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お絵かき 前編
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帝国歴38年12月。
「そら、どうした!」
決闘で、皇帝に力の差を見せ付けられたディートハルトは、鍛錬に励んでいた。
何といっても衝撃だったのが、相手が80を過ぎた老人であり、普通に考えればまともに動けるわけがなく、これに手も足も出ないという事は屈辱以外の何者でもなかった。
「参りました」
フロレンツが負けを認め、お辞儀をする。
既にこの時、ディートハルトは10連戦を超えており、部下の面々が交代しながら戦っていた。
「う~む……
カミル! ローラント! 二人がかりで来い!」
一対一では実力差がありすぎて、物足りないため、2対1の戦いを要求する。
「……いいんですか?」
カミルが少し不満そうに問う。
言わばハンデを与えられているわけであり、雑魚扱いされている事が面白くはない。
「まあ、3人でもいいような気がするが、まずは二人からかな」
「しかし、2対1で戦う事に何の意味が?
剣技を競う試合で、2対1なんて有り得ませんし……」
露骨にやりたくなさそうに理屈を並べ立てる。
「おいおい、いつ敵国が姫に刺客を差し向けてくるかわからないだろ?
刺客がわざわざ試合形式で戦ってくれると思うか?」
「……なるほど。
そういう事なら話はわかりました」
この時、言質取ったからなと言わんばかりにカミルの口元がニヤリと笑った。
「うむっ! 全力で来い!」
ローラントとカミルは剣を抜き、構えを取る。
しばらく静寂が続き、ローラントが地を蹴った。
カミルはディートハルトに向かわず、背後に回り込むようにして横に動く。
ディートハルトがローラントの剣を受けると同時に、カミルは自分の剣の鞘を投げつけた。
「なっ!? 汚いぞ!」
カミルの卑怯な攻撃に、戸惑う間もローラントは剣を振ってくる。
防戦一方になり、その隙に、左後ろに回り込んだカミルが斬りつける。
ディートハルトは右利きであり、剣で攻撃を防ぐのは不可能だった。
「敵国の刺客が卑怯な事しないって言い切れますかあぁ?」
勝利を確信したカミルだったが、ディートハルトは左手をかざすと闇の魔法を放った。
「ヴァイオレント!」
反撃を予測していなかったカミルは魔法に直撃してしまい悶絶する。
闇の魔法は、精神作用の魔法である。
よく、悪に染まる事を闇に落ちる等と表現する事や、心を惑わす悪魔が好んで使う魔法のため『闇』という名がつけられた。
余談だが、『光』の魔法は、生命の力(気)を引き出す魔法であり、闇の魔法と相反するものではない。
ディートハルトがカミルにかけた魔法は、単純に痛みを感じさせる魔法である。
傷つける魔法ではないので、死ぬ事はおろか、怪我すらしない、要するにただ痛いだけである。
最も、使い手の魔力や熟練度が高ければ痛みのショックで死んでしまう者はいるだろうし、定期的に魔法をかけ続ければ間違いなく精神を病む。
「ぎゃあああ~~~~!!」
カミルはけたたましい悲鳴を上げなら地面を転がった。
悲鳴に一瞬、気を取られたローラントはその隙に、切っ先を首元に突きつけられた。
「うっ! 参りました」
「ふうっ……」
ディートハルトは冷や汗を拭う、魔法が使えない剣士であったら、間違いなくカミルに一本とられていただろう。
「汚いですよ! 魔法を使うなんて!」
痛みが治まったカミルは、早速、抗議の声をあげるが、その答えは『ヴァイオレント!』だった。
「全く! 先に汚い真似をしたのはお前の方だろうが」
