。
 懐かしい、かつては俺もそうだった。
 東京の大学に合格して、立ち並ぶ高層ビルと、うだるような人混みと、くっせぇ排気ガスの臭いに胸をときめかせながら上京してきた矢先。
 目にしたのは地元と何一つ変わんねぇ光景。初めは割と死にたくなるレベルで絶望したよ。
 都内なのに、ら東京さ行ぐだと言いたいほど何もない。車もそれほど走ってない。

「なるほど……ワイヤードでいう旧市街のようなもの、ということか」 
「なんだそれ?」
「ワイヤードの市街地からだいぶ外れたところにある区域だ。何度か視察に赴いたことがあるが、ここはそこによく似ている」

 リファが感慨深そうに語った。

「ワイヤードはとある民主主義国を前身としていた。だが、帝政に移行するのに合わせて、当時の首都とは別に新しく帝都が作られてからは、そっちの方に人が流れていってな。時が流れるにつれて寂れていき、このような草原のような場所になっていた。人もいることにはいるが、帝都を追放されたり、行く宛もないような浮浪者ばかりであった」  

 民主主義から帝政へ。そして遷都。浮浪者。何やら血生臭い経緯がありそうだ。

「だが、こういう落ち着いた場所も悪くはないな」

 と言ってリファははにかんでみせた。都会育ちゆえ、新鮮に見えるのだろう。
 ま、住めば都って言うからな。2年ここで暮らした俺も、もう慣れたし。
 長いくいればいるほど、いいところも見えてくるさ。たぶん。    

「じゃ、行くか。リファ」
「ああ、道中の護衛は任せてくれ! 自宅警備隊たるもの、家主の安全を守るのも立派な務めだ!」
「はは、心強いな」
「もちろんだ、怪しい奴がいたらすぐにでもけちょんけちょんに……」

 自信満々にそう言いかけて腰をぽん、と叩いたリファはそこで眉をひそめる。

「あれ?」
「ん? どうしたの?」

 リファは黙りこくっていたが、少し額に汗を浮かべるとぼそっと言った。

「剣が……ない」
「は?」
「剣だよ! 騎士の命だ! ワイヤードあっちで死ぬ間際には持ってたはずなのに!」

 剣。
 はぁ……剣ですか。
 そういえば俺の部屋にいきなり出現した時には何も持ってなかったな。このタイミングで気づくのはやや今更感があるけど……でも昨日バタバタしてた事情を鑑みればそうでもないか。

「まさか……ワイヤードに置き去りに? 一体どうして……」
「お前、死んだ時は賊に拘束されてたって言ってたよな? その際に取り上げられでもしてたからじゃないか?」
「そ、そうか? 確かに捕まった時すぐ連中に取られはしたが……」
「鎧は装備してたし、元素封入器エレメントはその隠しポケットに入れてあったんだろ? ならそういうことでしょ」

 まぁこっちの世界にまでそんな物騒なもん持ってこられても困るしね。
 だがリファは騎士の代名詞とも呼べる剣を無くしてしまったせいか、結構露骨に肩を落として残念そうな表情を見せた。

「しかし、あれには思い入れがある。私が戦いで武勲を上げて、その褒美として皇帝陛下より賜った大切なものなんだ……」
「まぁ無いもんはしょうがないさ。別にこっちの世界はワイヤードよりは平和だからそんなもん使う機会もないだろうし」

 気休めのつもりだったが、リファはぷくっと小さくむくれた。

「そんなものとはなんだ。いつも片時も肌身離さず腰に下げてたし、毎日丁寧に磨いて手入れしてたんだぞ!」
「お、おう……」
「あとはいつも一緒に風呂に入ってたし、非番の日は散歩に連れてったりもしてたんだからな!」

 ペットかよ。

「それにちゃんと惚れ惚れするようなかっこいい名前だってついてるもん!」
「ほう、どんな?」
「ふふん、あまりの神々しさに驚くなよ。えっと確か……えー……あー……」
「……」
「……なんだっけ?」
「知らねーよ」

