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旅行 襲撃

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「退屈じゃのう……」

 前半こそ、意気揚々と景色を眺めていたアグネスであったが、毎日、平原を進み、代り映えしない景色に嫌気を覚え始めていた。
 馬車の揺れも最初は楽しかったものの、今では苦痛でしかない。

(馬車があるとはいえ、10歳の子供にはきつい長旅だったかもな……)

 ディートハルトは、日に日に険しくなるアグネス表情に今後の不安を感じた。
 そんな時、馬車の周囲を警護する騎馬に跨ったフロレンツから、報告が入る。

「リーダー! どうやら野盗の様です」

「何!? 数は?」

「おそらく30人はいるかと……」

 行商人を襲う野盗にしてはかなりの人数である。
 数百メートル先に、30人程の武装した集団が街道を塞ぐようにして待ちかまえていた。
 周囲は、平原といっても丘があったり、所々に木々が生えており、見晴らしは悪くはないがよくもない。
 半数は馬に跨っており、進行を反転させれば、直ぐさま追撃してくるだろう。

「馬車を止めろ! できれば穏便に話をつけたい」

 ディートハルトからしてみれば、並の野盗30人なら、一人で十分に倒せる自信がある。
 ただし、今回はアグネスがおり、守りながら戦うというのは、リスクが伴うといえるし、また野盗とはいえ、アグネスの前で血は見せたくなかったのだ。
 ディートハルトは馬車から下り、遠方にいる街道を塞ぐ集団と対峙した。

(あれで全部か? いや、周囲に伏兵を忍ばせている可能性もあるな。)
「いいか、お前ら! 前方の連中はわざとらしすぎる。
 伏兵には気をつけろよ」

「了解」

「わかっていると思うが、姫の身が最優先、次に女性、次に馬、次に荷物、最後が自分達の命だからな?」

「わかってますよ。何があっても、荷物とリーダーだったら荷物を優先します」

「流石おまえら、それでいい」

 自分の身は自分で守る、俺に気遣いは不要。お前ら如きに助けられるいわれはない。
 ディートハルトはそう思っていた。

「ええ……リーダーの命と、昨日川で洗った私の肌着だったら私の肌着を優先します!」

「そうかカミル……後で覚悟しておけよ?」

「なんでですか!? 私は言いつけどおりに」

「おおっ! 遂に野盗がきおったか! 待ちくたびれたぞ!」

 アグネスはようやっと悪が現れた事に喜びを隠せないでいた。

「姫! 馬車の中にいてください。
 フロレンツ、テオフィル! 姫を馬車の中へ、それとお前達二人は姫の側を離れるなよ?」

「了解! 姫様、さあこちらへ」

「何をするのじゃ、余だって戦え……むぐっ」

 アグネスは二人に抱えられて馬車の中へ身を引っ込める。

「ローラント、二人を守ってくれ」

 ローラントに侍女二人を守る様に指示をだす。

「わかりました。指一本触れさせません」

「イザーク、ハンス、カミル……えーと、ルッツ。
 お前達4人は周囲を警戒してくれ。
 馬車に火を放たれると厄介だ」

「はっ!」

「とりあえず、無駄だとは思うが一応向こうさんと話してくる」

 野盗達は、ジワジワとこちらへ近づいてきていた。
 ディートハルトは徒歩で、野盗達の方へ歩を進める。

(奇襲してこなかったところを見ると、略奪ではなく姫の誘拐の可能性もあるのか?)

 普通野盗達は、死角となる場所で待ちかまえていたり、馬に跨って奇襲を仕掛けてくる事が多いとされる。
 人数の多さや、見やすい位置に陣取るなど計画性を感じた。
 もっとも、誘拐ではなく前方の集団はいわゆる囮で、周囲に隠した伏兵が本命という可能性もある。

「何の用だ?」

 声を張り上げて、前方にいる野盗達に問う。
 既に距離は50メートル前後まで近づいていた。

「へっへっへっ。荷物と女と馬の半数を置いていきな。そうすれば命だけは助けてやるぜ?」

「それはできない。金を払うから道を開けてくれないか?」

 野盗に金を払うなど、愚かな話ではあるが、流血は避けたいというのが本音だった。
 流石に、部下達に殺さないよう手加減して戦えなど自殺行為を命じる気はない。
 ある意味、野盗の命を思っての言葉だったが、野盗達はそれを聞いてバカ笑いを上げはじめる。

「金? 馬鹿かオメエ? オメエを殺せば金も馬車も女もそっくりそのまま手に入るじゃねーか!」

「殺せればの話だろ?」

「はっ! やっちまええ!」

 野盗のリーダーらしき男が号令をかけた。
 すかさず弓を得物にした野盗二人が、ディートハルトに矢を放つ。
 矢の軌道を読み、一本をかわし、一本を剣で払う。
 そして、剣抜いてかかってきた野盗の一人を両断した。

「え!?」

 両断された男は何故自分が斬られたか分からなかった。
 剣と剣がぶつかると思ったからだ。
 しかし、ディートハルトの剣は野盗の剣をまるで素通りするかの様に剣ごと体を斬った。

(ホントよく斬れるなこの剣は……)

 この前、買い物した剣の切れ味に改めて驚かされる。
 流石は世界最高峰の鍛冶師クロムの作だろう。
 野盗達に動揺が走った。直線状に放たれた矢を剣で払い、剣ごと体を両断するなど並の剣士にできる事ではないからだ。
 しかし、数でプリンセスガード達を遥かに凌駕している野盗達には退却するという判断はない。
 5人がディートハルトの方へ向かい、残りは馬車の方へ向かう。

「来るぞ!」

「分かってますよ」

 馬車の前方にいるハンスとカミルが向かってくる野盗達を迎え打つ。
 ディートハルトが警戒していたように、やはり周囲には伏兵がいたようで、木々の影や丘の影から野盗達が姿を見せ始める。

「ちっ!」
(やはり伏兵がいたか……)

 ディートハルトは既に7人を斬り捨てていたが数が多い、全部で50はいるだろう、馬車に火矢を放たれたり、馬が暴走すると厄介である。
 伏兵相手に、侍女二人を守って戦うローラントであったが、多勢に無勢であり、野盗の一人に背後をとられた。

(しまった、背後に回られた!?)

 その時、侍女の一人コレットが、手をかざし魔法を放つ。

「スノークリスタル!」

 放たれた冷気は野盗を氷つかせた。

「なっ!?」

 非戦闘員と思われていた女性のまさかの攻撃に野盗達が動揺する。
 もう一人の侍女アデーレも、これ以上は非戦闘員の振りをする必要はないといわんばかりに攻撃に転じた。
 どちらも氷術の使い手であり、盗賊達が火矢を放っても直ぐに消火してしまい無効化する

「すまん、助かった。まさか、魔道師だったとは」

「姫様の側にいる以上、戦いはできます。
 姫様が火術を覚えているので、火事の対策はしなくてはなりませんし。
 こちらこそ黙っていて申し訳ございません。
 非戦闘員の振りをしていた方がいざという時、有利に働くと思いました」

 野盗達は軍隊ではない、当然だが、大義で戦うわけでも国を守る為に戦っているわけでもない。
 予想以上の反撃を受けると、浮き足立ち逃げ出す者も現われはじめた。
 弱者から略奪して生計を立てているわけで、強者から略奪するつもりはないのである。
 ディートハルトは前方30人の半数以上を一人で斬り捨てていた。
 野盗達は戦意を失い散開していった。
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