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第8話

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 ディートフリー公爵家は、ルーヴァニア帝国の軍事の中枢を担う家紋であり、その貴族の活躍を知らない者はいない。
 過去には魔王討伐を行い功績を讃えられ、毎年不定期に現れる魔物の討伐、他国との戦争や国の周辺警備、騎士の養成など、騎士ならば憧れる家紋でもあり、女性人気が最も高い貴族でもある。
 毎年、ディートフリー公爵家の騎士になりたいという人は数多く、志願すると惜しくも落ちてしまった者達に至っては、ディートフリー公爵家の分家である家紋で養成の提案が上がる。

 騎士になりたいという人への配慮は最大限で人望も厚く、もちろん皇帝からも信頼されている。なにより、新しく皇帝の座についたギーク・ヴァロエ・フレッツと、現ディートフリー公爵家当主アルベルト・ディートフリーは幼馴染だという。

「………これは一体なんですか」

 低く呆れるような声が響くのは、皇宮にある皇室の執務室。
 そこにいるのは、今をときめく話題の公爵と皇帝の二人。

「何って、俺が直々に未婚で婚約者のいないお前に合いそうな者をセレクトしてやったんだ!」
「頼んだ覚えはありません」
「………お前、ほんっっっとかわいくねぇええ!!」

 砕けた口調で話す皇帝の様子からして、二人はお互いに気負わない存在なのだろう。
 
「真面目な話、お前ももう二十二だろ?結婚しろ!」
「必要ありません」
「じゃあ、後継者はどうする?」
「知っているでしょう」
「でも今行方不明なんだろ?もし見つからなかったらどうするんだ?」

 皇帝が口にした瞬間、左腰に刺さっていた剣を素早く抜き皇帝の首筋に当てたのは、紛れもなく公爵だった。
 空気がピリつき、流石に地雷を踏んでしまったかと皇帝も反省する。

「悪い悪い、口が滑っただけだ」
「………はぁ……早く離婚すればいいのに」
「んだとお前!!縁起でもないこと言うな!今危ないんだからな!??」

 二年前、他国の皇女に一目惚れをした皇帝ギークは一途にその娘に求婚し、見事に婚約を結ぶ事ができたが、何せとても忙しい皇帝は、今一杯一杯で彼女を気遣える余裕がない。
 その為、少しばかり口論になり今は反省の真っ最中だという。

「アルベルト」
「……何ですか」
「妻はいいぞ。それはもうとても良い。一日の終わりに顔を見るだけで疲れが全て吹き飛ぶんだ。それはもう可愛くて仕方がない。仕事に忙しいのは事実だが、“仕事と私どっちが大切なの“とか言われたみたい「だそうですよ。皇后様」」
「へ……リ、リリス!!??」

 アルベルトは、ドアの前で入ろうか悩んでやめてしまった皇后に気付き、良い感じのところで扉を開けるとそこには顔を真っ赤にした皇后の姿が。

(皇帝の痴話喧嘩に巻き込まれるのは勘弁だ)

 そう思ったアルベルトは、気付かれない内にそっと執務室を出ると公爵邸へと向かう。皇宮から出ようとするだけで、あらゆる人から向けられる好奇の視線を感じながら重い足取りで歩く。
 アルベルトは今頭を抱えている問題がある。その問題というのは、兄ユースティア夫妻の残した子供の生存だった。

 ユースティア・ディートフリーは、アルベルトの六つ上の兄で、元々は彼が爵位を継ぐはずだった。
 それが、隣国へ向かう途中の悪天候で馬車が崖から横転し、二人とも即死だった。ユースティアは妻のリゼを守るように最期を飾り、残ったのは公爵家の当主の座と、二歳になる子供だった。
 昔より、獣人族のユキヒョウ科であるディートフリー公爵家の中でも獣人の血を強く継いでいるのはアルベルトだった。
 だが、ユースティアも決して少ないことはなく、残された子はユキヒョウの血を引く獣人であった。

「公爵様!只今戻りました」
「マルクか。何か手掛かりはあったか?」
「ん~あんま関係無いことかもしれないんですけど、少し前に商業ギルドであった青年から僅かに嗅ぎ慣れない獣人の匂いがしました!」
「そうか。関係が無かったとしても徹底的に調べろ」
「了解っす!」

 兄夫婦が亡くなってから一年が経ち、公爵の座についたアルベルトはその立場が揺らがないようあらゆる功績を短期間で残した。
 そして、ユースティア夫妻が残した宝物を優しく扱うように、アルベルトはあらゆる愛を与えた。短い時間でも一緒にいることを心がけ、少しでも多く幸せを与えた。だが、唯一呼べなかったのはテオという名前だけだった。兄夫妻があまり呼べなかった名前を、両親でも無い自分が呼べるはずがない、という気持ちに支配されていた為だ。
 それから暫くして討伐の遠征が入り、三ヶ月が経ち帰って来たら、屋敷の雰囲気はガラリと変わっていた。

 そこに居たのは、いる訳もない婚約者を名乗る女。
 ユースティアの幼馴染で暫くの間他国へ留学をしていたが、ここへ戻って来た時にはユースティア夫妻が亡くなったという知らせを受け“幼馴染“であるという理由だけで、ディートフリー公爵家の夫人を名乗った。昔から公爵家への出入りが許されていた人物ではあったものの、夫人を名乗る資格はなく、身分上口を出せない古参の使用人達を一斉解雇し、公爵邸を新規の使用人へと入れ替えた。
 そして、アルベルトが帰って来た頃には見知らぬ使用人のみとなっており、大切にしていた兄夫妻の子供はどこにもいなかった。

『お前、誰の許可を得てこんなことを———』
『私はユースティアの幼馴染よ!?それに、あのガキが不法にこの家に住み着いているから追い出しただけよ!!何がいけないの!!?』

 実際、兄夫妻の子供テオは公にされていなかった。
 理由は簡単だった。

 ただでさえ珍しいユキヒョウ科の獣人を、その価値を知る者に知られるのを防ぐ為だった。獣人の中では常識の序列があるが、それを知らない人からするとどの獣人も価値は同じ。
 ならば、テオが然るべき時まで子供が産まれたことだけを示し、公に姿を出すことは控えさせよう、ということになったのだ。
 そして、ユキヒョウ科の獣人であることを隠し、ただの獣人ということだけを明かしていたユースティアは、公に出る時は耳と尻尾をしまい、ユキヒョウの姿を見た者は今までにいない。それくらい、ユキヒョウ科は丁重に扱われているということだ。

 それからすぐにアルベルトは、その女を家へ強制的に送り返し、新規の使用人と古参の使用人の総入れ替えを行なった。
 そして、兄夫妻の決め事を守るかのように秘密裏に調査を進めた。それでも三ヶ月という期間は慣れていた上、まだ獣人になりきれないテオの匂いは既に消え、手掛かりはなかった。

 その為、アルベルトはただ兄夫婦の子供テオの生存を信じるばかりだった。
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