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チェス 前編
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交代の時間となり、ディートハルトとイザークがアグネスの居室に入る。
アグネスは、ディートハルトを待っていたかようにニヤついていた。
不敵な笑いと言ってもよいだろう。
「ふっふっふ……ディートハルトよ!」
(この不敵な笑いの意図は一体……まさか、日頃の仕返しか?)
何か企んでいるなとは思いつつ、まずは探りを入れてみる。
「……何ですか?」
「余とチェスを致せ!」
昨日、アグネスは皇帝ライナルトよりチェスを習った。
呑み込みは意外と早く簡単にルールを覚え、教育時間が終わってからというもの、片っ端からプリンセスガードに勝負を挑んでいる。
チェスはこの乱世においても廃れる事はなく、騎士を名乗る者達にとっては嗜みの様なものでもあった。
「チェス? まあいいですよ」
ディートハルトは言葉を受け、椅子に座ると卓上に置かれた駒を並べ始めた。
別に好きな遊びでもなんでもないが、士官学校時代は仲間内で遊んでいた時期もある。
仲間達との戦績では強くもなく弱くもなく、普通の域を出ない程度の強さであった。
「では、黒い鎧を着ている私は黒の駒で」
「うむっ」
アグネスは白い駒を手にとって、所定の位置に並べ始める。
「では、私から行きますね?」
ディートハルトは駒を並べ終えると、ポーンを動かした。
「きぃさまぁ~~!!」
唐突にアグネスがブチ切れる。
ディートハルトは対局が熱くなって、アグネスが怒る展開を予想していないわけではなかったが、まさか最初の一手でブチ切れるとは思っておらず面食らう。
「はい?」
「何故、黒の駒を指すお主が、余よりも先に刺すのじゃああ!!」
チェスのルールには白が先手、黒が後手というものがある。
しかし、士官学校時代に行っていたのは、堅苦しい試合などではなく、あくまで遊びであり、先手と後手は適当に決めて対局していたのである。
一方ライナルトはアグネスに教養として嗜みとして、駒の色による先手・後手のルールは勿論の事、駒が何を表わしているのか? 駒の価値など、懇切丁寧に教えていた。
「あ~、確か厳密にそんなのがあったような……なかったような……」
「余よりも先に指しおって~!! 非常識であろう!」
ディートハルトは後ろを向き……
「お前、知ってた?」
「知ってますよ! それくらい」
イザークが知っていると知って肩を落とす。
「……わかりましたよ! 怒らないでください」
渋々ポーンを引っ込め、先手をアグネスに譲る。
「ふん……その様な事も知らんようでは、余の勝ちは見えたようなものじゃな!」
アグネスはポーンを動かした。
チェスを始めて間もない筈なのに、その態度は自信でみなぎっていた。
「別に、そんなルールを守る守らないで強さは変わったりしないと思いますがね」
ディートハルトが言い返しながらポーンを動かす。
「お主で最後じゃ!」
口元が不敵にニヤっと笑う。
「……何がですか?」
「プリンセスガード……
つまりお主の部下たちは皆、余に敗北したという事よっ!」
アグネスは得意気に言い放つ。
その椅子に踏ん反り返ったポーズといい、不敵な言動といい、見た目だけは皇帝の様であった。
「はい!?」
アグネスが部下に勝ったと聞いて、驚きを隠せないディートハルト。
昨日、今日でチェスを覚えたのは間違いないだろう。
思わず後ろを振り返り。
「おいイザーク! お前は姫に負けたのか?」
「え…ええ、まあ姫様、とても強かったもので……」
唐突に話を振られ、しどろもどろになりながらも答えるイザーク。
「おいおい、遊びとはいえ、情けないぞ……」
ディートハルトは、子供に負けるなんて信じられんといった感じで首を横に振った。
(まさかリーダー、姫様に勝つつもりじゃ……)
「姫! 部下達のかたき、ここで討たせて貰いますよ!」
まるで悪政に立ち上がった革命軍のリーダーを演じる舞台役者の様に言い放つ。
声だけを聞けばカッコよく聞こえるだろう。
