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プロローグ・後編

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 ディートハルトはアグネスを連れ、まず厩舎に行き、自身の馬に乗って城を出た。
 王都オルテュギアには、自然豊かな大きな国立公園が存在し、そこへと向かう。
 適当な場所に敷物を広げ、用意した弁当を開けると、いわゆるピクニックを行った。

「おおお~!! 外は凄いのう!」

 退屈しのぎにと思ったディートハルトの気まぐれのピクニックであったが、無邪気に喜ぶアグネスを見ると自然と誇らしい気持ちになった。

(外に出ただけで、あんなに喜ぶとはな……)

 アグネスは自然公園をはしゃぎまわり、適当な石をどかしてみる。

「何じゃこの生き物は~っ!?」

 うぞうぞと動く、ヤスデやらダンゴムシを見て驚くアグネス。

「姫! むやみやたらに石をどかしてはなりません。
 ムカデなど何気に危険な生き物もおりますので」

「そ…そうか……」

 ディートハルトは食事を済ませた後も、馬で公園を駆け、自然公園を散策した。

「しかし、お主は本当にひねくれてるの~!」

「そうですか?」

「うむ、いつもは余のいう事に対し、何かと反抗するくせに。
 皆が反対する事に対してだけはあっさり引きうけおった」

「あ~なるほど。それでいかがでしたか? 外は?」

「うむっ! とても楽しかった。余は満足じゃ!」

「それはよかった」

 その時、遠方より馬の蹄の音が聞こえてくる。

「なんじゃ? あの音は?」

「…………」

 アグネスは何の音かわからなかったが、ディートハルトには音の主がアグネスを連れ戻しにきたエンケルス騎士団だという事はわかっていた。
 黒馬に跨り、漆黒の鎧を着込んだ黒備えの軍勢がアグネスとディートハルトを包囲する。
 エンケルス騎士団は別名ダークナイトと呼ばれ、恐れられていた。

(騎士団総出か……
 親父は相当お怒りのようだな。)

 騎兵隊が道を開け、騎士団長であるハルトヴィヒが般若の様な形相で現れると、ディートハルトは馬からおり、ハルトヴィヒと対峙した。
 すぐさま、騎士団員がアグネスに駆け寄り、ディートハルトから引き離す。

「やってくれたなバカムスコ!」

「姫の望みを叶えただけですが?」

「うむっ! その通りじゃ! ハルトヴィヒ、何をそんなに怒っておる。此度の催しに対し、余はとても満足しておる。見事じゃ!」

 本来、アグネスの見ている前で暴力など振るうべきではないが、事態を全く理解していないディートハルトの発言にハルトヴィヒは我を忘れた。

「貴様、自分が何をしたかわかっておるのかー!」

 力の限りディートハルトを殴りつけると。そのまま、剣を抜かずに鞘に入ったままの状態で何度も殴りつけた。
 流血を見せないため、慌てて騎士団員がアグネスを奥へと連れて行く。

「離せ! ハルトヴィヒ、何故ディートハルトを罰するのじゃあ~!」

「はあっ……はあっ……
 追って沙汰あるまで自室に謹慎を申し渡す。
 連れて行け!」

「はっ!」

 ディートハルトは二人の騎士に両脇を掴まれ連行されていった――

◇――

 ディートハルトがアグネスを外に連れ出した件は直ぐさま皇帝ライナルトの耳に入り、ハルトヴィヒは玉座の間に呼び出されていた。

「ハルトヴィヒよ……
 お前は本当によく、ワシや国家に尽くしてくれている。
 その事に異論はない」

 皇帝ライナルト、長い白髪の老人。70を過ぎているが、体は壮健。
 アグネスの金髪は母親からの遺伝であり、ライナルトは黒髪だった。

「はっ!」

「ワシは今まで、お主の息子という事で、大目に見てきたつもりじゃ」

「はっ!」

「皇家虐殺で、一族を尽く殺され……
 生き残った息子であるヴェルナーには子がいなかった。
 アグネスはのう……
 ようやっと生まれたわしの唯一の孫なのじゃ……
 ヴィクトリアはアグネスを生むと他界し……
 ヴェルナーは後妻を娶るつもりはないと申す……」

 皇家虐殺とは、帝国最盛期に起こった事件であり戦いである。
 初代皇帝ライナルトは、世界の中心と呼ばれる大平原を支配下に治めるだけではその野望を満たす事はできず、南下し亜人圏であるエルフの森を攻めた。
 戦況は有利に進んだが、中々降伏しないエルフに業を煮やし、森に火を放つ。
 これに激怒したのが、エルフとは本来敵対している筈のリザードマン達であった。
 少数精鋭のリザードマン達は王都を強襲し、王都に火を放つと宮殿にいる皇族達を皆殺しにしたのである。
 その報を聞いた帝国軍は全軍を引き上げ、大急ぎで王都に帰還した。