 一番他人に訊いちゃいけないことだろがい。思い入れが聞いて呆れるわ。別の意味で驚いたよまったく。

「と、とにかくすごいんだぞ! 普通の剣とは違って、機関型のキカイを組み込んだ珍しいタイプの武器でな。そりゃもう尋常じゃないほど高火力で向かう所敵なし、以後私の戦績にさらなる拍車を――」
「はいはいすごいすごい」

 ペラペラと早口で自慢話を繰り広げるリファを俺は適当にあしらった。
 こういう手合いは何でも誇張する傾向があるから、話半分に聞いておくくらいでちょうどいい。 

「だがまぁ、確かに今更どうこう言っても仕方ないな。もうあれが使えないのは残念だが、無くしたところで私の務めは変わらん」

 軽く息を吐くと、リファはぺちんと軽く両頬を手で叩いて自身に喝を入れた。 

「それに元素封入器エレメントもあるし、防衛手段がないわけではないからな。十分これでも護衛はできる」
「さいですか」
「騎士に必要なものは忠誠心と不屈の闘志のみ。剣ごときでいつまでもくよくよしていられん」

 さっき剣は騎士の命とか言ってたくせに。定義ガバガバじゃねーか。

「さ、立ち話もこれくらいにして先を急ぐぞマスター」

 だがそんなことはまったく気にしてないというふうに、のしのしと大手を振ってリファは歩いて行く。
 やれやれ、どこまでもマイペースで羨ましいよホント。

 ○

「っと、リファ。止まれ」
「? どうしたマスター」

 しばらく歩いた頃に、俺は前のリファの肩を掴んで止めた。

「交差点だ」
「こうさてん?」  

 そう、俺達が行き着いたのは、田畑の広がる空間を縫うように舗装されている道が、一点で交じり合う場所。

「道が交差しているが、これがどうかしたか?」
「あれ見てみな」

 そこで俺はとあるものを指差して見せた。
 それは、常に交差点とともに存在する機械。交差点無くしては意味をなさない機械。
 信号機であった。

「なんだ、あの変な街灯みたいなのは?」 
「信号機って言ってな、こういう交差点にあるキカイなんだ」
「なんのためのキカイなのだ?」
「今あの正面の明かりが赤色になっているだろ? その時は俺達は止まらなくちゃいけない」
「なぜ?」
「それを説明するには……んーと、お。来た来た」  

 俺は今度は横の車線の果てに見えたものを指差す。
 リファもつられてそれを見たが、瞬時に目を丸くした。

「!? あれは一体……!?」

 ブロロロロロロロ……。
 と静かな排気音を立ててながら、一台のバンが穏やかなスピードで走ってくる。
 呆気にとられるリファは、それがやがてゆっくり俺達の前を横切り、交差点を通過し、また道の向こう側へ消えていく前でそれを目で追い続けていた。

「ま、マスター、なんだ今のは!? ものすごい速さで走ってたぞ! あれもキカイか!?」

 バンが見えなくなった途端、今までで一番興奮した様子で俺に質問してくる。

「車だよ。移動用の機械。遠く離れた場所でも簡単に行ける」
「アレには、人が乗っているのか!?」
「うん。ていうか人が動かすからな。人を運ぶためにあるものや、荷物とかを運ぶために特化したもの。いろいろ種類があるんだよ。バスに乗るってさっき言ったよな。あれも車の一種」
「あっという間に向こうへ消えていったぞ……どれだけの速さで走っているのだ……」

 まだ驚きを隠せないと言った表情で、リファはまた車が来やしないのかと当たりをキョロキョロ見渡している。
 だが、そうこうしているうちに信号の色が青に変わった。

「信号が変わったぜリファ。これで俺たちは向こう側に渡れる」
「え? あ、色が変わってる」
「青の時は渡ってよしの合図。赤の時は止まれの合図。信号はこの2つが一定時間で切り替わるんだ」
「渡ってよし? ……渡るって、この道をか?」