再び痛みで悶え苦しむカミルを尻目に、面々の方を向く。
「別に汚い真似をしても構わんからな? ただし、こちらもそれ相応の対応をするぞ?」
その場にいる面々は慌てて首を横に振った。
「じゃあ次は、誰にしようかな……」
ディートハルトが物色するようにして部下達の顔を眺め回していると。
「ふっふっふっ! 余が相手になろう!」
背後からアグネスの声が聞こえてきた。
左右には、テオフィルとイザークが護衛についている。
ディートハルトはアグネスを一瞥した後。
「姫! バカは休み休み言ってください」
「誰がバカじゃあ!」
「はっきり言いますが、鍛錬は遊びじゃありません。
姫の筋力じゃ、まともに剣を持つことすらできないのでは?」
ディートハルトの言うとおり、幼女のアグネスにとってかなりの重量であり、ましてや刃物である以上危険極まりない。
「はあ~~っ……
誰が剣を使うと言ったのじゃ?」
アグネスはわざとらしく深い溜息をつく。
「……と言いますと」
「余は魔法が使えるのじゃ、『ファイア』くらいならできるのじゃ!」
『ファイア』とは炎を飛ばす魔法で、火術の初歩であり、最も簡単な魔法である。
とはいえ、火は戦において何かと便利であるため、ライナルトは火術を好んだ。
そのため、帝国で最も研究されている魔法が火術である。
(子供に火遊びを教えるとか、全くあのじじーは……)
「姫! 火は危ないですよ。
それこそ火事になったりでもしたら大事です」
「む~! とにかく余も混ぜんか!」
「訓練は遊びじゃないと先ほど……」
「その方らだけで、楽しんでずるいではないか~!」
アグネスから見ると、ディートハルト達は楽しそうに見えた。
実際、ディートハルトは身体を動かす方が好きなので、楽しんでいるというのは外れていない。
だが、それは日頃から自身の身体を鍛えているからであり、筋力トレーニングも露骨にした事がないアグネスが行えば地獄でしかないだろう。
「そう言われましても……」
どうしたものかと困った顔でアグネスを見る。
「ディートハルト様、姫に何か危なくない子供らしい趣味を教えてみてはいかがですか?」
困るディートハルトの側までより、そっと小声で伝えるイザーク。
要するに、無害で代りになる遊びを与えてやれば大人しくするだろうという事である。
「ふむっ……子供の遊びか……」
ディートハルトは必死に子供の頃を回想する。
思い出すのは厳しい父にやたらと勉強や闇術を教えられ、それが嫌で嫌でしょうがなく屋敷を飛び出しては、街にたむろしているクソガキ共と喧嘩した日々……
「喧嘩か……」
ディートハルトはボソリと呟いた……
「そら、どうした!」
決闘で、皇帝に力の差を見せ付けられたディートハルトは、鍛錬に励んでいた。
何といっても衝撃だったのが、相手が80を過ぎた老人であり、普通に考えればまともに動けるわけがなく、これに手も足も出ないという事は屈辱以外の何者でもなかった。
「参りました」
フロレンツが負けを認め、お辞儀をする。
既にこの時、ディートハルトは10連戦を超えており、部下の面々が交代しながら戦っていた。
「う~む……
カミル! ローラント! 二人がかりで来い!」
一対一では実力差がありすぎて、物足りないため、2対1の戦いを要求する。
「……いいんですか?」
カミルが少し不満そうに問う。
言わばハンデを与えられているわけであり、雑魚扱いされている事が面白くはない。
「まあ、3人でもいいような気がするが、まずは二人からかな」
「しかし、2対1で戦う事に何の意味が?
剣技を競う試合で、2対1なんて有り得ませんし……」
露骨にやりたくなさそうに理屈を並べ立てる。
「おいおい、いつ敵国が姫に刺客を差し向けてくるかわからないだろ?
