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第3話

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 シュワルツに用意されたのは、寝具やらクローゼットが用意された綺麗な部屋で、ユリアスはそこに子供を寝かせた。すると、その子を見て何を思ったのかシュワルツは誰かを呼びに行った。
 
 そんな様子を片目にとりあえず怪我の手当てをしよう、と思ったユリアスが手持ちのバックに入っているポーションを取りに行こうとすると、腕に巻き付かれた力強い尻尾がそれを阻止した。
 獣人に触れるのが初めてのユリアスは、この尻尾に勝手に触っていいのか、勝手に腕から離していいのか困り果て、精一杯にバックに手を伸ばそうとすると、ドアの隙間から何人かの子供がこちらを見ている事に気が付いた。

「あ、待って!」

 その子達はユリアスに気付かれた、と一目散に逃げようとするが、少し人手の欲しかったユリアスはその子達を呼び止める。
 すると、警戒しながらもドアから入って来たのは四人の子供達だった。

「お兄さん、だぁれ?」
「パパのお友達なの!?」
「もしかして不倫相手か!?」
「父さんの浮気か!母さんに言ってやろうーっと!」

 目の前でわちゃわちゃと騒ぐ子供達にどう対応していいか分からず、困り果てているとその中でも一番元気な男の子の頭に拳骨が落ちた。

「こら!パパの大事なお客さんよ!昨日話したでしょ?」
「っなんで俺をぶつんだよ母さん!!」

 そして現れたのは、顔が人でこの子供のように尻尾と耳の生えた女性だった。どこか強さを感じる彼女を見て、ぼーっとしていると目の前のやりとりが面白くてくすっと笑ってしまう。

「ごめんなさいねうるさい子達で」
「いえ、全然。元気で可愛いですね」
「元気過ぎるくらいよ?私はシュワルツの妻でローラと言うわ。あなたはユリアス様よね?」
「敬称はなしで大丈夫です。はい、突然無理を言ってしまって申し訳ありません」
「じゃあ、ユリアスと呼ばせてもらうわ!それと、今日のことはシュワルツの弟さんからだいぶ前に聞いていたから気にしなくて大丈夫よ!」
「そうなんですか?」

 ローラさんというその女性は、およそ三ヶ月前からユリアスの今後についての話をシュワルツとしていたという。
 ユリアスが両親達の約束で希望していない婚約を継続させられている事、婚約者が不義を働いていること、いずれは婚約を破棄又は解消する事になるが、ユリアスの療養のために頼らせ欲しいこと。
 ユリアスは父が自分を想っていてくれたことを嬉しく思い、少しだけ涙した。

「それよりも、シュワルツが言ってたのはその子ね」
 
 ローラはベットに寝かされた子供を見ると、子供達に何か指示を出した。そして用意されたのは、いろいろな薬品と簡単な医療道具、氷枕などなった。ローラが服を脱がし傷の手当てをしている最中も、その子供の尻尾はユリアスの腕に巻き付かれたままでその力は次第に強くなった。

「一通りはこれで大丈夫だけど、明日まだ熱が下がらなかったら病院に行きましょう。近くに獣人専用の病院があるの」
「分かりました…………で、あの、この尻尾は触ってもいいものなんでしょうか?」

 ユリアスは空いている手で尻尾の巻かれた腕を指すと、ローラはその事に今気が付いたのか、まぁ、と感嘆の声をあげて笑みをこぼした。

「ふふふ、この子余程あなたの事が気に入ったようね」
「………そうなんですか?」
「ええ、獣人の子供は、特にこの子のようなヒョウ科は警戒心が強くて、身内以外になかなか信頼を寄せないの。今この子がしている尻尾を相手の体に巻き付けるのは、信頼の証よ」 
 
 信頼の証———ユリアスは、胸の中に何か温かいものが広がった気がした。

「あの、心配なのでこの部屋にいてもいいですか?」
「ええ、もちろんよ。あ、ちょっとティト!」

 すると、ローラと同じ毛色の耳と尻尾を持つ小さな男の子がてくてくと歩いてユリアスの膝の上にちょこん、と座った。

「あらあら」
 
 ティトと呼ばれる子供の頭をそっと撫でると、その子の喉からゴロゴロと低音の音が響く。ティトが撫でられて喜び、ユリアスが初めて動物に触って感動していると、その光景を見た他の子供達もユリアスの元に駆け寄った。

「私はソニア!よろしくね、綺麗なお兄ちゃん!」
「あ!ずるい!私はユニア!ソニアとは双子なの!」
「俺はジャック、その兄ちゃんの膝の上にいるのがティトだ」
「ふふ、初めまして。俺はユリアス、ユリアスでもユーリでも、気軽に呼んでね」

 伯爵邸でユニアスの味方となる人は多くいたが、それを顕にする事はなく、寂しい思いを押し殺して生きて来たユリアスはまた心がじんわり温かくなった。
 話し相手になってくれるのは勉強の時にいる教師のみで、公爵邸で一日のほとんどを過ごしていたユリアスは、自然と伯爵邸の使用人達と距離ができてしまうのもおかしくなかった。
 加えて、古参の使用人達は義母がやって来てからというもの総入れ替えが行われ、新規の使用人達とは交流が少なかった。

「お兄ちゃんのお目目きらきらね!」
「肌もすごく綺麗ね!何かしてるの!?私に教えて欲しいわ!」

 ソニアとユニアと呼ばれる双子の女の子は、隣国から来たユリアスが珍しく映る。

「ゆーり、いい匂いする」
「だよね!私もそう思ってた!」
「おいティト、ユーリの足が痛くなるだろ。早く退け」
「確かにいい匂いがするわね。ねえ、ユリアス、何か香水でも使ってるの?」

 ローラは興味津々に尻尾をブンブン振りながら質問する。
 ユリアスは特別見た目にこだわっているわけではなかった。使用人達がしてくれるケアだけをして、夫人教育がない日や何もしなくていい日の休日の大半は、屋敷の小屋で薬草を使っていろいろなものを作っていた。

「……あ、もしかして薬水のことかな?」
「薬水?そんなもの初めて聞いたわ」

 それもそのはず。
 ユリアスは、肌が弱い兄ユフィアスの為に幼い頃から薬草を使ってあらゆるものを作っていた。それは例えば、傷を治してくれるポーションと呼ばれるものや、薬草で作った化粧水、香水よりも匂いが軽く肌にも優しい薬草で作った香水などだ。
 四歳にして兄の肌を改善出来るような薬を合間合間の時間で完成させ、それを持っていくと父と兄に喜ばれたが、同時に危険な物扱いされた苦い記憶がある。
 もしかして配合を間違えて失敗してしまったのか、と思ったが兄から告げられたのはユリアスのおかげで肌が良くなったという事実のみ。そして後日、ユリアスが出入りしている小屋には厳重な魔法がかけられ、特定の人物以外の立ち入りが出来なくなった。

「オチョの実とソンヤンの草とかに、魔力を入れてつくった香水のようなものなんだけ、ど…………ローラさん?」
「ユリアス、それ私に売ってくれないかしら!!」
「え!?でもこれ、試作品ですよ?」
「私この匂いが気に入ったの!今までいくつか香水を買ったのだけど、鼻が効く獣人には厳しくて……でも!それはとてもいい香りなの!」

 あまりの勢いに押されて差し出すしかなかったユリアスだったが、彼は自分の作ったものがどれだけの効能を持っているかなんて気が付いていなかった。
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