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決闘 前編

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 帝国歴38年11月。

「ディートハルトはおるか~っ!!」

 ライナルトの教育時間が終わり、アグネスは血相を変えて戻ってきた。
 目は血走り、鼻息は荒く、どこからどうみても取り乱している。

「はい、こちらにおります」
(……何か、やらかしたか?)

 ディートハルトは、自分の行った何かしらの行動がアグネスの逆鱗に触れたのではないかと思い、記憶を遡るが心当たりがない。

「……何か姫の気に障ることでもしましたかね?」

「うむっ! それはいつもの事じゃが。今回は違うのじゃ!
 爺上の近衛騎士団の連中が、言っておったのじゃ!」

「はあ……それで何を?」

「何故、ディートハルトの様な素行に問題あるヤツが、プリンセスガードのリーダーなのか? と」

「なるほど……
 まあ事実ですから致し方ないですよね。ハハハ!」

「何を笑っておるか~!
 それだけではないぞ! 他にもあるのじゃ!」

 アグネスが部屋で勉強している最中、部屋の扉の前で警備を担う二人の近衛騎士が会話をしていた。
『まあ、プリンセスガードは、姫様のご機嫌をとるためだけに設立されたお飾り騎士団だからな!』
『それにしたって、ディートハルトを起用する必要はなかろう?』
『それは、ハルトヴィヒ様のご子息って事で優遇されておるのだろう。』
『ろくすぽ働かないドラ息子が、親の七光りでというヤツか……』
『知っておるか? あの男は帝魔大に落ちたらしい。』

 帝魔大とは、帝国魔術大学の略称で、入学難易度は最高とされている。
 魔術に限らず、政治、経済等、様々な学問を教えており、この大学で高い評価を受けたものが、街や村を治めたり、文官として国家に招かれる事も少なくない。
 国内外から高い評価を受け、世界有数の教育機関として名高いのである。

『勿論知ってるさ、それでハルトヴィヒ様の設立した何処かの士官学校に入学したらしいな』
『そこでも色々と問題を起したらしい。』

 扉を隔てているため、声はかなり小さくなっていたが、アグネスは気になってしまい、必死に聞き耳を立てていたのである。

「まあ、帝魔大落ちたのも事実ですし……」

「お主、悔しくないのか~~!!」

 怒りを見せないディートハルトに対して怒るアグネス。

「別に……
 そういう事を気にしていたらキリがありませんよ」

 毎度の如く、テケトーにあしらうディートハルトであったが……

「ディ…ディートハルト……ひっく……」

 アグネスは悔しさのあまり泣きかけていた。

「……わかりました。
 では、名誉を汚されたとして、決闘を申し込みましょう」

 ディートハルトは、アグネスの無念を受け、決闘を提案する。
 元々は騎士団であったライナルト帝国には決闘の伝統が残っていた。
 大分変質してきてはいるが、名誉を汚されれば決闘を申し込み、汚名を返上する事ができたのである。
 勿論、国がその決闘を承認すればの話ではあるが。

「け…決闘? そ…それは、つまり、その者とお主が戦うのか?」

「ええ、姫が皇帝陛下にこの事を伝えれば、決闘の場を設けてくれると思いますよ?」

 本来、色々と面倒くさい手続きが必要になる決闘であったが、アグネスがライナルトにお願いすればどうとでもなる。

「……しかし」

 先ほどの態度とは打って変わって急に尻込みし始めるアグネス。
 ディートハルトと近衛騎士が戦って、ディートハルトが勝つとは限らないからである。

「そうですね、折角の機会ですから。
 プリンセスガードと近衛騎士団の団体戦と致しましょう。
 5人選抜し、双方の威信を賭けて戦うのです」

「だ…団体戦!?
 お、お主、そんな事を言って大丈夫なのか? 負けたら死ぬかもしれんのじゃぞ?」

 帝国においての決闘では、どちらかが死ぬまで戦うというルールはない。
 しかし、殺してはいけないというルールもなく、負傷して死ぬ例は少なくはなかった。

「さっきまで鼻息荒かった姫が何を言ってるんですか」

「鼻息荒いじゃと? れでぃになんてことをいうのじゃ貴様~!」

「とにかく! 俺が負けるなんてありえませんから」

「む~! ほ…本当にいいのじゃな?」

 いざ、決闘を提案されると最悪の事態を考え、怖気づいてしまう。
 そして怖気づいたのはアグネスに限った話ではなかった。

「団体戦とか何言ってるんですか~!」

「そうですよ、皇帝陛下直属の騎士団と試合するなんて」

「やるなら、リーダー一人でどうぞ!」

 話に聞き耳を立てていた、プリンセスガードの面々が不満を口にし始める。

「あ~、それは大丈夫だ。
 俺が先鋒で、全員抜きするからな」

「はい?」

 ディートハルトの言葉に一同は静まりかえった。

「どうぜ、ブチのめすなら、2人より、5人の方がいいだろ?」

 勝って当たり前と言わんばかりの態度を取るディートハルト。
 自信の表れであったが、プリンセスガードの面々には慢心にしか見えなかった。

「……それはそうですが。その勝てるんですか?」

 イザークが恐る恐る問う。
 皇帝直属の騎士と戦って勝てるのか? という疑問は誰にしもある。
 結局の所、ディートハルトが負けるようなことがあれば、自分達が戦わなくてはならないし、無様に負ければ解雇・死刑もありえるのだ。

「お前、俺があいつらと戦って負けるとでも?」

 自分の強さに疑問を持たれていると判断したディートハルトはジロっと睨み、ドスを効かせた声で問い返す。

「い…いえ、リーダーの強さを疑っているわけではなく、相手が悪いのではないかと……」

 まわりのプリンセスガードもうんうんといって頷く。

「ディートハルト……
 余が悪かった。もう、気にせんでよいぞ……」

 アグネスも話が大きくなっているのを感じ取り、いつしかクールダウンしていた。
 しかし、ディートハルトには既に火がついており、今更、その火を消す選択はありえなかった。
 ましてや、部下達に、自分は近衛騎士よりも弱いと思われている節がある。

「いいか、お前ら!!」

 ディートハルトは大きい声を張り上げ、プリンセスガード全員が思わずビクっとなる。

「姫を見ろ! 頬が涙で濡れているだろ?
 我らの姫を泣かされて、黙っていると!
 お前らはそういうのか?」

 一同が自分達の言動を恥じ入るが、一人だけ恥じ入らない者がいた。

「いや、それは先ほどリーダーがでかい声で叫んだから、それが怖くて泣いたのかと……」

 カミルが突っ込みを入れると、ディートハルトはすかさず拳骨を振り下ろした。

「今は、真面目な話をしている。
 他に何か言いたい事があるヤツはいるか?」

 カミルは謝罪し、他一同は首を横にふった。

「よろしい!
 では、姫、団体戦の件。よろしくお願いします」

「う…うむっ……」
(と…とんでもないことになったのじゃ……)

 アグネスとしては、単に愚痴を吐きたいだけであり、悔しい思いをディートハルトと共有できればよかったのである。
 言った本人に復讐がしたいわけではなかった。
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