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ダイヤモンド 前編

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 帝国歴43年5月。

「アグネスよ。流石に外出権だけではなんじゃから、これをやろう」

 ライナルトは教育時間中、一粒の裸石ルースをアグネスに渡した。
 庶民の服を着るなと言ったことで、若干アグネスが拗ねてしまい、そのゴキゲンをとろうというワケである。

 渡された石は透明でキラキラと光を反射させ、まるで石そのものが輝きを放っているようだった。
 当然、子供のアグネスはこの輝きに圧倒される。

「爺上、こ…これは!?」

「ほっほっほっ! これは100ctの天然ダイヤモンド!
 クラリティはFL(Flawless)じゃ!」

「クラリティはふろ~れすじゃと~~!?」

 アグネスは驚愕するが、クラリティの意味もカラットの意味も理解していなかった。
 ただ、凄いとしか。

 クラリティとは要するに評価基準である。
 FL(Flawless)→ 10倍に拡大しても内部・外部ともに内包物が見つけられない
 IF(Internally Flawless)→ 外部には微細なキズが見られるが内部には10倍に拡大しても内包物を見つけられない
 VVS(Very Very Slightly)→ 10倍の拡大では、内包物の発見が非常に困難
 VS(Very Slightly)→ 10倍の拡大では、内包物の発見が困難
 SI(Slightly Included)→ 10倍の拡大では内包物の発見が比較的容易だが、肉眼では困難
 I(Imperfection)→ 内包物が肉眼で容易に発見できる

 となっており、つまりFLは最高ランクである。
 ダイヤはこの世界においても、宝石の王様のような存在であり、高価で100カラットの天然ダイヤとなれば、それは貴重な逸品といえた。

「キラキラ輝いて綺麗じゃのう~」

「ふっふっふっ……このラウンド・ブリリアントカットは、ダイヤの輝きを最大限に引き出すのじゃ。
 ダイヤはガラスとは違い、光の屈折率や分散度が――
 ――――――
 ――――
 ――」

 ライナルトはアグネスに対して、延々とダイヤの蘊蓄うんちくを語りだす。
 アグネスは意味を全く理解できなかったが、とにかく凄い物を貰ったという事は理解し、上機嫌で教育時間を終えた。

◇――

「よかったですね姫様!」

 侍女のエミーリアがダイヤを光に翳してうっとりするアグネスを見て、声をかける。
 アグネスは現在寝室にいて、侍女のエミーリアと二人である。
 プリンセスガードはテオフィルとフロレンツの二人が寝室の扉の前に門番のようにして突っ立っていた。

「うむっ! 余は上機嫌じゃ!」
(しかし、本当に綺麗じゃのう~、光に当てると、虹色に輝きを放つようじゃ)

 それは、宝石用語でファイヤーと呼ばれる、光が虹色に分散する現象であった。
 ダイヤのような、分散度が高い宝石にのみ見られる現象である。

(そうじゃ、陽の光に当ててこれだけ綺麗ということは、炎に包まれたらどんな輝きを放つのかのう?)

「ファイア!」

 アグネスは掌から炎を発現させ、ダイヤを火で包んだ。
 ダイヤは熱された鉄の様に輝き始める、それは光の反射ではなく、石そのものが光を放っていた。
 そして、徐々に小さくなっていき、跡形もなく消えてしまった。

「むっ?」

 アグネスは何が起きたのか理解できず、何もなくなった掌を見ながら茫然と立ちつくす。
 そして、ようやく状況が呑み込めてきた。

(ああああぁぁ~~~~!?
 ダイヤが消えてしまったのじゃあぁ~~~~)

「ひ…姫様! ダイヤは燃えてしまうので、火にかざしてはいけません」

「もっと早くいわんか~~~っ!」

「も…申し訳ございません」

 エミーリアは頭を下げる。しかし、ダイヤは戻らない。

「ど…どうしますか?」

 恐る恐るアグネスに尋ねる。
 ダイヤ焼失はライナルトの逆鱗に触れるかもしれない。
 アグネスにお咎めはなくとも、その場にいた自分は懲戒もありえるのだ。

「今、考えておる……
 そ…そうじゃ、この事は爺上には伏せておくのじゃ」

「しかし……その……」

「む?」

「渡されたダイヤは裸石ルースでした」

「それがどうしたのじゃ?」

「陛下は姫様が成長されたら、その石を宝冠につけたらどうだとか、ペンダントトップにしてみてはとか、色々と御提案なさるかもしれません。
 となれば、隠し通すのは難しいかと思われます。
 いずれ、ダイヤの紛失に気付き、その期間が長ければ長いほど、お怒りは大きくなるかと……」

「む~……」

 アグネスは頭を抱えてしまう。
 そして、悩みぬいたあげく、考える事を放棄した。

「ディートハルトを呼んでまいれ! 本人が今日は休みの日とか、時間外勤務はしませんなどと抜かすかもしれんが、緊急の要件だと伝えるのじゃ!
 急げ!」

「はっ!」

 エミーリアは、テオフィルとフロレンツを寝室に招き入れアグネスの傍らに立たせ、自身はディートハルトを呼びに行った。

◇――

「姫様……なんか震えていないか?」

「確かに、何かに脅えているようだ。
 妙に落ち着かないというか……」

 テオフィルとフロレンツは寝室の隅でアグネスに聞かれないように小声で会話する。
 寝室に入る時は、ダイヤを貰った事もあって、上機嫌だったのに、エミーリアに呼ばれて部屋に入ると、落ち着かない様子で窓の外を見るばかり。
 二人とは一言も口をきかなかった。
『一体何があった?』二人の疑問に答える者はおらず、アグネスの居室は静まり返っていた。
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