 リファは改めて自分たちが立っているこの交差点を見つめる。

「解せんな、なぜたかが道を横切るのにいちいち止まったりせねばならんのだ?」
「リファ。俺達はこの道を横切って行きたい。そんな時さっきの車がもう一台、この交差点に向かって突っ込んできたらどうする?」
「どうするも何も、通り過ぎるのを待てばいいだけだろう」
「だよな。でも、それが通り過ぎた後、また何台も何台も車が続けて走ってきたら?」
「……それは……」
「何台も通り過ぎるのを待っていたら、いつまでたっても俺達は移動できない。そのために信号機がある」
「よくよく見たら、私達の正面にあるシンゴウキが青なのに、こっちの方は赤くなってるな」

 と、目ざとくリファは自分の横方面に見える信号との色の違いを指摘した。

「もしかして、私達がここを渡れる間は、さっきのクルマとやらはここを渡れぬということか」

 お、意外と賢いぞこの娘。
 ポンコツかと思ったけど少しは知恵があるようだ。

「そういうこと。どっちかしか渡れないようにすることで、互いにぶつかることもなく通行できるってわけさ」
「なるほどな……しかしクルマが何台も続けて走ってきたらと言っていたが、そんな光景が実際にあるのか?」
「ああ、街の中心部に行けばそれが普通だ。何十台、何百台とごった返してる」
「あ、あんなものが何びゃくだい……」    

 あまりにも想像しがたいものだったのか、リファは全身を微振動させ始めた。  
 どうやら彼女には車の行列が化物の大群みたいに見えてるようだ。

「ワイヤードにはああいう道を走る乗り物とかないのか?」
「人を乗せるのであれば馬車がある……だがそんなに横行しているわけではない。あと荷物を運ぶだけなら、風のエレメントを利用した浮遊荷台ホヴァーコンテナが一般的だが……クルマほどのスピードは出ないし、配達可能な距離もそう遠くない」
「ふぅん」

 移動系のインフラはそこまで発達してるわけではないようだな。浮遊荷台ホヴァーコンテナてのは……今でいうドローン配達みたいなもんか。
 エレメントは、使い方次第ではこの世界よりもハイレベルな効果を生み出せるんだろう。
 だがそのポテンシャルに技術が追いつけていけてない、ということか。

「シンゴウキ、か……。クルマがこの世界に溢れかえってるということは、あれもいたるところに設置されてるのか?」
「ああ。外歩くときには必ず覚えておかなくちゃならないものの一つだからな。いい勉強になったろ」
「うむ。だが……」
「何?」
「いやな、クルマが走るために、私達があの信号でいちいち止まらなければならないというのは、些か肩身が狭いというか。歩行者だけであれば、どっちかが待ったりしなければならんこともないだろうに」

 そりゃたしかにそうだ。
 こんな広い道も、車のため。歩行者は端によって除け者みたいに歩く。
 横断歩道を渡る時は右見て左見てもう一度右見て。
 何でもかんでも車に気を使わなきゃいけない。そうしないと自分の身が危ないから仕方がないといえば仕方がないのだが。
 発達した文化は便利なものばかりだけど、弊害も見えないところで発生してるってわけだ。

「ま、車のおかげで便利になったものや、解決した問題もたくさんある。そのへんはうまく折り合いつけてくしかないさ」  
「そ、そうだな。とにかく、シンゴウキのこと勉強になったぞ。青の時は止まれ、赤の時は進め、だな!」

 逆だよポンコツ。 


 ○

「お、また信号があるぞマスター」

 次の横断歩道に差し掛かると、リファは楽しそうに俺に報告してきた。
 だが、その信号は先程のとはちょっと違った点があった。
 それは『押しボタン式』という案内板。
 ここの近辺は歩行者少ないから、この手のタイプの信号は珍しくない。