(勝つ気満々だー。)
イザークは胃の痛みを感じずにはいられなかった。
当然、イザーク他6名は、皇帝の愛孫に勝つなど恐れ多く、わざと負けていた。
アグネスを怒らせれば何かとめんどくさい事になるのは周知の事実である。
「その意気やよしっ! 部下達の元へと送ってくれるわ~!」
そして、対局が始まった。
ディートハルトの腕が、遊び半分の素人の域を出ないものであっても、流石に昨日今日始めた者に負けるわけもなく、対局は正にワンサイドゲームだった。
「チェックメイト!」
ディートハルトは、嬉しそうに駒を進め、アグネスは俯き震えていた。
「ハハハ! 俺の勝ちですね!」
アグネスの『まいった』も聞かずに駒を片付け始める。
(リーダー嬉しそう……それに引きかえ、姫様悔しそう……)
「おいイザーク、かたきはとってやったが、幾らなんでもあり得ないぞ?」
俯いて震えているアグネスを見て恐ろしくなったイザークは、ディートハルトに駆け寄り耳打ちした。
「リーダー! 空気読んでくださいよ!」
「ん? お前まさか、わざと姫に負けたのか?」
小声で言葉を返す。
「当たり前ですよっ! 姫の顔を立ててこそですよ!」
「バカヤロウ! 獅子は兎を倒すのにも全力を尽くすんだよ」
わざと負ける行為がわりと嫌いなディートハルトは小声ではなく大きな声で言い返した。
(この人は……)
「誰が兎じゃ~~!」
声が聞こえてしまい、兎扱いされたアグネスがブチ切れる。
「兎は可愛いからよいではないですかっ!」
「むっ!?」
可愛いと言われ、少し嬉しさを感じてしまうアグネス。
「まあ、可愛いのは兎であって、姫じゃありませんが……」
「おちょくりおってぇ~! もう一局じゃもう一局!」
「いいですよ。何局でも好きなだけ」
この勝負もディートハルトの圧勝で終り、負けず嫌いのアグネスは何度も再戦を挑むが結果は同じであった。
流石のディートハルトも悪い気がしてきており、途中でわざと負けようかとも思い始めていたが、今更、負けても白々しいだけでアグネスは満足しないだろう。
引くに引けなくなったディートハルトは後味の悪い勝利を続ける悪循環に陥っていた。
アグネスは、ディートハルトを待っていたかようにニヤついていた。
不敵な笑いと言ってもよいだろう。
「ふっふっふ……ディートハルトよ!」
(この不敵な笑いの意図は一体……まさか、日頃の仕返しか?)
何か企んでいるなとは思いつつ、まずは探りを入れてみる。
「……何ですか?」
「余とチェスを致せ!」
昨日、アグネスは皇帝ライナルトよりチェスを習った。
呑み込みは意外と早く簡単にルールを覚え、教育時間が終わってからというもの、片っ端からプリンセスガードに勝負を挑んでいる。
チェスはこの乱世においても廃れる事はなく、騎士を名乗る者達にとっては嗜みの様なものでもあった。
「チェス? まあいいですよ」
ディートハルトは言葉を受け、椅子に座ると卓上に置かれた駒を並べ始めた。
別に好きな遊びでもなんでもないが、士官学校時代は仲間内で遊んでいた時期もある。
仲間達との戦績では強くもなく弱くもなく、普通の域を出ない程度の強さであった。
「では、黒い鎧を着ている私は黒の駒で」
「うむっ」
アグネスは白い駒を手にとって、所定の位置に並べ始める。
「では、私から行きますね?」
ディートハルトは駒を並べ終えると、ポーンを動かした。
「きぃさまぁ~~!!」
唐突にアグネスがブチ切れる。
ディートハルトは対局が熱くなって、アグネスが怒る展開を予想していないわけではなかったが、まさか最初の一手でブチ切れるとは思っておらず面食らう。
「はい?」
「何故、黒の駒を指すお主が、余よりも先に刺すのじゃああ!!」
チェスのルールには白が先手、黒が後手というものがある。
しかし、士官学校時代に行っていたのは、堅苦しい試合などではなく、あくまで遊びであり、先手と後手は適当に決めて対局していたのである。
一方ライナルトはアグネスに教養として嗜みとして、駒の色による先手・後手のルールは勿論の事、駒が何を表わしているのか? 駒の価値など、懇切丁寧に教えていた。