「この意味がお主にわかるか?」

「……はい」

「ハルトヴィヒ……
 お前はワシに忠誠を誓っておるか?」

「……はい」

「では、その忠誠を行動をもって示して見せよ!」

「!」
「へ…陛下! それだけは……」

「ワシに忠誠を誓っておるのではないのか?
 アグネスになにかあったらどうするつもりだった?」

「…………」

 ハルトヴィヒは何も答えることができなかった。

◇――

 帝国歴38年6月、就任してから約二ヶ月が過ぎた頃――

「出ろ!」

 ハルトヴィヒはディートハルトの牢の鍵を開けた。

「謹慎どころか、投獄ですか……」

「当然だ。それだけの事をお前はしたのだからな」

「はいはい、そーですか……
 んで、俺の沙汰はどうなったんですか?
 地方に左遷? 追放処分?」

「…………
 引き続きプリンセスガードの任務に就く」

「え!?」

「処分はこの一カ月の投獄で終わりだ。さっさと牢から出ろ!」

「?」

 ディートハルトは訝しげに思いながらも牢から出ると、ハルトヴィヒはディートハルトにハグをした。

「いきなり何すんだ気持ちわりぃ」

「いいか息子よ。もう少し考えて行動しろ! もはや私でも庇いきれんぞ!」

 自身の父親の悲痛な声を聞き、抜き差しならない状況だった事を感じ取り、言葉につまる。

「早く姫様の下へ行け! お前がいなくなって寂しがっている」 

「わ…わかったよ」

 ディートハルトはアグネスの居る部屋に向かう途中、アグネスの父親であるヴェルナーとすれ違った。

「これは皇太子様」

 皇太子ヴェルナー、黒髪の男性だが白髪が混じり始めている。

「とんだ災難だったねディートハルト」

 屈託のない笑顔でそういうと、ディートハルトの肩に手を置いた。
 ディートハルトは、父の友人でもあり、気さくに話かけてくるヴェルナーの事を慕っていた。
 しかし、ヴェルナーはライナルトから見ると凡才のため、小物がうつるとしてアグネスをヴェルナーから取り上げ自身で教育した。

「これからも娘を頼むよ。娘には対等の立場で接してくれる君の様な者が必要だ」

「?」

「じゃあ、娘の事は任せたよ。
 私はあまり側にいてやれないからね……」

 少し寂しそうに言うと、ヴェルナーは手を上げ去っていった。

「はっ! この身にかえて必ず」

 アグネスの居る部屋へ入ると、すぐさまアグネスが駆け寄ってきた。

「ディートハルト! お主一体何処へ行っていたのじゃ~!」

「全く、リーダーがいなくて大変だったんですよ。姫様大荒れで……」

「そうか、すまん。心配をかけた」

◇――

 少し時間を遡る。

「ワシに忠誠を誓っておるのではないのか? アグネスになにかあったらどうするつもりだった?」

「…………
 息子の……首を…差し出せと?」

「他に忠誠を示す方法があるのか?」

 その時、扉が開き、アグネスを抱いたヴェルナーが入ってきた。

「何の用じゃ?」

「爺上~!」

「おおっ! アグネス! 遊んでやりたいが、今は少し取り込んでおるのじゃ。
 ヴェルナー! 何をしにきた? アグネスを連れてはやく部屋を出よ!」

「…………
 アグネス! 今日のピクニックはどうだった?」

「とっても楽しかったぞ! 余はとても満足じゃあ!」

「それはよかった。もっと詳しくお爺様に教えてあげなさい」

「うむっ! そういう事かっ!」

 ヴェルナーは、ピクニックの感想をライナルトに伝える様に促す。
 遠まわしではあるが、明らかにディートハルト処刑に対する反対の意であった。

「アグネス! ディートハルトの事をどう思う?」

「最初は何かと口答えばかりするいけすかんヤツじゃったが、今日の働きは真に見事であった。今後の働きに期待大じゃ」

「そうか~。もし、ディートハルトを殺そうとするようなヤツがいたら、アグネスはどうしたい?」

「その様な者がおったら余が直々に成敗するまでじゃあ!」

「そうか! そうだよね~。まあ、その様な者はこの城にはいないと思うけどね」

 ヴェルナーはライナルト一瞥すると。アグネスを連れて部屋を出て行った。

「ぬううっ! あのお人よしが……悪知恵だけは働きおって」

「ライナルト様……」

「失せろ! ハルトヴィヒ!」

「はっ! これにて失礼致します」

 ハルトヴィヒは逃げるようにして退散した――

◇――

 この後、ヴェルナーはヤケ酒をするハルトヴィヒに付き合っていた。

「とんだ災難だったなハルトヴィヒ」

「ヴェルナー! 本当にすまん! まさか息子があそこまで愚かだとは……」

「気にしなくていいよ。
 というよりも子供が外に出て遊ぶなんてのはごく普通の事だ」

「……普通?」

「ああ……父の教育は間違っている。あれでは冷酷な独裁者が生まれるだけだ。
 私は娘をその様に育てたくはない、彼のおかげで久々に娘の心からの笑顔が見れたよ」

 アグネスが生まれると、ライナルトは息子に育てさせたら折角の後継者が凡庸に育ってしまうとして、ヴェルナーからアグネスを引き離し、殆ど教育に関わらせないようにしていた。

「ヴェルナー……」

「心配しなくても、ディートハルトはよくやるさ。
 私は凡才だけど、人を見る目だけはあるつもりだ。
 彼の元に送った7名の部下も、一見問題児の様だが、心根のしっかりした者達できっと彼の力になってくれる」

「だといいが……」

 そうはいってもハルトヴィヒはディートハルトが何かやらかすのではないかと憂いていた。

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