「むむ、今は赤色になっているから、止まれ、だな。では、青に変わるまで待つか」
「リファ、この信号は時間経過じゃ変化しないぞ」
「? どういうことだマスター」

 俺は戸惑うリファに、信号のボタンを押してみせた。
 しばらくして信号機が青に変わると、リファはぱちぱちと軽く拍手。

「おお、そのキカイをこちらで操作すれば信号の色を変えられるのだな」
「そういうことさ。じゃ、行こうか。服屋はもうすぐだぜ」

 と言って俺は渡ろうとするが、リファはなんだか腑に落ちないと言った感じで考え込んでしまっている。

「どうした?」 
「あ、いや……この信号は、さっきマスターが説明してくれた信号の役割と矛盾するのではないかと思って……だって、押しっぱなしにしていればほぼずっとこちら側の信号を青にしておくこともできるではないか」

 なるほど、もっともな疑問だ。

「でもそれはこっちが押さない限り、逆側の信号はずっと青ってことにもなるだろ。わざわざそんな作りにしてるのはなんでだと思う?」
「それはつまり……えっと……」

 しばらく腕を組んで唸っていたリファだったが、答えにたどり着いたらしく、ぽんと手を叩いた。

「この道を渡る者がそんなにいないからか!」

 正解、と俺は笑って頷いた。

「なるほどな。なら納得だ。誰も渡る者がいないのに、クルマがわざわざ赤のシンゴウで足止めをくうこともないというわけだ」

 自分で答えを出せたのが嬉しかったのか、リファは鼻息荒く両手でガッツポーズを決めた。

「こういうところにも細かい工夫が見られるとは、この世界の文化はやはり面白い」
「そういうことさ。さ、じゃあ気を取り直して渡ろう……って、あ」

 長話に付き合ってられないとでも言うように、青信号は点滅したあと赤色へ戻ってしまった。

「あ……す、すまないマスター。私がもたついてたせいで……」
「いや別にいいけどさ」
「だ、だがあのボタンを押せばまた青に戻るのだろう。よし、今度は私が」

 リファはボタンを親指でグッと押し込んだ。「おしてください」の文字が「お待ち下さい」に変わる。

「これでよし、と」

 ……。
 ……。
 ……。
 待てども待てども赤信号は変わらない。
 かっちん、とまたリファがボタンを押す。
 まだ信号は赤のままだ。

「……」

 かっちん、かっちんかっちんかっちんかっちんかっちんかっちん。

 うん、これは正直やると思ったわ。普通に予想できたわ。
 誰しもやったことあるよね、ボタン連打。

「ぬぬぬ、何故変わらん! 何度も押してるのに!」
「落ち着けリファ。さっき青にしたばかりだからしばらく時間がかかるんだよ。押してすぐ変わるなら、お前の言ってたとおりずっと青にしておくことだってできちゃうんだから」
「うむ、たしかにそれもそうだな。ではもうしばらく待つか」

 観念してウェイトモードに移行するリファと俺。
 だが、思ったより待ち時間は長かった。
 それに加えて、その間車は一台も通っていない。

「……」
「……なぁマスター」
「んだよ」
「これ、待つ意味あるのか?」

 来たよこの質問!
 車来てないなら渡っちゃえよ、待つだけ無駄だろ、的な。
 まぁこれもごもっともな疑問。返す言葉もありませぬ、普通なら。
 だが相手が異世界人リファとなれば話は別である。
 地球上の文化を何一つ知らぬままこの世界に放り込まれた、彼女はいわば赤子同然の身。
 そんな彼女に、信号の守り方を教えた直後に信号無視を推奨するのはダメだと俺は判断する。
 なぜなら、毎日のように起きる交通事故の原因は歩行者にあるものがほとんどだからだ。
 まだ分別がつかない子どもの前でそんな真似をするのは良くない。
 俺は彼女の手本とならねばならないのだから、ここで間違った知識を植え付けてはいけない。
 今彼女に必要なのは、どんな状況であれ、ルールはキチンと守らなければならないという意識を持つこと。
 どれだけ無駄だろうと、必要がなかろうと信号無視は立派なルール違反なのだから。
 ……と、いうことをリファに聞かせたのだが。返ってきた反対論述が以下。