「あ~、確か厳密にそんなのがあったような……なかったような……」
「余よりも先に指しおって~!! 非常識であろう!」
ディートハルトは後ろを向き……
「お前、知ってた?」
「知ってますよ! それくらい」
イザークが知っていると知って肩を落とす。
「……わかりましたよ! 怒らないでください」
渋々ポーンを引っ込め、先手をアグネスに譲る。
「ふん……その様な事も知らんようでは、余の勝ちは見えたようなものじゃな!」
アグネスはポーンを動かした。
チェスを始めて間もない筈なのに、その態度は自信でみなぎっていた。
「別に、そんなルールを守る守らないで強さは変わったりしないと思いますがね」
ディートハルトが言い返しながらポーンを動かす。
「お主で最後じゃ!」
口元が不敵にニヤっと笑う。
「……何がですか?」
「プリンセスガード……
つまりお主の部下たちは皆、余に敗北したという事よっ!」
アグネスは得意気に言い放つ。
その椅子に踏ん反り返ったポーズといい、不敵な言動といい、見た目だけは皇帝の様であった。
「はい!?」
アグネスが部下に勝ったと聞いて、驚きを隠せないディートハルト。
昨日、今日でチェスを覚えたのは間違いないだろう。
思わず後ろを振り返り。
「おいイザーク! お前は姫に負けたのか?」
「え…ええ、まあ姫様、とても強かったもので……」
唐突に話を振られ、しどろもどろになりながらも答えるイザーク。
「おいおい、遊びとはいえ、情けないぞ……」
ディートハルトは、子供に負けるなんて信じられんといった感じで首を横に振った。
(まさかリーダー、姫様に勝つつもりじゃ……)
「姫! 部下達のかたき、ここで討たせて貰いますよ!」
まるで悪政に立ち上がった革命軍のリーダーを演じる舞台役者の様に言い放つ。
声だけを聞けばカッコよく聞こえるだろう。
(勝つ気満々だー。)
イザークは胃の痛みを感じずにはいられなかった。
当然、イザーク他6名は、皇帝の愛孫に勝つなど恐れ多く、わざと負けていた。
アグネスを怒らせれば何かとめんどくさい事になるのは周知の事実である。
「その意気やよしっ! 部下達の元へと送ってくれるわ~!」
そして、対局が始まった。
ディートハルトの腕が、遊び半分の素人の域を出ないものであっても、流石に昨日今日始めた者に負けるわけもなく、対局は正にワンサイドゲームだった。
「チェックメイト!」
ディートハルトは、嬉しそうに駒を進め、アグネスは俯き震えていた。
「ハハハ! 俺の勝ちですね!」
アグネスの『まいった』も聞かずに駒を片付け始める。
(リーダー嬉しそう……それに引きかえ、姫様悔しそう……)
「おいイザーク、かたきはとってやったが、幾らなんでもあり得ないぞ?」
俯いて震えているアグネスを見て恐ろしくなったイザークは、ディートハルトに駆け寄り耳打ちした。
「リーダー! 空気読んでくださいよ!」
「ん? お前まさか、わざと姫に負けたのか?」
小声で言葉を返す。
「当たり前ですよっ! 姫の顔を立ててこそですよ!」
「バカヤロウ! 獅子は兎を倒すのにも全力を尽くすんだよ」
わざと負ける行為がわりと嫌いなディートハルトは小声ではなく大きな声で言い返した。
(この人は……)
「誰が兎じゃ~~!」
声が聞こえてしまい、兎扱いされたアグネスがブチ切れる。
「兎は可愛いからよいではないですかっ!」
「むっ!?」
可愛いと言われ、少し嬉しさを感じてしまうアグネス。
「まあ、可愛いのは兎であって、姫じゃありませんが……」
「おちょくりおってぇ~! もう一局じゃもう一局!」
「いいですよ。何局でも好きなだけ」
この勝負もディートハルトの圧勝で終り、負けず嫌いのアグネスは何度も再戦を挑むが結果は同じであった。
流石のディートハルトも悪い気がしてきており、途中でわざと負けようかとも思い始めていたが、今更、負けても白々しいだけでアグネスは満足しないだろう。
引くに引けなくなったディートハルトは後味の悪い勝利を続ける悪循環に陥っていた。
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