刺客がわざわざ試合形式で戦ってくれると思うか?」
「……なるほど。
そういう事なら話はわかりました」
この時、言質取ったからなと言わんばかりにカミルの口元がニヤリと笑った。
「うむっ! 全力で来い!」
ローラントとカミルは剣を抜き、構えを取る。
しばらく静寂が続き、ローラントが地を蹴った。
カミルはディートハルトに向かわず、背後に回り込むようにして横に動く。
ディートハルトがローラントの剣を受けると同時に、カミルは自分の剣の鞘を投げつけた。
「なっ!? 汚いぞ!」
カミルの卑怯な攻撃に、戸惑う間もローラントは剣を振ってくる。
防戦一方になり、その隙に、左後ろに回り込んだカミルが斬りつける。
ディートハルトは右利きであり、剣で攻撃を防ぐのは不可能だった。
「敵国の刺客が卑怯な事しないって言い切れますかあぁ?」
勝利を確信したカミルだったが、ディートハルトは左手をかざすと闇の魔法を放った。
「ヴァイオレント!」
反撃を予測していなかったカミルは魔法に直撃してしまい悶絶する。
闇の魔法は、精神作用の魔法である。
よく、悪に染まる事を闇に落ちる等と表現する事や、心を惑わす悪魔が好んで使う魔法のため『闇』という名がつけられた。
余談だが、『光』の魔法は、生命の力(気)を引き出す魔法であり、闇の魔法と相反するものではない。
ディートハルトがカミルにかけた魔法は、単純に痛みを感じさせる魔法である。
傷つける魔法ではないので、死ぬ事はおろか、怪我すらしない、要するにただ痛いだけである。
最も、使い手の魔力や熟練度が高ければ痛みのショックで死んでしまう者はいるだろうし、定期的に魔法をかけ続ければ間違いなく精神を病む。
「ぎゃあああ~~~~!!」
カミルはけたたましい悲鳴を上げなら地面を転がった。
悲鳴に一瞬、気を取られたローラントはその隙に、切っ先を首元に突きつけられた。
「うっ! 参りました」
「ふうっ……」
ディートハルトは冷や汗を拭う、魔法が使えない剣士であったら、間違いなくカミルに一本とられていただろう。
「汚いですよ! 魔法を使うなんて!」
痛みが治まったカミルは、早速、抗議の声をあげるが、その答えは『ヴァイオレント!』だった。
「全く! 先に汚い真似をしたのはお前の方だろうが」
再び痛みで悶え苦しむカミルを尻目に、面々の方を向く。
「別に汚い真似をしても構わんからな? ただし、こちらもそれ相応の対応をするぞ?」
その場にいる面々は慌てて首を横に振った。
「じゃあ次は、誰にしようかな……」
ディートハルトが物色するようにして部下達の顔を眺め回していると。
「ふっふっふっ! 余が相手になろう!」
背後からアグネスの声が聞こえてきた。
左右には、テオフィルとイザークが護衛についている。
ディートハルトはアグネスを一瞥した後。
「姫! バカは休み休み言ってください」
「誰がバカじゃあ!」
「はっきり言いますが、鍛錬は遊びじゃありません。
姫の筋力じゃ、まともに剣を持つことすらできないのでは?」
ディートハルトの言うとおり、幼女のアグネスにとってかなりの重量であり、ましてや刃物である以上危険極まりない。
「はあ~~っ……
誰が剣を使うと言ったのじゃ?」
アグネスはわざとらしく深い溜息をつく。
「……と言いますと」
「余は魔法が使えるのじゃ、『ファイア』くらいならできるのじゃ!」
『ファイア』とは炎を飛ばす魔法で、火術の初歩であり、最も簡単な魔法である。
とはいえ、火は戦において何かと便利であるため、ライナルトは火術を好んだ。
そのため、帝国で最も研究されている魔法が火術である。
(子供に火遊びを教えるとか、全くあのじじーは……)
「姫! 火は危ないですよ。
それこそ火事になったりでもしたら大事です」
「む~! とにかく余も混ぜんか!」
「訓練は遊びじゃないと先ほど……」
「その方らだけで、楽しんでずるいではないか~!」
アグネスから見ると、ディートハルト達は楽しそうに見えた。
実際、ディートハルトは身体を動かす方が好きなので、楽しんでいるというのは外れていない。
だが、それは日頃から自身の身体を鍛えているからであり、筋力トレーニングも露骨にした事がないアグネスが行えば地獄でしかないだろう。
「そう言われましても……」
どうしたものかと困った顔でアグネスを見る。
「ディートハルト様、姫に何か危なくない子供らしい趣味を教えてみてはいかがですか?」
困るディートハルトの側までより、そっと小声で伝えるイザーク。
要するに、無害で代りになる遊びを与えてやれば大人しくするだろうという事である。
「ふむっ……子供の遊びか……」
ディートハルトは必死に子供の頃を回想する。
思い出すのは厳しい父にやたらと勉強や闇術を教えられ、それが嫌で嫌でしょうがなく屋敷を飛び出しては、街にたむろしているクソガキ共と喧嘩した日々……
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