「だが、信号というのは交差点で互いの道をゆく車や歩行者同士がぶつからないようにするためにあるのだろう? 一方が来ないのであれば、それを待つのになんの意味がある?」
「いや、だからな……」
「意味が無いのだから、この押しボタン式の信号も存在するのではないか? 横切るものがないならずっと青のまま。それは私達の方には適用されないのか?」
「それは……」

 口ごもる俺に更にリファは突っかかってくる。

「大体、この信号がある場所でしか道を渡ってはいけないわけではないだろう。そういう時は、クルマが通らない時を見計らって渡ったりするのではないのか? それも違反というのか?」

 あー、はいそうですね。
 まったくもってそのとおりですわー。俺が間違ってましたわー。
 前言撤回。交通ルールとかくっそどうでもいいわー。赤信号皆で渡れば怖くねーわ。
 そんならさっさと渡ろ渡ろ、もうこれ以上たかが信号機で議論交わすのも飽きたわい。
 右見て左見てはい安全。じゃあ向こうの道までレッツラゴー。
 と、俺は捨て鉢気味に赤のままの信号を渡っていく。
 その時。

「ねーせんせー、あのおにいちゃんあかなのにわたってるよー」
「あかのときはとまれ、なんだよねせんせー」

 背後で、そんな無邪気な声が複数。
 俺は横断歩道の途中で足を止め、ぎこちなくと振り返る。  
 そこには――。
 いましたわ、チャイルドスモック着た幼稚園児が6,7人。
 かわいいねぇ、おさんぽでちゅかー。という感想が本来なら出てくるような光景なのだが……。
 その園児達は全員が全員、俺を指差して、付き添いと思しき女性保育士に向かって喚いていた。

「せんせー、あかのときしんごうわたるといけないひとなんだよねー?」
「あのおにいちゃんいけないひとー?」
「いーけないんだいけないんだー」
「あ、あの、えっと……」

 言われている保育士さんも苦笑いで口を濁している。
 そりゃそうよ、大声で人を小馬鹿にしてる園児を注意しようにも、言ってる内容は至極正論なんだから。
 くっそ、この年になって「いけないんだ音頭」を食らうハメになるとは何たる屈辱……ッ!
 ああもう、渡らなきゃならない雰囲気になったと思えばこれかよ。マジで俺様久しぶりにご傷心なんですけど。
 ……って。

「んん?」

 俺に対して野次を飛ばしてくる園児達。その対応に追われる保育士さん。
 その中に約一名、そのどちらにも属さない人物がいた。
 そいつは何をするでもなく、ただ冷めた瞳をこちらに向けているのみである。

 金髪碧眼、ダボダボジャージ。
 まさに俺に対して今の今まで信号無視をやれと圧力をかけてきた張本人であった。

「ちょ、おまっ……」

 横断歩道上に立つ俺、そして園児達と同じようにしっかり信号を待っているリファ。

 何だこれ。なんだこの構図。どうしてこうなった!? ホワイジャパニーズピーポー!? 
 ワイの同居人、同棲2日目にしてまさかの裏切り。
 契約とは何だったのか、開いた口が塞がらない。
 こいつの前世はユダか小早川秀秋かブルータスお前もか。 

「リファ、てめ、どういう………」
「? どういうもなにも……」

 悪びれる様子もなく、リファは平然と言い放った。

「分別がつかない子どもの前でそういう真似をするのは良くないだろ」

 俺のメンタル、無事死亡。 
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