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演劇 後編

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 当日。

「姫! 見せたい舞台劇があります」

「なんじゃ? もう眠いのは勘弁じゃぞ?」

 アグネスはよっぽど苦痛だったのか、前回の時と違い、まるで期待していなかった。

「わかっております。大船に乗った気でいてください。
 きっとお楽しみいただけるかと」

 自信に満ちた目でニヤリと笑うディートハルト。
 アグネスもその余裕に期待せずにはいられなかった。

「そうかっ!
 それでは楽しみにしておるぞよ!」

「はっ!」

 ディートハルトは珍しく深くお辞儀をした。

 こうして、プリンセスガードの面々による 『水戸黄門』が開演された。
 観客はアグネス一人である。

(皇帝陛下! 来て見て敗北を噛みしめろっ!
 これが俺の実力よ……)

 ディートハルトはノリノリで『カクさん』を演じ『下っ端の悪党』を演じるカミルを素手でボコボコにする。
 アグネスは食い入る様に劇を見ていたが、表情は険しかった。
 そして、舞台の最後『カクさん』が印籠を取り出し、口上を述べようとした時――

「きぃさぁまら~~~~!!」

 アグネスは我慢の限界に達したかの様に怒鳴り始めた。

「?」

 予想外の反応に面食らう、プリンセスガード一同。

「揃い揃って、『しけい』になりたいのか~!
 これは立派なこっかはんぎゃくざいじゃぞ~~~っ!!」

 アグネスは席を立ち上がり、地団太を踏み始めるが、プリンセスガードの面々は何故怒っているのかわからない。

「どうするんですか! ディートハルト様!
 姫君、かつてない程のお怒りですぞ!」

 『悪代官』を演じるイザークがその役を忘れ、素に戻りリーダーに指示を仰ぐ。

「落ち着け! まずは探りを入れる。
 姫! 何をそんなにお怒りなのか? ご説明ください」

 ディートハルトは舞台を降り、アグネスの前までいき宥めようと近づいた。

「余をないがしろにしておるからじゃ!!
 何故、その方らだけで『水戸黄門』を演じておるのじゃ!
 余を仲間外れにしおって~っ!」

 よく見ると、アグネスの目には涙が浮かんでいる。

「それは、申し訳ございません。
 しかし姫が『カゲローオギン』を演じるには20年……
 いやせめて10年は歳を取らねば。
 サービスとしては成立しないという事をご理解――」

「何故余が『カゲローオギン』を演じるのじゃ~!!
 貴様ら如きが余の肌を見ようなどと100年早いわ~~!!」

 『カゲローオギン』とは、水戸黄門に登場するキャラクターで、何かと風呂に入るキャラとして有名。
 いわゆるお色気キャラである。

「では、姫!
 一体誰を演じたいと?」

「そんな事もわからんのか!
 『ミツクニ』に決まっておろう!
 余に『ミツクニ』を演じさせんか~~!!」

『ミツクニ』とは『水戸黄門』主役で老年の男性キャラである。
 つまり、幼女であるアグネスとは真逆のキャラといえた。

「『ミツクニ』でございますか……
 しかし、歳と性別が……」

「(キッ」

「しかし、姫が演じてしまえば、観客が誰もいなくなってしまい、これはこれで劇として成立しないといいますか……」

「そんなもの、爺上、父上、ハルトヴィヒなどを呼べばよかろう!」

「なるほど。それは名案……」
(爺上!?)

 ディートハルトの背筋が一瞬にして凍りつく。

「姫! その……『爺上』というのは
 ライナルトさ……もとい皇帝陛下の事でよろしいのでしょうか?」

「当たり前じゃあ! 他に誰がおるんじゃ?」

「…………」
(しまった!)

 怒り狂うアグネスを何とか宥めすかし、プリンセスガードは詰所に戻っていた。

「ふーっ……なんとか首の皮一枚で繋がりましたよね」

 冷や汗を拭うイザーク。

「全く! 次は気をつけてくださいよ。
 姫様がブチ切れてこの事を陛下に伝えれば、本当に死刑になりかねないんですからっ」

 ディートハルトに対しカミルが悪態をつく。
 劇が途中で終った事により、ボコられ損になった事を根に持っている様だ。

「まあいいじゃないか、済んだ事だし」

 カミルを宥めるテオフィル。
 アグネスの怒りが静まり安堵の声が上がるが、ディートハルトの表情は暗いままであった。
 イザークを残し、プリンセスガードの面々は退室していった。

「ディートハルト様?」

 ディートハルトが暗い顔をしている事に気付き、不安そうに問うイザーク。

「……不味い事になった」

「はい?
 後は『水戸黄門』を姫と一緒に演じれば終わりですよね?」

「そう単純じゃないぞ? ライナルトさんが『水戸黄門』を観たらどうなると思う?」

「?」

「領民の事をどうとも思ってない傲慢皇帝と『ミツクニ』のキャラは相反する」

「あ!」

「そして、『悪代官』みたいな『皇帝の腰巾着』とそう大差ないような奴を成敗する内容がライナルトさんにウケるとは思えん」

「でもこうなった以上、やるしかないのでは?」

「ああ……」
(何事もなければ良いが……)

 ディートハルトは軽はずみな行動を反省するしかなかった。

◇――

 アグネスは数少ない身内と重臣達を呼び、主演アグネスによる『水戸黄門』が上演された。
 ヴェルナーは笑って鑑賞し、ハルトヴィヒは冷や汗を掻きながら鑑賞し、そしてライナルトは怒りを抑えながら鑑賞した。
 皇帝は、アグネスが自ら主演を演じていたせいかその場では怒りを抑え、声を荒げる様な真似こそしなかったが。
 後日、ライナルトは『水戸黄門』を有害図書指定にし、帝国内に現存する書籍は残らず没収され焼却された。

「ええ~! 有害図書指定ですかっ!? そこまで?」

 事の一部始終を聞き終えたイザークは驚愕の声を上げた。

「ああ……」

 苦々しく頷くディートハルト。

「やりすぎですよね」

「全くだな……俺の愛読書を」

「しかしまあ、よくよく考えれば『帝国皇帝論』に反する内容ですよね『水戸黄門』って……」

 帝国皇帝論とは、ライナルトの自著であり。
 君主たるものみたいな事が延々と書かれており、国家指定の教科書の様な本でもあった。
 しかし、皇太子であるヴェルナーが教育機関の発展に大きく関わるようになると廃止された。

「まさか、姫に帝国皇帝論を読ませていたとは……」

「まあ、変ではないと思いますが」

「……」

 ディートハルトは『帝国皇帝論』が嫌いだった。
 本の内容ではまず『神は皇帝を愛す』という一文から始まっているのが気持ち悪かった。
 他にも『皇帝が天に背いても、天が皇帝背く事は許さん』みたいな事が書かれており、要は皇帝という存在がいかに凄いのかを書いているだけの本だった。
 幼少期、父親に『皇帝の自画自賛ばかりでこの本キモい』と発言したら、頬をはたかれたという暗い過去を持っていた。
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